Fortunate Rain







「今日はついてない………」

は空を恨めしそうに見上げながら、今日何回目か呟きを
そっと口にした。





第一の不運は目覚まし時計の電池が切れていたことだ。

第二は母も朝早くに出かけていて、起こしてくれる人がいなかっ
たこと。

が目を覚ますと、もうすでに家を出ていなければならない
時間だった。

とりあえず一度深呼吸をした後、身支度を整え、朝ご飯もそこそ
こに家を飛び出した。

戸締まりは忘れなかったが、財布を忘れた。

お弁当もない。

昼ごはん代は友達に借りた。





そして、今。

朝、ニュースをチェックする時間もなく、天気予報も見れなかった。

生憎、定例の委員会があって遅くなり、一緒に帰る友達もいない。

なんとか家まで、と思って軽く雨が降りだした中、学校を出たが、
とうとうどうしようもないほど酷くなってきてしまった。

不運なことはさらに重なるもので、近くにはコンビニもなく、コン
ビニがあったとしてもお金がないが、仕方なく公園に飛び込んで。

東屋の下で空を見上げて、冒頭のセリフになったわけだった。





「どうしようかな………」

真夏のこの時期、恐らく夕立だろうからすぐに止むと思う。

しかし辺りも暗くなってくる時間で、本当に止んでくれるのかもわ
からない。

同じ濡れるなら暗くなってからより、今少しでも明るいうちの方が
マシというものだ。

「よしっ!」

が気合いを入れて、雨の中を歩きだそうとした瞬間。

「ちょっと待て。」

「きゃあ!」

いきなり近くから声が聞こえて、は心底驚いた。





「悪い。驚かすつもりはなかったんだが。」

そのまま振り返らずに逃げ出そうとしただったが、聞き
覚えのある低音に足を止めた。

恐る恐る振り返ってさらに驚いた。

少し離れたところに、いつの間にそこにいたのか、乾が立ってい
たのだ。

低音だからすぐ近くのように聞こえたのだ。





「い、ぬい……くん?」

「当たり。」

何かと頼りになる、の気になるクラスメート。

その彼が何故かそこにいるのだった。





「何して………?」

「ちょっとな。」

乾は傘を持っているから雨宿りではなさそうだ。

「誰かと待ち合わせ?」

「待ち合わせといえば待ち合わせなんだが………」

いまいち彼の歯切れは悪い。

あまり突っ込んで欲しくない話題なのかもしれない。

   もしかして、彼女、とかね………

「もしかして私、お邪魔しちゃってるのかな? ごめん、すぐに帰
 るね。」

「お、おい、待てって。邪魔じゃないよ。呼び止めたのは俺の方だ
 ろう?」

そう言えばそうだった。

だが乾はすぐにその先は続けずに黙り込んだ。





ふと訪れた沈黙に居心地が悪くなって、は急いで話題を
探した。

「雨、止むかな?」

「いや。」

「え? うそ………」

「今日は夕立じゃない。朝方まで続くそうだ。」

「そうなんだ………」

こうなれば濡れて帰るしかない。

「やっぱり天気予報は見てないのか。」

「『やっぱり』?」

「今日の朝、、来るのギリギリだっただろう? 寝坊したん
 じゃないかと思ってな。」

「………当たり。お母さんが朝早く出かけて、ね。」

「ああ、それで弁当じゃなかったんだ。」

「え? そんなところまで見てたの?」

は驚いて乾の顔を見上げる。

「あ、え、いや、た、たまたま、な。」

人さし指で眼鏡のツルを押し上げながら、彼はそう言った。





「さらにお前、財布も忘れただろう?」

「どうして、そこまで………?」

「学校からここまでコンビニもあったはず。なのに、は傘を
 買っていない。」

「乾くん、すごいね。」

「大したことはない。」

照れたように、また乾は眼鏡を押し上げた。





「はあ〜、もうほんとに今日は朝からついてないんだ。」

「………俺はついてたな。」

「そうなの? いいなぁ………」

「話してやろうか?」

「いいの?」

いつもはこんなに話をしたりしない。せいぜい挨拶程度だ。

この状況を『なぜこんなことに?』と不思議に思う反面、彼と突っ
込んだ話が出来て嬉しいのも半分だ。

「いいさ。にも俺の幸運が移るかもしれないしな。」

「まさか。………けどそうなったら嬉しいな。」

だが、次の乾の一言で彼女の不運はさらに重なることになった。





「実は俺、今日は好きな女の子に告白しようと思って、学校に来
 たんだ。このままじゃ単なるクラスメートで終わる確率が高いか
 ら。それによく目が合うし、嫌われてはないはずだしね。」

どこが『幸運』なのだろう?

それににとってそんな話は全然幸運じゃない。

「そう決心して学校に来たのに、彼女はいつもの時間に姿を見せ
 ない。今日は休みなのか、と出鼻をくじかれたけど………」

今日、クラスに欠席者はいなかったはず。

「彼女はギリギリ教室に飛び込んできた。これが俺の1つ目の幸
 運。」

顔の前に立てられた乾の人さし指を見つめながら、は頭の
中でクラスの女子の顔を1人ずつ思い浮かべていた。





「昼休みに、と思ったんだけど、彼女はどうやら弁当じゃないらし
 く友達と連れ立って食堂に行ってしまった。放課後は俺も部活
 がどうなるかわからなかったんだけど………2つめの幸運は
 今日が定例委員会の開催日だったこと。」

指が2本に増える。

の頭に、今度は今日開かれた委員会のクラス委員の顔が
浮かぶ。

一体、乾の相手は誰なのだろうか?

「雨が降り出したから部活もなし、委員会が終わった彼女を見つ
 けることが出来た。」

上手く彼女を捕まえられたのなら、彼はどうして今1人でここにい
るのか?

失敗して落ち込んでる………ような感じでもない。

乾は『幸運だった』と言っている。

はわけが解らなくなってきた。





「ところが俺が声をかける前に、雨の中を彼女は走り出してしまっ
 た。慌てて追いかけた。見失わなくてよかったよ。」

「………………」

「そして3つ目。雨が酷くなってきて、彼女は雨宿りをすること
 にしたらしい。おかげで追いつくことが出来たよ。」

3本に増えた乾の指。

「さらに4つ目。どうやら彼女は傘を持ってない。逆に俺は1本だ
 け傘を持っている。1つの傘に2人で、彼女を送っていける。」

伸ばされた4本の指には声にならない声をあげる。

今までの話に合う女の子を1人だけ知っていた。





「俺は『ついている』と思わないか?」

思わず頷いてしまったが、これは本当に自分のことだろうか?

「それで、だ。………は?」

「え?」

「これでもまだ『今日はついてない』?」

「ううん………」と首を横に振ると、乾は「5つ目だ」と片手を広
げた。





「よかった。………本当のところ、内心はドキドキだったんだ。最
 後の最後で逃げられたらどうしよう、てね。」

すっかり暗くなってしまったが、乾の言う通り雨はまだ止まない。

「さて、と。引き止めて悪かったな。今日のところは、とりあえず
 送ってくよ。傘1本しかないけどいいかな?」

「うん、ありがとう。」

先に雨の中へと踏み出した乾がさし出してくれる傘の下へ滑り
込んだ。

はふと空を見上げる。

さっきまでは恨めしい雨だったが、今では『幸運』を運んできてく
れた恵の雨のように感じた。




...END






岡様、ありがとうございました! くり坊