忍び雨



 
いつも君を見ていた。
 誰かを待つ、綺麗な横顔さえ。





 一旦教室に戻って、傘を持ってきた。
 靴を履き替え、傘を開いて歩いていく。



 けれど、俺の足はすぐに止まってしまう。
 何と声をかけるべきか、
 それとも放っておくのがいいことなのか悩みながら立ち尽くし、
 それ以上近づけない。
 彼女、はずっとあじさいの植え込みの前で膝を抱えている。
 そんな彼女を見続けて、もうどのくらいになるのだろう。


 初めて目にしたのはちょうど一年前の今頃。
 連日続く雨に気分まで滅入りそうになっていた頃だった。


 その時もはあじさいの前にいた。
 具合が悪いのかそれとも泣いているのか、
 その頼りない背中からはわからず、
 俺は雨の中を彼女の元へと小走りに向かった。


 「どうかしたのか?」
 「……え」


 は泣いてはいなかった。
 むしろその顔には思いきり泣いて泣いて、
 もう泣くことにも疲れ切っているような悲哀があった。
 彼女は降り続く雨を厭うことなく全身に受けて、
 髪の先から雫が落ちるのがやけに綺麗に見えたように思う。


 「どうかした?」


 俺はもう一度聞いた。
 彼女は口元だけで無理に笑みを作り、何でもないとだけ言って顔を背けた。
 その横顔は拒絶的にではないにしろ干渉を厭う意志が浮かんでいた。



 それから、が気になり始めた俺は、意識的に彼女の話を集めた。
 結果として出てきたのが、『報われない恋をしてる』らしいということ。
 さすがに堅固に口を閉ざす彼女がその相手を悟らせるはずもなく、
 それ以上はつかめなったが。




 しばらく呆けていた俺は静かにへと歩み寄っていく。
 全身を雨に捧げている彼女へ、俺は持ってきた傘を差しかけた。
 随分低いところに座っているために、今度は俺が雨に濡れていく。
 自分の周りの雨がやんだことに彼女が気づくまで、
 俺はじっと彼女に差しかけた黒い傘の上を次々と滑り落ちる柔らかい雨粒を見ていた。
 こんな水彩画のような風景に黒は似合わないと、どうでもいいことが浮かぶ。



 「……乾くん……」


 下からの声に間を空けないように答える。


 「、痛み分けする約束だろう」


 何度目かの背中を見つけた時、俺も同じなのだと打ち明けた。
 打算から彼女に近づいた。
 その相手が誰かなどもちろん明かさず、
 彼女も自分のことを指しているとはまさか気づかず、
 そうなんだとやはりぎこちなく笑った。


 「乾くん、濡れてるよ」
 「が濡れなければいいよ」
 「私は乾くんが濡れている方が嫌」
 「……わかった」


 わざとらしくため息をついての隣に並んで座る。
 端から見たら、どこかの壁の落書きのようだろう。

 横目に彼女を窺うと、どのくらいここにいたのか、髪は全体がしっとりと濡れ、
 まとまっている部分を時折涙のような雫が伝った。
 それを彼女が指で払うと無数のきらめきに変わり、しばし目を奪われる。


 時々無性に、そんな顔をさせたくないと言いそうになる。
 俺だったらきっと、と。
 その直向きな目を一瞬でも俺に向けてくれたら、
 嫌と言うほど愛し尽くしてしまうのだろうけれど。
 けれど彼女は一つの信念のように誰かをひたすらに想い続けている。
 その横顔を見つめることもまた、俺は好きだったりもする。


 「無理するなよ」
 「まだ大丈夫よ。泣いていないでしょう?」


 目を細めて、複雑そうにが笑う。
 その頬に手を伸ばすことが出来たらどんなに楽になれるのかと思いつつ、
 俺もゆっくりと微笑みの形を唇に刻む。
 傘の外ではまだ雨は降り続けていて、もしかしたら空が、
 泣けない彼女の代わりに泣いてくれているのかもしれない
 などと笑われそうなことを考えて、俺は傘を持つ手に力を込めた。





 END






伊吹様、ありがとうございました! くり坊