ハチミツ




「腹減った〜・・・」


数十分前からこの言葉は何度も聞こえている。
ゴーイングメリー号のキッチン兼食堂。

ルフィは机に突っ伏してサンジのキッチンに立つ後姿を見ている。


「さっき昼飯食ったばっかだろうが」


サンジはルフィの方を振り返りもせずに、いつものように煙草を口に
銜えながらジャガイモの皮を器用に剥いている。



「だってよぉ・・・腹減ったんだもん」


キッチンにある窓は丸くて嵌め殺し。
そこからは青く晴れた空と、穏やかに波を湛える海が見える。

ナミさんは部屋で海図を書いているはずだ。
きっとビビちゃんもそこにいるだろう。
ウソップとチョッパー、それにカルーは釣りでもしている。
ゾロはそれを横目に寝ている。

そんないつもどおりの光景がサンジの頭に浮かんだ。


軽く水洗いをしてざるに上げておいたトマトを狙ってルフィの手が伸びてくる。


「これは夕飯用だ!ひさしぶりの新鮮な野菜をお前ひとりで食うんじゃねえ!」


と、サンジは手に持っている包丁をルフィの伸びている腕に突きたてようとした。
ルフィは慌てて手を引っ込めながら、


「危ねえっ!サンジ!お前今本気だっただろ!」
「ああ。食べ物に関しちゃ譲れねえなあ」


サンジは手の中で包丁をくるくると廻しながら口の端で笑う。
ルフィは刺されかけた腕を摩りながら口の中でぶつぶつと何か言っているが、
サンジはそれを見ないことにして夕飯の準備に戻った。

と、グルグルとルフィのおなかが鳴った。
ジャガイモに手を伸ばしかけたサンジは思わず吹き出してしまった。
振り返ると机に突っ伏したまま顔も上げないルフィがいる。


「・・お前の内臓全部胃なんじゃねえのか?」


しょうがねえなあ、と呟きながら、サンジは短くなった煙草を灰皿で
押しつぶしてから冷蔵庫を開けた。
牛乳と卵を取り出し、棚からパン、砂糖を持ってきて机の上に並べる。
どかっと目の前に座ったサンジをルフィは見上げる。
目に入った食材に、見る間に目が輝いていく。


「何?なんか食わしてくれんのかっ!?」
「ちょっと待ってろ」


ボウルの中に牛乳と卵、砂糖を入れかき混ぜ、塊になっているパンを
1枚分切ったものを浸し、フォークで軽く押さえる。
立ち上がりながら、シャツの胸ポケットから新しい煙草を取り出して
火を点けた。


「まだ食うんじゃねえぞ」


サンジはコンロに向かい、火を点けてバターを落としたフライパンを
熱し始めた。


「それちょっと持ってこい」


と、フライパンから目を離さずにルフィを呼ぶ。
ルフィはボウルを掴んでサンジの隣に走り寄った。
解けたバターの具合を見たサンジは、これで良いと判断したのか
ルフィの持っているボウルからパンを取り出す。
じゅう、と音を立ててフライパンに放り込まれたパンから漂ういい匂い。


「すげー、うまそう!」
「クソうめえぞ。おい、皿持ってこい」


サンジはルフィに言いながらフライパンを振ってパンをひっくり返す。
ルフィの持ってきた皿を片手で受け取り、両面に軽く焦げ目の付いた
パンを皿に盛る。


「出来た?出来たか??」
「あー、うるせえなあ。椅子に座って大人しくしてろ。と、あとは・・・」


言われたとおりに大人しく椅子に座るルフィを横目に見て(サンジが
手に持った皿からは目を離さないが)、口の中だけで笑ったサンジは
ハチミツのビンを取り出し、パンの上にとろりとそれを垂らす。


「ほら、俺特製フレンチトーストだ」


こいつに尻尾が生えてたら、きっとぶんぶん振っているに違いない、
と想像しながらルフィの目の前に皿を置く。


「熱いからゆっくり食えよ」
「やったぁ〜♪・・・ってあちいっ!」
「言っただろうが!」


サンジは、がつがつとフレンチトーストを口に詰め込むルフィを、
机の上にあった牛乳や卵のパックを片付けながら見る。


(にしても、うまそうに食うよなあ。こいつは)


冷蔵庫に牛乳と卵の残りを入れ、砂糖のビンとパンの塊を棚のもとあった
場所に戻す。
フライパンを流しに入れ、洗おうかとシャツの袖を捲くったとき、
いつのまにか皿を持って隣に立っていたルフィに気付いた。


「ん?」
「うまかった!ありがとな、サンジ」
「・・いいええ。お気に召していただけて光栄にございますよ、船長」


受け取った皿を流しに入れ、ふとルフィの顔を見たサンジは歩いて
行こうとするのを呼び止めた。


「ルフィ」


なに?という顔をして振り返ったルフィの顎を右手で捉える。
煙草を左手で流しに投げ入れてからすっと顔を近づける。

口、ではない。口の横。
軽く口付け。


「な、んだ?」


口を塞がれているわけではないので、サンジの口を受けたままルフィは話す。


「ん、ハチミツがさ・・」


サンジはほんの少しだけ口を離して答える。
サンジの唇はルフィの口の端に薄く触れたまま動くので、ルフィは
くすぐったいのか肩を押して逃れようとする。


「サンジっ!」
「まだ付いてるから」


サンジは動かないようにルフィの腰をしっかりと抱きとめた。
距離が近すぎるためにうまく力が入らない。
腕や足を動かして逃げようとしても、サンジの腕は解けない。

しばらくの間、サンジはルフィを離さなかった。




「よし、と」
「え?・・あっ・・と」

サンジが急に体を離したため、ルフィは思わずよろめいてしまった。


「なんだ?まだ足りねえのか?」
「なっ、もういいっ!いらねえ!」
「・・何勘違いしてんだよ。フレンチトーストはもういいのか?って聞いたんだ」
「・・知らねえよ!」


ルフィは右手で麦わら帽子を押え、顔を半分隠しながら食堂から出て行った。



「・・面白えやつ」

流し台にもたれ、新しい煙草に火を点ける。
口に銜えた煙草を指で挟みながら、少しだけ、唇に触れた。








alice1127様、ありがとうございました! くり坊