Feels at Ease







「カンパ〜イッ!」

本格的な夏を前に、みんなで飲もう、ということになった。

気心知れた高校からの、あるいは中学からの仲間たちである。





ってさ、ショートにはしたことないの?」

そう聞いてきたのは、今は美術系の専門学校に通っているである。

「うーん、ここ何年かはないなあ。」

「そういえば、高校時代も長かったよね。中学の頃は?」

「さすがにその頃はここまで長くはなかったよ。」

「へえ、見てみたかったなあ。乾は? 知ってる?」

2人の会話を頷きながら聞いていた乾に、は聞く。

彼とは大学も同じ。長い付き合いになる。

「俺? ああ、知ってる。短いのも似合ってたよね。」

「そうなんだ。」

「俺は今の長い髪も好きだけど。」

「まあ、は美人だから何でも似合いそうだけどね。」

「そんなことないよ。だって美人じゃん。」

「何言ってるのよ。あんたを狙ってる子、多いのよ。」

「え、うそ…………」

「ねえ、乾?」

「まあ、そうかな。俺もその1人なんだけどね。」

乾とは長い付き合いだが、いわゆる『恋人同士』ではない。

今のように軽く冗談で流す事はあるし、2人きりで出かける事もしばしばだ。

だが、そこで甘い雰囲気になるかといえば、そうではない。

これまで別に彼氏や彼女がいたこともあったし、『良い友達』だとお互い思っていた。

けれど、最近はそれぞれが『この人(こいつ)が一番』と感じ始めていた。

何となく異性としての好意をお互いに感じているが、決定打はどちらも放っていない状態。

ここまで来たら今更でもあるし、今までの距離感を変えるのも怖いのかもしれない。

万が一断られたりしたら、10年間培ってきた今の心地良い関係も終わってしまうのだ。





さん、飲んでる?」

いきなり、隣に座り込んで来た男がいた。

最近、何かとに絡んでくる奴だ。

仲間内の飲み会とはいえ、苦手なタイプはやはりいるものだ。

瞬間的に乾の視線が鋭くなる。

「う、うん、ありがとう。」

「ちょっと、いきなり何なのよ?」

「俺もさんと話したいな〜って思ってね。お前だけで独り占めはずるいだろ?」

最後は明らかに乾に向かって言う。

そんな挑発は相手にせず、乾は一口ビールをあおる。

「ふん………まあいいけどね。」

鼻白んだ雰囲気に気づきもせずに、その男は勝手に話し始めた。





「あー、今日はちょっと飲み過ぎたかも。」

、大丈夫?」

「うん、平気平気。ちょっとぼーっとするくらいで。」

盛り上がらない話に、ペースが早くなっていたかもしれない。

乾もいつの間にか席を移動して、別のグループと話し込んでいた。

自分もさっさと動けば良かった、と思っても後悔先に立たず。

そう焦らなくてもそろそろお開きの時間だった。



「乾ー! 、送ってあげて!」

「ちょ、、そんな大声で………」

「送ってもらうのなんて、いつものことでしょ?」

「そうなんだけど………」

乾もすぐに気づいて、2人に近寄って来る。

、飲み過ぎた?」

「うー、そうかも………」

「立てる?」

「うん、それは大丈………」

「じゃないみたいだね。」

足に力が入らなかった。

乾に抱えられて彼の腕にすがって、ようやく立ち上がる事ができた。





「平気?」

ベンチに座ったに乾がペットボトルの水を差し出す。

とも別れて、何とか電車には乗る事ができた。

だが、電車の揺れに身を任せているうちにさらに酔いが回ってきた。

とりあえず、部屋から最寄りの駅には到着したが。





「ありがと………」

水を飲むと少しはマシになった気がする。

「いいよ。女の子1人、放っておく訳にもいかないしね。」

「うん………ごめ…ん………」

「おい、?」

「スー………」

「ったく、マジかよ………」

乾の慌てた声を聞きながら、睡魔には逆らえずには寝入ってしまった。





何か暖かい物に身を寄せていた。

「ん………」

それが気持ちよくて、もっと身を寄せて密着する。

、起きた?」

すぐ近くで乾の声もする。

一定のリズムで揺すられ、また時々大きく体が持ち上がる。

「………?」

ふと、ここはどこだろう、と思う。

』と乾の声で呼ばれるのは気持ちがいい、と感じながらぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと目を開けた。





「え………?」

「やっと起きたか。」

いつもより視線が高い上に、耳のすぐそばで聞こえる乾の声。

は彼の背にいた。

暖かいと思った物は彼の大きな背中だったのだ。





「きゃっ!」

「おっ、と暴れるなって。落ちるよ。」

バランスを崩して落ちそうになり、慌てて乾の首にしがみつく。

彼の腕はしっかりとを支え、何があっても落としそうにはなかったが。

「起こすのもしのびなかったからね。」

「ごめん………」

だけど、恥ずかしい。こんないい年した大人がおぶわれているなんて。

「タクシーに…放り込んでくれればよかった………」

「拒否られるのがオチだよ。それにそんな距離でもないし。」

「もう………下ろしてくれて大丈夫……」

「駄目。まだ呂律回ってないよ。」

確かにまだ波の間を漂っている感じがする。

ここは甘えてしばらく運んでもらおう、とは思った。





「………………」

広い背中にもたれていると安心する。

自分は背が低くて小さいけれど、それでも人間1人なのに。

それを楽々と運ぶ乾に、男を感じる。

そんな風に時々自分たちの性差を見せられて、は何とも言えない気分になるのだ。

自分は一体どうしたいのだろう、と思う。

現状維持なのか、それとも進みたいのか退きたいのか………………





。」

「ん〜〜?」

背中に耳をくっつけていると、声が中から響いてくる。

いつもとは違うその響きもまた心地良い。

「………俺の部屋寄って行かない?」

「え?」

続いた言葉に思わず体を起こしていた。

彼が部屋に誘うのは初めての事だったのだ。

「そんな驚くなよ。」

苦笑まじりに乾が言う。

「だって………」

「俺の方が近いしね。」

「あ………もしかして重い? ごめん………」

「違うよ。俺が連れて帰りたいの。」

「どうして?」

「『どうして』って………うーん………ちょっと耳貸して。」

「耳?」

そんなに大声で言えないような理由なのだろうか。

自分たちの他にはほとんど人通りはないと言うのに。

それに、この状態でどうしろというのだろう。

しかし乾には自分を下ろす気配はない。

仕方なく、肩によじ上るように身を乗り出し、彼の顔の方へ耳を向けた。





『チュッ』という音とともに頬に柔らかい感触。

「え?」と振り向くと、今度は唇を奪われた。

「ちょっ………な…に………?」

「こういうこと。」

「『こういうこと』って………」

「お前、くっつき過ぎ。そんなに密着されたら、 俺も我慢きかないって。今日は変な奴も現れたし。」

「『我慢』って………」

「そんなに意外な事でもないだろ?」

確かに、乾は自分を好きだろうな、とは思った事はあるのだが。

「いきなり過ぎるよ………」

「だから、まず俺の部屋来ないかって誘ってる。」

それにしたって、いきなり過ぎる、とは思うのだが。





「嫌かな?」

眉根を下げて困ったように乾にそう聞かれたら、断る理由がなくて。

「まあ、いいよ………」

心の準備に割ける時間は、残りわずか。

子供じゃないんだし、お互い好きなら時には勢いも必要。

『好き』とは一言も言われてはいないが。

「どっちにしろ、このまま下ろして、バイバイなんて、そんなつもりはないからね。」

いけしゃあしゃあとそんな事をうそぶく乾に、勢い良すぎたかな、と少し反省しただった。




...END



岡さま、ありがとうございました!     くり坊