「あら、貞治遅かったじゃない」


リビングへ入ってかけられた第一声。
それは母親の怒鳴り声ではなかった。
90%以上の確率で怒鳴られると思っていたから、
優しい声にむしろビクっとした。






「・・・え、は・・・・・・」


怒って帰っていっただろう?




は礼儀はわきまえている。
俺にどんなに腹を立ててもうちの母親には「お邪魔しました」の
一言くらい言って帰る確率は100%だ。
これは覆らない。


・・・と言うことは、母が気付かなかったのか?
が帰ったことに。
だとしたら、尚更面倒だ。
俺がが帰るまでの経緯を説明しなければならなくなってしまう。






ちゃ〜ん、貞治来たわよ〜!」




俺が悩んでいると、母親が能天気な声を出した。




「え? 、いるのか?」




それに返すつもりではなかったが、
呟くように言った言葉を母は聞き逃さなかった。




「いるに決まってるでしょう!
 そのスープスパ、味付けはちゃんなんだからね!!」




その言葉に驚いた。




なんだ、帰っていなかったのか。
心配して損をした。




キッチンからサラダを持って出て来たは今朝10時頃うちへ来たときと
同じ顔をしているように見えた。
大丈夫、怒っていない。







::: 酷似 ::: 後編






の作ったスープスパは美味い。
サラダも豪華だ。
デザートまで用意してあるらしい。
は笑顔だ。
母も機嫌良く喋っている。
父が喋らないのはいつものこと。




だが、何かが違う。


隠し味はバターだろうか?


いや、そういう問題ではない。
違うのは味だけではなくて・・・空気だ。




一件和やかな食事風景。
しかしさっきから、が一言も俺と喋っていない。


やはりは怒っているのだろう。
怒って・・・。








食事も終わり、が後片付けを手伝うというのを母親が断った。
ナイス、母!!




俺は恐縮するの手を無理矢理引いて部屋へ戻った。
後ろで両親がどんな顔でこっちを見ているかなんて気にしない。




バタンと部屋のドアを閉めれば
さっきまでの笑顔を消して俺を見つめた。




「何を怒っているのか教えてくれないか?」


俺の言葉には眉根を寄せた。


「は?! わからないの? おかしいんじゃない?!」


両親のことを気遣ってか、少し小さな声ではあるが明らかに不機嫌な声。


「データ不足でね」


両手を挙げてお手上げのポーズをとる。


「貞治、私のこと嫌いだったりする?」


睨み上げてくるの眼は鋭い。


「話が飛躍しすぎだと思うよ。もしかしたら、
 午前中構えなかったことを怒ってる?」


だが、この件に関してははOKしたはずだ。


「もしかしたらって、それ以外に何があるのよ?!
 ってか、何がデータ不足よ?!わかってるんじゃないっ!!」


だから、俺にも言い分はある。


「俺は『少しデータ整理をしてから』と言ったはずなんだけど」


そう言ったら、の鋭い視線が和らいできた。






もしや、自分でOKしたことを忘れていたのか?
ならあり得る。
それが可愛いところなんだけど・・・






しかし、俺の言った言葉を忘れていた訳でも自身がOKしたことを
忘れた訳でもなかったらしい。
和らいだと思った視線がどんどん座っていく。
そして俺が目線を逸らした瞬間、まくしたてた。




「『少し』って何。私が家に来たのは10時半でしょ? お昼をごちそうになる予定だったら夕食前には帰らないと失礼だもの。17時頃には帰る予定だったわよ。そうすると私がここに遊びに来ていられる時間は6.5時間な訳。別におばさまやおじさまが嫌いな訳じゃない・・・っていうかむしろ好きだけど、お昼の時間は2人きりでいることができないのっ! そうするとお昼1時間マイナスして私が貞治のことを独り占めできる時間は正味5.5時間。そのうちの貞治がデータ整理に使ってた時間って何時間よ? 10時半から13時までの約2.5時間。貴方が大好きな確率だとか割合とかでいくと2.5÷5.5で45%以上も占めるじゃない! 滅多にない休日の45%を貞治は『少し』ですませる気?!」










「ごめんなさい」





の迫力に圧倒されて俺の言えた言葉はそれだけだった。
すると、は俺が素直に謝るなんて思っていなかったのか、
呆れたように言った。






「もしかして・・・もしかすると、本当にわかってなかったの?」






ポカンとしているが可愛い・・・いや、そうじゃなくて・・・そうなんだけど・・・・・・






「ごめん。『少し』かな・・・と。いや、でも言われてみればそうだな。
 俺が悪かった」






自分が悪い時は謝る。
これは基本だ。






「じゃぁ、別に貞治は私のこと嫌いとかじゃないの?」






今度は何故か恐る恐る聞いてくる
それにしてもおかしなことを聞く。






「嫌い? あり得ないだろう? 俺がを嫌う確率なんて1%もない」






ただ、そう思ったから言っただけの言葉にこもった妙な説得力。
それに、どちらからともなく爆笑した。


・・・ここで良い雰囲気とかが生まれる方が俺としては嬉しかったんだけど。








「テニスもデータも好きなまんまでいいから私のことも構ってね?」


つい先ほどまで怒っていたとは思えないほど可愛らしくが微笑んだ。


「悪かった。周りが・・・見えなくなってたみたいだ」




何かに一生懸命になっているのはいいんだけどバランスがねとが苦笑する。
その苦笑を見て俺が、はまだ俺のことを見ていてくれるなと
自信を持ってしまったのは内緒にしておこう。




「俺はのこと大切だから。嫌うということは100%ないと断言できるよ。
 それだけは信じてほしいな」




抱きしめて囁けばはコクンと頷いて言った。




「わかった。でも、不安になっちゃうこともあるから・・・たまにはそう言ってね?」




そうだな。
考えているだけじゃダメだな。


そう思って今、精一杯の愛情表現として
腕に少し力を入れたら「痛い」と怒られて、
その体勢のまま蹴られた。
今日は怒られてばかりだ。




梶岡様、ありがとうございました! くり坊