街外れの不動産屋の屋根の上、やっとここまで来たと一息
つくと、約束の木が目に入った。根元の辺りから伸びる二本
の長い足。きっとまたイチャイチャパラダイスなんていうふざ
けたタイトルの本を読んでるんだろうな飽きもせずに。不服
な思いとは裏腹にほころぶような溜め息が漏れた。金具の
錆びた雨樋に爪先をかけ、くんと曲げた膝をバネに、かかと
で高くジャンプする。なんなく草むらに着地し、できるだけゆっ
くりした足取りで近づいてゆくと、ああ思ったとおり。


「待った?」
「ん、あ……べつに」


 でかでかと印刷された18禁マークの表紙をぱたりと閉じ、カカシ
はもぞもぞと背もたれにした木の幹に少しだけずり上がった。青々
と地を覆う草の葉が太陽に照らされて芳しく香っている。


「もっとかかるだろうと思ってたくらいで」
「ほんと?よかった」
「ええ〜」


 おおげさに目を見開き、脇に肘をついたカカシは、再びず
るずると幹に後頭部をすべらせた。左目を覆う額宛がずれ
て深々と眉を隠し、下ろした口布に顎先を埋めて遠くを見や
る。まるで面白くないと拗ねている子どもみたいだ。


「よかったはないでしょ」


 低い声で主張するカカシの小脇にはイチャパラが収まってい
る。ついゴメンネと口だけで笑ってしまったけど、なぐさめる気な
んかこれっぽっちも含まない。一方、カカシもカカシでわざとやっ
ているのだから、私が笑ってみせると、かげった機嫌はすぐにも
とのポカポカ陽気を取り戻した。………あれ、なんだろう、ポカポ
カして、わーポカポカどころじゃない、ものすごくいい顔しちゃって。
なになに、なにがそんなに嬉しいの。


「ね、なんかいいことあった?」
「なんで?」
「そんな顔してる」


 私が膝を進めると、こちらを見つめたままカカシは
またこれ、ゾクゾクするくらい格好よく目をすがめた。


「もっとそばに来て」
「なん、」
「いいから」


 どぎまぎして、地面にふかふか広がる草色の絨毯に
手をつく。すぐそこに、私の肘にも届かない小さな花が
一輪、二人を繋ぎとめるように咲いていた。同じように
目を留めたカカシの指がぴくりと反応した。それを隠す
ように自分の頬をひっかき、カカシはてれてれ笑った。


「やーめた、恥ずかしいこと言っちゃう。耳貸して」


 なにがなんだか…な、この人のマイペースはいつものこと
だ。今日は何だろうと訝しく思いながらも頬を寄せると、ふら
りと上がったカカシの腕が結構な力でもって首に巻きついて
きた。勢いに負けてがん!と木の幹に額を打ちつけた拍子。


「……!」
「あの花が俺とお前の地軸だよ」

 
 空に羽ばたくような声色で言うから、怒りも痛みもちょ
ちょぎれた涙も、だらしなく寝そべるカカシの腹の上にみ
るみる拡散していった。奇跡を見たねえ俺たち、そう言っ
て、小刻みに後頭部を幹へぶつけながらカカシは嬉しそ
うに笑い声を立てた。






2005/06/02/Thu/21:22