武器屋のオヤジはカウンターの上に並べられた原石を手に取り、鑑定を始めた。合わせて6つ、乳白色の淡い光を放つ原石を、オヤジは転がしたりひっくり返したり、顔に近づけたり、離してみたりする。オレは腕組みしながら、オヤジのその一挙一動を見つめていた。
真昼間でも静か極まりないホールに、リフトの上に乗った学者が本をめくる音だけが響く。
ダゲレオは忘れ去られた大陸の南西に位置するセイクロブレス島唯一の建造物にして、世界最大の図書館だ。
知と水の集まる地と呼ばれるここでは、世界中の学問を志す者達が、日々研究を重ねている。昼夜を問わず誰かしらが本の頁をめくり、紙に筆を走らせるその音をして、初めて訪れた学者は必ずこう漏らすんだそうだ。
『ダゲレオほど、美しくも心地よい音楽を奏でる場所はない』。
……ああいう連中の嗜好ってのは、オレにはどうもよくわからねえ。
カウンターの向こうで原石を灯りにかざすオヤジだって、オレと同じだろうなと考えた。ずんぐりした体つきに無精ヒゲ生やした顔は、サイ族ってよりは冬眠明けの熊のほうがぴったりくる。「武器も知性の時代だよな」がオヤジの口癖だが、真っ赤なオーバーオール、頭にゃバンダナのいでたちで知性うんぬんと言われても、どうにも説得力はねえ。品物の鑑定時にかける愛用の銀縁眼鏡は伊達らしい。これがあるとダゲレオの学者っぽいだろと笑っていたが、似合ってねえよと、いつか言ってやるつもりだ。
「いやあ、かなりの上物だな。びっくりしたぜ」
オヤジはそう言って、ようやく原石をカウンターの上に戻した。溜息なんぞひとつ吐き、眼鏡をはずして目頭を瞼の上から指でさすっている。
言葉どおりいかにも驚いたってふうのオヤジを見て、オレは内心、浮き足立った。ただの原石だと思ってたが、ひょっとしてそうじゃなかったのかもしれねえ。ただの原石じゃねえ原石なんて、あるのかどうかは知らねえが。
「で、いくらになる?」
はやる気持ちを抑え、オレは訊ねた。カウンター越しに差し向かいのオレ達だが、椅子に座っているぶん、オヤジの目線はどうしてもオレよりも頭一つふたつ低くなる。オヤジは顎をひいて上目遣いでオレを見上げると、にやりと笑った。
「ひとつ150ギル、だな」
「さんざん勿体つけといて、それじゃいつもと同じじゃねえか」
「6つもありゃあ、合計で900ギルになるんだぜ。上等だろ、上等っ!」
オヤジが両手を打って強引に話をまとめるのは、オレが文句を言うよりも早かった。
「それじゃ、取引といくか。で、おめえ、いくつ売る気だ?」
こういうところは、悔しいがオヤジが一枚うわ手だ。諦めと切り替えの早さも商談には必要だった。オレは気を取り直すと顎をしゃくって原石を示し、オヤジに言った。
「6つ全部。代金は金じゃなくて」
「酒か?」
「ご名答っと。じゃオヤジ、ちょっと早いけど失礼するぜ」
オレはいつものようにカウンターの下をくぐり、奥にあるオヤジの自室へ向かおうとした。
オヤジとは、オレが1年と少し前にダゲレオを訪れた頃からの付き合いだ。オヤジは大の酒飲みで、霧の大陸から定期便が来るたびにいろんな酒を注文してはとり寄せていた。主に原石を売った金を酒代と称して、そのご相伴に預かっているのがオレだった。原石を売りに来たオレは大抵そのままオヤジの部屋にあがり込み、店が閉まるまで中で待った。その間にボトルを何本か開けるのも代金以上に飲んでしまうのもいつものことで、だからオレは、オヤジには頭のあがらねえところがある。こんなに日の高い時間からってのは、さすがに珍しいことだったが。
「ちょっと待てよ、四本腕」
しかし今日に限って、オヤジはカウンターのちょうど真下にきたオレの頭を押さえつけて言った。ちなみに四本腕はオレの通り名で、本名じゃねえ。
「おめえ本当に、900ギル全部酒に使う気か?」
「いいだろ別に。オレの勝手だ」
屈んだ姿勢のまま、オレはオヤジを見上げて答えた。前に進もうにも、オヤジのぶっとい腕がオレの頭を押さえつけててびくともしねえ。
「おめえな、せっかく少しまとまった金が手に入ったんだろ。いい加減、もうちょっと他のことに使おうとか思わんのかよ」
「他のことって何だよ一体」
「旅支度に決まってるだろ。た・び・じ・た・く」
オヤジの問いに答える代わりに、わかってんだろ、聞くなよそんな事と上目遣いで睨んでみたが無駄だった。顔は一応笑っているが、オヤジはオレを放そうとしない。
オレは舌打ちした。どうやら言わなきゃいけねえらしい。腹に力を込め、何でもねえような口ぶりをつくるのが、せめてものオレのプライドだ。
「もういいんだよ。旅とか冒険とか、そういうのはさ」
「おめえそりゃ、トレジャーハンターのランクSになるって夢は諦めたってことか」
「向いてねえのがよくわかったんだよ。オレにはやっぱり、龍神様のおこぼれの原石集めくらいが性に合ってるんだ」
ダゲレオの1階奥には、この地を守ると言われる龍神を祀った石碑がある。そこに原石を捧げれば龍神の加護とアクアマリンを得られるってのは、そのからくりはどうあれ、ここの人間にゃ知られたことだ。宝石一つにつき、必要な原石は四つ。新参の学者や冒険者はこの比率を掴まねえうちに試すから、たいてい原石を余分に置いていくことになる。
数が合わずにアクアマリンになり損ねた原石は、石碑と後ろの壁との隙間に転がってることが多かった。オレは誰もいないのを確認して、そこに手を突っ込む。見つけた石をオヤジの店に持ち込む。元手ゼロで金を稼ぐにゃ、効率のいい方法だ。
ここにある6つの原石も、つまりはそういうことだった。
「おめえ、それは賽銭ドロだな」
「ああ」
「原石ばっかりどこから手に入れてんのか、いつも不思議に思ってたんだよ、俺は」
「だろうな」
「まったく、トレジャーハンターが聞いてあきれるぜ」
「だから言ったろ。向いてなかったって」
もう一度舌打ちしたい気分になった時、不意にオレを押さえつけていたオヤジの力が緩んだ。いきなり圧力から解放されたせいで、オレは勢いあまってカウンターの木板に頭をぶつけた。後頭部にクリーンヒット。目の前で火花が飛んで、オレはその場に屈み込んだ。
「いってえな。何すんだよ」
「ああもう、なっさけねえな、四本腕!」
「仕方ねえだろ。オヤジがいきなり手え放すから」
「違う! 俺が言ってるのはそこじゃねえっ!」
オヤジは立ち上がり、声を荒らげて言った。
「おめえがここを旅立った日、俺はまだ憶えてるぜ。『オヤジ、オレは行くぜ! すげえ奴がいたんだよ。そいつ、トレジャーハンターランクSに格付けされてるんだ。本物だよ。オレ、ランクSの人間に初めて会ったんだ』ってよう、興奮して、目輝かせてさ」
もちろんオレだって憶えている。そいつに会ったのは、お宝を求めてここダゲレオにやってきて、しばらくした時のことだった。
トレジャーハンターを名乗る奴は世の中に星の数ほどいたし、オレ自身、数え切れないくらいの同業者達と出会った。しかしそいつらのほとんどは、ランクで言えば、H、G、FかせいぜいEクラス。警備が厳重な金持ちの邸宅からじゃなく、そこらの通行人から物をかっぱらうような、ケチな連中ばかりだった。オレを含めて、ってことだが。
だからこそ、たまたま拾った『ランクSの証』は、オレをとてつもない有名人にしたてあげることになった。AやBにランクされる奴にだってめったにお目にかかれねえのに、トレジャーハンターの最高峰、ランクSの称号を与えられてるとなれば当然だ。仲間内の誰もがオレに畏敬の念を抱いた。強い奴だけがオレの名を知ることができる、そんなふうに嘯いて、オレは本名を明かさなくなった。ここのオヤジと知り合ったのもその頃で、おかげでオレは、以来ずっと『四本腕』って仮の名で呼ばれている。
それまでオレは、ランクSなんて、誰も辿りつけない領域のものだと思っていた。到達できたのは怪物みたいな奴で、しかも大昔の話だろうと信じて疑わなかったのは、件の証がかなりの年代ものだったせいもある。
しかし、いた。確かに存在した。ランクSのトレジャーハンターを見たのは、あの時が初めてだった。
そいつは怪物でも何でもねえ、どっから見てもただの人間だった。しかもオレよりも、おそらくはずっと若い。
驚いた。衝撃だった。こんなガキがランクSかよ、と。
だけど同時に興奮もした。
こんなガキにできるんだ、オレにだってやれるんじゃねえか。オレも自分自身の力で、ランクSの証を手に入れられるんじゃねえか。
そう思ったら心が躍った。やってることはスリやこそ泥でも、オレもトレジャーハンターである以上、いつかは本当のランクSに、歴史に名を残すような冒険家にって夢見てないはずはなかった。そしてその夢を体現しちまった男を目の前にしてたんだ。いてもたってもいられなかった。
「ああ、その通りだよ。オレは勇んでここを発ったけど、ランクSの証どころか、結局何にも手に入れられずに、ここに舞い戻ってきちまったんだ。でもさ、仕方ねえよ。無理だったんだよ、オレには」
オレは立ち上がりざま言った。ぶつけた頭はまだじんじんと痛んだが、こんな台詞、しゃがみこんだ姿勢じゃ、よけい惨めだ。オヤジは憮然とした表情で腕を組み、「けっ」とつまらなそうな声を出した。
「これでも俺は待ってたんだよ、おめえがまた旅に出るって言うのをさ。それなのにおめえときたら、いつまでもウダウダ酒ばっかし飲みやがって」
「そんなのオレの勝手だろ」
「しかも原石は龍神様のとこから盗んできただって? 俺にもバチがあたったらどうすんだ。恨むぞ呪うぞそうしたら」
「あたるわけねえだろ。とにかくオレは飲むからな、900ギルぶん……」
言い終わらないうちに、オヤジが勢いよくカウンターを叩いた。その振動で原石どうしがぶつかり、小さな音をたてる。
「決めたぜ!」
オヤジの勢いにひるんだオレは一瞬、決めたって何をだよ、と問うことすら忘れた。普段めったな物音じゃ動じない学者でさえ、ホールの隅から調べ物の手を止めてこちらを見ている。
「外だ。おめえ、外行って来い!」
「はあ?」
「外行って原石以外のもんとって来やがれってんだ、トレジャーハンター」
明らかに好戦的な口調でオヤジは言った。
「それまで、これは俺が預かっとく。当然、酒もなし。金もなし。決まりだ!」
オヤジはそう言って、両手でカウンターの上の原石をかき集める。
「一年ちょい前におめえがランクSを目指して旅にでるって言った時、俺はおめえを見直したよ。単なる酒飲みの冒険者だと思ってたが、偽物じゃなく、自分の力で本物の夢を掴みたいなんてよ。これでも応援してたんだぜ。……ここに戻ってきた後も、俺は信じて待ってたんだよ。おめえがいつまたここを発つって言い出す日をさ。確かにおめえは帰ってきてから、スリを働いたりしなかったし、俺の酒だって、ごまかして飲んだりはしなかった。だけどあろうことか、原石を龍神様からネコババしてただあ? ああ、おい、四本腕! 俺は情けねえぞ。なっさけねえったらよう!!」
普通にしててもオヤジのだみ声は、ダゲレオのしんとしたホールによく響く。これだけ怒鳴れば建物の端から端、オヤジがライバルと目する合成屋のじじいが店を構える、向こう側のホールにまで聞こえるだろう。
「さっきから、情けねえ情けねえって言うなよなオヤジ」
「情けねえから情けねえって言ってんだよ俺はよ!」
「オレのことだろ放っとけよ」
「情けねえやつを情けねえって言ってどこが悪いんだよ!」
「だからよけいなお世話だろ! 情けねえ情けねえって連呼するなっつうの!」
「うるせえ、悔しかったらさっさと外に出てお宝でも探して来いってんだ! そうすりゃ何も言わねえ、ついでに俺が大切にとっといたトレノワインの30年物でもなんでもくれてやるからよう!!」
「ああそうしてやるそうしてやるよ後悔すんなよオヤジの秘蔵のワイン風呂あがりの牛乳みてえに腰に手ぇ当てて惜しげもなく一気に飲み干してやるからな憶えとけ!!」
オレ達はカウンターを挟んで鼻と鼻がつきそうなほど近づけ、互いを睨み、
「けっ!!!!」
同時に言い放ち背を向けあった。
できる限り勢いをつけて四本の腕を振り、しかし歩調はゆっくりと、大股に図書館の通路を歩く。建物の床に張られた水が撥ねて脹脛を濡らすのを感じながら、オレは背後の気配に意識を集中させた。
<さっきは悪かったよ四本腕、外は危険だぜ。いいからやめとけ、ほら、こっちに来いよ>
そんなことを言いながらオヤジが追ってくる、はずもねえとはわかっているが。
すれ違った赤魔道士の男が、オレと目が合ったとたん視線をそらした。やはりさっきのやりとりは、館内中に筒抜けらしかった。
オレはオーバーに足音をたて、図書館を後にする。館外に出た途端、お天道(てんと)様の眩しさに目がくらんだ。
めいっぱい息を吸い込んだ時、潮をたっぷりと含んだ、濃厚な海の匂いを嗅いだ。ダゲレオのひんやりと湿った空気に慣れきった肺には、少々きつすぎるくらいの。
ああ、そうかよ。上等じゃねえか。
ずいぶんと久しぶりな気がする陽光を体に浴びながら、オレは差し当たり、腕組みをした。
NEXT BACKtoSTORIES BACKtoINDEX