「すごいだろ?かっこいいだろ?これがこの研究所の目玉商品になる予定の一大発明品なんだ」
「ほんとにこれ、試していいの?そりゃ、見たいって頼んだのは私だけど・・・」
「その為に誰も来ないこんな早朝にわざわざ研究室まで来たんだろ。俺達自慢のこのマシンの初運転をこっそり二人でするためにさ」
私の肩越しに分厚い強化ガラスケースに入っているマシンを覗き込んで微笑んだレイは、この研究所の研究チームの一員でもあり、そして私の恋人でもあった。大昔、ある天才科学者が発案したという『これ』は、何代もかけて改良を加えられてきた。そして今、彼らによってやっと実用に踏み込めそうな試作品が完成したのだ。
「あなたの名前も、彼女みたいに歴史に残るかしら?」
マシンに刻んであるIDコードに目を落とす。『ジャンクション・マシーン・エルオーネ』。
それがこのマシンの名前だった。
「エルオーネ、か。単なる開発コードでしかないと思うけどね。彼女、もしほんとに実在するならあの有名な『魔女とSeeDの戦い』と同じ時代の人のはずだろ?・・・ま、あれだってガーデンに都合のいい、ただのお話ってやつだろうし。大体魔女といいエルオーネといい、そんな妙な力のある人間がいるなんて、現代じゃ聞かないじゃないか」
「そんなの分からないじゃない。レイって夢が無いわよね。つまんないなあ」
「つまんないって・・・ずいぶんな事言うなあ。さては、怖いんだろ。いくら気の強い君でも、やっぱり過去に行くだの人の頭の中に入るだの、怖くても無理無いからな。ま、もともと他の研究メンバーには内緒だし、怖じ気づいたんならそれでもいいんだけど」
悠然と――いくらか芝居がかってはいたけれど――マシンに近寄り、私の方へと振り向いたレイは、いたずらっぽい表情を浮かべた。
「怖じ気づいてごまかしてるのはそっちじゃない?自分の研究品なんだから、もっと自信持ちなさいよね。それに、私は・・・」
一瞬、間を置いた私の顔を、レイは少し首をかしげて覗き込む。この表情が、私はとても好きだった。
「あなたと一緒なんだもの。怖い事なんてないわよ」
私の言葉に顔を赤くしてしばらく天井へ視線を泳がせていた彼は、やがて真顔に戻ると、今度は真っ直ぐ私の目を見ながら言った。
「俺だって、君と同じ気持ちだ。それに・・・この実験が無事終わって、研究に区切りがついたら、その・・・言いたい事があるんだ、君に。その、すごく、大事な事」
言いたい事。その意味は、何と無く分かった。
「・・・これが終わったら、ね。私も、あなたに言いたい事があるの。・・・大事な事」
私の気持ち。そして、私にとって・・・私たちにとって、大事な事。彼は、いつもの様に微笑んで受け入れてくれるだろうか?
「さ、そうと決まったらとっとと始めよう。他のメンバーは年寄りばっかりだからな、朝が早いんだよ。早くしないと、ばれて大目玉だ」
照れ隠しに冗談めかして言う彼は私の返事を待たずにマシンを起動していた。こういう子供みたいなところも愛しくて、ついつい笑いがこぼれてしまう。
「さて、ジャンクション先は・・・いきなり冒険はちょっとアレだし、俺か君の過去ってのが無難なんだよな。ちなみに俺、君のアタマの中なんてすっごい興味あるんだけど」
「・・・嫌だって言ったって、聞くような人じゃないでしょ。いいわ、行ってみましょ。私の意識の中に。昔の、私のところへ」
マシンからエネルギーが放出され、ほんの一瞬のような、永遠のような意識の白濁が起こり・・・頭の中に、さまざまなヴィジョンが飛び込んできた。これは、人間の意識だ。・・・私のではない、大勢の誰かの意識。もしかして、実験失敗?そんな焦りよりも、私はこの視界の移り変わりについていくのが精一杯だった。さまざまな時代、さまざまな場所。しかし、めまぐるしく移ろうその意識にも共通点があった。病人を奇跡で治す慈しみの心を持った女性、その不思議な力で体にそぐわない大きな木切れを操って男の子達を追い掛け回す無邪気な少女、人々から言われ無き弾劾を受け涙を流す人・・・そう、彼女たちは皆『魔女』だった。そして最後に、私は昔読んだ童話に出て来たような薄暗い城の、広間の玉座に座っていた。いや、『私』がいたのではない。『私』が入っている魔女が、そこにいるのだ。
「SeeD・・・」
『彼女』は、忌々しげに、はき捨てるように呟いた。その瞬間、私は・・・置いてきたはずの体が、心臓が大きく一回、ドクンと脈打つのを頭の中で聞いたような気がした。魔女とSeeD?ここは、彼女は、あの、「魔女とSeeD」の魔女なのだろうか?
「SeeD、SeeD、SeeD!」
けれど・・・この声。広い部屋の中でいくらかくぐもってはいるけれど、この、声は。
「なぜだ、なぜ私の邪魔をする?!」
暗い部屋の中、何人かの人の気配はするもののその先にいるであろう『SeeD』の姿は見えない。憎しみ、怒り、苛立ち。その声音と同じで、『彼女』の頭の中を巡る感情は、それがすべてだった。その感情の渦に飲み込まれそうになりながら、そして言いようの無い不安を感じながら、私は『彼女』の中で懇願する。まさか・・・嘘だ。違う。こんな事って・・・
暗闇の向こうで、『SeeD』はゆっくりと、その名を呼んだ。姿こそ見えないけれど、まだ少年と思われるほど若く、そして意志の強さをにじませた声が、恐れていた、しかし思っていた通りの名を。
「・・・・アルティミシア」
・・・私の、名前を。
瞬間、再び意識の白濁が起こり、気がつくと私は研究所に戻っていた。あれは、確かに私。だけど、私は知らない。私が知らない、私の過去?それともあれは過去ではなく、未来だったの?あの伝説の魔女は、私自身だったの?ショックと混乱の中で、隣のレイが目を覚ますのが目に入った。あそこに迷い込んだのは、私だけであって欲しい。その淡い期待も、青ざめてこちらを凝視しているレイの顔で、断ち切られた。
「レイ・・・」
「・・・どういう事なんだ?何だったんだ、今のは?」
自問自答するような彼の声は、私が今まで耳にした事が無いほど低く、冷たかった。
「・・・レイ」
「・・・あれは、伝説の魔女だ。あれは、何なんだ?君は魔女なのか?あの伝説の魔女は、確かに君の声だった!SeeDは、確かに君の名を呼んでいた!」
「レイ!」
「寄るな!」
その一言が、彼の怯えきった目が、心臓に突き刺さったような気がして、私は反射的に胸を押さえていた。私は・・・確かに、魔女だった。記憶も無いほど幼い頃、この力を受け継いだ。誰にも、彼にも話していなかったのは、私にとってあまりにも自然過ぎたから。呼吸している事とこの力が体に宿っている事は、何ら変わらない事だと思っていたから。
「・・・・この力の事、話そうと思っていたの。あなたの仕事が落ち着いたら、その時には私、あなたの『話』の後に、私の気持ちと、この力の事・・・」
何時の間にか、私は涙を流していた。私が落ち込んだ時、涙を流した時、レイはいつもその優しい瞳で私を見つめ、抱き寄せてくれていた。けれど・・・
「うるさい!寄るな!俺を・・・俺達を今までだまして、いったい何を企んでたんだ?!この・・・魔女め!!」
彼の瞳に浮かんでいるのは、怒りと恐怖。それだけだった。
「魔女・・・?」
彼の言葉を反復しながら、私は無意識の内に彼に近づき、腕を伸ばしていた。確かに、あの魔女は、私。なぜあんなところにいたのかは、私にも分からない。でもレイ、私は私なの。魔女でも、それが私なの。私の事愛してるって言っていたのは、嘘なの?今なら、間に合うから・・・いつものようにこの腕を取って、大丈夫だよアルティミシア、そう言って欲しい。あれは夢なんだ、大丈夫、俺がついてる。頭の中で彼の優しい言葉を夢想した、その一瞬。
「来るなぁーーーーー!!」
半狂乱で側にあったジャンクション・マシーン・エルオーネを手に取り私へと振り上げるレイの姿が、まるでスローモーションの様に感じられた。冷たい光を放つ、金属の固まりが、真っ直ぐ私に振り下ろされる・・・そう思った次の瞬間目に映ったのは、がしゃんと音を立てて転げ落ちるマシンと血で真っ赤に染まる無機質な研究室のフロア、そしてさっきまで『レイだったもの』が、ごとりとその床に倒れるさまだった。
「レイ・・・どうして・・・?」
ますます広がっていく血の海と引き裂かれた彼の体を交互に目にしながら、誰にともなく呟いていた。レイは、死んだの?私が・・・殺したの?これが魔女の力なの?
「どうして・・・」
頭の中が真っ白になる。思い浮かぶのは、私を見つめていた彼の怯えた目。何か得体の知れない化け物を見るような。
何が起こったのか分からない。彼が私を襲ったのも、私が彼を殺したのも、私が魔女だったせいだって言うの?私自身は、何も変わらないのに。それなのに、彼は一瞬にして私を恐れ、憎んだ。私が、魔女だと知ったから。私を愛してくれていたのは、そう言ってくれた過去は、一瞬にして消え去った。私を殺そうとさえした。人に恐れられ憎まれる、それが魔女なの?それが私の運命なの?
―――だったら。
そんな運命、要らない。一瞬にして崩れてしまうような恋人との日々、幸せな過去、そんなもの必要ない。魔女だというだけで恐れ離れていく人間達もそんな人間達との未来も、欲しくない。私だけで、いい。今だけでいい。過去も未来も人間達も存在しない世界、私にはそれを作る力がある。私の、魔女の力なら、きっとそれが出来る。
部屋の外からざわめきが聞こえてくる。他の研究員たちがやってきたのだろう。この状況を見れば、彼らもレイと同じように私のこの力を恐れ、憎み、そして最後には死んで行くだろう。私の手によって。私は魔女なのだから。それが人間達の望む魔女の姿なのだから。
ふと、傍らの壊れてしまったマシンが目に留まる。ジャンクション・マシーン・エルオーネ。人の意識を過去に送る事が出来たという、不思議な女性。すべての過去を一つにするには、過去へ溯るには、彼女の力が必要だろう。そして、彼女は、実在する。『伝説の魔女』と、『伝説のSeeD』が存在したのだ。彼女がいないはずが無い。私たちが行った、あの時代。あの世界のどこかに、彼女はいる。そして、あらゆる時代の魔女達。私たちは引かれ合う。あの時彼女たちの意識の中に迷い込んだのが、その証拠だ。マシンが無くても、私は彼女たちを探し当て、『ジャンクション』出来る。同じ運命を背負った異なる時代の魔女(わたし)達。魔女は一つに。そして時間と空間を圧縮し、すべての存在を否定しよう。




To Be Continued to FF VIII







 ファイルには、作成日 1999年12月9日とありました。生まれてはじめての創作が、この「Black Balloon」です。
 FF8、アルティミシア、救いのないラスト(笑)。今の自分が書く話とはずいぶん違うなあ……と、読み返して改めて驚きました。短くて言葉足らず(これは相変わらずですね。進歩がないな)だったり、読みにくい・わかりにくいところがたくさんあったりするのですが、文章にはあえて手を加えていません。余分なところについていた読点を一つ消して、最後の英語を直しただけです(笑 )。
 今以上に稚拙な文章ですが、「ものを書く」楽しさを知ったのは、ここからでした。なので、ひっそりと展示しておくわがままをお許しください。
 ここまでお読みくださった方、いらっしゃいましたら、どうもありがとうございました。
(9/19/2003 緋未)







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