ヒルダガルデ3号を迎え入れたアレクサンドリアのドックは、大勢の兵士達であふれかえっていた。誰もが自国の女王の帰還を喜び、手を取り合って喜んでいる。一足先に下船したガーネットが、駆け寄ってくる者ひとりひとりと手を握りあう姿を、マーカスは飛空艇のタラップの上から見ていた。
「ひとまずは、めでたしめでたし、だな」
「そうっスね」
背後からのブランクの言葉に、前を向いたままこたえる。
ガーネットは目に涙をうかべていた。何か言葉をかけられると、うなずき、微笑み、言葉を返す。ガーネットの少し後ろに、スタイナーとシドがいる。ガーネット同様、スタイナーもたくさんの兵達に囲まれていた。
「おい、オメーら、なにぐずぐずしてんだぁ? こっち来て手伝え。姫さん達の別れの挨拶がすんだら、はやいとこリンドブルムに戻らなきゃなんねえんだからな」
「了解っス」
どなるバクーに促され、マーカスはあわてて、ブランクとともに甲板まで走った。
クジャが倒れた今、ブランクの言うとおり、確かに『めでたしめでたし』だった。――これまた彼の言うとおり、少なくともタンタラス団にとっては、ひとまずは、だ。
「俺達は、もうひと働きしなくちゃならないけどな」
英雄が七人揃わなくては、物語は大団円で終われないのだから。
「おじさま、バクーさん、ブランク、マーカス。本当にどうもありがとうございました。それから、……ジタンのこと、よろしくお願いします」
ヒルダガルデから降りる直前、ガーネットは懇願するように言った。
鈴を転がしたようだ、という覚えがあった声は、その日は少し低く、かすれていた。誰もいないところで泣いたのだろう。両目は腫れて真っ赤だった。
「ダガーは何も心配するなって」
「そうっスよ。俺達にまかせておくっス」
ブランクとともにタンタラス団の敬礼をしてみせると、ガーネットも遠慮がちにうなずいた。
艇の上ですごした七日の間、ガーネットはほとんど何も食べようとしなかった。仲間達に諭され、やっと飲み物を口にする程度だ。もともと華奢だった体が、たったの一週間で、痛々しいほどにやつれてしまった。見かねたシドが、せめて戦いの疲れが癒えるまでリンドブルムに留まってはどうかと提案したが、ガーネットはきっぱりと首を振ったのだった。
――おじさまのお心遣い、とても嬉しく思いますわ。けれど、アレクサンドリアでは、民たちがわたくしを待っていてくれます。戦いの終わった今、一刻でもはやく国に戻り、皆のために尽くしたいのです。
彼女の後ろに控えるスタイナーに支えられるようにしながら、ガーネット姫は先に飛空艇を降りていくビビやエーコ、フライヤに別れを告げた。最後には、きっとアレクサンドリアにも遊びにきてね、と微笑みさえ浮かべながら。
「さっき、ダガーがここを出て行く前にさ。俺、ボスに言ったんだよ。てっきり、ダガーはもう一度イーファに戻りたいって言い出すと思ってたって。そしたらボスがさ」
マーカスが目を合わせると、ブランクは肩をすくめて続けた。
「『たいした姫さんだよ。まったくジタンのやつ、いーい女に惚れたもんだよな』だってよ。マーカス、お前、どういうことかわかるか?」
わかる……ような、わからないような。
「思ってたよりダガーが強い人だってことには同意っスけど」
「ああ。俺もそんな感じさ」
それきり、ブランクはまた正面を向いてしまった。なんだか煙に巻かれたような気分になったマーカスは、目をそらすタイミングを失い、黙り込むブランクの横顔を見つめていた。
こと、こと、と、板を踏む足音が近くなった。
「――待たせたな。それでは出発じゃ。それから、外側の大陸まで、このミコトを連れて行くことになった。よろしく頼むぞ」
シドに続いてタラップを上ってくる少女を見て、思わずマーカスは息をのんだ。
「そいつは?」
驚いているマーカスにかわって、ブランクがシドに訊ねた。彼も同じことを考えていたのだろう。こころなしか、声がうわずっている。
「私はミコト」
日の光を浴びてきらきらと輝く金髪の少女は、ブランクに問われると、伏し目のまま小さく言った。
名前と声に、覚えがあった。七日前、イーファの樹が暴走を始めた時、レッドローズから通信でジタン達の居場所を知らせてくれたひとだ。
「ベアトリクスと、ガーネット姫から頼まれてな。この娘を黒魔道士の村まで送り届けることになった。詳しくは道中話すとしよう」
「それじゃ、この嬢ちゃんを、黒魔道士の村まで送り届ければいいんだな」
「うむ。……自力で帰る、とも言っておったらしいが、かまわんじゃろう?」
「もちろんだ。ついでだかんな」
バクーはミコトのそばまで歩み寄ると、腰を落として、ミコトの顔をのぞきこんだ。
「自分の状況が、あんまりわかってねえって顔だなあ?」
「……そんなことはないつもりよ。あなた達の飛空艇に乗せてもらえるのでしょう」
表情ひとつ変えないミコトに、バクーはゴーグルの奥の小さな目をわずかに見開いた。
「なるほど。緊張してるわけじゃねえようだな。まあいいさ。嬢ちゃんもレッドローズの中に閉じ込められっぱなしで、疲れてるだろう。また飛空艇の移動で気の毒だが、せいぜい楽にしてな。ああ、そうそう」
にぃーっと白い歯をみせ、バクーは言った。
「イーファの樹じゃ、あいつらの居場所を知らせてくれて、ありがとうよ」
「お礼をされるようなこと、私は何もしていないわ。彼も結局、イーファの樹に残ってしまったもの……」
「なーに、俺らがこれから迎えに行ってきてやるんだ、めそめそすんな!」
からからと豪快に笑うバクーを、ミコトは静かに見つめるだけだった。ありがとうと微笑むでもなく、そんなんじゃないわと強がるでもなく。
ジタンと同じ髪の色、ジタンと同じ青い瞳。姿かたちは、本当によく似ていた。けれど、もの静かな雰囲気のミコトは、くるくると表情の変わるジタンとは、ずいぶん印象が違っていた。活発さの象徴のように思われたジタンの尻尾も、彼女についていると、ひどく不釣合いなものに映った。
マーカスは、ずっとミコトを見ていた。
もちろん、文句なしに綺麗な女の子に見とれていた、というのもある。実際、ミコトを前にして、ジタンが美形だったことに今更ながらに気づいたほどだ。
けれども、どちらかといえば、長い間家族のように濃密な時間をすごしてきたジタンと似ているのに違う、その不思議さにひかれたのだと思う。
バクーがバチンと両手を鳴らしたとき、マーカスはようやく我に返った。
「さあ、嬢ちゃんは、客室でも借りてゆっくり休んでな。ブランク、マーカス! 俺らは出航を手伝いにいくぜ!」
慌てて敬礼でバクーにこたえる。こちらを見てにっと笑うバクーに、自分ですら理解不能な心の奥をのぞかれた気がして、なぜだか顔が赤くなった。
リンドブルムに到着した一行は、数日の準備期間をおき、カーゴシップに乗り換えて黒魔道士の村へと向かった。さすがに丸七日以上もの旅を続けたヒルダガルデは、じゅうぶんに時間をかけた整備点検が必要だったし、霧機関にかわる新しい動力の研究開発のため、ドックに停泊させておかなければならなかったからだ。
捜索隊は、三人のみだった。バクー、ブランク、そしてマーカス。
ヒルダガルデに戻った英雄達のなかにジタンの姿がないのを確認した後、タンタラス団は艇内で緊急会議を開いた。仲間の救出のため再びイーファの樹に戻ってくることは、すぐに全員一致で決まった。シドもその意見に賛成し、飛空艇を貸し出しを了解してくれた。彼としても、もっと兵を派遣したいのは山々だったが、今はリンドブルムじたい、復興作業の真っ最中だ。クジャを倒したあとのイーファ暴走による大地震で、さらに被害が拡大してしまった場所もあった。ジタンの救出に、人手を割きたくても割くことの出来ない状況なのだ。
タンタラス団も、当初はメンバー全員が外側の大陸行きを志願したが、バクーはブランクとマーカスの二人を連れて行くのみに止めた。シナとゼネロ兄弟らは、リンドブルムに残って街の復興作業を続ける。
「なーに、飛空艇にジタンを乗っけて、戻ってくるってだけの役割だ。大勢で行ったってしょうがねえかんなぁ」
あくまでも楽天的なバクーだったが、黒魔道士の村に近づくにつれ、皆は言葉少なになっていった。
大型飛空艇に比べると揺れも激しく、決して乗り心地が良いとはいえない。薄暗い船室は、空気がひんやり冷たく、少しだけかび臭かった。
「村が見えてきたぜ」
窓ぎわに立っていたブランクが、外を眺めながら言った。それを合図に、マーカスも立ち上がる。
「どこへ行くの?」
壁に背中をつけ、両膝を抱えこむようにして座っていたミコトが、顔をあげて訊ねた。
ヒルダガルデの中で、シドから少しだけ話を聞いた。ダガーによると、ミコトは、ジタンの妹のような存在らしい。ミコトを預かる時にダガーから聞けたのはそのくらいらしく、詳しいことは、ミコト自身も何も語らない。それどころか、彼女は、リンドブルムを発ってから一度も口をきかなかった。カーゴシップに乗り込んでから、同じ姿勢で、じっと何かを考えるようにうつむいたままだった。
やっと声を聞けたことにほっとしたような気分になりながら、今度はマーカスが答えた。
「ミコトさんは、そのまま座っててくれれば大丈夫っス。俺達は甲板にいるボスといっしょに下船準備っス。ちょっと揺れるっスからね、気をつけてください」
そう、と短く返されて、妙に浮かれてしまった自分が恥ずかしくなり、マーカスは頭をかいた。
「心配いらないっスよ。ジタンさんは、すぐに俺達が連れて帰ってきますから」
「……私は別に」
ミコトの返事に、そっけねえなあ、とブランクが肩をすくめた。
「まあ、いいんだけどな。ジタンみたいにうるさいのが何人もいても困りもんだし」
「それじゃミコトさん、俺達は行ってくるっスっス。あとで呼びにきますから、完全に着陸するまで立ち上がらずにそのまま待っていてくださいね」
ブランクのあとについて船室を出て行くとき、ミコトのほうを振り返った。呼び止められたような気がしたからだった。
「ミコトさん? 何か言いました?」
返事はない。ミコトは、ちょうど彼女の正面の壁の明かり取りに目をむけたまま動かなかった。
「呼ぶ声が聞こえない」
「え?」
やはりマーカスには答えずに、ミコトは、ゆっくりと唇を動かした。かろうじて聞き取れた声に、マーカスは言葉を失った。
――彼はもう、いないかもしれないわ
「ミコトさん……」
「おい、マーカス! 早くしないとボスにどやされるぜ!」
はっとして、はじかれたように部屋を駆け出した。ミコトのことが気にはなったが、それ以上そこにいてはいけない気がした。ブランクの背中を追いかける間も、マーカスの頭のなかに、長い睫毛と寂しげな瞳がいつまでも残っていた。