"farewell"-1



「今日はいいお天気だから、北ゲートまでよぉく見えるわっ」
 リンドブルム城、屋上。望遠鏡を覗きながら小さな体を展望台に乗り出すようにして、エーコは声を弾ませた。
「エーコ、そんなに身を乗り出したら、危ないわ。もしも転んだりしたらどうするの?」
 彼女の天真爛漫な様子を隣で見守っていたリンドブルム大公妃ヒルダガルデは、優しげな声に心配の色を滲ませながら言った。
「だいじょうぶよ、エーコはそんなドジじゃないもの。そーんなコドモみたいな失敗するなんて、ビビじゃあるまいし……」
 エーコが肩で切りそろえた髪を揺らしながら、くるりと振りむく。望遠鏡から離した両手を腰にあて、大きな瞳をヒルダの方へと向けて、子供扱いされたことに抗議しようとした、その時。
「おお、こちらでしたか、ヒルダガルデ様、エーコ様!」
 リンドブルムに仕える兵士のひとりが慌てたように息を切らせ、二人の元へと駆けて来た。
「エーコ様にお客様がおみえです。エーコ様のお姿が見えないので、ずいぶんお探ししました」
「まあ、お客様? 私にではなくエーコに、ですか?」
 兵士の言葉に、ヒルダは遠慮がちにそう聞き返した。誰かしら、とエーコも首を傾げる。リンドブルム大公であるシドと、その妃の彼女を訪ねる貴族や各国の使者は日々多くても、まだ幼い彼らの娘――養女、ではあるけれど――を訪れる人間は少ない。いや、少ないというよりも、エーコ自身に会いにやってくるのはごく限られた、彼女の仲間であり友人である者たちくらいのものだったからだ。
「ええ、ビビ殿の『お子様』のお一人の……」
「ビビの……?」
 今度はエーコが彼の言葉をくり返して、ヒルダと顔を見合わせる。しかしすぐに彼女ははっとして、つかみかかる勢いで兵士に詰め寄り、聞いた。
「ビビに、ビビに何かあったのっ?!」
「い、いえ、私は何も聞いてはおりませんが、今シド様とお話をなさって……」
 ……ビビ!
 彼の言葉が終わらないうちに、エーコは城内へと続く螺旋階段に向かって駆け出していた。




「ビビっ!! どこなのっっ?!?! ビビーーーーーーっ!!!」
 数時間後、黒魔道士の村にチョコボで駆けこむや否や、村の端からはしまで響かせる勢いで、エーコは声をこだまさせた。
「ビビ?! いるんでしょ?!」
 しかしそれを聞きつけて驚いたようにで表に出てくるのは村の住人の黒魔道士やジェノム達で、肝心の彼の姿は見えない。
「ビビ……!」
 『もしかしたら』。よぎる不安に、胸が締め付けられる。
「……ビビ……」
 エーコは力無くうつむき、絞り出すようにその名を呟いた。
「エーコ? どうしたの?」
 その時背後から聞こえたのは、彼女の求めていた声。
「ビビ?」
 振り向いてその姿を確かめると、ほっと瞳の奥が熱くなるのを感じた。けれど、きょとんとその様子を見つめる彼の眼差しに気がついて、エーコはあわてて眉の間に力をいれ、大きな声で怒鳴りつけた。
「……もう! いるんなら、早く出てきなさいっ!!」

「でも、どうしたの? 急に遊びにきてくれるなんて」
 村の入り口で、エーコを乗せてきてくれたチョコが森の奥に遊びに行くのを見送りながら、ビビが尋ねた。
「エーコが遊びに来るのがうれしくないって言うの?」
 エーコは問いかけへの答えをはぐらかしながら、そんな意地悪を言って見せる。
「もちろんうれしいよ。でも、少しびっくりしたから」
 あたしだって、びっくりしたんだから。びっくりして、こわくって……。
 思わずそう言ってしまいそうになるのを、エーコはぎゅっと唇を固く結ぶ事でこらえた。
「……エーコ?」
「な、なぁに?」
 ふと気がつくと、その体に不釣合いなほど大きな帽子の先を揺らしながら、ビビは心配そうに彼女の横顔をのぞきこんでいた。
「ううん。その、いつものエーコと違って、なんだか元気がないなあって。もしかして、なにか心配ごとかなって思って」
「……元気がないのは、ビビのほうじゃない?」
 ビビから顔を背けて、エーコは返す。驚いたように瞳を見開くビビに、うつむいたままその場に膝を抱えてしゃがみこみ、彼女は続けた。
「リンドブルムにカイが来て、教えてくれたの」




 リンドブルム城の会議室で、大公シドは海を越えてやってきた小さな客人と向かい合っていた。
「……ビビは大丈夫って言うんだけど、オレ、やっぱりビビはみんなに会いたがってるって思ったし……」
 姿はそっくりでも『親』とは似つかない元気な口調の、ビビの『子供たち』の内の一人、カイ。いつもはそんな風に言われている彼も、この日ばかりは沈んだ声で言った。
「……そうか。このことはガーネットや、他の仲間達にも知らせた方が良いだろうな。しかしガーネットは、アレクサンドリアの女王。立場上、いくら本人が望んでも、今日明日に国を空けることは出来ぬだろうが……」
 黙って彼の話を聞いていたシドは、そう低く呟いて、扉の方へと視線を向けた。
「エーコはまだ見つからんのか? 城内にいるはずだと言うのに……」
 シドが苛立ちを滲ませながら続けた時、勢い良く扉が開いた。
「エーコはここよっ! ビビがどうしたの? 何があったのっ?!」
 エーコは部屋に飛び込むなり訊ねた。シドは彼女の弾んだ息が整うのを待って、なるべくエーコがショックを受けないように言葉を選んでいるのか、ゆっくりとした口調でことの次第を話して聞かせた。カイも時々それに補足する。

 ビビの様子が、最近、少し変なこと。
 そう見えないようにしてはいるけれど、時々ふっとさみしそうに空を見あげたりするようになったこと。
 『明日のこと』を話しても、あいまいな笑いでごまかしたり、はっきり約束をしてくれなくなったこと。
 それらが先に止まってしまった仲間たちが動かなくなる前とおんなじだということ……。

「あんまり考えたくないけど、だけど……ビビ、もうすぐ止まっちゃうかもしれない。オレが『みんなに会いたい?』って聞くと、決まって首を振って、平気だよ、って笑うんだ。だけど、ビビは本当はきっとみんなに会いたがってると思うし。だからオレ、ビビに内緒でボビィ・コーウェンに乗ってここまで来たんだ」
 ビビの仲間がいる場所なら村からここが一番近いし、リンドブルムなら遊びに来たことがあるから行き方もわかってたし。そう付け加えるカイの言葉を、エーコは信じられない思いで聞いていた。
 もしかしたら、いつかはその時が来るかもしれない。
 エーコもそれを考えた事が無かったわけではない。だからこそビビの子供が訪ねて来た、と言われた時にはぎくりとしたのだ。
「ビビが、止まっちゃう……?」
 けれど自分で言葉にしてみて、改めてはっきりと、その重さを実感する。
「もう、ビビに会えなくなっちゃうの……?」
 そして言葉にすればするほど、不安が押し寄せてくる。
「あなた、ヒルダガルデ3号で村まで飛べないのですか?」
「ヒルダ?!」
 シドにそう提案したのは、たった今部屋へと入ってきたヒルダだった。扉が開いたままだったから話は聞こえていたのだろう、驚いているエーコに歩みより、彼女と同じ目線の高さまで身をかがめて、小さな両肩に手をそえる。
「エーコ、不安に足をすくませていてはダメ。とまどいに心を囚われていてはダメよ。エーコはビビに会いたいのでしょう?」
 エーコはやはり心配そうに彼女を見守るシドと、そして問いかけるような瞳のヒルダを交互に見つめる。そして少しの間考えると、ゆっくりうなずいた。その様子にヒルダは優しく穏やかな声で続けた。
「だったら早くいってらっしゃい。ビビとお話していらっしゃい。きっとビビもエーコに会いたがっているわ」
「……うん。エーコ、ビビのところへ行くわ」
 先程よりも力強くうなずくエーコに、ヒルダもほっとしたように微笑む。
「とはいえ、ヒルダガルデでは森の中にある村まで入って行くのは難しい。どうしたものか……」
「チョコに乗せていってもらうわ、その方がきっと早いもの。カイもボビィ・コーウェンで追いついてくるのよ!」
 シドの言葉が終わらないうちに、エーコは扉の方へと走り出した。


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