"farewell"-afterwards
それから何回かの季節が巡った。
「今日もいいお天気だわっ」
早朝のリンドブルム城の屋上の展望台で、エーコは望遠鏡から手を離すと、軽く伸びをしながら言った。昔は精一杯体を乗り出さないと届かなかった望遠鏡が、今では簡単に手に取ることができる。肩で切りそろえていた髪も、背中をすっかりおおう程に伸びていた。
誰が言い出したわけではなかったけれど、ジタン、ガーネット、エーコたちは、毎年この日、「彼」が記憶を空に預けに行った日には、いっしょに黒魔道士の村を訪れていた。そして2人の乗るレッドローズがリンドブルムに到着するのが見えたのが、つい先ほどのこと。そろそろ下に降りていこうか、とエーコは考えていた。ジタンもガーネットも船から出てきて、今ごろはシドやヒルダ達との話も終わっていることだろう。物腰も柔かに彼らに挨拶するガーネットと、堅苦しいことなんて苦手だと言わんばかりの、相変わらず、シドいわく『失礼な』態度のジタン。そんな2人の様子を頭に浮かべ、思わず笑顔がこぼれた時だった。
「エーコ!」
掛けられた声にエーコがふり返ると、そこには懐かしい2人の姿があった。
「ジタン! ダガー!」
「エーコ、こんな所にいたのか。探したんだぜ」
「だってジタンもダガーも遅いんだもの。もう待ちくたびれちゃったわ」
「ふふ、ごめんなさい」
ガーネットは、おどけたようにジタンに返すエーコに言った。
「ひさしぶりね、エーコ。……また少し背が伸びたかしら?」
「まだまだチビだけどな」
さっきのお返しとばかりに、ジタンが口をはさむ。
「ジタンったら、レディに対してずいぶんねっ! エーコはチビじゃないわよ! どんどん大きくなってるし、今にダガーにだってすぐ追いついちゃうんだからっ」
実際エーコとガーネットの目線の高さは会うたびに近くなっていたけれど、腰に手を当てながらジタンの言葉に反論するエーコの姿は、まだまだ見る者に幼さと愛らしさを感じさせることを、彼女は知らない。それが微笑ましいのか、ガーネットが見せる穏やかな笑顔につられて、エーコも思わず笑ってしまう。少しの間その様子を見守っていたジタンは、やがて2人と順番に視線をあわせ、言った。
「よし! じゃあ、行こうか!」
ジタンとガーネットに続いて下へと降りる階段へ向かうエーコは立ち止まると、くるりと後ろを振りむいた。長く艶やかな彼女の紫色の髪が、それにならってなびく。
――『こんなふうに願ったりするのは、わがままかな?』――
エーコは軽く目を閉じ、微かに朝もやの残った空気を吸い込むと、そっと名前を呟いた。頬をなでるひんやりとした風がその言葉を絡めとり、空まで運んでいく。
ねえ? 聞こえるでしょ?
心の中でそう尋ねてみる。
瞼の向こうの彼が、うん、とうなずいた。 少しはにかんで、けれど嬉しそうに、優しげな光をたたえた金色の瞳を細めながら。
覚えてるわ。
忘れないわ。
あなたの名前も、あなたのあたしを呼ぶ声も……
「エーコ、どうしたの?」
ガーネットの声に、エーコは目を開き、振り返る。見ると、ガーネットも、彼女の前を歩いていたジタンも立ち止まり、不思議そうに、心配そうにエーコを見つめていた。そんな2人に、なんでもないの、と言う代わりに、エーコは2、3度首を振る。
「ねえダガー、ここから村へはチョコに乗っていくのよね? エーコ、チョコに会うのもひさしぶりなの」
早く行きましょう、そう言ってはしゃぐように2人を急かすエーコに、ジタンとガーネットも笑いながら再び歩き出した。
きっと黒魔道士の村ではカイ達やジェノム達、ボビィ・コーウェンが3人の来るのを待っていて。彼らはいっしょに自分たちのこと、みんなのこと、出会った人たちのこと……、日が暮れるまで、いろいろなことを話して聞かせるのだ。そこで眠る彼らの大切な友達に、あの日と同じ、吸い込まれそうに青い空と、優しく吹き抜けていく風のもとで。
あなたが空にあずけた記憶は
風に乗り 鳥が運び
たくさんの人と そして 私達と共にあります
いまでも これからも
ずっと ずっと……