「ねえミコト、ミコトはコイをしたことないの?」
 ミコトがつくった料理を口いっぱいにほおばりながら、子供達は言いました。

 やんちゃ盛り、好奇心旺盛なお年頃のクロマの村の子供達は、質問も常に突然です。サラダを盛ったお皿をテーブルに運ぼうとしていたミコトは、子供達に見つめられ、立ち止まりました。リンドブルムから遊びに来ていたエーコも、フォークを口に入れたまま、ミコトの返事を待っています。エーコのお守り役のマーカスは、食べていたおかずをのどにつまらせてしまったようでした。げんこつを作った手で、胸元をどんどんと叩いています。

 ねえ、ねえ、と子供達に迫られたミコトは、テーブルの上にお皿を置くと、自分も椅子に腰かけました。
「あなたたち、急にどうしてそんなことを訊くの?」
 いただきます、と短いお祈りをすませたあとで、スプーンを手に取り、子供達にたずねます。
「だって、コーネリア姫は恋をしてるんだよ!」
「恋はいつだって甘く切ないものなんだ!」
「でも、甘く切ない気持ちってどんなものなの?」
「ぼくたち、全然わからなくって」
「だからミコトなら、教えてくれるかなぁって」
「ねえねえ、どんなの? ミコトはそんな気持ちになったことある?」
 矢つぎ早に繰りだされる言葉に、ミコトは、ちょっと待って、と子供達を制します。そんなにいっぺんにたずねられても、答えることができないわ、と。
 ミコト達のやりとりを見ていたエーコは、両手でお水の入ったグラスを持って、ふう、とため息をつきました。
「まったくもう。みんな、デリカシーってものがないのだわ」
 こくん、とお水をひと口飲むと、申し訳なさそうな声で続けました。
「エーコ達、午前中ずっと、『君の小鳥になりたい』を読んでいたのよ」


 どんよりした曇り空がぽつぽつと雨を降らしはじめたのは、エーコが飛空艇で村に到着してすぐのことでした。きゃあきゃあと悲鳴とも歓声ともつかない声をあげながら家の中にとびこんで来た子供達が、どたばたと騒がしかったのは、ほんのわずかな間のこと。すぐにおとなしくなったのは、エーコからお叱りがあったからだろうと、ミコトはマーカスとお茶を飲みながら笑いあっていたのです。おそらくそのとき、彼らはエーコが読み聞かせてくれるお話に夢中になっていたのでしょう。


「マーカスがお城に忍び込んで、バルコニーでコーネリアと愛を語り合うところがあるでしょう。あそこが、エーコのいちばんのお気に入りなの。相手を想うジョウネツが、二人を逆に苦しめるのよ」
 エーコがうっとりした表情で言うと、子供達も、うんうんと頷きます。
 意味わかって言ってんスか、というマーカスの呟きにも、みんなはお構いなしのようです。
「でね、コイをするとそんな気持ちになるなんて、すごいなーって思って」
「ねえ、すごいと思わない、ミコト?」
「ミコトは甘いのに切ない気持ちになったことある?」
「それってそんなに苦しいの?」
「コイするとみんなそんなふうになるの?」
「ねえねえ、ミコト、ミコトはどう?」
 教えて教えて、ねえ!
 再び、子供達の大合唱が始まりました。ミコトは手にしたスプーンを置くと、ちらりとマーカスのほうに目をやりました。ミコトの向かい側、テーブルの一番端に座っているマーカスは、下を向き、もくもくと料理を口に運んでいます。まるで、この騒ぎが聞こえていないかのようです。
 ……聞こえないフリをしているのだということは、ミコトにもわかっているのですが。
 みんなは、食べるのも忘れ、ミコトの返事を待っている様子です。かちゃかちゃという、ナイフとフォークが食器にあたる音は、マーカスのところからしかしてきませんでした。
 ミコトは視線をもどし、考えました。子供達からの問いを、頭のなかで反芻しました。私は、甘いのに切ない気持ちになったことがある? そんなに苦しい気持ちになったことがある?
「あなた達が言うような気持ちが恋なら、残念ながら、私は恋をしたことがないのかもしれないわ」

 ナイフとフォークを操る音が、ぴたりと止まりました。

「……ミコトには、スキな人いないの?」
 残念そうな声で、子供達は言います。ミコトの斜め前の席のエーコが、心配そうな顔をしているのがわかりました。ミコトは自分のぶんの料理に目を落とし、少し考えて、ええ、と答えました。
「私には、それがどういうものか、わからないわ」
 なあーんだ、そっかー。
 子供達は、無邪気に言って、料理に手をのばし始めました。
「……私が感じるのは、幸福だっていう実感だけなのよ。どんな時でも、たとえ傍にはいなくても、守られているって、そう思うことができる。自分の気持ちすらうまく言葉にできない憤りをぶつけても、真剣な顔で受け止めてくれる。その人といられる時の穏やかな気持ちは、春の陽だまりの暖かさとも、夏の木陰の涼やかさとも違うの。安らぎとも、ざわめきとも違うわ。ただ、この人といたいって、強く願うのよ。隣にいるだけで、時々泣きたくなることもあるけど」
 膝の上にのせた手を無意識にぎゅっと握りしめ、ミコトは続けました。
「私は、その人といる限り、苦しみや悲しみを感じることはないと思うの。ずっと一生ね。だからきっと、これは恋ではないんだわ」
「コイじゃないんだ?」
「ええ、たぶん」
「へえ〜」
 子供達はちょっぴり残念そうです。けれども、彼らの関心は、すぐにお昼ごはんのあとにする予定の冒険者ごっこに移ってしまったようでした。誰が冒険者で、誰が冒険者を襲うモンスターの役を演じるか。おうちの中では、少し狭すぎるんじゃないのか。食べるのとしゃべるのとで、みんなずいぶん忙しそうです。

「あれぇ? マーカス、どうしたの、食べないの?」
 子供達の一人が言ったので、ミコトもマーカスのほうを見ました。マーカスはテーブルに肘をついて祈るように両手を組み、下を向いています。バンダナからのぞく耳が真っ赤です。
 正面の席の子供が、帽子を左右に揺らしながらマーカスの顔を覗きこもうとします。
「ぐあい悪いの?」
「な、なんともないっス! 大丈夫っスから!」
 マーカスは顔を上げずに、手をぶんぶんと横に振るだけです。それを見たエーコは、ほうっとため息をもらし、呟きました。
「ムリもないわ。エーコだって、赤面してしまいそうなんだもの」
「ええーっ、なんで?」
「どうしてどうして?」
 首をかしげる子供達をよそに、エーコはつんとおすまし顔です。みんなみたいなコドモには、まだまだ難しすぎるのかしら。フォークでサラダをつつきながら、肩をすくめます。それからもの言いたげな瞳で、ミコトをじっと見つめていました。
「もっとも、本人に自覚は全然ないみたいね」
 ミコトにも、それが自分に向けられた言葉だということは理解できました。けれども、エーコが何を言いたいのかまでは、やっぱりよくはわかりません。
 アイにはいろんな形があるのよ、と、エーコは悟ったような語り口です。
「でも、このぶんじゃ、進展はしばらく望めないわ。あんなにすごいコクハクされちゃったのに、ナマゴロシってものよねえ」
 ほおに手を当ててため息まじりのエーコの言葉に、マーカスは、うついたまま、またもやむせかえっていたのでした。





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