『ふくろうの森の、ふくろうも住まぬほど奥深く』。
 村の入り口に、少女は佇んでいた。朝の柔かな木洩れ日が幾つもの光の筋をつくって、彼女の上に降り注ぐ。上を見上げ、朝日の眩しさに思わず目を細めた、その時だった。
「おはよう。いつも早起きなんだねえ」
 後ろから聞こえたのは、穏やかな、光に溶けてしまいそうな声。振り向くとそこに立っていたのは、この村の住人――他の者からは、33号と呼ばれている――の黒魔道士。彼の隣では金色の羽を全身に纏ったチョコボの幼鳥が、やはり朝日を瞳に受け、眩しそうに目をしばたいている。
 クェェ、という、あくびともつかない小さな鳴き声を聞くと、33号は嬉しそうに彼女に言った。
「ねえ、今、ボビィ=コーウェンもミコトちゃんにおはようって言ったよね?」



「ちょっと森を散歩しに行くんだ。ミコトちゃんも行かない?」
 こんな所で何をしてるの? そう尋ねようとするミコトに先回りするかのように、33号は言った。
「森って、村の外まで行く気なの? ……モンスターだって出るのよ。危ないでしょう?」
「うーん、森って言ってもすぐそこまで行くだけだし、平気だと思うんだ。ほら、こんなにいいお天気だし、ボビィ=コーウェンも外に出たそうにしてたから」
そこまで楽しそうに話していた33号は、ふと何かを思い出したように声を沈ませ、続けた。
「ねえ、ミコトちゃん。みんなががんばってる時に散歩だなんて、のんきだなって思ってる?」
 その言葉でミコトの頭に浮かんだのは、今、目の前にいる彼とよく似た姿をした小さな黒魔道士と、その仲間達。自分と同じ金色の髪と尻尾を持ち……自分と同じ『使命』を背負っていたはずのジェノム。

 ――『ま、オレたちが見せてやるさ、追いつめられたちっぽけな虫ケラの力をな!』――

 崩壊するテラから彼女やジェノムらを救い出しこの村へ託すと、彼は再び旅立っていった。勝てる筈の無い戦いへと赴くために。
 33号のどこか悲しげな眼差しを見ていると、なぜかミコトは、彼の背中を見送った時と同じ気持ちになる。
「僕もね、ほんとはそう思うんだ。でも」
 そう言う33号の声で、ミコトははっと我に返った。彼女の沈黙を悪い意味に解釈したのか、33号は肩を落として続ける。
「でもきっと、僕らの力なんかじゃ、もうみんなの役に立つことはできない。クジャをとめることは、できない。……いっしょに行く勇気が無いことへの言い訳だって思われるかもしれないけど」
 33号は顔を上げ、ミコトを見つめた。
「みんなは、きっと帰ってきてくれる。だから、ビビ君が帰ってくるこの場所を、大好きな仲間がいるここを守ろうって思うんだ。いつビビ君が帰ってきても、笑っておかえりって言える準備をして。みんなにたくさんいろんな話が出来るようにして待ってようって、そう思うんだ」
 その表情の大半は隠れてしまっていたが、帽子の奥からのぞく大きな瞳は強い意思の輝きを持っていた。
「ね、だから、ミコトちゃんもお散歩……行かない?」
 ……ミコトちゃんも、そうして待とうよ。帰ってくるみんなに、笑ってお帰りって言えるように。
 33号の気持ちは、確かにミコトに伝わった。
 でも。
「……やっぱり私はいいわ。それより、行くんなら早く行ったほうがいいでしょう?」
 ミコトは33号の隣を目を走らせ、言った。不思議そうに彼女の目線を追った33号の瞳に映ったのは、彼らの会話が終わるのを待ちきれない、と言いたげに、そわそわと村の外を眺めるボビイ=コーウェンだった。
「ご、ごめんね、ボビィ=コーウェン。じゃ、行こうか。また後でね、ミコトちゃん」



 私たちは、よく似ている。

 ミコトは暫くの間、村の外へと向かう彼らの後ろ姿を見ていた。
 黒魔道士は、もともとクジャに造られた兵士だという。そしてミコトたちジェノム。
造られた存在、それが彼らの共通項。
 だからこそ自分たちはこの村に連れて来られたのだろうし、この村の者達もミコト達を受け入れたのだ。それは彼女にもわかっていた。

 ……そう、私たちは、とても似ている。なのに……

 嬉しそうにボビィ=コーウェンが一声、鳴いた。33号はそのボビィに楽しげに何か語り掛けている。一人と一羽は途中何度もミコトのほうを振り向いたりしていたが、その姿はどんどん遠くなり、やがて見えなくなった。

 どうして私と彼らは、こんなに違うの?
 自分たちが造られた目的も運命も受け入れて、どうして彼らは、あんな風に笑えるの?

 33号や黒魔道士たちに微笑みを向けられる。あたたかい言葉をかけられる。ミコトはそれにどう答えたら良いのかわからない。

 わからないのよ。
 私は、死神になるはずだった。ガイアに戦乱をもたらす死神。
 そんな間違った理由で生まれてきた私は、そしてもう生まれてきた意味さえ失ってしまった私は……これから、どうすればいいの?
 ただ、あなたたちが帰るのを待っていればいいというの?
 ……ジタン。

 未だ答えの出ない問いはミコトの心を満たし、支配する。それはいつでも決して彼女の頭から消えることは無い。そう、まるでその場に留まりつづけるテラの水のように。
 けれど、今日は違った。ミコトの思考は、そこであまりにも突然に絶ちきられた。

『うわあっ!!』

 最初は空耳かとも思った。けれど次の瞬間、今度ははっきりと聞こえた。地の底から響くような恐ろしげな魔物の鳴き声に続いて、村中の者を眠りから覚ますような、悲痛な叫びが。
「うわあぁっ!! ……ボビィ=コーウェンーーーっっ!!」
 ミコトの足は頭で考えるよりも早く、彼らのもとへ駆け出していた。
 33号と、ボビィ・コーウェンの元へ。



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