ベッドに横になったあたしにおふとんをかけてくれながら、おかあさんはにっこり笑って言った。エーコ、外では雪が降りはじめたのかもしれないわ、って。今夜は冷えこみそうだから、ちゃんと肩まで布団をかぶるんですよ、って。
「ほんとう、おかあさん? 雪がふってるって、どうしてわかるの?」
「シドが――お父様がさっき、降るかもしれないっておっしゃっていたのよ。それにほら、外がいつもより明るいでしょう」
あたしは寝返りをうつと、おかあさんの視線を追って顔をあげた。
おかあさんの言うとおりだった。
あかりとりに射しこむ白い光が、ステンドグラス一枚いちまいの色とかたちを、くっきり浮かびあがらせている。窓の下に立つモーグリのクッポの姿も、いつもよりはっきりと見てとれた。不思議そうに首をかしげているのは、あたし達に見つめられたと勘違いしたせいかもしれない。
あたしは、夜の街に今年はじめての雪が舞うところを思いうかべた。まっくらなお空からちらちらと降るのは、粉雪? それとも、ぼたん雪?
「おかあさん。ちょっとだけ外に見にいっちゃダメかしら?」
すっかり目のさめてしまったあたしは、おかあさんにたずねてみた。
だって、わくわくするんだもの。このまま眠ることなんて、できるはずないわ!
「だめよエーコ、風邪をひいてしまうわ」
「じゃ、『熱せず冷ませず』のアビリティつけていくから」
「凍結のステータス異常とお天気のせいで寒いのとでは、ぜんぜん違うでしょう?」
おかあさんがくすくす笑うので、あたしは口をとがらせた。
「わかってるけど……だけど、雪が見たいんだもの」
体をあおむけに戻しながら、不機嫌な声でそっぽを向いた。最初に言われたとおり、肩だけはちゃんと、おふとんの中に入れて。
おかあさんは、まだ笑っている。
「それにしても、おとうさんったらひどいわ。エーコには雪のこと、教えてくれないなんて」
「あら、だってエーコがお父様におやすみのご挨拶をしたのは、夕ご飯のあと、すぐのことでしょう?」
おとうさんはこのごろずっと、夜おそくまで技師さんたちと会議室にこもったり、工場で設計をしたりしていた。なんでも、また新しい飛空艇を開発しているのだそうだ。夕ご飯はあたしとおかあさんと一緒にとってくれるのだけれど、食べおわるとすぐに、またお仕事に戻ってしまう。だからおとうさんとの寝る前のあいさつは、夕飯のあとにすませてしまうことにしていた。
おかあさんがおとうさんと話をしたのは、ご飯の時間のずっと後――おとうさんが宰相のオルベルタさんを探しに来たときらしかった。トット先生の授業でだされた宿題を自分のお部屋(と言っても、ジタン達と冒険をしていたときによく泊まっていた客室だ。おとうさんとおかあさんの子どもになってすぐあてがわれて、そのままあたしの部屋になってしまった。モーグリのモックもいるからにぎやかで、なかなか気に入っていた)でしていたあたしは、おとうさんと会うことができなかったのだ。
「エーコのところにも来てくれればよかったのに」
「ごめんなさい。お父様がお忙しいせいで、さみしい思いをさせてしまっているわね」
聞かれないくらい、ちいさな声で呟いたつもりだったのに。
悲しそうに顔をくもらせたおかあさんに、あたしはぶんぶん首を横にふって言った。
「ううん、ちっともさみしくないわ。おとうさんとはご飯のときにお話できるし、おかあさんだっていてくれるもの」
「エーコ、もっとわがままを言ったっていいのよ?」
雪がふっているせいなのか、お部屋の外までしいんと静まりかえっていた。おかあさんに見つめられて、あたしはなんにも言えなくて。かすかに聞こえてくるのは、モックの「クポクポ」って息づかいだけで。
「あのね、おかあさん。ジタン達と旅をして、エーコにはたくさん仲間ができたの。それからおとうさんとおかあさんに会えて、もうひとりぼっちじゃなくなったわ。マダイン・サリとリンドブルムと、おうちがふたつもあって……それって、すごいことでしょ?」
おかあさんは、あたしの寝ているベッドの縁に腰をおろして言った。
「ありがとう。エーコが家族になってくれて、私達もとても幸せよ」
「いまから雪を見に行けたら、きっともっとしあわせだわ」
「まあ。でも、それはだめよ。もう遅いんだから、明日になさい」
あたしはしぶしぶ、はあい、って返事をした。聞き分けのない女の子は、立派なレディとは言えないもの。
あたしのほっぺをなでたおかあさんの指は、ひんやりと冷たくて、気持ちよかった。
「――エーコ、起きておるのか?」
かちゃりと音をたてて開いた部屋の扉から顔をのぞかせたのは、おとうさんだった。
「どうした、眠れないのか?」
「ええ、なんだか目がさえちゃったの。おとうさんは、おしごと終わったの?」
「いや、まだだが、ちょっと部屋の前を通ったものでな。二人して、何を話しておったんだ、ヒルダ」
「エーコが将来困った男性に出会った時のために、その方をブリ虫に変えてしまう魔法を教えていましたの」
むせてしまったおとうさんに、おかあさんはすました顔で言う。
「あなた、こちらで少し、エーコの相手をしてあげてくださいな。私はエーコに、何か飲み物を持ってきますから」
ベッドからはなれる前、立ちあがりざまに、おかあさんはこっそり耳打ちしてくれた言葉は、
『お父様は、本当は毎晩、こうしてエーコの様子を見に来てくださっているのよ』、だった。
「おとうさん、ちょっとしゃがんでみて」
「どうした、エーコ?」
「いいから、早くっ!」
おとうさんのおひげの先にそれを見つけたあたしは、体を起こして手を伸ばした。
工場とお城のあいだに渡された橋には、屋根がなかった。おとうさんがそこを通ったときに、体にくっついたのだろう。
「体と頭なら、手で払ってきたのだがな。まさか髭にまでついておるとは思わんかった」
ちいさな白い粉雪は、あたしが指でつまむなり、とけて水に変わったのだけど。
「ねえおとうさん。明日の朝までに、つもってくれるかしら?」
「うむ。この分ならば、おそらくな」
「もし雪がつもっていたら、エーコと雪だるまつくってくれる?」
「もしも積もっておらんかったら?」
「お部屋のなかで遊ぶのよ。もちろん、おかあさんもいっしょに」
モックが証人、嘘ついたらサボテンダーの針千本。おとうさんと小指をからませ、指切りげんまんのうたを歌った。
おかあさんは、ふわふわのマシュマロを浮かべたココアを運んできてくれた。
少しのあいだおしゃべりしたあと、仕事が残っているからと、おとうさんが立ち上がる。
「あんまり夜更かししないようにな、エーコ。ちゃんと暖かくして眠るんだぞ」
「おとうさんも、やくそく、忘れないでね?」
ベッドの上で膝立ちになり、あたしはおとうさんに、今日二回めのおやすみのキスをした。
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