腹の中にもやもやしたものを抱えながら、部屋に備え付けてあった椅子に背中を預け、伸びをした。

 ニーサ神殿でアルベルトの両親に祈りを捧げた後、いったん宿屋に戻って体制を立て直そうと言ったアイシャに、反対するやつはいなかった。アルベルトは泣きはらして赤くなった目をまっすぐ前に向けようとはしなかったし、アイシャもクローディアも、まるで自分のことのようにすっかり打ちひしがれちまっていたからだ。
 部屋をあてがわれるとすぐ、アルベルトは少し外の空気を吸ってくると宿を出て行った。一人になりたいんだよ、と後を追おうとしたアイシャを止めると、アイシャはぎゅっと唇を引き結んだまま頷いた。クローディアに促されて女部屋に戻っていったが、大きな目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。

 クリスタルパレスで聞いたアルベルトの嗚咽とアイシャの悲しげな瞳が、頭の中をいつまでも巡る。
「もっと早くオレ達がイスマスに行ってたら……何かが変わっていたのかな」
 気がつくと、そう独り言を漏らしていた。
「では、アルベルトに謝るか。両親を亡くし姉と生き別れ故郷を失ったのは、非力なお前のせいではない。行きずりの旅の者が自国を救うなどとふってわくような幸運に頼らざるを得なかったお前に、その幸運を与えてやれなかった自分達の責任なのだと」
 扉の横に立っているグレイは両腕を組み、表情ひとつ変えない。ぐっと言葉を詰まらせるオレにグレイは首を軽く振りながら続ける。
「お前が言っているのはそういうことだ、ジャミル。少なくともアルベルトにとってはな」
 わかっている。下手な同情は、アルベルトを余計に傷つけてしまうだけだと。普段は寡黙なくせに、グレイの発言はいつも的を射ている。
「……まだオレ達がミリアムと三人で旅してる時に、イスマス城の空が赤く燃えているのを見たって話は聞いていたんだ。アイシャはそれを気にしてた。イスマスに行こうって言ったアイシャを止めたのはオレなんだよ。まずはアイシャをガレサステップのテントまで送り届けるのが先だって思ったからさ。人攫いに捕まって南エスタミルにまで来ちまって、家族も心配してるだろうからって。でも……結局、どっちも間に合わなかった。アイシャも一人ぼっちになっちまったし、アルベルトも」
 反らせていた体をもとに戻すと、反動で椅子がぎしりと鳴いた。部屋は二階にあり、窓の外にはクリスタルシティの裏通りを見下ろすことができる。オレには、ただぼんやりとその風景を眺めることしかできなかった。
「同情を求めるお前ではなかろう」
 息をつきながらグレイが言ったので、オレはようやく我に返った。もちろんだった。なぐさめてほしいわけじゃない。自分で選んだことだ。生まれる結果も、自分が背負うべきもののはずだ。
「だが、俺がお前でも同じ道を選んだ。その時は、アイシャの目指すもののため、それが一番の選択だったんだろう」

 オレはどうやら、まじまじとグレイを見つめ続けていたらしい。

「何だ、いったい」
 いかにも居心地の悪そうなグレイに、思わずにやりと笑ってしまった。
「いや、なーんかグレイが優しいからさあ。珍しいなって。あ、クローディアには優しいか」
「なんだと?」
「アイシャにも、なんだかんだで根気よく付き合ってやってるしな。グレイ、案外見た目で損するタイプかもな?」
 グレイが腰に差している刀に手をかけたりしたらどうしようかとも思ったが(実際ヒヤヒヤした)、そこは盗賊のはしこさで、すぐに窓外の景色へと視線を移した。
「アルベルトだ。ほら、あそこ」
 さすが貴族だけあって、無駄がなく、すっきりと洗練された動作は、ひと目を引くからすぐにわかる。しかし、やはり遠目にも落ち込んだ様子が見て取れた。
「あいつ、これからどうするんだろうな」
 グレイもちらりと窓の外に目をやり、わからん、と首を振った。
「クリスタルシティに残って両親の冥福を祈るか、それとも姉の行方を捜しつつイスマス襲撃の原因をさぐるか――そのどちらかといったところだろうな」
「タラール族が消えたのも、イスマスの件と何か関係があるかもしれない」
「ガレサステップに残るテントに襲われた形跡はなかったが、あるいはな。あとはアイシャがどうでるか、だが」
「ああ。――っと」
 噂をすれば、二つに結わえた赤毛を揺らしながらアルベルトを追いかけるように走ってくる影があった。アイシャも両親を亡くしているらしい。肉親とも離ればなれになってしまっているから、アルベルトのことがよけいに気遣われるんだろう。
 ファラ救出に手を貸してくれたお返しにというわけではないが、アイシャを無事、家族のもとに帰してやるまでは、側にいようと思っている。アイシャとアルベルトの、さすがに声までは届かない。大きく腕を広げたりちぢこませたり、うなずいたり首を振ったり、アイシャは忙しそうだ。
「ぜんまい仕掛けだな」
 動きが、っていうことだろう。確かに。思わず笑ってしまった。
「――うん。やっぱ、オレ、うまくやっていけると思うよ」
 何のことだ、とグレイが言うので、にーっと笑顔を作ってやった。
「オレ達5人、最高のパーティになれる予感がするってことだよ」





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