木製の扉を片手で押すと、蝶つがいが、きい、ときしんだ。日没までまだだいぶあるのに、パブの中は照明を落としてあるせいで薄暗い。お客はごつい大男と、ひょろりと背の高い男の二人連れだけだった。向こうもこちらをちらりと見たけど、好みじゃないから知らんぷり。まっすぐカウンターに向かっていって、マスターに、昨日とおんなじのね、とお願いした。ここ数日入り浸りだから、すっかり顔なじみだ。
腰をおろしてしばらくすると、ロレンジ色のカクテルが目の前に差し出される。照明のせいでちょっと色も不鮮明だけれど、日にかざしたりしたらさぞかし綺麗なんだろう。
「あたい好きだな、これ。おいしいよね」
カウンターの向こうのマスターは、果実を絞るところからウチでやってるんですよ、と自慢顔だ。
「お気に召しましたか」
「うん。甘いし飲みやすいからどんどんいけちゃいそう」
頭の芯がじんわりと熱を帯びてきて、世界がはしっこからゆるやかにほぐれていく感じ。店内のほの暗い灯りの中に溶けちゃいそうだった。こんなにお酒に弱かっただろうか。
きっと、今までが健康的すぎたのだ。
情報収集のためにパブに寄ったことはあったけど、アイシャがいるんじゃついでにちょっとイッパイ、なんてわけにはいかなかった。ジャミルもグレイも、ホントは女の子が酒場に足を運ぶことを良しとしない性分みたい。二人が意外に古風だというのは、旅してるうちに知れたことだ。酒場にはいろんな人間が集まってくるから、冒険者にとっては必要不可欠な場所だ。とはいえガラのよろしくないのもいるのが酒場なのだから、アイシャみたいな子が通うのに抵抗があるのもわかるのだけど。あの爛漫さと無鉄砲さと優しさが、倣岸不遜で粗野な冒険者に染められてしまうのはもったいない。
自分があの子の良いお姉さんでいられたかと問われれば、そりゃ疑問は残るけど。
「あーダメだあ。どうしてもあの子のこと考えちゃうよーっ」
「お仲間ですか?」
「そう。すっごく楽しかったからさあ。今さらだけど、ちょっと未練かな。あたいらしくもなく」
マスターは黙って、ちょっと困った顔をした。絡み酒なんて、ますますらしくない。
「おかわりもらって良い? これと同じやつ」
「大丈夫ですか?」
「平気へーき」
グラスを重ねるほど強くなっていくのはバトルと同じだ。こうやってパブ通いをしていれば、すぐに元の強さを取り戻すだろう。
と、背後に視線を感じた。頭から背中、つま先まで、値踏みするように眺めまわす。さっきの二人組だ。とは言え、別にやらしいものじゃないことはわかっている。パブはマルディアスを巡るため、より強い仲間を求める者達にとっての出会いの場なのだ。
「嬢ちゃん、術使いかい?」
背の高いほうの男が、何気なさを装った声で言った。
「まあね。術を使わせたらちょっとしたもんよ」
グラスに目を向けたまま答える。男達が無言で頷きあう気配がした。
「あたいの退屈、埋めてくれる? 言っとくけど、ちょっとやそっとの腕じゃ満足しないよ。前にいたパーティがスゴすぎたからね」
「これから南エスタミルまで行商達の護衛につく予定があってな。俺達二人は術が使えないから、協力してくれる術士が必要なんだ。腕っぷしには自信があるから、前衛は任せてくれ。あんたの盾になれるぜ」
カウンターに肘をついたまま、体をひねって男達を見た。どうだい、って感じでちょっと首をかしげた顔は、店に入った時に感じたよりずっと男前で頼もしげに感じる。
「エスタミルか、いいかもね」
このまま酒場で飲んだくれてても、体がなまっていくだけだ。アイシャ達ががんばってるんだったら、あたいも術を鍛えないとね。
いつかまた、いっしょに冒険できることもあるかもしれないし。
「マスター、お勘定おねがい」
金を払うと、マスターは、行かれるんですねとにっこり笑った。
「失恋は、新しい恋が忘れさせてくれるってね。鉄則でしょ」
じっと仲間の旅の無事を祈るような柄じゃないってことだ。
だって、あたいも冒険者だからね。
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