寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょう
 風邪など召されていませんか
 冷たい風に吹かれるたび、その風に乗って響くザグナルの遠吠えを耳にするたび、あなたの旅のご無事を思い、眠れぬ日々を過ごしています


(……大げさだわ)
 ラニは書きかけの紙をくしゃりと丸め、机の端に押しやった。
 元来寝つきのいい自分は、モーグリ達との昼間の家事労働もあって、毎日快眠快食だ。嘘はよくない。
(第一、これじゃ恋文じゃないの)
 こんなものを読んだ日には、相手はおそらく一行目で鼻をならし、二行目で冷笑し、三行目で読むのをやめるだろう。目に見えるようだ。
 ラニは気分を変えるつもりで大きく息をつき、再び薄紅色の、まっさらな便箋に向き合った。


 旦那、お元気?
 今マダイン・サリは、空前のモグネットブーム!!
 モーグリ達はみんな、世界各地の仲間達に、競うようにして便りを送っています。
 おかげでアルテミシオンも大忙しのようよ。
 私もその流行に乗って、とりあえず誰かに宛てて、手紙を書いてみようっていう気になりました。


(……これじゃ二行でゴミ箱行きね)
 今度は、実際に筆を動かす前に萎えてしまった。なんだか軽い頭痛まで覚え、ラニはこめかみを手で押さえた。
 結局、自分には向いていないのだ、こういうことは。背の低い円卓に背を丸めて座っているのも、長時間となると、さすがにちょっと応えてくる。夜も更け、暖炉で火はたいてあっても、強い冷気が窓や戸の隙間から忍び込んでくる。差し入れにとモリスンが淹れてくれた珈琲も、とっくに冷めてしまっていた。
 そろそろ寝ないと、明日にひびく。この村のモーグリ達ときたら、驚くくらい早起きなのだ。どんなに寒い朝であっても、朝日とともに起きだして、水汲みだ、釣りだ、洗濯だと、本当によく働く。宝を奪いに村を襲った賊(ラニのことだ)の世話でさえ、行き倒れの人間に敵も味方もないクポよと、当たり前のような顔でしてみせたのである。そのまめまめしさに心を打たれ、用心棒のかわりにでもなればと村に留まること、はや幾とせ。闇に生きる裏稼業の女も、今やすっかり家事労働が板につき、料理洗濯なんでも来いだ。妖精のわりにミーハーなモーグリ達のおかげで、世間のイベントごとにも敏感になってしまった。
 あと半月で聖夜祭なんだから会いたい人に手紙のひとつも書くクポよ、とか、言われるままに筆をとるようになった自分を、進歩ととるか堕落ととるか。
(だけど、何を書くっていうのよ?)
 あの仏頂面に、元賞金首で今根無し草の焔色のサラマンダーに、私が!
 他人の近況に興味を持つような男ではない。手紙など、自分の柄でもない。まして相手は、今どこにいるのかもわからないのだ。モグネットの配達人がいかに優秀だと言っても、きちんと届くものなのかどうか。
 冷たくなった珈琲を、ひと口すする。今の気分を反映してか、先ほどまでより苦くなっている気がした。音が立たないようにそっとカップを机に戻し、溜め息をひとつ。
 手紙をすすめたモーグリ達に、そうねーと答えたのは、彼らのためだ。命を救ってくれた恩がある。「ここにいていい?」なんて訊かずとも、すんなりラニを受け入れてくれてくれた借りもある。
 そうよこれは村のみんなのため。
 決して絶対間違っても、ラニが会いたいからじゃない。
(そうでなければ、こんな夜更けまで頑張って書いてるわけないわよ、手紙なんて!)
 薄紅が男の髪を連想させて、ラニはもの言わぬ便箋に八つ当たった。
 だいたい、思い出したようにふらーっと村に現れてはふらーっとまた旅に出て行く、サラマンダーが悪いのだ。会いたかっただとかまた来るだとか、そういった言葉も一切なしで、自分がどう思われてるのかもわからずに、それでも待ってるこちらの気持ちも考えず、
(まったくいい気なものよねぇ)
 とは言え、このままこうしていても仕方がない。朝は必ず来るのだし、私は働かなければならないのだし。
 よし、と観念したラニは、ひと息にさらさらと筆を動かした。
 インクが乾くのを待って、便箋と同じ色の封筒に入れ、誰が見ているわけでもないのにそそくさと椅子から立ち上がる。インクと筆を片付け、封筒を掴んで、暖炉の火を消した。それから部屋のランプの灯りを。
 外に出ると、息が白かった。ラニは体を震わせて、そそくさと部屋に戻る。
(この手紙を読んだら、どんな顔するかしらね?)
 聖夜祭半月前、満天の星がおそろしいくらい綺麗な夜だった。


 翌日、村を訪れたアルテミシオンに手紙を託すと、案の定しぶい顔をされた。
「うーん、運良く会えるかわからないクポ。もしかしたら、届けられないかもしれないクポよ」
「いいのいいの。そうね、聖夜祭の当日くらいまでは探してみて。配達のついででいいわ。それでダメだったら、捨てちゃって構わないわよ」
「そ、そんなことできないクポ〜」
「いいからいいから!」
 ひらひらと手を振って笑うラニを見るモーグリ達の視線は、なんだかいぶかしげなものだった。
「ご機嫌クポね」
「昨日はあんなに嫌がってたクポよ」
「夜遅くまで、ペンを握りながらうんうんうなって」
「いったい、何を書いたんだろう……」
 謎クポ、と一同は首をひねってみせる。眉間にしわをよせたモーグリ達がおかしくて、ますます張り合いを感じるラニだ。
「まあ、アレよ。そんじょそこらの女の子じゃ、とても書けないわね、あ文面は」
「そっ、そんなに情熱的な……」
「ご想像にお任せするわ」
 なんといっても、私は愛の狩人ですからね!
 余裕の一言に、どよめくモーグリ達。こういう楽しませ方もありでしょう。開き直ったラニなりの、お礼の一環のつもりだ。
「そ、それじゃあ、預かっていくクポよ」
「頼むわね」
 こころなしか頬を赤らめた(ように見える)配達人は、ふらふらと頼りなく飛び立った。
「来てくれるといいですね、ラニ」
 ラニの心情を悟ったかのように、モリスンが穏やかな声で、こっそりと囁いた。
 来なくっても気にしないわよ、と強がるつもりだったのに、ラニに出来たのは、別に、というぶっきらぼうに呟くことだけだった。





 聖夜祭当日の朝は、一段と空気の冷えた、寒い朝だった。
「ラニ!」
 朝食の片付けをしているところに、チモモがぱたぱたと忙しく小さな翼をはばたかせながらやってきた。
「きたっ! 来たクポ!」
 誰のこと、なんて、あえて訊かなくともすぐにわかった。けれどもあくまでとぼけたフリで、何の騒ぎ? と小首をかしげる。
「サラマンダークポ! もうすぐここまで来るクポよ!」
 ふぅん、と興味のないそぶりで、濡れた手を拭いて髪を整える。
「何よずいぶん早いじゃないの。いつもは夕方ごろに現れるくせに」
 声がうわずらないよう気をつけながら、台所に入ってきた男に言った。
 まだまだ気合の足らない顔で、もうちょっとしたら髪だって鏡でチェックして、そりゃ容姿に自信はあるけど、こんなに早いとは思わなかったから!
 頭のなかを駆け巡る思いを悟られないよう、できるかぎり鷹揚な態度で。
「悪いかよ」
 いかにも不機嫌そうな声で返されて、逆にラニは嬉しくなった。
 そうそう、旦那はこんなふうなのだ。
「悪くないわよ。黒魔道士の村にはこれからなの?」
「もう寄ってきた」
「みんな寝てる時間じゃなかった?」
「いや。ちょうど起きだしてきたやつと、はちあわせした」
「喜んでたでしょう」
「めしを食わされた」
 ラニは思わず噴き出してしまった。
「そういう時は、朝食をごちそうになったって言うものよ」
 朝早く、みんなを起こさないようにとそっと村を歩くサラマンダーを目にしたのは、おそらく村の子供達のうちの一人だろう。こんな恐ろしげないでたちの大男相手に不思議なことだが、彼らは本当によくサラマンダーになついていた。久しぶりに会えた喜びできゃあきゃあとはしゃぎまわり、他の子供達に知らせてまわる。まわりを囲まれ、手を引っ張られ、サラマンダーは焼きたてのパンの匂いのするテーブルへと導かれる。言われるまま、もくもくと食事を口を運ぶ姿まで想像できて、ラニはおかしくて仕方がなかった。
「まあ、いいわ。せっかくだから、夜まではいらっしゃいよ。ミコトだけじゃなくて、私のありがたーい聖夜のディナーもごちそうしてあげるわ」
 返事がないのは、肯定のしるしだ。そういう男だ。
「楽しみにしていなさいよ」
 今度の沈黙も、肯定ととることにしたラニだった。

 サラマンダーに臆することなく接するのは、黒魔道士の村の人間ばかりではなかった。エーコの影響なのか、誰とでも分け隔てなく付き合うモーグリ達の性質からか、サラマンダーはマダイン・サリのなかに違和感なく溶け込んでいた。もっとも、住人達と談笑したり、いっしょに魚釣りに出かけたりするわけではない。召喚壁の近くをうろついてみたり、川べりで瞑想じみたことをしてみたり。積極的にかかわるわけではなかったが、頼まれれば雑用まで手伝う姿は、ラニにとってもちょっとした驚きだった。
 何か弱みでも握られてるのかしらね?
 意地悪を言ってみようかとも思ったが、モーグリに弱いのはお互い様だ。それに、サラマンダーのおかげで、ラニは他の仕事をせず、ディナーの用意に専念できる。
(げんこつイモでしょ、ハムでしょ、もうすぐモチャが魚を釣ってきてくれるから、それをマリネにして。野菜はスープ、それからサラダ。パンとデザート、ダンナに甘いものって似合わないけど、まあいいでしょ)
 夕食ではせいぜい腕を振るって、その働きを労ってやろうと決めた。





 召喚壁でのお祈りと夕食をすませると、モーグリ達はそれぞれの部屋に散っていった。
「手に入らなかったの?」
 ラニが訊ねると、サラマンダーは一瞬、眉を寄せた。
「気にしないで、半分は冗談みたいなものだったし。でも、一応、お礼を言っておくわ」
 ラニはこの日のために手に入れておいた葡萄酒をグラスに注ぎ、サラマンダーに手渡した。
 ただでさえきゅうくつな子供用の円卓では、座る気が起きないらしい。立ったままグラスに口をつけるサラマンダーは、子供用とモーグリの体にあわせた椅子に座るラニには、いつもに増して大男に映った。
「ダンナも意外と寛容なとこがあるのねえ」
「……何のことだ」
 ラニを見下ろすサラマンダーに、いいのいいの、と首を振った。
「急なことだったものね、仕方ないわよ。あれを読んでも、怒ってるわけじゃないようだし。律儀にちゃんと来てくれるんだから、なかなか器が大きいわ」
「黒魔道士の村へ寄るついでだ」
 予想どおりの言葉だと、ラニは思わず苦笑した。
「そうよね。そうじゃなければ、こんな辺境に来ることなんてないわよね。……でもねえ、ダンナ。そういうのも、私としては、結構迷惑なものなのよ」
 サラマンダーが眉をあげた。ラニは円卓についた両手で顔をささえ、溜め息をついた。
「私はね、ここで暮らすって決めてるの。私の力は、ここのモーグリ達のためにあるのだって信じてる。だけど正直、待つことには慣れてないのよ。ううん、というより、待つことに迷いが生まれることもあるの。情けないけど」
「何が望みだ」
「言わせないでよそんなこと」
「他を探すか」
「探してもいいの?」
「お前が決めろ」
「止めてくれたっていいでしょうに」
 寂しさがこみあげる心のなかとは裏腹に、ラニは思わず微笑んでいた。
「お前の人生だろう」
「わかってるわよ。今日は聖夜祭なのよ、特別な日くらい甘えさせてくれたっていいじゃない」
「……来ねえほうが良かったか。もう行くか」
「ううん。ここにいて」
 勝ち負けの問題ではないけれど、言いだした時点で、負けは決まっていたのだ。
「もう一杯、いる?」
 ラニは、空になったサラマンダーのグラスを受け取ろうと立ち上がった。
「俺は、力を極めたい。そのためなら、世界中どこにでも行くつもりだ」
 知ってるわよ、と言うつもりで顔をあげた。サラマンダーがラニを見ていた。
「またここに来る」
 ラニには、それでじゅうぶんだった。





 翌朝、ラニが台所に行くと、すでに目を覚ましていたらしいモリスンが待っていた。
「ラニ、サラマンダーは……」
 申し訳なさそうなモリスンの言葉を、ラニがつないだ。
「発ったのね?」
「はい。私が起きた時、お貸しした部屋の扉が開いていたので覗いたら、もう……」
「そう。せっかちなものよね、朝食くらい食べていけばいいのに」
 けらけらと笑いとばすラニに、モリスンは意外そうに頭のポンポンを揺らした。
「それで、これが、部屋に置いてありましたクポ」
 おずおずとモリスンが差し出したのは、一個のクポの実だった。
 少し小ぶりなのは、季節外れなせいだろう。モリスンの手にすっぽり納まっているクポの実を見つめて、ラニは固まっていたらしい。
「ラニ?」
 モリスンは、いぶかしげにラニの顔をのぞきこむ。
「これをダンナが?」
「はい」
「どうしてゆうべ渡してくれなかったのかしら……」
 ラニが呟いたそのとき、上空から声が聞こえた。

「おはようクポ〜。マダイン・サリのみんなに、エーコから手紙をあずかってるクポ!」

 ラニとモリスンの前に降り立ったアルテミシオンは、挨拶もそこそこに、さっそく肩にかけていた革製の鞄のなかをごそごそとやりだした。
「はい、こっちがエーコからの手紙クポ。みんなのお手紙があったらついでにもらっていこうと思ったけど、ちょっと早すぎたクポね。今日はいろんなところへの配達があるからって、急ぎすぎたかもしれないクポ。……それから、ラニ」
 エーコからの淡い黄色の封筒をモリスンに手渡すと、アルテミシオンは気まずそうにラニに言った。
「昨日まで、いっしょうけんめい探してたクポ。だけど、サラマンダーには会えなかったクポ。手紙、まだ持ってるけど、どうするクポ? そのまま僕が預かってるクポ?」
 驚いたのはラニのほうだった。
「手紙、届いてないの?」
「そ、そうクポよ?」
 ラニは、もう一度モリスンと顔を見合わせた。
「……なーんだ! もう、なによ! 昨日も、変だって気はしてたのよね」
 突然お腹を抱えて笑いだしたラニを、アルテミシオンはきょとんとして訊ねた。
「ラニ? どうしちゃったクポ?」
 モリスンも、不思議そうな顔で、封筒を持ったままつったっている。ラニは手のひらを上にしてアルテミシオンに差し出した。
「私の手紙、返してくれる?」
 アルテミシオンはあわてて鞄を開け、薄紅色の封筒を取り出した。ありがとう、と言って受け取った手紙を、ラニはそのまま真っ二つに引き裂いた。
「ああっ!」
 声を上げるモリスンとアルテミシオンだったが、ラニはお構いなしだった。まだ笑いが止まらない。モーグリ達はそれぞれ一片ずつラニの封筒を拾い上げる。
「中身、見てもいいわよ」
 ラニは言ったが、どちらもその気はないようだった。ただ、突然のラニの行動を不思議がるのみだ。

 二人が手紙の破れ目をつなぎ合わせれば、『もうすぐ聖夜祭です』から始まる文面を読むことができたはずだった。


 もうすぐ聖夜祭です。
 日ごろお世話になっているモーグリ達にお礼がしたいので、
 彼らに喜んでもらえるもの、そう、モグの実を見つけてきてほしいのです。
 突然のお願いですが、どうぞよろしく。


 じゃあ、ダンナは何を思ってクポの実を持って来てくれたのかしら?
 プレゼント? チップがわり? 愛の告白?
 ――まさかねえ!
 やっと見つけたのだろう早生のクポの実を、モーグリ達はその日の朝食後、デザートにひと口ずつわけあって食べた。まだ少し硬くて酸味も強いけれど、とても堪能したクポ、とのことだ。おいしそうにクポの実をほおばる彼らを見たラニは、


 次においでの際には、ぜひ、クポの実は全員ぶんお願いします。
 時間がかかってもかまいません。そのぶん、楽しみに待てますから。
 なにしろ、私達はみんな、クポの実が大好きなのです。


と書こうと決めたとか、決めなかったとか。





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