「きぁっ」
突然、道の脇で木の枝が激しく揺れた。同時に、鳥の羽ばたく音――鳴き声からして、きっとふくろうか何かの――が、しんと静まり返った夜の森に響く。それに驚いたビビが自分のとんがり帽子を握りしめて小さく悲鳴をあげるのは、これでもう何度目だろう。
「もうっ!」
少し前を歩いていたエーコが、呆れ顔でビビを振り返った。
「ビビったら、ほんっとにオクビョウよね! それでも男の子なの? それなら、ジタンとダガーといっしょに、後から来ればよかったのよ」
腰に手を当て、エーコは責めるような口調でビビの顔をのぞきこむ。
「だって……」
来いって言ったのはエーコなのに……。喉まで出かかった言葉を、ビビはあわてて飲みこんだ。
滞在していたダゲレオで開かれた作戦会議により、パーティーは一旦、2チームに分かれることを決めた。ジタンいわく、お宝探し組と、情報収集・武器整備・レベルアップその他諸々担当の居残り組。イーファの樹突入を前にして、少しでも決戦の役に立つようにと、彼はチョコグラフでのアイテム発掘を提案したのである。
『お宝捜しなんて退屈なマネ、できるかよ。士気が鈍っちまう』と壁に背を付けて腕を組むサラマンダーと、『私もここで装備を整えることにする。話しておきたい者もおるしな』と、クレイラ人の研究者のもとへ向かったフライヤ、『ここの水はおいしそうアルよ。ワタシ、もっと飲んでいたいアル』と喜ぶクイナは、早々と居残りを選んだ。
ジタンはお宝探しを志願したエーコとガーネットを、そして『姫さまの行くところ、自分もお供するであります!』と意気込むスタイナーを適当にあしらって、こっそりとビビをホールへと呼び出した。
「ボクもいいの? でも、ジタン。おじちゃんは?」
本棚の陰から自分に手招きするジタンに、ビビは遠慮がちに尋ねる。
「ビビは行ってみたくないのか、お宝探し?」
「う、うん。行ってみたいけど」
俯いてぽそぽそと呟いたビビの言葉を待っていたというように、ジタンは尻尾を揺らしながら頷いた。
「じゃ、決まりだな。お宝探し組はオレ達4人だ。第一あんな重い鎧着てるヤツ乗せたら、チョコだって大変なんだからさ」
でもおっさんに見つからないように、ここを出るまでは静かにな? 人差し指を立てて口もとに当て、ジタンはビビに笑いかけた。
かくしてお宝探し組はジタン、ガーネット、エーコとビビに決まった。
あちらの大陸からこちらの島へ、霧に覆われてしまった世界の探索は意外に骨の折れるものとなった。ようやく一段落ついた頃には、すでに辺りには夕闇が迫っていた。たまたま近空を飛んでいたこともあり、トレノで宿を取ろうと決めたジタン一行は、チョコボのチョコに付近の森で降ろしてもらい、トレノを目指して歩みを進めていた。
「お日さま、しずんじゃったね」
鬱蒼と茂る木々を見上げたビビがぽつりと漏らす。
「今日中に帰れなくなってしまうなんて、ダゲレオで待っている皆に心配かけてしまうかしら」
「うーん。あいつらなら適当にやってると思うけどなあ。まあ、おっさんだけはいまだに『姫さま〜〜〜』とか言いながら、ダゲレオ中探しまわってるかもしれないけどな」
走り回るたびがしゃがしゃと鳴る鎧の音がうるさくて読書の邪魔だ、と学者達に怒鳴られる姿までもが容易に思い起こされ、ガーネットとビビ、エーコは顔を見合わせて笑った。
「ヘーキよ、ダガー。エーコもついてるのに、みんなが心配するワケないわ」
エーコの言葉に、ガーネットは微笑んで、そうねと答える。
「それにしても、もうすぐ森を抜けるハズなのよね」
エーコは左右を見回して首を傾げた。ビビは曖昧に頷き、彼女に倣って周囲を見渡す。木々の張り巡らす枝と霧にさえぎられ、森の中には月明かりも殆ど差し込んでは来ないため、ひどく視界が悪い。疲労のせいのあるのか、森は普段より深く感じられる。しかし彼らは何度もここを訪れており、さらに一本道でもあることから、迷っているとは考えにくい。
「エーコ、ちょっと先に行ってみてくるわ!」
言うなりエーコは駆け出した。しかしわずかばかり走ったところで立ち止まると、くるりと振り返った。
「何してるの? 行くわよ!」
「え? ボ、ボク?」
エーコの視線が自分へと向けられていることに気づいて、ビビが尋ねる。
「あったりまえじゃない。女のコをひとりで行かせる気? ほら、はやくっ!」
ビビはみるみるうちに霧の中へと消えていきそうなエーコの後ろ姿と、呆気にとられたようなジタン達の顔を2、3度見比べた。
「あ、おい。ビビ、エーコ!」
ジタンが自分達を呼ぶ声を背後で聞きながら、ビビは両手で帽子を押さえ、彼女のあとを追って走った。
「だって、なあに?」
エーコの追及にあったビビは、窮地に立たされていた。本当のことを言ったら、きっとエーコに怒られてしまう。
「え、ええと」
「んもう、エーコははっきりしないのはキライよっ」
けれども答えられず、エーコに嫌われてしまうのも困る。ビビは帽子を何度も被りなおしながら、あれこれ考えを巡らせた。
「えっと……でも、暗いところがへいきなんて、エーコはすごいんだね」
「そうよ、エーコはすごいのよ」
得意そうに頷くエーコを見て、ビビはほっと胸をなでおろした。どうやらうまくごまかせたらしい。彼女の詰問からは、無事に逃れられたようだ。
「もちろんモーグリのみんなはいっしょだったけど、エーコはずっと、マダイン・サリでひとりでくらしていたのよ? 夜がコワイとか、さみしいなんて、言ってられなかったんだから。それが今なんて、いつもみんなといっしょなんだもの。コワイはずないじゃない」
エーコの声は話すうち、小さく寂しげなものに変わっていく。それを聞いたビビの心はちくりと痛んだ。
そういえば前にもこんなことがあったっけ。ビビはガーネットが女王として即位した直後、トレノのトット宅を訪れた時のことを思い出した。
トレノは初めてなんだから、とエーコはビビを連れて街の見物に出かけた。もっとも途中ではぐれてしまったわけだが、あの時もエーコはビビに今と同じことを言った。女の子を一人にする気なの、と。
「だから、こんな森くらい、へっちゃらなの。まあ、エーコはビビとちがってオトナだってことよね」
エーコは首を二、三度振ると、胸を張った。
いつも元気なエーコ。しかし、彼女はマダイン・サリではずっと一人ぼっちだった。
もしかして、エーコはトレノでも、さっきだって。
一人になるのはさみしかったの、こわかったのと尋ねたとしても、エーコは首を横に振るだろう。なぜなら公平でまっすぐで優しい彼女は、同時に勝気でもあり、何よりオトナなのである。
「ビビ?」
気がつくと、ビビはエーコの心配げな二つの瞳に捕らえられていた。そのエーコを見つめ返しながら、ビビは小さな声で呟く。
「こわくないよ」
「え?」
「こわくない」
今度は、きっぱりとした声で告げる。
「ボク、こわくないよ。だって、エーコやみんながいるから。夜だって、いつだって、ボクらはひとりじゃないから。だから、こわくなんてないんだよね」
帽子のつばを握りながら、ビビはエーコを見つめ、首を傾げて問う。
「そうだよね、エーコ?」
エーコは驚いたように目を見開いた。
「そうよ。やっとわかったの?」
まったくビビったらニブいんだからと大げさな溜息をつき、エーコはビビに背を向けた。
「ねえ、ビビ」
「どうしたの?」
両手を後ろで組んだエーコは、暫く何か考えるように下を向いていた。ビビが背後から肩ごしにエーコの顔を覗き込もうとした時、彼女は不意に振り返り、笑って言った。
「ううん、なんでもない。さあ、それじゃ、森をぬけるわよ。きっともうすぐ出口があるはずなんだからっ」
「あ、待ってよエーコ」
歩き始めて程なくして、前方がうっすらと明るくなっているのに気がついた。互いに顔を見合わせ、ビビとエーコは同時に駆け出す。途中、小石に躓きそうになりながら、生い茂る常緑樹の間にできた細い道を、二人は走った。
そして森を抜けた先に広がった光景に、彼らは同時に感嘆の声を漏らした。
「うわあ……」
「きれーい!」
二人の視界の先には、霧で煙ったトレノの灯(ひ)が、天に向かってぼんやりと淡い光を放っていた。ビビは幻想的にすら感じられるその光景に、うっとりと見入る。
「ビビ、エーコ!」
ビビが振り向くと、霧でかすむ森の奥から、ジタンとガーネットが手を振って合図しているのが見えた。ビビ達のもとに追いついた彼らもまた、目の前に広がる景色に息を呑む。
「霧が晴れていたら、もっときれいだったでしょうね」
暫く言葉も無くトレノを見つめていたガーネットが、ふと思いついたようにぽつりと呟く。
「ああ、そのために、オレ達は戦うんだ。勝てるさ、みんな一緒なら」
ジタンは静かな声でガーネットに返す。ビビはエーコとジタン、ガーネットの顔を順繰りに見つめ、再びトレノの街灯りに目をやった。
「でも、せっかくトレノに来たんだ。今日くらいは羽を伸ばしたっていいよな。ダガー、今夜はオレと水辺のカフェで、愛について語らってみないか?」
「せっかくですけれど、ご遠慮いたしますわ」
つんと上を向きジタンの横をすり抜けて歩いていくガーネットは、言葉とは裏腹にくすくすと笑っている。まいったなと言いたげに頭をかいていたジタンは、ビビと目が合うと苦笑いしてみせた。
「ほら、ビビ。エーコたちもいくわよ」
エーコは早足で二、三歩進むと、ビビのほうを振り返った。
「ほら、早くっ。エーコを一人で行かせる気?」
腰に手を当て、しかめ面で言ったエーコの後を、ビビは慌てて追った。とんがり帽子を揺らし、小走りにエーコのもとへ向かう。
それは世界が霧で覆われた、春の夜の出来事だった。
そして、空気の澄んだ冬の朝。
「あ、エーコだっ」
「エーコ!」
「エーコ、遊びに来たの?」
黒魔道士の村の入り口で口々に言ったのは、ビビの子供達だった。彼らの声に、彼らのそばにいたミコトも振り返る。
「おはよう、エーコ」
「おはよう、みんな」
小さな体に不釣合いなほど大きな鞄を肩からかけたエーコは皆に挨拶を返しながら、大袈裟に溜息をついて見せた。
「でも、ザンネンでした。エーコは遊びに来たんじゃないわ。きのう教えてあげたのに、今日がなんの日かもう忘れちゃったのね?」
エーコが腰に手をあてて尋ねると、子供たちは顔を見合わせて答えた。
「おぼえてるよ! 今日は……」
「今日のエーコは大忙しなの」
ミコトや子供達と並んで話しながら、エーコは村を抜け、その奥にある小高い丘を目指す。
「きのうから何をつくろうかずっと考えていて、準備して、今日だってとっても早起きしてつくったのよ!」
「早起き?」
ミコトが聞くと、エーコは大きく頷いて、そして立ち止まった。
丘を上りきったそこには、黄色い大きなとんがり帽子が飾られている。エーコや村の住人達にとって大切な仲間の眠る場所に立ち、彼女は目を細める。
「早起きしてつくって……、おとうさんやおかあさんに渡すよりも、まずここに来たんだから」
エーコはそう言って鞄を肩から下ろすと、中から彼女の掌に乗るくらいの大きさの、真っ白な小さな包みを取り出した。興味津々といった様子で覗き込む子供達の顔を見回し、エーコは包みを結わえた山吹色のリボンをゆっくりとほどく。中から出てきたチョコレートの少し不揃いな形が、それが手作りのものであると物語っていた。
「うわあ!」
「お菓子だぁ〜」
「おいしそう!」
「ねえ、食べてもいい?」
エーコは伸びてくる手を遮るようにチョコレートを両手で隠して、強い口調で言った。
「ダ〜メっ!!」
ええ? と不満そうな声をあげる彼らをよそに、エーコは両掌をそっと開いて続ける。
「これは、ビビのなんだから」
エーコは、まっすぐ正面を見つめる。子供たちとミコトもそれにならうように顔を上げた。
今日は『V.D.』っていって、スキなひとにおくりものして、気持ちを伝える日なんですって。
それでエーコ、考えてみたの、スキな人のこと。そしたら……。
「安心して。ちゃ〜んとみんなの分もあるのよ」
「ほんと?」
エーコの言葉に、子供たち6人は声を合わせて尋ねる。
「ホントよ」
「ね、エーコ。それって、エーコは僕らのことスキってこと?」
あの時、ひとりじゃないって言ってくれたビビでしょ。
覚えてる? ビビ。
エーコはとんがり帽子に向かって首を傾げる。あの時エーコは、とっても嬉しかったのよ。
「そうよっ!ジェノムのみんなの分もあるし、あ、もちろん、ミコトにもね!」
ミコトのほうを振り返るエーコに、彼女は少し驚いたような顔をした。
「……ありがとう、エーコ」
そう言って見せたミコトのはにかんだような笑顔に、今度はエーコが驚く番だった。
うん。ミコト、笑うとカワイイわ。
エーコはそう口にしようとしたが、やめておいた。もし言ったら、ただでさえ赤く染まった彼女の頬がますます赤くなり、この笑顔も見られなくなってしまうかもしれない。代わりにエーコは、ミコトに負けないくらいの笑顔で彼女に応える。
「ねえ、エーコ。もしかして、それ」
ふと思いついたように子供達の一人が、エーコの大きなリュックを指差して尋ねた。
「そうよ。この中、ぜ〜んぶチョコレートなの。リンドブルムにおいてきた分だってあるのよ。だってエーコ、あげたい人がたっくさんいるんだもの。この村のみんなでしょ、マダイン・サリのみんなでしょ、フライヤ、クイナ、サラマンダー、スタイナー、ダガーでしょ、それにもっちろん、ジタン! おとうさん、おかあさん、それから……」
ジタンやダガーやエーコのまわりの、両手と両足の指を合わせたって足りないくらい、たくさんの大切な人たちでしょ。
「す、すごいんだなあ」
もらされた呟きに、エーコは胸を張って言った。
「だから言ったでしょ?今日のエーコは大忙しだって」
そう、今日はほんとに大忙しなの! だけど、ちゃんと言えなかったけど、あの時はありがとうって気持ちもこめて、エーコがいちばんにあげるのは、ビビだって決めたんだから。ちゃんと受けとってね?
エーコは手の中のチョコレートをビビのとんがり帽子の下において、視線を上げる。それからカバンの中から小さな包みを次々取り出す彼女を、子供達もミコトも眼をまるくしながら眺めていた。やがてエーコが順番にプレゼントを手渡すと、そのたびに歓声が上がった。彼らの嬉しそうな笑顔に、エーコの顔も自然と綻ぶ。
冬にしては穏やかな陽射しを浴びながら、ビビのとんがり帽子は、風に吹かれて笑っているように見えた。
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