時間圧縮は予想以上に壮絶なものだった。
四肢をねじ切られるような痛みに、冷や汗がどっと噴き出した。ああ、始まったのだと思う間もなく、次の瞬間には平衡感覚が失われた。目の前にあった計器に両手でつかまり、倒れそうになるのを何とかこらえた。落ちているのか昇っているのか、引き離されているのか吸い寄せられているのか。頭がぐらんぐらんする。体がばらばらになりそう。戦場で負った裂傷ならば全て耐えてこられたけれど、これはちょっと分が悪すぎる。
「大丈夫ですか、先輩」
「大丈夫だいじょうぶ!」
心配顔の後輩君ににっぱりと笑ってみせて、大丈夫なわけないじゃないのよまったくもう!
よかったあと微笑む彼だって操縦桿に体を預け、立っているのがやっとなご様子。であるので、私達はそれきり会話も続かずに黙り込んだ。お互いに平気なはずはないのだし、話を弾ませている余裕もない。歯をくいしばって苦痛に耐えるのが精いっぱい。
押しつぶされそうな圧力のかかるなか、ブリッジの外へと目をやった。
世界は虚無に飲み込まれたように真っ白だった。ついさっきまで、瑠璃色のバラムの海をのぞむことができていたのに。
「スコール達……」
呻き声のかわりに口からこぼれて出た名前に、自分でもぎょっとした。
「勝てるのかなあ……」
SeeDの真の戦い、『愛と友情、勇気の大作戦』に赴いたスコール。とキスティ。ゼルにセルフィ。アーヴァインとリノア。圧縮の進む空間にあって、彼らは無事でいるだろうか。
できることなら、力になりたい。私の、SeeDの使命は、魔女を倒すことなのだ。
力になりたい。彼らと共に戦いたい。
けれど
足ふんばって顔をゆがめて、できるのは仲間の勝利を祈ることだけ
靄のかかったような窓外は、もはや目視することもかなわなかった。
世界はすでに、圧縮がなされてしまったのだろうか。
もうすぐこのガーデンも?
そして私も?
「――先輩っ!」
ぺたん、と両のほっぺにあったかいものが触れて、我に返った。
「先輩、今、すっごいネガティブなこと考えてたでしょ」
後輩君の掌だった。不覚をとった私は完全に無防備で、驚いた拍子に涙がこぼれた。一粒だけ。それを見た彼も一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたものの、すぐに私を睨みつけて言った。
「なぁにらしくなく不安がってるんですか! いつでもどかんと明るく皆をひっぱるのが、先輩の役どころでしょ!」
今までに見たことがないくらいの険しい顔だった。けれど叱咤する声、真剣な目とは裏腹に、頬を包む手の温かいこと。
「あなたは何です、先輩!」
訓練を重ねるうち肉刺(マメ)ができて潰れてできて潰れてすっかり硬くなった皮膚は、肌触りが良いとは言えないけれども。
「――SeeDでしょうが!」
彼のおかげで、私は私を取り戻したのだった。
「どかんと明るく、って、キミねえ」
わざとらしくも大仰な溜め息をついて、後輩君の顔を見上げる。彼の手に、指先をそっと触れさせる。
「先輩をつかまえて、ずいぶんと失礼よね。女神のような包容力とか、類まれなる統率力とか」
彼のぬくもりが伝わってくる気がする。照れ隠しとさっきのは誰にも内緒ねの念押しをかねて、
「もうちょっと気の利いた表現はないわけ?」
彼に微笑みを投げかけながら、手の甲を思い切りつねりあげた。
「いっっってえ……! ……すっ、すいません」
全くすまなそうでなさそうな彼は、顔を真っ赤にしながらむしろ嬉しそうにほころんでいる。目には涙を浮かべているけど。
「ん、今回だけは許したげるわ。次からは気をつけてね。それから」
相変わらず、体は引き裂かれるように痛む。外は真っ白だし、時間の圧縮は進んでいるのに違いない。
「――それから、ありがと」
だけど、大丈夫だろう。
やってくれるだろう、スコール達は。きっと魔女を倒して、このガーデンに戻ってくるだろう。
それまで私は、私のやるべきことをしなくっちゃ。
SeeDだもんね。彼らも私も。
「さて。それじゃ私達ができること、しましょうか?」
階下にはたくさんのSeeD候補生、年少組の子供たちがいる。きっとみんな、この壮絶な苦しみと戦っているのに違いない。よろめきながらリフトに向かう私は、待ってくださいと呼び止められた。
「先輩、もっといっぺんに皆を元気づける方法がありますよ」
彼はうやうやしい仕草でマイクロフォンを差し出した。
「皆があなたの声を待ってるんです」
「うーれしいこと言ってくれるじゃないの」
ガーデン内放送のスイッチをオン側に傾ける。赤いランプがぴかっと点った。こんな状況でもガーデンは機能を失っていない。うんうん、キミもがんばってるんだね。頼もしい気持ちになりながら、マイクをしっかと握りしめる。
「ようっし、いくわよニーダ。準備は?」
「バッチリです」
んじゃ、レッツゴーでしょ!
ぴんぽんぱんぽんと気の抜けた音が、ガーデン中に響いた。
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