「くそっ!何でジャンプパンチ一発喰らっただけで6割持ってかれてんだ!?」 俺と達也は煙草の匂いや筐体から鳴り響く音がうるさい、ゲーセンにいた。 さっきから達也はやっきになって同じプレイヤーに乱入している。 だが勝てない。それが続いてもう連コイン5回目だ。 「落ち着け、まだ勝機はある!!そこで対空だ、見てから昇竜余裕だろ!!」 焦る達也に横から忠告を入れる。 しかしそんな助言も虚しく… 選択肢 1 このままでは終わらんぞぉーーーっ!! 2 ザ○ー様ァーーーっ!! (1、2のどちらを選んでも以下のルート) 「ああっ、くそっ!!」 達也の操るキャラは残り体力が0になって、画面上に横たわる。 そして達也は荒々しく席を立った。 「あの火力は明らかにおかしい。減りすぎだ!!」 「仕方ないだろ…。しかも相手はアニオタ野郎だし」 「くそ〜…。金さえあれば倒してやるのに……」 「6回やって勝てない相手に言う台詞か?」 「うるせっての!」 とにかく金のない貧乏学生と化した俺たちは、さっさとゲーセンを後にした。 ・・・ 「ところで恭祐」 会話が途切れて少し経ったとき、達也が思い出したように空を見上げながら呟いた。 「ん?」 「お前、水野白露さんの誕生日、知らないか?」 「白露さんの?」 「ああ。俺としたことが、白露さんの誕生日を把握してないってことに今更気づいたんだ。もし誕生日が過ぎちまったら悔やんでも悔やみきれないからな」 なるほど、達也はこういうことに関しては努力を惜しまないタイプだからな。 大方誕生日に白露さんのところに押しかけて、無理やり祝おうって気だろう。 「…そういうわけか。でも俺も白露さんの誕生日は知らないぞ。残念だったな」 「ちっ…使えねぇな。本人に直接聞くのもなんだか味気ないし……」 「誕生日に白露さんに会って、何する気なんだ?」 何となく予想はついているものの、一応確認してみる。 「何って…そんなこと決まってるだろ。プレゼントを贈って俺のことをアピールするんだよ!」 「プレゼントでアピールねぇ…。ご苦労なこった。……ん?」 『プレゼント』と言えば……? 俺の脳裏に、数ヶ月前の、悪夢のような出来事が思い浮かんでくる。 あのとき達也は綾に誕生日プレゼントと称して『アレ』を贈ったんだった。 『アレ』とは、親指の先ほどの大きさをしたピンク色、楕円形の物体で、後部から一本のコードが伸びている『アレ』だ。確か白露さんに贈る気だった、とか抜かしてたな。 「お前、まさか本当に『アレ』を贈る気じゃないだろうな?」 「大丈夫だって。誓って言うが、『アレ』じゃない」 「…ならいいけど。せめて普通の贈り物をチョイスすることを願ってるよ」 「任せとけって!今に見てろよ、誕生日の次の日から、白露さんは俺の「コレ」だぜ!」 そう言いながら小指を突き立てる達也。 相変わらず自信満々だが、その自信がどっからくるのか真に不思議だ。 俺は達也に聞こえない程度にため息をついて、帰路を歩んでいくのだった。 ・ ・ ・ 翌日の7月28日。 何故夏休みなのに学校があるかはさておき、昼休みを迎えた俺はいつもの通り購買でパンを買って屋上に向かった。 「よっ」 軽く力を入れて、錆付いた蝶番のついたドアを開ける。 開けたドアの向こうは初夏の日差しと柔らかな風の混在する、気持ちのいい世界だった。 そしてこれまたいつもの通り、屋上のフェンス際に長い髪を風になびかせている一人の女性。 「先輩っ」 「ん、恭祐か」 先輩はパックの青汁を啜りながら俺のほうに振り返った。 俺は苦笑しながら先輩の隣のブロックに腰を下ろす。 そしていつもの食事風景が繰り広げられていくのだった。 ・・・ 「ふぅ…食った食った、と」 パンの袋をガサガサと握り潰しながら立ち上がる。 同時に先輩も食べ終わった様子で、青汁の残りを一息に飲み込む。 「ぢゅーー……っ。ふぅ、まずい!もう一杯!だな」 「…マヂですか?」 「意外と癖になる味だぞ。どうだお前も?健康のためだと思って、一日1パック」 「いや、いいです。謹んでご遠慮させていただきます」 「はは、どうせそう言うだろうと思ったよ」 そう言って軽く笑う先輩。 しかし次の瞬間、目を閉じて意外な人物の名を口にした。 「武田」 そう先輩が呟いた瞬間だった。 ブゥン。 「ぉわっ!?」 珍妙な音と共に、先輩の背後に武田さんが姿を現した。 「お呼びでしょうか」 「た、武田さん!?びっくりさせないでくださいよ……」 し、心臓が口から飛び出すかと思った……。 「申し訳ございません。何分、涼子様のお呼びですので」 「すまなかったな、恭祐。それで武田、今後の予定を確認しておきたいんだが」 「わかりました、少々お待ちを」 そう言って武田さんは懐のメモ帳を取り出して、ペラペラとページをめくっていく。 それにしても、武田さんは何もないとところからいきなり現れたり、何もないところで急に消えたりするから非常に心臓に悪い。 最近は武田さんのワープ(?)にも慣れてきたかと思ったけど、まだまだのようだった。 「今日のご予定は根岸家との晩餐会、木村家との会談、山岸家との談合となっております」 「そうか。わかった」 だ、談合…!? 何か良からぬ単語が聞こえたような気もするが……。 …気のせいだよな!?うんっ、間違いない!!気のせいだ!! 「…何をブツブツ言ってるんだ?恭祐」 「い、いえ、何でもありませんっ!」 「……?…まぁいいが。そうだ武田、明日の予定もついでに聞いておこうか」 「はい。明日は建設業者と市議会議員を交えて会談が開かれる予定です」 建設業者と議員を交えて!? 益々怪しくなってきた……けど気のせいだよな!!別に建設業者と市議会議員が会談しちゃいけない決まりはないもんな!うん! 「そうか、他には?」 「そうですね……。他には特に……あ、翌日は水野家のご息女の誕生日となっておりますが」 「水野家……ああ、白露のことか。そう言えばそんな時期だったな」 いや、でも談合、建設会社、議員、と言う単語が並んで連想されることと言えば…やっぱ一つだよな。 「だそうだ、恭祐。聞いたか?」 でもまさか先輩がそんな汚職に絡んでるとは……いや待て。まだ汚職って決まったわけじゃない。 「恭祐?」 しかしそのことを考えれば先輩の家の財力も頷ける……ってだからまだ汚職って決まったわけじゃないってば!! 「恭祐!!聞いてるのか!?」 「えっ…あ、あぁ、はい。聞いてます!」 やべ、考えに夢中で全然話し聞いてなかった。 「ふぅ…。仕方ない奴だな。武田、もう一回言ってやってくれ」 「す、すいません……」 頭をガリガリと掻く。 先輩はやれやれ、といった目つきで。武田さんはにこやかに笑いながら俺を見ていた。 「神野様、明日は水野白露様の誕生日となっておりますが」 「え?」 「そう言うことだ。確かお前と白露は面識あったろう?」 「え、えぇ。何で知ってるんですか?」 「それは言わないお約束だ」 先輩はくすっと笑った後、対照的に物憂げな表情で俺を見た。 「わざわざ武田が知らせてくれたんだ。後はお前で何とかするんだな」 「後は何とかって……ちょっと先輩!?」 しかし先輩はさっさと背を向けて、手を振りながら屋上を出て行ってしまった。 「あの…武田さん…?」 「それでは失礼します」 ブゥン。 「ひぇっ!?」 …武田さんまでも行ってしまった。 誰もいなくなった屋上で、俺は人知れずため息をついた。 「後は自分で何とか、か…」 ・ ・ ・ そしてまた翌日の7月28日。 「はぁ……俺って奴は」 結局俺はちっぽけな箱を一つ手に、学校の前まで来ていた。 こんな小さなもので、白露さん喜んでくれないよな……。 それに白露さんとは許婚の一件があってから、どうにも顔を合わせづらい。 今更どんな面下げてこれを渡したらいいんだろう……。 と、色んな考えが頭の中を交錯する中。 「おーい恭祐!!」 達也の声が後ろから聞こえてくる。 「ふぅ、追いついたぜ」 「悪かったな、先に行っちまって」 肩で息をする達也に少しだけ罪悪感を感じて、軽く頭を下げる。 「別にいいって。それに昨日、お前からいいこと教えてもらったしな」 「いいこと?」 昨日なんか達也に教えたことあったっけ? 素早く脳内検索をかけてみるが、思い当たることは一つもない。 「ほら、今日白露さんの誕生日だろ?」 「あ、まぁそうだけど……。俺、お前にそのこと教えたっけ?」 正直自分のことで精一杯で、達也のことなど一ミリも頭の中になかった。 俺に心当たりがないことを悟った達也は、得意顔で、いや、したり顔でことの顛末を語りだした。 「昨日の帰り道、商店街でお前を見かけたんだよ。大体30メートルくらいの距離だったかな。俺はお前に声をかけようかと思ったんだが、お前が何かブツブツ呟いてるのを見て話しかけるのを止めた。そんでお前の唇の動きを追っていったら、お前って奴は「明日が白露さんの誕生日かぁ」とか言ってるじゃないか!!それを見た俺はお前に話しかけるどころじゃなくなった。その後は急いで色んな店を回ってプレゼント探しよ!!」 「………」 「いやー、白露さんの誕生日を危うく逃すところだったぜ!!いいプレゼントも買えたし、全部お前のお陰だな!!やっぱ持つべきものは友、だよな!!白露さんにあったら早速渡すぜ!!」 達也ははっはっはと笑いながら俺の肩をバンバン叩く。 「そ、そうか。よろこんでくれてよかったよ」 「おお!これからも頼むぜ、相棒!」 ったく、調子のいい奴だ。それもまぁいつものことなんだが。 「…ところでお前、いつ読唇術なんて出来るようになったんだ?」 「ドクシンジュツ?なんだそれ?」 「い、いや、何でもない……」 …もうどうでもいいや。知らないくせに出来るなんてあきれた奴だ。 「ところで達也。今度のプレゼントは何を買ったんだ?」 気を取り直して、一応確認のためだ。達也に中身を尋ねる。 また『アレ』を贈ろうと言うならブッ壊してでも止めないとな。 「あ、ああ。何だっていいだろ?お前には関係ないって」 「また変なもん贈られたら、俺まで白露さんに怪しく思われるだろ。関係大有りだね」 「む……。とにかく気にすんなって!前にも言ったろ?誓って『アレ』じゃねぇよ」 「……いいから見せろって!!」 「あっ!?何しやがる!!」 俺は達也が手にぶら下げているカバンに素早く手を突っ込み、中をまさぐる。 「これか!?」 「あっ!バ、バカ!!」 達也のこの慌てよう。間違いなく良からぬモノであると確信する。 そして達也の静止よりも早く封を開けた。 「よ、止せって!!こんな人の多いところで…!!」 「人が多いところだと開けられないようなモノなのか!!」 「そっ、それは……!!」 とにかく中から出てきた箱の蓋に手をかける。 そしてその中から出てきたものは。 「………」 「………」 中身は、長さが15センチ程、直径は4センチ程。そしてやっぱりピンク色をしていて、やっぱりコードとスイッチがついているモノだった。 当然スイッチを入れると……いや、その先は語るまい。 「………………」 「……………てへっ」 「てへっ、じゃねぇだろ!!」 さっき達也に罪悪感を感じたことに罪悪感を覚える。 俺は拳を強く固めて達也に向かって振り上げた。 「ま、待て、誤解だ!!ほら、約束したとおり『アレ』じゃなかったろ?な、な!?」 「なお悪いわ!!」 「なぁ頼むよ……!!『アレ』じゃなかったんだから…許してくれよ…!?」 達也はすがるようにしゃがみ込んで、哀願してくる。 しかし両手を更に強く握り、一言。 「自分を知れ…そんなオイシイ話が………あると思うのか?お前のような人間に」 「なんてひどい野……!!」 しかし一転して達也が襲い掛かってくる。 だがそんなことは予測済みだ。 「無駄ァ!!!!WRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!」 「ヤッダーバァアアァアアァァ!!!!」 ・ ・ ・ 一体何発くらい殴っただろうか、自分でもよくわからない。ついでに何回「無駄」と言ったかもわからないけど。 丁度ゴミ収集車が来ているのでそこに血まみれで動かなくなったそれと、プレゼントを呼ばれたそれを放り込む。 「燃えるゴミは月・水・金、と」 ったく、あんなものを贈ったら白露さんになんて思われるか……。 とにかく未然に達也の蛮行を阻止することが出来たのは不幸中の幸いだった。 「さて、遅刻しないうちに学校行かないとな」 そして気を取り直して校舎に向かおうとしたとき。 「あら、おはようございます、恭祐様」 「わっ!?」 目の前にいて俺に挨拶をしたのは、今頭の中で思い描いていた白露さん当人だった。 「あ、申し訳ありません。驚かせてしまいましたか…?」 あ、危なかった。あと少し達也を退治するのが遅れていたら……。 考えただけでもゾッとする。くわばらくわばら。 「い、いや、そんなことないですよ。お早うございます、白露さん」 「ええ」 慌てて挨拶を返すと、白露さんは以前と変わらない笑みを俺に見せてくれた。 そして俺と白露さんは肩を並べて学校までの短い道のりを歩いていく。 …でも。 やっぱりプレゼントを渡すなら今しかないよな……。 そう心では思っているのに、肝心の体が動かない。 気持ちとは反対に、俺の口から出てくる言葉は他愛もない話ばかりだった。 そして元々校門の前にいたせいもあり、あっという間に学校に到着してしまう。 「それでは、ここで失礼しますね」 「あ……はい、そうですね」 白露さんとは学年も違うため、ここで別れなくてはならない。 白露さんは最後にもう一度微笑むと、クルリと背を向けて歩いていってしまう。 う……今言わないでいつ言うんだ……!! 俺は残された勇気を振り絞って…… 「白露さんっ!!」 白露さんを呼び止めた。 「はい?」 「あ、あの…ですね、えと……」 振り返った白露さんはお持ち帰りしたい程の可愛さだったが、俺の心臓は破裂するのではないかというくらい拍動している。 自分でも頬が紅潮していくのがわかる。きっと白露さんにもわかっているだろう。 「あ……えっと、そのですね……」 「はい、なんでしょう?」 でも白露さんは、どもる俺の口が開かれるのをにこやかに待ってくれている。 早く何か言わないと……!! そして俺の口から出た言葉は。 「あの……ほ、放課後、時間空いてますか?」 「放課後ですか?えっと……」 白露さんは考えるように指を組んで、少しの時間を置く。 その少しの時間が、俺には1時間にも2時間にも感じられた。 そして数秒の後、帰ってきた白露さんの答えは。 「すみません、放課後はある人と会う約束をしてるんです……」 本当に、心の底から申し訳なさそうにそう謝った。 「あ、いえ、いいんです。俺が勝手に聞いただけですから、白露さんは気にしないでください」 「本当にすみません。別の日でよければそちらに回したいところなのですが、こればっかりは……」 「いえ、白露さんのせいじゃありませんから……」 「………」 そして俯いていたたまれなそうな表情になる白露さん。 「………」 俺も何となく口を開くことが出来なくなる。 「………」 「………」 沈黙。 気まずい雰囲気が二人の間に流れる。 「………」 「………」 キンコンカンコーン と、無機質な学校のチャイムが鳴り響く。 「あっ、すみません恭祐様!遅刻してしまいますので、これで…」 「はいっ、そ、そうですね。また!」 俺も白露さんも、慌てて自分の教室に向かって走り出す。 ……ふぅ。なにやってんだろうな、俺。 走りながら俺は、自分に向かって大きなため息をつくのだった……。 ・ ・ ・ そして放課後。 いつもなら気分が晴れるはずの終業のチャイムも、何となく気分を悪くする。 「ふぅ………」 教室にいるのが嫌になった俺は、さっさと家に帰ることにした。 ・・・ 下駄箱に上履きを放り込んで外履きに履き替える。 早足で玄関を飛び出そうとした、そのときだった。 ブゥン 「ぁわっ!?」 またしても突然、武田さんが俺の前の前に現れた。 今度はホントに死ぬかと思った……。死ななくても確実に寿命は縮まったぞ。 「神野様、涼子様から伝言を預かっております」 でもそんなことは露知らず、といった表情で武田さんは俺にそう言う。 「伝言?先輩から?」 「はい。内容はここに」 武田さんはそう言いながら、一枚の小さな紙きれを差し出した。 「それでは、私はここで」 ブゥン 「たゎっ!?」 武田さんはそれだけ言うと、あっという間に消えてしまった。 いつものことなんだけど、やっぱり慣れないな。 とにかく先輩からの手紙(?)を開いてみる。 「どれどれ……」 そこには習字の達人が書いたようなきれいな文字で「ここへ行け」とだけ書かれていた。 その字の下には小さな地図。この学校の地図だ。 ・ ・ ・ 「確かに……ここだよな」 俺は先輩の指定した場所の目の前まで来ていた。 そこは誰も使っていない教室。 こんなところに一体なにがあるんだ? 疑問はあったが、とにかく教室のドアを開けることにした。 ガラッ 「恭祐様…?」 「白露さん!?」 ドアを開けた瞬間、中にいた白露さんと俺の目線がばっちり合った。 俺は驚きを隠せずに目を瞬かせる。そしてそれは白露さんも同じで、目を丸くしてこちらを見ている。 そしてその問いを最初に口にしたのは俺だった。 「白露さん、どうしてここに…?」 「私はここで待ち合わせをしていたので……。恭祐様は何故こちらに?」 俺、か。 俺は少し考えた後、ありのままを話すことにした。 「俺は先輩の人から、ここに来るように言われまして。まさか白露さんがいるとは思わなかったんですけど」 「先輩の人から、ですか…?」 「はい。そうですけど…」 俺がそう答えると、白露さんは少し考えるように下を向いた。 そして。 「くすっ……涼子さんらしいですね…ふふっ……」 笑ってる?しかも涼子先輩の名を出して? 「あの…涼子先輩、知ってるんですか?」 すると白露さんは本当に暖かな笑顔で俺に微笑みながら答えてくれた。 「ええ。涼子さんとは昔からの仲ですもの」 聞けば、どうやら白露さんと先輩は、家柄の関係で小さいときからの付き合いらしい。 そう言えば先輩も白露さんも金持ちだしな……。 「私、本当は涼子さんとここで待ち合わせしていたんですよ」 「涼子先輩と?」 「はい。昨日から約束していたんですが、ふふっ、恭祐様をここに呼んだのも、涼子さんの考えそうなことです」 「はぁ……」 白露さんは納得してるみたいだけど、俺はどうにも事態が飲み込めない。 俺が頭から?マークを飛ばしているのを見た白露さんは、微笑んだままことを説明してくれた。 「つまり、涼子さんが私のために恭祐様をここに呼んでくれた、と言うわけです。今日は…その…私の誕生日でもありますし…」 そして最後は少し恥ずかしそうに、頬を少し赤く染めて話してくれた。 …涼子先輩の気遣い、か。 「白露さん」 「はい、なんですか?」 涼子先輩も俺のことを気遣ってくれている。きっと先輩は俺と白露さんの間の許婚話も知っているのだろう。 そのお陰で、今まで何となく敬遠してきた白露さんとも、まともに向き合うことが出来ている。 俺は白露さんとの婚約を断った。そのことは白露さんにとってもショックだったと思う。 それなのに、今でもこうして俺に親切に接してくれる白露さんの優しさは、俺の心の傷を埋めてくれるし、素直に好きだと思える。 だから。 ここは感謝と謝罪の意味を心から込めて、白露さんにプレゼントを贈ろう。 俺の心から朝までの動揺や迷いといった気持ちは全て吹き飛ばして、心の底からの気持ちを込めて。 素直にそう、思えた。 だから、心の内側から迷いや下心のない、本当の笑顔と共に。 「お誕生日おめでとうございます」 「えっ?」 自然に、プレゼントを渡せた。 「誕生日プレゼント、受け取ってください」 「え……私に…ですか?」 「はは、白露さん以外に誰がいるんですか?もちろん白露さんに、ですよ」 白露さんは目をパチクリさせて驚いている。俺がプレゼントを贈るなんて全く予想していなかったのだろう。 「本当に……いいのですか?」 「ええ、安いものですから、気に入らないかもしれませんけど」 「いえ、そんな……気に入らないだなんて、とんでもないです…!」 白露さんは驚きながらも静かに、はっきりと否定した。 7月にしては涼しい風が、ドアの開け放たれた教室を吹き抜けていく。 その風に乗って流れるように、白露さんの髪も静かになびいていった。 そして次の瞬間。 「…ありがとうございます。とても…うれしいです」 今日一番の微笑で、そう答えてくれた。 ・・・ 「中を開けてもよろしいですか?是非今見たいのです」 「ええ、もちろん」 白露さんは俺に確認を取ってから、ゆっくりと丁寧に封を開けていく。 それでも簡素な飾りつけしかされていない装丁は、簡単に開いていった。 そして中からものが取り出されると、白露さんは目を細めてそれを見た。 「写真立て…ですね。とても素敵です……」 それはお世辞ではない、心からの気持ち。それが俺にも伝わってくる。 「大切に使わせていただきますね。ありがとうございます」 「いえ、喜んでもらえるかどうか不安だったけど、喜んでもらえたみたいでよかったです」 俺がそう言うと、白露さんは写真立てを大事そうに抱えた。 そして静かに目を瞑る。 「私は…人への贈り物はモノの価値ではなく、モノに込められている心だと思います。どんな立派な贈り物でも、贈る人の心がこもっていなければあまり嬉しくありませんが、小さなモノでも贈る人の心が感じられれば…嬉しいものですよ」 そしてゆっくりと目を開く。 開かれた目は優しく、静かに俺を見つめていた。 ・ ・ ・ その後、俺と白露さんは暗くなりかけた校舎をゆっくりと後にした。 「そろそろ暗くなってきちゃいましたね」 「ええ。少し急いだほうがいいかもしれませんね」 そう言いながら二人並んで校門をくぐる。 と、そのとき。 「やっと来たか、恭祐、白露」 「涼子さん?」 「せ、先輩!?」 校門の影に涼子先輩が、柱に寄りかかりながら待っていた。 「随分と長い間話し込んでたんだな。結構待たされたぞ」 「ごめんなさい涼子さん。でも、涼子さんのお気遣い、嬉しかったですよ」 「そうか。白露が喜んでくれたのならそれでいいがな」 先輩はそう言って笑みを見せると、背筋をグッと伸ばした。 「さて、ここまでが私からのプレゼントだ。白露も恭祐も、楽しんでくれたか?」 「はい。とても」 屈託のない笑みを浮かべ、嬉しそうに答える白露さん。 「ええ、先輩にしては珍しく気が利いたプレゼントでしたね」 「…一言多いぞ」 「す、すいません」 先輩は俺をキッと睨んだが、俺の腰が引けているのを見てか、それ以上は何も言ってこなかった。 「それで、だ」 先輩は一瞬視線を逸らす。 「これが桐夏と綾と私の、三人分のプレゼント…だ」 その後、どこからか大きな包みを取り出した。 そしてそれを、少しぶっきらぼうに白露さんに差し出す。 「えっ……」 しかしそれを見た白露さんは、またしても目を丸くして先輩を見ている。 「ほら、受け取ってくれ」 「いいのですか?こんなに大きな……」 「決まってるだろう。むしろもらってくれないほうが失礼だぞ、白露」 先輩がそう言い切ると、丸くなっていた白露さんの目が段々細くなっていき、また笑顔になった。 「ありがとうございます。重ね重ね頂いてしまって……」 「いいって。それより、中は見ないのか?」 「あっ、はい。早速見せていただきます」 白露さんはさっきと同じように、丁寧にゆっくりを包みを開けていく。 「あっ、お洋服……」 中身を確認して白露さんは一言呟く。 それに応じるように、先輩は頬を掻きながら小さな声で言った。 「…麻生と桐夏が「絶対この服似合う!!」って言うものだからこれになったんだが…どうだ?気に入ってくれたか?」 「はい、とても可愛くて、きれいなお洋服です。ありがとうございます」 そして白露さんはまた、微笑んだ。 そして俺と先輩を交互に見る。 「今日はいろんな人に誕生日を祝っていただいて、本当に嬉しかったです。どうもありがとうございました」 「いえいえ、俺も白露さんと話が出来て楽しかったですよ」 「私も、白露が喜んでくれたのなら何よりだと思っている。よかったな」 「ええ…本当に……」 そして白露さんは一度空を仰ぐように見つめる。 それに釣られるようにして、俺と先輩も天を仰いだ。 暮れかかる空は夕日の色と夜の色を同時に映し出し、幻想的とも言える光景を醸し出す。 久しぶりに見る、きれいな夕空。 ゆっくりと時間が流れていく。 「………」 「………」 「………」 フッと視線を元に戻す。 白露さんは既に視線を戻していて、笑顔で俺たちを見つめていた。 そして。 「みなさん、今日は本当にありがとうございました。……そして。 これからも……よろしくお願いしますね……!」 白露さんの気持ちの全てが込められたような、そんな笑顔でのお礼の言葉だった。 ・ ・ ・ 「ところで出口の奴はどうしたんだ?今日一日見かけてないが…」 先輩が遠い目で達也のことを口にする。 するとどこから呻き声のような、地響きのような声が聞こえてくる。 「ふ、ふっふっふ…どれだけその一言を待ちわびたか…」 「た、達也!?生きているのか!?」 しかし声がするだけで、達也の姿は見えない。 一体どこに…? と、その時! 「うわぁっ!?」 何やら生暖かい物体が俺の足に絡み付いてきた。 「わ、は、離せ!!悪霊退散南無阿弥陀仏!!」 俺は夢中になって俺の足につかまるそれを振りほどこうともがく。 「お、おい恭祐。俺だよ、俺!」 しかし聞こえてきたのは意外な声で、その声から足に絡み付いている悪霊が達也であることがわかった。 「なんだ、やっぱ悪霊じゃねぇか」 「ひでぇ言い方もあったもんだな。人を死人扱いしやがって」 達也は制服についた埃をパンパンと払いながら立ち上がる。 そして達也は一方向へ視線を強く注いだ。 その先にいるのは。 「水野白露先輩!!お誕生日おめでとうございます!!」 やっぱりは白露さんだった。 「え、あ、はい。ありがとう…ございます」 うわ、白露さんですらいきなり現れた悪霊に戸惑ってるよ。 しかし奴の陰謀は既に潰しておいた。達也が何をしようと、問題はないはずだ。 しかしそう思ったのもつかの間。 「これ、俺からの誕生日プレゼントです!受け取ってください!!」 「私に…ですか?」 「もちろんっ!!」 「まぁ…ありがとうございます」 な、何だって!?奴の誕生日プレゼントと称した器具は俺が確かに葬ったはず…!? もしかしてアイツ、プレゼントを二つ用意してあったのか!? 俺が唖然としてる間に、達也はどんどん事態を進行させていく。 「どうぞ今開けちゃってください。今見て欲しいんです!」 「そうですか。それでは……」 何も知らずに、無垢な表情で包みを開けていく白露さん。 と、俺はふと我に帰る。 事態を整理して…えーっと……。 そしてたどり着いた答えは。 「は、白露さん、その包みを開けちゃ駄目だ!!」 「え……?」 「先輩も何黙ってみてるんですか!?綾の誕生日のこと、忘れたわけじゃないでしょうね!?」 「いや、こっちの方が面白そうだと思ってな。お前にも白露にも」 そう言って意地悪く笑う先輩。 いざって時に頼りにならない人だ……。地震が起きたら自分だけ真っ先に逃げるタイプ? と、とにかく白露さんを止めないと……って、あぁっ!! 既に白露さんの可憐な指は達也の用意した包みを完全にとき解いていた。 …時既に遅し。 白露さんの悲鳴を覚悟した俺は、とっさに目を瞑った。 ・ ・ ・ しかしいくら待っても悲鳴は聞こえてこない。 恐る恐る目を開けてみると……。 「きれいな髪飾りですね……。ありがとう、出口君」 意外にも達也が渡したのは、何かの葉っぱを模した髪飾りだった。 「お、おい達也。どうしたんだ、お前があんなまともなものを渡すなんて…。気でも狂ったか?」 「失礼な奴だな。一個目のプレゼントは冗談に決まってるだろ?本命はこっちだよ、こっち」 そう言いながら白露さんの手にある髪飾りを指差す。 そして達也は期待に満ちた表情で白露さんに向き直った。 「あのー、出来ればその髪飾り、今つけてみてくれませんか?是非見てみたくて……」 やっぱり白露さんはにこやかに微笑むと、快く達也の願いを聞き入れた。 「ええ、もちろん。それでは……」 白露さんの指が髪飾りを髪につけていく。 「………ん?」 そこで俺は、ふと気づいた。 …あの髪飾り、どこかで見たことある…? 中央から三枚の若葉が生えているような髪飾り。その若葉の葉は瑞々しく…そう、まるでミントのような……。 ……ミント? ミント……。 「まさか…!?」 俺が最終的な考えに行き着いたときには、白露さんは既に髪飾りをつけ終えていた。 それを見た達也は……。 「ぃよっしゃぁっ!!やっぱり思ったとおり、白露さんにミントの髪飾り!!そっくりだ、あのアイスク…ぐふっ!!」 「その先は言うなぁっ!!」 達也の言葉が全て出きる前に、俺の拳が達也の頬を捉えた。 でもその先を言って欲しかったのか欲しくなかったのか……。 「この髪飾りが…どうかしたのですか?恭祐様」 「い、いやぁなんでもないんですよ、ええ。決して。はい」 しどろもどろになって答える。 「くくっ……ふふふっ……は、はははははっ!!やっぱお前たち最高に面白いぞ!!」 そして一人で大爆笑しているのは、もちろん涼子先輩だ。 「なに客観的に楽観視してるんですか先輩は!!」 「第三者が客観的に楽観視してなにがいけないんだ?…あー可笑しい、こんなに笑ったのは久しぶりだ……」 「……???あの、恭祐様、話の流れが…全然掴めないのですが……。」 「い、いや、掴めなくていいです。ってか掴まないでください、頼みますから……」 「は、はぁ……」 つ、疲れる……。この三人の相手をしてると……。 そう痛感させられた一日だった。 ・ ・ ・ そして、その後。達也の行方を知るものはいない……。