その日は達也のおかしな発言から始まった。 「なぁ恭祐、明日何の日か覚えてるよな?」 いつものように学校の休み時間。補習の合間を縫って達也が話しかけてきた。 「明日?桐夏の誕生日だろ?」 達也の問いに答えながら、少し頭を回転させる。 明日、8月28日は桐夏の誕生日だ。 いくら俺が無精者だと言え、桐夏は現在一応彼女。そんな彼女の誕生日を忘れるわけがない。 「その通り。もしかしたら忘れてんじゃないかと思って少し心配したぞ!」 俺の肩をバンバンと叩く達也。いくらなんでもそのくらい覚えてるって。 で、そのことを俺に聞いてきたコイツの真意は何なんだ? 「いくら俺でも桐夏の誕生日は忘れないって。それがどうかしたか?」 俺が気だるそうにそう聞くと、達也は待ってましたと言わんばかりの笑みを俺に向ける。 「あーそうそうそれでだな、明日桐夏ちゃんの誕生日ってことで、ささやかながら俺からもプレゼントを用意したんだよ」 「……プレゼント?」 今まで二度あった、達也の「プレゼント」と称された数々の器具が思い出される。 まさか今回も? そう思って睨みを利かせた目つきで達也を見つめる。 それに少し押されたのか、達也は表情を強張らせて俺を見るが、グッと唇を噛んで話を続けた。 「今回だけは本当に信用してくれ。ちゃんとしたプレゼントだよ。それにお前から桐夏ちゃんに渡して欲しいんだ」 「俺から?」 「ああ、今回のプレゼントはこれだ。ほれ」 そう言って達也は懐から二枚の紙を差し出した。 「遊園地のチケットだ。二枚あるから、お前と桐夏ちゃんの二人で楽しんできてくれよ」 「………」 差し出された紙を受け取ってしげしげと眺める。 どこにもおかしな点はないし、太陽に透かしてみても何かが浮かび上がってくるわけでもない。本当に普通の、ただの紙で出来たチケットみたいだ。 「あ、あぁ、ありがとう……。でもいいのか?こんなのもらっちゃって」 「なに、気にするなって。親友と、その親友の彼女の為だ。二人で楽しんで来いって」 「あぁ……」 達也の表情は一遍の曇りもなく、本当の笑顔。 …でも今までの達也の行動を思い返す。 アイツはいつもいつも「お前ばっかりいい目に会いやがって!」とか「俺にも彼女寄越せ!」とか、いつも俺に愚痴を漏らしてきた。 愚痴を漏らすどころか逆怨みじみた逆襲を仕掛けてきたことだってあったぞ?コイツは。 そんな達也が、桐夏はともかく俺にまでチケットをくれたんだ。なんか臭うものがあるんじゃないか?と疑いたくもなってくる。 いや、絶対なにか裏がある。間違いない! 「………」 「ん?どうかしたか?」 相変わらず笑顔の達也。 「いや……。お前、なに企んでんだ?」 あれこれ言い悩むのも面倒だ。率直にありのままを言葉にした。 「企むって……。俺がか?」 「お前以外に誰がいるってんだよ。またなんか良からぬこと企んで陥れようとしてんだろ!」 「陥れるって……。誰をだよ?」 「俺以外に誰がいるってんだよ!」 あくまで惚ける達也。俺は少し語気を荒くして達也に言い寄っていく。 「バレバレなんだよ!今まで散々俺たち(特に俺)にイヤガラセじみたことしまくっといて、今更手の平返したように優しくしやがって。またなんか企んでんだろ?そんな手には引っかかんねーからな!」 一気にまくし立てる。どうせ達也のことだから図星を突かれて言い淀むに違いない。 「………」 ほら見ろ。達也のヤツ、返す言葉がないじゃないか。今回は事前に達也の謀略を見破った俺の勝ちだ。 「そか……。そんな風に言うならいいよ…。いや、悪いのは俺、か…。今までお前たちのことずっと冷やかしてたもんな。信用してくれって言う方が無理かもな。……すまん、さっきの話は忘れてくれ」 「ふんっ、これ以上お前の策略に乗るわけには……。って、え?」 「いや、本当にごめん。大体俺からお前らにプレゼントを贈ろうってのがおこがましかったんだ。迷惑だったろ?ホント気にしないでくれ。さっきの話は失言だった」 あれ?ちょ、おまっ、なんかおかしいぞ? 俺の予想だと、図星を突かれた達也は必死で言い訳して、言い訳してくうちにどんどん自分からボロを出していって自滅する…ってはずだったんだけど……。 「いきなりこんなもの贈られても迷惑だったな。ごめん……」 「え……あ、いや……そんな気はなかったんだけど…」 「いいんだよ、無理してそんな顔しなくたって。さっき気づかせてもらったよ。俺のやってたことはただ迷惑なだけだってさ。お前だった内心せいせいしてるんだろ?」 「そんなことないって。お前、どうかしたのか…?」 なんかいつもの達也と勝手が違う。随分としおらしいって言うか、とにかくネガティブだ。 「俺はいつも通りだよ……。ごめんな、勝手なこと言っちゃって」 そう言って達也はくるりと振り返って、俺に背を向けた。 「お、おい達也?お前どこに……」 「お前の視界から消えるさ。そのチケットは人にあげるなり破るなり燃やすなり、好きにしてくれ。元々勝手な言い出しだったんだ。悪いのは俺だよ……」 「おいっ達也!?」 「じゃな……」 ガララ…… ピシャッ! 達也はドアを開けてどこかに行ってしまった。 ドアが閉められる音がやけに耳に残る。 「………」 最後の達也の表情、寂しそうだったな……。 「…なんか悪いことしたのが俺みたいじゃんかよ」 瞼の裏には、達也の悲しそうな表情、耳の奥にはドアが閉められる冷たい無機質な音。 それぞれが頭の中で反響し合って、ぐるぐると混ざり合っているようだった。 「信用するべきだったのかな……」 その後俺は。 達也がいなくなった教室で一人、思い悩むことになった。 ・ ・ ・ そして翌日。 「わぁ〜〜…。着いたね、恭祐君っ」 「ああ、結構大きなところだな」 目を丸くしながらも嬉しそうにする桐夏。 辺りには観覧車やジェットコースターなどの乗り物が点在し、その周りは家族連れやカップルなどで賑わっている。 そう、結局俺たちは達也のくれたチケットで遊園地まで来ていた。 昨日家に帰ってから桐夏に事の顛末を話すと、「それは恭祐君が悪い」と断言されてしまい、言い返すこともできない俺は桐夏と共に、ここへと足を運んだのだった。 まぁ結局達也の言うとおりに遊園地に来ちゃったけど、昨日の達也の表情から考えるに、本当に悪意はなかったのかもしれない。 だとしたらせっかくの達也の好意だ。受け取るのもいいかもしれないな。 「早く行こっ、恭祐君っ!」 ふと考え込んでいると、目を輝かせながら俺の手をクイクイと引く桐夏の姿が目に飛び込んでくる。 「お、おい桐夏!子供じゃないんだからあんまりはしゃぐなよ」 「だって遊園地なんてすっごく久しぶりで……。ね、早く行こうよ?」 普段より数倍は高いんじゃないかってテンションで、桐夏は俺を急かす。 いつもとちょっと雰囲気が違うけど……まぁこんな桐夏も悪くないかな。 「わかったわかった、もう達也から券もらってあるから、そこのゲート潜ろう」 「うんっ!」 そんなこんなで、桐夏の誕生日と言う一日が始まりを迎えた。 ・ ・ ・ 「わぁ……何だか寒気がしそうだね……」 「そ、そうだな…」 辺りは一面の暗闇。時折遠くからボンヤリと光が見え隠れし、どこからか生暖かい風が吹き込んでくる。 桐夏の提案で、まず初めにお化け屋敷に行くことになったのだ。 だがこのお化け屋敷、ここの遊園地の名物らしく、随分と本格的だ。 これは俺でもちょっと不気味に思うぞ……。 でもそんな中だと言うのに桐夏は、と言えば。 「すごいなぁ……怖いね、恭祐君っ」 「そ、そうか」 台詞と口調が全く合っていない。 怖いという割には、どこか嬉しそうに先へ進んでいくし、どこに仕掛けが仕掛けてあるのか楽しみにしているようにも見える。 怖いのが好きなのかな、桐夏って。 むしろ怖いのは苦手そうな感じがしてたけど、人は見かけによらないってことか。 桐夏の意外な面に驚きながら、桐夏の後手に回りながら恐る恐る進んでいく。 「きゃっ?」 「おわっ!?」 どこからか飛び出した生首に、ちょっとだけ驚いたように桐夏は身をすくめた。 けど俺は、と言えば。 「だ、大丈夫?恭祐君…」 「あ、あぁ平気だ…」 喉から心臓が飛び出るんじゃないかってくらい、思いっきり驚いてしまった。 桐夏は大して驚いてないのに俺だけ驚いて、かなりカッコ悪い。 次からは心の準備をしておかないと……。 ・・・ そして更に進んでいく。 流石に一度目の奇襲以来、心を落ち着かせるように心がけていたため、その後はそれほどビビることもなく出口付近までたどり着いた。 そしてそろそろ出口が見え始めるかというその時。 「おっと!?」 「きゃ、また!?」 どこからか、幽霊の姿をした女の子の等身大人形が飛び出してきた。 見た目はおかっぱ頭で、どこか日本人形を思わされるような姿だ。 ただ全身から血を滴らせているため、ただでさえ不気味な人形により一層不気味さが増している。 でも今の俺にはそんなびっくり箱みたいな手法は通用しない。今更血みどろ人形くらいで驚くわけでもないし。 こんな人形通り過ぎて、さっさと出口に行こう。 …としたんだけど。 「待てェェェェェーーー!!」 「うわっ!?」 甲高い叫び声と共に、人形が俺の背中に抱きついてきた!? さ、最近の人形は襲い掛かってくるのか!? 「ど、どうなってんだこれ!?」 振りほどこうともがいてみるが、人形は意外にしっかりと肩にしがみ付いていて、なかなか離れない。 「き、桐夏、どうにかならないか?この人形!」 と、後ろに振り返ってみても。 「あ、あれ?桐夏?」 桐夏の姿はない。 う……気づかないで先に行っちゃったのか……。 気がつけば人形はヌルヌルした腕をしっかりと胴に回し、離されないようにしがみ付いている。 それどころか首筋に息を吹きかけながら、今度は消え入るような声で俺の耳に囁いてきた。 「痛い…痛いよ……助けて……」 「う……は、離れろぉっ!」 き、気味が悪いぞコイツ!!一体どうなってんだ!? 「血が、血が止まらない……助けて……助けて……!!」 更に人形の囁きは続く。 「助けて、助けて……!!キョウスケクン!!」 「〜〜〜〜っ!!」 ど、どうなってんだよマジで!!今俺の名前を呟いたぞっ!? 「助けて……タスケテ……タ…タスケロォーーーッ!!」 「わぁああぁぁぁあくぁw背drftgyふじこlp;@:!!!???」 ・・・ 一心不乱に出口まで全力疾走すると、いつの間にか血みどろ人形の姿は消えていた。 「はぁはぁ、な、なんだったんだ一体……」 気がつけば、全身冷や汗だらけだ。心臓もまだバクバクいってるし……。 「つ、疲れた……」 肺の底から息を吐き出してガックリと肩を下げた。 「あ、恭祐君、遅いよ!どこいってたの?」 肩で息をしながら冷や汗を拭っていると、横から桐夏の声が降ってきた。 遅れてやったきた俺に、少々ご立腹のようだ。 「い、いやちょっと中でトラブルに巻き込まれて……」 「トラブル?なにがあったの?」 「う……」 なんて答えたらいいんだ…。 まさか素直に「お化けに絡まれて逃げ回ってた」なんて言えるわけないし……。 「もう、しっかりしてよねっ!急にいなくなったから心配したんだよ。迷子になったかと思って迷子センターに行っても見つからないし……」 「ご、ごめん……」 でもこの歳で迷子はないだろ、と心の中で言っておく。 「とにかく、遅くなってごめん。早めに次の場所に行こうか」 「うん、そうだね」 ようやく心臓も落ち着いてきた俺はどうにか桐夏をなだめ、次なるアトラクションを目指して歩き出した。 ・ ・ ・ そして色んな場所を歩いて回って、気がつけば時間は正午過ぎ。 そろそろ腹も空いてきたし、時間も丁度いいので昼ごはんを食べることにした。 「色んな食べ物屋さんがあるんだね。たくさんあるからどこに行ったらいいかわかんないよ」 地図入りのパンフレットを睨みながら、桐夏は飲食店を物色している。 確かに色んな種類の店があって、桐夏でなくても迷いそうなラインナップだ。 「ねぇ、恭祐君はどこがいい?」 「ん、俺か。ちょっとその地図見せてくれないか?」 「うん、はい」 地図を受け取りしげしげと眺める。 しかしこうしてみるとホントにたくさん店があるな……。 「んー……どれがいいのかな……ん?」 ふと、ある出来事を思い出した。 「そう言えば桐夏、さっきどっかで、ここのハンバーガー屋が美味しいって話を聞いたぞ」 地図の一角を指差しながら、桐夏に向き直る。 どこかのアトラクションに並んでいる間、小耳に挟んだ話だ。 何でも本場アメリカの本格ハンバーガー店らしく、マ○クなんて目じゃないとか。 「そうなんだ……。恭祐君、行ってみたい?」 「そうだな……。ちょっとは興味あるかな」 「じゃあそこにしようよ。私はどこでもいいから、恭祐君に合わせるよ」 桐夏は笑顔で俺の提案を呑んでくれた。 そんな桐夏の何気ない心遣いに嬉しさを覚えながら、じゃあそこにしよう、と決定した。 ・・・ そして歩くこと数分、目的のハンバーガー屋の前までやって来た。 だが。 「うわぁ…すげぇ行列だな」 「こ、これはちょっと凄すぎるね……」 あたかもコ○ケを髣髴とさせるような物凄い行列に、俺も桐夏も思わず息を呑んだ。 息を呑むと言うより、唖然と言った方が近いかもしれない。とにかく凄い行列だった。 「どうする?場所変えようか?」 「えと……私は、少しくらいなら並んでも平気だよ。まだ時間もあるし」 そんな行列を見ても、桐夏は俺の意思を汲んでくれるかのように、首を縦に振ってくれた。 「そか、じゃあこれ以上列が伸びないうちに、さっさと並ぼう」 「うんっ」 ・・・ 列に並んだのはいいものの、並んだ後も結構大変だった。 何しろ人数が凄いためすし詰め状態で、人波で前後に揺れるのだ。人にぶつからないようにしたり後ろにいる桐夏に気を使ったりと、色々神経を使う。 俺がバランスを取るのに苦労しているとき、ふと後ろにいる桐夏から揺れが伝わってきた。 「きゃっ……」 「おっ…と…!」 丁度バランスが悪いときに揺れが伝わってきたため、次第にバランス感覚が崩れていく。 そして。 「いてっ!」 コケてしまった。そしてそれと同時に「きゃっ!!」と言う悲鳴。 どうやら一緒に転んでしまったようだ。 「恭祐君、大丈夫?手、引いてあげる」 とは言え、俺以外に倒れたのは桐夏ではなかった。桐夏は転んだどころか、俺の手を引いてくれようとしている。 「あ、ありがとう」 桐夏の手につかまって、足腰を立たせる。 そして足元を見ると、一人の女性が地面に腰を落としていた。 「すいません、大丈夫ですか?」 地面に腰を着く女の人に、今度は俺が手を差し出す。この人が転んでしまった原因が直接俺にあるわけではないが、実際に押してしまったのは俺だ。 「あら、ありがとう」 その女の人は俺の手を取って、力を込める。 そして女の人が立ち上がった瞬間、栗色の淡い毛先が俺の鼻先をくすぐっていった。 なんとも言えない、ふわっとした香りが鼻から脳へと刺激を伝えていく。 「ありがとう。優しいのね、アナタ」 女の人がこっちに振り返る。 「い、いえ、そんなこと……っ!?」 その人と正面で向き合って、俺は初めて気づいた。 端正で涼やかな顔立ちは、どこかクールなビジネスウーマンを思い出させるし、サラリとしたロングヘアはどこまでも光を反射して輝いている。そして何より目を奪われるのは……。 出るところは出て、締まってるところは締まってる、無駄のない豊満な体つき……。 「………」 「どうしたの?ボーッとしちゃって」 「……え」 女の人からの声で、ハッと我に帰る。 いつの間にか見惚れていた。声をかけられなかったらいつまでも見ていたかもしれない、とさえ思わせる。 「あ、いや、あの、なんでもないんです。す、すいません」 「そうかしら。顔が赤いわよ?」 「え……そ、そんなことないですよ」 でも、そんなことを言ったって自分でも頬が熱くなっていくのがわかる。きっと傍から見たらバレバレなんだろう。 そして女の人は、一瞬考えるようなしぐさを見せた後。 「くすっ…」 全てを見透かしたような軽やかな笑みを見せて、再び俺に背を向けた。 と、次の瞬間。 「い、いてててててっ!?」 突然、背中に焼きごてを当てられたような鈍い痛みが走る。 何事か!?と思って振り返ると。 「………………」 そこには、いつになく厳しい表情で口を尖らせている桐夏が…いた。さっきの焼きごてのような痛みは、桐夏が俺の背中をつねったらしかった。 「き、桐夏…?」 この雰囲気は…怒ってる。絶対怒ってる。間違いなく怒ってる。それもかなり、だ……。 「ち、違うんだ桐夏……。ちょっと日に当てられちゃったみたいで、顔が熱くなってるだけなんだ。ただの偶然だよ……!!」 「……鼻の下伸ばして言う台詞じゃないよ?」 「う………」 ジリッと俺ににじり寄る桐夏。 「ま、待ってくれ桐夏!話せばわかる!!」 「恭祐君の…………バカッ!!」 ドガッ!! 「い、いででででっ!?」 次の瞬間、重さが数キロはあるんじゃないかと思わされる鉄球が俺の足に落ちてきた。 いや、鉄球かと思ったのは実は桐夏の足の裏で、それが容赦なく俺の足を潰したのだ。 しかもただ踏みつけるだけでなく、ギリギリと捻りつけて俺の足の甲を蹂躙していく。 「いた、痛い!!痛いぞ桐夏ぁっ!?一体何キロあるんだっ……いででででぇっ!?」 しかも余計な一言で、更に痛みは増していく。 い、いつになったら足を離してくれるんですか桐夏さぁんっ!? ・ ・ ・ 「あー楽しかったっ!!ねっ、恭祐君っ?」 「あ、あぁ……」 桐夏は笑顔で素直に喜んでいるが、正直俺は、楽しかったけど疲れた、と言ったところか。 時間は過ぎていき、すでに日は稜線の彼方に消えようとしている。 昼食の後も色んなところへ回って、色んなものを見たり、乗ったり、触ったりした。 楽しい時間は短いもので、桐夏と色々楽しんでいるうちに、あっという間にこの時間だ。 「〜〜〜♪」 桐夏は鼻歌交じりに、嬉しそうにくるくると回っている。 桐夏が回るたびにスカートがひらめくのだが、ギリギリ見えそうで見えない。 疲れきった俺には、そのスカートの動きが悪魔の所業としか思えなかった。 …でも俺、なんでこんなに疲れてんだろ? 実際俺と一緒に行動したはずの桐夏は、まだ元気に動き回っている。むしろパワーが増した感じもする。 それと比べて俺はバテバテで、疲労の極地とも言える。 「………」 今日一日の、俺と桐夏の行動の違いを思い返してみる。 まず初めは正体不明の血みどろ人形だ。あ、思い返してブルッときたぞ、今。 あれに追い回されてまずは息を切らせたんだっけ。 他には…昼飯のときの行列。あの時は綺麗な女の人に見惚れて、桐夏に制裁を喰らったんだよな。 「………」 思い返すと出てくること出てくること、俺と桐夏の行動の違いが。 他にもジェットコースターの列に並んだとき、何故かポケットに入れたはずのチケットがなくって買いに戻ったり。折角だから達也たちに土産でも買ってこうと思って商品をカゴに入れたのに、いつのまにかなくなって取りに戻ったり。 ………まさか? 「桐夏!悪いけど、ちょっとここで待っててくれないか!?すぐ戻る!」 「え……あっ、恭祐君!?」 桐夏の答えを待たずに、ダッシュで駆け出す。 ・・・ 「やっぱり……!!」 お化け屋敷に戻って係員に血みどろ人形の事を聞くと、案の定「そんなものはない」との答えが返ってきた。 するとあれは……。 ・・・ またダッシュで駆け、桐夏のところまで戻る。 「あ、恭祐君っ!どうしたの?急に走ってどこか行っちゃって……」 「桐夏、話は後だ!早くここから出よう!」 有無を言わさず桐夏の手を引き、ズンズンと歩き出す。 「ど、どうしたの?急に帰るだなんて……。まだもう少し時間あるよ?」 「いいんだ、どうやら俺は悪霊に取り付かれてるらしい。これ以上ここにいるのは危険だ」 「あ、悪霊…?」 訝しげに俺を見る桐夏だが、とにかく俺は急いだ。一刻も早くここを出ないと、悪霊に憑り殺されてしまう。 ・・・ そしてやっと遊園地の出入り口、ゲートが見てくる。 あと少し、あと少しだ。 後はただここから出るだけ。ここを出れば悪霊は俺に手を出すことは出来ないはずだ。 だが、あと少しで脱出できると言う、正にその時。 「待てよキョウスケ!」 …悪霊の声が俺を呼び止めた。 「………」 「まだ帰るのは早いって。まだ時間はあるんだぜ?」 更に言葉を繋ぐ悪霊。 「………」 俺は恐る恐る、その悪霊に顔を向けていく。 そして。 「よぉ恭祐!今日は楽しかったか?」 「た、達也君!?」 俺と同時に振り返った桐夏が、素っ頓狂な声を上げる。 俺は達也(「達也」と書いて「あくりょう」と読む)に向かって一睨みして、声を低くして話しかける。 「やっぱりお前の仕業だっかか、悪霊め」 「悪霊とはひどい言い方だな。…前にもそう呼ばれたような気がするけど」 「ああ、気のせいじゃないないぞ、それは」 俺の視線を軽く受け流して、達也は、はっはっは、と声高らかに笑う。 「どうだった?昨日の俺の演技は。抜群だったろ?」 「ああ、俺としたことが、不覚にもお前ごときに騙されちまった。精進が足りないようだな」 「お前は悪くない。ただ俺の演技がノーベル賞ものだっただけの話だ。気にするなって!」 達也がアカデミー賞とノーベル賞を勘違いしてるのは置いといて、とにかく言いたいことは山ほどあった。 「しかし流石に今回は驚いた。正かお前ごときがここまで大掛かりな行動を起こすとはな」 「俺が行動を起こした?そりゃ違うぞ、恭祐」 「……?お前が起こしたんだろ?チケット渡したのお前だろが」 「んー…、まぁ確かに俺が起こしたことには変わりないんだが……。正確に言おう。今回の件に絡んでるのは俺だけじゃない」 「お前だけじゃない…?」 「そういうこった。おーい、もういいぞーっ!!」 すると達也は遠くに向かって大きく手を振る。 そしてそれに応じるように物陰から人影が出てくるのが見える。 そして……。 「楽しかった?恭ちゃん、桐夏さん」 「流石に今回は恭祐にも予測がつかなかったようだな。桐夏も大変だったな」 「綾!?それに涼子先輩まで!?」 思わず息を呑む。そしてそれは桐夏も同じのようだった。 目を丸くして三人を見つめる俺と桐夏の二人。そして笑顔で俺達を見ている達也、綾、涼子先輩の三人。 「ま、こういうことなんだな、今回は。今回のドッキリを考えたのは俺だけど、実行に移したのは綾ちゃんと涼子さんの二人。俺は、言わば総指揮官ってとこだな」 「何が総指揮官だ!このアホ!」 と、達也を罵る口を止めて、少し考え込む。 「…ってことは、お化け屋敷で俺を襲ってきた血みどろ人形、あれは…」 「あぁ、あれは綾が変装してたんだよ。可愛かったな〜恭ちゃん、本気で怖がってるんだもん。思わず抱きしめちゃったよ〜」 ケロリと綾が言い放つ。あれは綾だったのか……。 「あ、あのな?綾。お前も達也とは長い付き合いだ。こいつの悪行にたぶらかされてていいのか?」 「別にいいもん。綾も今日は面白かったし、楽しかったから」 「お、おぃ……」 えへへ、と笑顔を見せる綾。そんな風に笑われたらこっちは何も言えなくなるよ……。 だが落ち込むまもなく、別件が脳裏に浮かんでくる。 「じゃ、じゃあ俺がハンバーガー屋の行列で転ばせちゃった、あの女の人は…!?」 「ああ、あれは私だ。恭祐ったら、ただカツラ被って濃い目に化粧しただけなのに全く気づかないもんだからな、内心笑いを堪えるのに苦労してたぞ」 目を細めて真相を明かすのは、もちろん涼子先輩だ。 「せ、先輩までこんなマヌケな企画に…?」 「マヌケかどうかはさておき、面白いことは好きだからな。陰ながら協力させてもらったよ」 「う……」 そ、そう言えば以前も達也と白露さんのやり取りを笑って観戦してたな、この人は……。 意外にSっ気でもあるのかもしれないぞ……。 「それにしても恭祐、私が体のラインが出やすい服を着て少し色目を使っただけであの顔だもんな。じぃーっと顔じゃなくて体を見てるんだ、誰にだって一発バレだぞ」 思い出してまた笑い出す先輩。俺としても涼子先輩の体に目が行くのは納得がいくが、同時に少し罪悪感も感じる。 「それに、鼻の下伸ばしてる恭祐を見た桐夏の表情。あれもなかなかよかったぞ。こっそりと見させてもらったが、怒ってる顔もかわいらしいんだな、桐夏は」 「き、霧島先輩〜っ!!」 そして話の矛先が俺から桐夏に移り変わると、途端に桐夏はやかんを沸騰させそうな勢いで顔を赤くした。 「その他もろもろ、今日は色々と裏から手を加えさせてもらったよ。いやぁ〜、流石にこれだけの仕掛けを用意するのは俺でさえ大変だったよ」 感慨深そうに頷きながら話を締めくくったのは、一番の大悪人である悪霊、又の名を出口達也だった……。 ・ ・ ・ そして種明かしの後は、五人揃って園内を再び回ることになった。 一度回った場所だけど、一緒にいる人が違うとまた楽しさも変わってくる。そういった面でもこの時間は新鮮だった。 そして暮れかけていた日は完全に落ち、辺りは星の光と電気の光が降り注ぐ、夜の世界へと姿を変えていく。 ・・・ 「さて、そろそろかな。恭祐っ」 「ん?」 歩き続けて、遊園地のシンボルである城が正面に見える場所まで来たとき、先頭を歩いていた達也はふと足を止めて、俺に向き直った。 「お前にこれをやるよ。受け取ってくれ」 そう言って円錐状の物を俺に手渡す。 それを受け取って見てみると、どうやらクラッカーらしい。 「なんだ?このクラッカーは」 「ただのクラッカーさ。今度こそ、何の変哲もない、普通のクラッカーだ。お前にやるから、使いたくなっら使えよ」 「……?あ、あぁ。じゃもらっとく、よ」 よくわからないが、達也は本当に真剣な顔だ。コイツは平気で今日みたいなドッキリを仕掛ける大バカだけど、この顔をしてふざけた行動を取ったことは一度もない。 そして俺がクラッカーを受け取ったのを確認すると、突然達也は、クルリと踵を返した。 「じゃ、俺達はこの辺でいったん消えるよ。後は恭祐と桐夏ちゃん、二人でやってくれ」 「お、おい達也?」 去っていく達也に一声かけようとすると、達也の隣にいた涼子先輩も綾も、同時に踵を返す。 「あ、霧島先輩っ、綾ちゃんっ?」 桐夏も一声かけるが、その声に三人が耳を貸すことはなく、ただ何も言わずに歩き去った。 「………」 「………」 さっきまで大人数で賑やかだったのに、急に二人きりになってしまった。 昼間はずっと二人きりで過ごしたはずなのに、こうして改めて「二人きり」と意識すると急に緊張感が高まってしまう。 いや、昼間は二人きりといっても、周りに知らない人たちがたくさんいた。 でも今は違う。周りには、本当に誰もいない。 薄暗闇の中、ライトアップされた城を正面に見据えたこの場所にいるのは、本当に俺と桐夏の二人だけだ。 「……今日は楽しかったよ、恭祐君。ありがとう」 「…ああ。でも、俺だけじゃ桐夏をこんなに楽しませることは出来なかった。バカだけど達也がいて、単純だけど綾がいて、何考えてるかわかんないけど涼子先輩がいて、それだから桐夏をこれだけ楽しませられたんだ」 「うん……。そうだね」 「……そうさ。俺一人じゃ、ここまでは出来ない」 「ううん、そうじゃないよ」 しかし、桐夏はその言葉にゆっくりと首を振った。 「そうじゃないよ。もちろん達也君とか綾ちゃんとか霧島先輩とか、みんないるのも楽しいけど……恭祐君といるときの楽しさとは…違うよ」 「桐夏……」 「やっぱり私は、恭祐君と二人きりのときが…一番幸せだよ。一番、嬉しいよ……」 「………」 何も言わずに桐夏を抱きしめる。 言葉より、単純な行動の方が素直に俺の気持ちを表せる。そう思った。 「んっ……」 軽く抱き寄せ、軽く抱きしめる。 そして軽く、唇を重ねた。 「んぅ……っ」 そして、離す。 「桐夏」 一度体を離してから再び、桐夏に向き直ってその瞳を見つめる。 吸い込まれそうになるほど澄んだ瞳。そのどこまでも深い色を見つめて。 「誕生日、おめでとう」 その言葉と共に、クラッカーの紐をゆっくりと引いた。 パンッ!! ・・・ 「涼子様」 「武田か。どうだ?」 「神野様がクラッカーを使われたようです」 「よし、打ち上げろ」 「承知しました」 ・・・ パンッという小気味よい音と共に、色とりどりの紙ふぶきが桐夏の体に舞い落ちる。 「ありがとう……恭祐君」 そして、笑顔で返してくれた。 と、その時。 ヒュルルル……… 「え?」 遠くから聞きなれた、何かを打ち上げる音が聞こえてくる。 毎年夏に聞きなれた、夏の風物詩。 そしてほどなくして。 ドーーーン!! 星空に新たな星とも言える光が咲き乱れた。 「花火……?」 「花火……だね」 そして二発、三発と、花火は次々に夜空に花を咲かせていく。 花火から降り注ぐ光が桐夏の顔を照らし出す。 夜空に彩られた花火の光は、桐夏のためだけに打ち上げられたものだろう。 そして……なんだろう、なにか、無性に胸の内からこみ上げるものがあった。 それを振り払うように、無理に言葉を紡いでみる。 「は、はは……やってくれるな、あいつら。なぁ桐夏?」 「う、うん……。そう…だね」 でも答える桐夏の声も、少し震えている。 見れば、桐夏の瞳には涙が溢れる寸前にまで溜まっていた。 「………」 そんな桐夏を見て、俺はもう一度桐夏を抱き寄せた。 「……桐夏。嬉しいときは笑うもんだけど、泣いたって…いいんだよ」 「ぅ…うん……うんっ……」 そして桐夏は俺の胸の中で。 嬉しさからくる涙を流した。 そしてそれは……。 俺も、同じだった。 ・ ・ ・ 花火の打ち上げが終わってから入り口のところまで戻ってみると、みんなの姿があった。 「どうだった?恭祐、桐夏ちゃん」 「まぁ…お前達にしては気が利いてたんじゃないか?」 照れ隠しにわざと冷たい言葉を使う。 「まぁ流石に俺だけじゃ花火は出来なかったからな。花火は涼子さんの全面出費だ。感謝するんだぞ」 「先輩が…ですか?」 「ん、ま、まぁそういうことだ。どうせ夜の遊園地を貸切にしたんだ。このくらいやらないと割に合わないだろう」 「か、貸切…ですか。でもそれはともかく、本当にありがとうございました」 先輩に頭を下げる。 「私からもお礼を言わせてください。霧島先輩、ありがとうございました」 それに続いて、桐夏も頭を下げた。 「いや、いいんだ。二人に喜んでもらえたならなによりだよ」 先輩も嬉しそうに、そしてどこか満足げに微笑んだ。 「よし、じゃあ今日はこの辺でお開きにするか!みんな、今日はありがとうっ」 そして一日の終了を告げる、達也の号令じみた声。 「うん、綾もそろそろ夏休みの宿題やらなきゃいけないしね。メンドくさいけど…」 「私も今日はいささか疲れた。ゆっくり休ませてもらうよ」 「私も疲れたかな。でも、それ以上に楽しかったよ」 「俺は…体の疲れより心が疲れたよ。ゆっくりと落ち着きたい気分だ」 それぞれ思い思いの感想を口にして、今日に区切りをつける。 そして最後は。 「今日はみんなのお陰で、今までで一番楽しい誕生日になったよ。 本当に……本当に……みんな、ありがとう!!」 本日の主役、桐夏の一言だった。 END ・ ・ ・ 「ところで桐夏ちゃん」 「え?どうしたの、達也君」 帰り道、歩道を歩きながら達也が桐夏を呼び止めた。 「あのさ、こんなものがあるんだけど、受け取ってくれないかな」 「えっ?」 そして達也は懐から小箱を取り出す。 それを桐夏に渡した。 「そんな、これ以上もらっちゃっていいの?」 「そりゃそうさ。これは、俺個人からのプレゼント。みんなからのプレゼントとは別だよ」 「そっか……。ありがとう達也君。開けて…いいかな」 笑顔を見せる桐夏。そこにはなんの邪な気持ちもない。 だがそれを待ち受ける達也の表情は、正に悪霊そのもの。 「もちろんだよ!ささ、開けて開けて!」 ……このときの俺は、心身共に疲労の極地。 状況に頭がついていかず、それだから達也最後の、そして最大の罠を食い止めることが出来なかったんだ。 「わぁ……リボン、だね。綺麗な青色……」 「出来れば今つけてもらえないかな。二つあるから、両方ね」 「うん、そのくらいなら……」 正に操り人形のように達也の誘導についていく桐夏。 そして桐夏がそのリボンをつけた、その瞬間! 「いよぉっしゃぁああぁぁぁぁあ!!青リボンでツインテールに髪型を整えた桐夏ちゃんは、正に御子柴莉……!!」 「そっ、その先は言うなぁぁあぁぁぁぁっ!!!!」 既に動かなくなりつつあった頭より先に、体が勝手に反応した! そして達也の胴に、強烈な右ストレートをカウンターで炸裂させる。 壁でバウンドして跳ね返ってくる達也に、地上技から空中技へとつながる連携をぶち込んでいく。 ダウンする達也。しかし強烈なコンボの後だ。頭の中でひよこが飛び回っていることだろう。 そこに、気力の半分をつぎ込んだ必殺の一撃を叩き込んだ。 「星となれ!!」 「シ、シショーーーーッ!!」 …達也は動かなくなった。 しかし俺の疲労も限界を突破していた上に、一撃必殺の技をつかってしまっては……。 「ぐ……」 ほどなくして倒れる俺。 「ど、どうしたの?恭祐君と達也君……」 「あー、いつものことだから放っといて大丈夫ですよ。帰りましょ、桐夏さんっ」 「う、うん……」 最後に聞こえたのは、桐夏と綾の呑気な会話だった……。 DEAD END(バカですいません……(汁