それは青天の霹靂だった。 「恭祐、明日私の家に来い」 涼子先輩に突然そう言われたのは、いつもの屋上。 昼飯のパンを胃にかきこんでいるときだった。 「へっ?」 「明日、ちょっと用があるんだ。是非来て欲しいんだが」 「え、えぇまぁいいですけど。どうせ県民の日で休日ですし」 「そうか。ならよろしく頼むぞ」 涼子先輩はふっと表情を和らげて、嬉しそうに微笑む。 「よかった、恭祐が来てくれないと始まらないからな。少し心配してたよ」 「はぁ………。でも明日来てくれって、一体何するんですか?」 「んー……そうだな……」 先輩は顎に手を当てて、考え込むような仕草を見せた後。 「イイコト、だ」 小悪魔的表情でそう告げた。 「イイコト、ですか」 「そう、期待しておけよ」 「は、はぁ……」 何となく俺の直感が警戒音を発している。 この場合の「イイコト」とは、むしろ逆の意味を持っているのではないか、と。 「それじゃ、明日はよろしくな。家の場所は知ってるだろう?」 「ええ、一応」 「そうか。じゃあ明日、忘れずに来るんだぞ」 最後に激辛カレーパンと青汁を一気に飲み干すと、涼子先輩はヒラヒラと手を振りながら去っていった。 「………どうしよう」 屋上に一人取り残された俺は、明日の自分の行動を色々とシュミレーションすることになった。 ・ ・ ・ ……どうしよう。 涼子先輩が何を企んでいるかわからない以上、迂闊に飛び込むのは危険と言える。 この際行かないというのもありか……? いやいや、そんなことしたら会った時に殺されかねない。とりあえず行かなくては。 しかし一体どんな罠が……。対策法はあるのか? 「あら、恭祐様。どうしたんですか?そんなに浮かない顔をなさって」 「あ、白露さん」 ブツブツ独り言を言いながら下駄箱を開けると、丁度隣に白露さんの姿があった。 「随分と青い顔をしてらっしゃいますよ?風邪でも引かれたのですか?」 「いえ、そうじゃないんです」 「でしたら、どうして───」 「実はこんなことがありまして……かくかくしかじか」 話の流れを、大筋だけ読み取って大まかに説明する。 「はぁ、明日涼子さんが家に来い、とおっしゃったのですか」 「そうなんですよ。でも急な話ですし、一体何を企んでるのかわからないから不安で…」 どうも俺は、桐夏の誕生日にみんなからコテンパンに騙されて以来、妙なところで臆病になってしまった感がある。 どうにも一歩を踏み出せない。傷つくことをただ恐れているのか。 「白露さん、涼子先輩が何を考えているのか、何かわかることはありませんか?少しでも不安を塗り潰しておきたいんです」 「涼子さんが……ですか。特にこれと言って思い当たることはありませんけど……あっ!」 ポンッと手の平を合わせる白露さん。いかにも何か閃いた、と言った感じだけど。 「何かありましたか!?」 「そう言えば明日、涼子さんの誕生日ですよ!」 「誕生日ですか?」 「はい!涼子さん、もしかしたら恭祐様を呼んでパーティーを開こうと考えているんじゃないでしょうか?きっと今年の誕生日は、恭祐様にお祝いしてもらいたがっているんですよ」 「なるほど───!」 と、口ではそう答えたものの、まだ心の底に沈殿して浮かび上がらない疑惑は、取り残されたままだ。 「私は涼子さんの家に行ったほうがいいと思いますよ。その方がきっと涼子さんも喜んでくれます」 白露さんは自分の思いつきに自信があるんだろうか。やけにハキハキと意見を述べている。 「それに……もし行かないと恭祐様の身に不幸な事故が起こる可能性が………」 ───どうやら自信があるわけではないらしい。 あくまで憶測の域は出ないけど、心配が憶測に過ぎない以上行かないわけにもいかない。 「大丈夫ですよ。最初から行く気でしたから」 「そうですか。くれぐれもお体には気をつけて下さいね」 「ええ、無事に帰ってこれるように祈っていてください」 「はい、我が家の神棚に向かってお祈りを捧げておきましょう」 そして白露さんは首に巻いてあるマフラーを一度巻きなおした。 「それでは私は失礼致します。車が待たせてありますので……」 「あ、はい。じゃまた今度に」 「ええ。それでは……」 白露さんは小走りに、校門前に待ち構えるドデカい車に乗り込んだ。 白露さんの姿が車のドアに消えていった頃、俺は少々重い足を引きずって歩き出した。 ・ ・ ・ 翌日。 「おーい、桐夏」 朝、目を覚ました俺は出かけの旨を伝えようと桐夏を呼んだ。 「桐夏?」 でもいくら呼びかけても桐夏から返事は返ってこない。 家の中をくまなく探したけど、どこへ行ったのか、桐夏の姿は見当たらなかった。 出かけたんだろうか? 「まぁいいか。俺一人で行って来よう」 いないものは仕方ない。 俺は涼子先輩の言葉通り、さっさと霧島邸へ向かうことにした。 ・・・ 「………」 霧島邸の前に立つ。いつ見てもデカイ家だ。 ドデカい門を目の前にすると、どうも自分の体が縮み上がっていくのが感じられる。 それに、家から発せられる雰囲気と言うか、オーラみたいなものが一層来訪者を萎縮させる要因となっているような……。 「………行くか」 俺は意を決して、巨大な門の横に据え付けられている呼び鈴に手をかけようとした。 と、その時。 「お待ちください、神野様」 「うわっ!?」 どこから現れたのか、いつの間にか背後に立っていた武田さんが俺の手を制止する。 「な、なんでしょうか?」 「涼子様の命でこちらにいらしたのでしょうか?」 「え、えぇ。そうですけど」 俺がそう返事をすると、武田さんは咳払いを一つして、後ろ手に手を組んだ。 「ゴホン、本日は霧島邸にいらしていただき、真に有難う御座います。霧島家を代表いたしまして、厚く御礼申し上げます」 「は、はぁ」 「それでは僭越ながら、私の方から本日の催しの説明をさせていただきます」 「も、催し?」 「はい。本日一日は「霧島家バトルミュージアム」と題しまして、大規模な格闘大会を開催させていただいております」 「え……格闘大会って………はぁ!!!???」 突然何を言い出すんだ武田さんは!? 「涼子様から、神野様もご参加なさると聞いておりますので、只今を持ちまして神野様の参加を決定させていただきます」 「え、け、決定って……ちょっと!!??」 「既に大会は開催されておりますので神野様は途中参加となりますが、特例として認めさせていただきます」 「認めなくて結構です!!」 何だかわからんが、このままだとハチャメチャなことに巻き込まれそうだ。 とっとと逃げるに限る!! 「武田さんが何言ってるかわかんないですけど、俺帰らせてもらいます」 「お帰りになられるのですか?」 「帰りますよ!!ったく、昨日涼子先輩が意味わかんないこと言い出したと思ったら、こんな二流のドッキリみたいなことやらかして……」 付き合ってらんないよ、もう……。 「では神野様は棄権、ということでよろしいでしょうか?」 「棄権でも何でも構いませんよ。帰るんですから」 「わかりました、では承りました」 「じゃあ帰らせてもらいますよ。涼子先輩にはよろしく言っといてください」 「はい。お伝えしておきます」 「それじゃ、また」 踵を返して巨大な門を後にする。 一体何を考えてんだ、涼子先輩は……。 「それでは峰岸様と麻生様の順位は自動的に繰上げされて……と」 と、背後から気になる人名が二人ほど、耳に飛び込んできた。 峰岸、麻生………桐夏と綾か!? 「ちょ、ちょっと待ってください武田さん!!桐夏と綾も参加してるんですか!?」 「は、はい。確かに参加証を受け取っておりますし、確かに参加しております」 「な、なんだってーーーーー!!」 何考えてんだ、あの二人は!? 「ちょっと待ってください、何であの二人が参加してるんですか!?」 「さぁ……私にはそこまではわかりかねます。詳しい話は涼子様がご存知だと思いますが……」 「………っ!!」 益々、一体何考えてんだ涼子先輩は!? 「わ、わかりました、やっぱり俺も参加します。大会に」 「棄権を変更して、再度挑戦なさる、と?」 「え、えぇ……」 「わかりました、では確かに承りました」 っくそ、意味わかんないけど涼子先輩の真意を量るには参加するしかないのか……。 「では門を潜って先へお進み下さい。その先は道なりに」 「ええ」 なんか上手くのせられたような気がしないでもないのだが、とにかく巨大な門を押し開けていく。 「こっ、これは!?」 門を潜ってまず驚いたのが、目の前に並べられた武器の数々。 古今東西、東西南北の武器がところ狭しと並べられていた。 「すげぇなこりゃ……」 見たところ、全て本物のようだ。刃物から鈍器まで何でもござれ、である。 中には、虹色に光を放つグニャグニャな刀身を持った短剣まである。 王の財宝じゃないんだから……。 「お好きな武器をお選びください。ただし、一人につき一つまでしか許可できませんので」 いつの前にか、さっきまで俺の後ろにいたはずの武田さんが前に立って説明していた。 でも武器を選べったって……これじゃ生臭すぎる。 「じゃあ俺はこれを……」 俺は取り合えず、一番扱いやすそうな木刀を手に取った。 一応剣道では段位を持っているし、これが一番使いやすそうだ。 「それでよろしいのですか?」 「ええ、これが一番馴染んでますから」 「そうですか」 武田さんは一瞬の微笑を見せた。 だが次の瞬間、その表情は一変して……。 「では一回戦の相手は私で御座います。構えてください」 冷酷に、そう告げた。 「え………えぇ!?」 「涼子様の命により手加減は出来ません。本気でかかってきてください」 「そ、そんなこと言われても俺、心の準備が……!!」 「参ります!!」 「う、うぇっ!?」 瞬間、物凄い殺気を放って武田さんは虚空へ消えた。 「き、消えた!?」 いつも武田さんが現れたり消えたりする、アレか!? 「く、くそ!!」 うろたえていても仕方ない。俺は剣道の修行で培った精神を研ぎ澄まし、辺りに気を集中させる。 「遅いっ!!」 途端に、背後から武田さんの気配が迫る。 「くっ!!」 一瞬の間に繰り出される武田さんの拳。 紙一重の差で、その拳は虚空を切り裂いた。 しかし避けたと思ったのもつかの間、すぐさま次の気配が俺の脳に警鐘を鳴らす。 今度は横へ瞬間移動!? 「破っ!!」 「アブネ!!」 またしても紙一重。 あの拳が俺の体に突き刺さったら。そう思うと思わず背筋が凍りつく。 「───っ!!」 守りに入っちゃ駄目だ、一瞬でやられる! 攻撃に転じないと勝ち目はない!! 高速、いや光速で移動する武田さんの姿をどうにか目の端っこで追い、その先を読んで力任せに木刀を振り下ろす。 「ここだ!」 「甘い!」 しかし、いとも簡単に移動の軌道を変えた武田さんに木刀はかすりもせず、虚しく地面の土を巻き上げる。 「せいっ!」 「ぐはっ!?」 背後に回られた瞬間、衝撃が背中を突き抜けた。 ───気が遠くなる。 一瞬呼吸が停止し、意識がブラックアウトしかける。 「〜〜〜〜っ!!」 それを、歯を食いしばって堪える。 意識がなくなったら終わりだ!!耐えろ!! 「くそっ……!!」 当たらなくてもいい、とにかく木刀を振れ!! 近寄らせたら負ける!! 俺は何も見ていないかのように、木刀をブンブンと振り回す。 「甘いですね、その程度で」 しかしそれも無駄な行為。 いとも簡単に木刀の先をつかまれ、眼前に武田さんの姿が肉迫する。 そして繰り出される、正に鉄拳───!! 「………っ!!」 それを間一髪、体ごと地面に倒れこんで拳をかわす。 「ほう………今のを避けるとは。やりますね、神野様」 「お、お世辞はいいですよ、武田さん」 強がって武田さんを睨むものの、俺の息は既にあがっており、敗色は濃厚だ。 いや、最初から勝ち目などなかったのかもしれない。 「それでは、次こそ本気、100%中の100%で行かせて頂きます。お覚悟を」 なっ……!!あの速さ、あの正確さで今まで本気じゃなかったというのか!? 「ト、トグロですか……?」 「失礼な、私はそんな化け物ではありません」 ってか知ってるんだ、トグロを。 「はぁーーー………!!」 力強く息を吐き出す武田さん。 その体はモリモリと膨らんでいって……。 「はぁぁっ!!」 ふ、服が弾け飛んだ!? それになんか筋肉がゴツゴツしてるしぃ!? 「やっぱりトグロじゃないですかぁ!!」 「違います、行きますよ!!」 そして、またしても武田さんの姿が消える。 消え───あれ? 「ふははは、私の姿が捉えられますかな?」 違う、消えたんじゃない!! 俺の目の前からは、何人もの武田さんがゆっくりと歩み寄ってくる。 「今度は分身か!!」 そして武田さんの分身は3人から4人、4人から5人と増え続け……。 ───ついには8人にまで達した。 「…………」 「くそ!どうすればいいんだ!?」 8人に分身した武田さんに取り囲まれ、一種のパニック状態に陥る俺。 「この状態では、いくら神野様と言えどもなす術がないようですね」 ゆっくりと、しかし確実に歩み寄る武田さん。 「あと5歩で、神野様を確実に捕らえられる間合いに入ります。どうしますか?」 「〜〜〜っ!!」 考えろ、冷静に考えるんだ!!こういうときに焦って飛び出したら負けるんだ!! 何か方法があるはずだ!! 何か方法が───!! 「そ、そうだ!!」 思い出したぞ、分身に対抗する方法を!! 「何か思いついたのですか?」 「ええ、俺の記憶が正しければ、ですけど」 「いいでしょう、いままで私は、この術を使って敗れたことはありません。貴方が最初の打倒者となりえますかな?」 「俺はならなくちゃいけないんです!!行きます!!」 いつか親父の残した文献で読んだことがある。分身とは相手の周りを高速で移動して残像を見せているのだ、と。 そしてそれに対抗するには───!! 「これだっ!!」 分身した武田さんの残像と残像の間に、思いっきり木刀を突き立てる。 「ふっ、それが貴方の対策ですか?ただ闇雲に攻撃するだけとは、笑止!!」 ふいに武田さんの声に殺気が篭る。 だが───!! 「ぐはぁっ!!??」 「くっ……!!」 突然俺が突き出した木刀が砕け散り、武田さんが腹を抑えながら破片の脇に倒れこむ。 「ぐ、がはっ………い、一体何を……?」 俺はしびれる木刀の柄を握りなおしながら武田さんにカラクリを説明する。 「なに、簡単なことです。分身ってのは相手の周りを高速で移動して残像を見せているんですから、その軌道に木刀を差し込めば相手から勝手に木刀に突っ込んでくるんです」 「な、なんと………」 「武田さんも移動するスピードは計り知れず速かった。分身を8つも作り出せるほどに。でも、逆にその速さが木刀と接触したときのダメージを大きくしたんです」 「な、なるほど……私の速さが……仇になるとは………ぐふっ」 最後に一言うなり声をあげると、武田さんの姿は点滅するように消えていった。 ドラクエか?この大会は。 「───行こう、先へ」 ありがとう、親父の蔵書、空想○学読本。 涼子先輩の真意を確かめないといけない。そのために俺は……!! 俺は武田さんを倒した、霧島邸玄関前を後にして、先へ進んでいった。 ・ ・ ・ 駆け足で邸内を進んでいく。 「はぁ、はぁ、ここか?」 すると次の間を示す、案内板が俺の進行方向に立ちふさがった。 案内板には「次はこの部屋だよ♪」とマヌケな文字で書かれている。 「……誰がここにいるんだ?」 なんか気持ちを張り詰めてここまでやってきたのがバカバカしくなりそうだ。 「頼もう!!」 とにかく意を決して、俺は部屋の襖を強引に開け放った。 「────」 開け放つと、そこにいたのは。 「───綾乃?」 何故か俺たちの中で一番影の薄い、黒崎綾乃だった。 「来たわね、神野恭祐!!涼子様の命により、ここで貴方を排除します!!」 「な、なんでお前がここにいるんだ?白露さんのメイドじゃなかったのかよ?」 「今日は特別です!!元より霧島家と水野家は深い親交を持つお家柄!!困ったときには助け合うのが昔からのしきたりです!!」 「しきたりねぇ……」 鼻糞をほじりながら答える。 「なっ、なんですかそのやる気のない態度は!!私をバカにしてるのですか!?」 「いやぁ〜、そうじゃないんだけどさぁ〜」 武田さんと言う、最大最強の敵を打ち破った後に出てくる相手が綾乃じゃあねぇ……。 「なんかいまいちやる気が湧かないって言うか」 「な、何ですって!?水野家のメイドをおちょくるとはいい度胸ですわ!!覚悟!!」 「おっ、おい綾乃!!いきなり───!」 「問答無用!!」 突如として切りかかってくる綾乃。 ブンッ!! 切っ先は見えているので余裕でそれを避けるが………!! 「ちっ、外したか」 何故か綾乃の振り下ろした武器の先端が、板張りの間に切れ目を作っている。 「お、おい!!真剣かよ綾乃!!」 「戦場で「真剣かよ」とは、なんたる言い草!!真剣以外のなにがあると言うのだ!!」 「せ、戦場じゃないぞここは!!日本だ!!」 「問答無用!!」 またしても綾乃の手にした真剣───恐らくサーベルだろう、それが俺の肩筋を掠める。 「っつーー……」 軽い痛みと共に、裂けた服の間から一筋の血が覗く。 「どうなさいます?今のうちに降参するなら許してあげてもよくってよ?」 「誰が降参するかってーの」 一度付き合ったことのある仲だ。綾乃の弱点は把握している。 交換して剣先を取り戻した木刀を手に、俺は膝に力を込めた。 「いくぞ!!」 猛然とダッシュし、綾乃との距離をつめる。 「きゃっ───!?」 そしてかなり遠目の間合いから木刀を、下から振り上げるようにして放った。 しかしその木刀が綾乃の体を捕らえるには、すこしばかり距離が遠すぎる。 当然、俺の放った一撃は綾乃には当たらずに空を切った。 「な、なんでもないじゃありませんか。間合いもつかめないとは、恭祐は私が思っていた以上に未熟なようですね」 「そうじゃない。俺の狙いは別だ」 「え───きゃ、きゃあっ!?」 ふいに、綾乃のメイド服の裾が風でめくれ上がる。 慌てて服の裾を手で押さえる綾乃。 「な、なぜこんなときに風が──」 「隙だらけ」 「あ───」 パコーン 小気味よい音を立てて綾乃の頭に木刀が当たる。 「はわわわ〜〜……」 その一撃で目を回した綾乃は、力なく床にへたれ込んだ。 「俺の狙いは剣先で風を起こすことだったのさ」 綾乃とは一度付き合ったことがあるからわかる。綾乃は、極度なまでに自分の貞操を気にするのだ。 まぁ………一度ヤッたからわかる話なんだけど。 「行くか、次に」 なんとも気の入らない対戦だった………。 俺は床に座ったまま目を回している綾乃を横にしてやると、板張りの間を後にした。 ・ ・ ・ 次の間はここか。 今度は硬派な文字で「第三ノ間」と書かれている。 ───よし。 精神を統一して、戸を開け放つ。 すると今度は………。 「白露さん!?」 「いらっしゃいませ、恭祐様」 ニコリと挨拶をしてくれる白露さん。 「な、なんでこんなところへ……?」 「よくここまで来てくれましたね。さぞお疲れでしょう?」 「い、いえ、こちらこそお邪魔してます」 「そんなところで立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」 「あ、はい、失礼します」 白露さんに誘われるままに、部屋の中へフラフラと入っていく。 ───って違う!!なにやってるんだ俺は!! 「は、白露さん!」 「あ、はい?どうかしましたか?」 「次の対戦相手は白露さんなんですか?」 一番気になっている質問だ。 もし白露さんが対戦相手だというのなら、俺は白露さんを倒さなくてはならない。 それが気がかりだった。 でも─── 「いえ、私は違いますよ」 白露さんは一番俺が望む答えを、笑顔で返してくれた。 「私はここで傷と疲れを癒す担当を仰せつかっているんです。戦うことはありませんよ」 「そうですか………。よかった」 心底ホッとした。 さっきは綾乃だから倒せたけど、白露さんを木刀で殴れと言われたら、俺は正直殴れないだろう。 「どこか怪我はありませんか?応急処置だけでもしておきますので」 「いえ、大した怪我は………」 と、言いかけたとき。 「あら、肩から血が……。駄目ですよ、ちゃんと言ってくれないと」 「いや、本当に大したことないですから」 「駄目です。傷口が開いたらどうするんですか?」 言いながら白露さんは救急箱を取り出して、中から消毒液と包帯を取り出す。 「ちょっと沁みますけど我慢してくださいね」 「……っ」 ちょんちょんと、赤チンが塗られたタンポンが傷口を撫でる。 でも、それはなんとも心地よい痛みで。 「はい、出来ましたよ。これで少なくとも、自然に傷が開くことはありませんから」 「ありがとうございます、少し楽になりましたよ」 肩をグルグルと回しても、さっきより痛みが少ない。応急処置の成果だろうか。 「このくらいでよろしければいつでもどうぞ。───あ、それともう一つ」 白露さんは、腰から巾着袋を取り出すと、中から小さな豆を取り出した。 「これをどうぞ。力がでますよ」 「は、はぁ……」 こんな豆一つで力が出るとは思えないけど──まぁ白露さんの好意だ。もらっておこう。 「いただきます」 そして一口。その途端。 「────こっ、これはわぁ!!??」 体の奥底から湧き出るように力が溢れてくる!? 「どうです、力が出ませんか?」 「す、すごいですコレ!!これなら誰にも負けませんよ!!」 「ふふ、その様子なら大丈夫ですね。頑張ってください」 「はいっ、行って来ます!!」 そして俺は有り余るパワーを、ダッシュで消費しながら部屋を飛び出した。 ───どうでもいいけど白露さんの持ってた巾着袋、「仙豆」って書いてあったな。 ・ ・ ・ 次の部屋まであっという間に到着する。 その看板には「次の部屋ココだ!!」と、やたらカッコいい文字で書かれている。 もう誰がいるかわかったようなもんだな。 「よしっ!!」 戸を一気に開く。 「よう、来たな恭祐。次の相手はこの俺───」 「邪魔だ!!」 「ゲハァッ!?」 木刀一閃、達也の脳天を勝ち割って次の部屋へ向かった。 ・ ・ ・ 「次の部屋は……ここか!」 看板には「最後の間」と達筆な文字で書かれている。 ここに涼子先輩がいるのか!! 「先輩っ!!」 戸を蹴破らんばかりの勢いで開く。 ───と、そこには確かに先輩がいたんだけど。 「よいではないか。苦しゅうない、近こう寄れ〜」 「いやぁぁ〜ん!」 「た、たすけてぇ!」 何だかバカ殿みたいな感じで桐夏と綾に迫る先輩の姿が見えた。 「な、何やってるんですか?先輩」 「おお恭祐!!やっと来たか!!」 俺が声をかけると、途端に先輩は、桐夏と綾を振り払って俺へと駆け寄ってきた。 「よく来てくれたな。待ってたぞ、恭祐」 「う、酒臭……」 俺に駆け寄ってきた先輩からは、先の臭いがプンプン漂ってくる。 相当酔ってるな、こりゃ。 よく見れば、床には空になった一升瓶がいくつも転がっている。 「ず〜っと待ってたんだからな、恭祐。いつくるかいつくるかな〜って」 「ちょ、ちょっと先輩、酒臭いですよ」 抱きついてくる先輩を軽く押しのける。 「う………」 「え……?どうかしましたか?」 途端に、何故か涙目になる先輩。いきなりどうしたんだ? 「わ〜〜ん、恭祐がいぢめるよ〜〜!!」 すると桐夏の方へ駆けていって、おもむろに桐夏の胸に飛び込んだ。 「よしよし、恭ちゃんいぢわるだもんね〜。元気出して」 「き、桐夏も酔っ払ってるのか」 そう言えば思い出した。涼子先輩、酔っ払うと泣き上戸になるんだっけ。 「ちょ、ちょっと先輩、酔いを覚ましてくださいよ。このままじゃ話なんて……」 「そこは私にお任せください」 「た、武田さん!?」 いつの間に復活したのか、俺が倒したはずの武田さんがいつの間にかやってきていた。 「先ほどの一撃、見事でした」 「は、はぁ、恐縮です」 「それではそろそろ始めましょう。下がっていてください、神野様」 「え……始めるって何を……」 「涼子様、目をお覚まし下さい!!」 と、叫びながら取り出したのは……バケツ!? それを先輩たちに向かって振り上げて……。 「きゃっ!?」 「わあっ!?」 ・ ・ ・ 「すまなかったな、武田」 「いえ、ご命令ですので」 水を頭からかぶって酔いを覚ました先輩たちは、ようやくいつもの調子を取り戻してくれた。 「それと、恭祐」 「はい?」 「よく来てくれたな。楽しんでくれたか?」 「楽しむも何も……必死でしたよ、こっちは」 「そうか。でも出来レース、ってわけじゃないから、そこは安心してくれ」 「私たちは何だか利用されたみたいな感じですけど……」 隣でボヤく桐夏。 「まぁそう言うな桐夏。せっかく今日は誕生日なんだし、無礼講ってことだ」 「それに、つい一時間くらい前の記憶がないんです。私、何してたんでしょうか?」 「は、ははは……それは気にするな。寝てたと思えばいい」 「思えばいいってなんですかぁ……?」 先輩は苦笑いで桐夏の追撃を振り切ると、再度俺のほうに向き直る。 「と、言うわけだ恭祐。私の誕生日と言うことで、武田にも協力してもらって皆で楽しもうと思ったんだ。決して悪気があったわけじゃない」 「それはわかってますよ。こうして先輩を前にしたら、言いたいことは全部吹っ飛びましたから」 「そうか、ありがとう」 そう言って先輩は軽く微笑んでくれた。 「それにしても、全力を出した武田が負けるなんてな。正直驚いたよ」 「コ、コホン」 咳払いをしたのは、その武田さんだ。 「い、いや、武田さんの技の隙を、たまたまつけただけですよ」 「それでも十分すごいと思うぞ。私だって、武田と全力で手合わせしたら危ないところはある。それを、いくら剣道の有段者といっても恭祐がな……」 「いや、本当に偶然ですから……」 「もしかして武田の腕が落ちたのか。武田」 「はっ」 「明日から護衛の訓練を最初からやり直そう。まずは基礎体力作りのフルマラソンからだな」 「……はっ」 基礎体力作りで42.195qですか……。 心の中で武田さんに謝っておこう。 「じゃあそろそろ今日の集まりもお開きだな。皆、集まってくれてありがとう。楽しかったよ」 いつの間にか、部屋には綾乃や白露さんも集まり、随分と賑やかになっている。 その中で、涼子先輩が最初にお礼の辞を述べた。 「私も楽しかったですよ、霧島先輩」 「綾も楽しかった!……出番が全然なかったけど」 「私も……由緒ある霧島家のご令嬢の誕生会にお招きいただいて、大変光栄でしたわ」 「涼子さん、誕生日おめでとうございます。私も楽しかったですよ」 みんな、思い思いの感想を言葉にする。 そして、一足遅れて俺も。 「先輩」 「ん、あぁ、なんだ?」 「誕生日おめでとうございます」 「────」 と、傍目からでもわかるほど顔を赤く染める先輩。まだ酔いが残っているんだろうか? 「───先輩?」 「あ、あぁなんでもない。───なんでもないんだ」 先輩は軽くかぶりを振る仕草を見せると、ふと俺に向き直った。 「あ───恭祐。あれはなんだ?」 そして俺の後ろを指差す。 後ろになにかあるのか? 「あれって───え」 と、俺が振り返った瞬間、俺の頬に感じる柔らかい感触。 振り返ると、さっきよりもっと顔を赤くした先輩の顔が目の前にあった。 「さ、さっきの………先輩ですか?」 「さぁ?まだ酔いが抜けてないからわからないな」 「せ、先輩!!」 「ははは、楽しかったよ恭祐。───お前が来てくれて、今日は本当に楽しかった」 「先輩……」 まぁ……先輩がよかったと言うのなら今日のところはよしとしようか。 後ろから刺さる桐夏の視線が痛いけど。 そして最後に、先輩が大きく伸びをしてからもう一度。 「みんな、ありがとう」 満面の笑みで、そう言った。 END 「ところで、出口はどうしたんだ?」 「達也なら俺が瞬殺しましたけど……いませんか?」 「ああ、武田に見てもらったがどこにもいないそうだ。どこへ行ったんだ?」 「ったくあの亡霊め、死んでもなお迷惑をかけやがる」 いや、むしろ死んでから迷惑かけるから亡霊なんだけど。 と、その時、正面のドアが少しずつ開いていくのが俺の目に映った。 ゆっくりと開いていく扉はギ、ギ、ギと不気味な音を立てて、嫌な妄想を掻き立てる。 まさか……? 「ふっふっふ……。どれだけその一言を待ちわびたか……」 と、最近では恒例となった台詞と共に達也が現れた。 ………またプレゼント攻撃か? 俺はとっさに警戒心を働かせて、達也の全身を舐めるように見回す。 「大丈夫だって恭祐。今日は誓って何も持っていない」 「敵の言うことを信用できるか」 達也に両手を上げさせて、ポケットや服の裏側も確かめる。 「本当になさそうだな」 「な?だから言ったろ?たまには俺の言うことも信じろって」 どこか得意げな達也。 その表情から、俺は一つの確信を得た。 ……間違いない、何か企んでる。 しかしそれが何なのかわからない以上、これ以上の追求は出来ない。 あとは後出して達也の行動を止めることしか……。 「えー、ゴホン」 これ見よがしに咳払いをする達也。 「これを見たまえ!!」 そしておもむろに一枚の写真を取り出した。 「写真?」 流石に写真みたいに薄っぺらいものは身体検査してもわからなかったみたいだ。 でもこの写真、一体何が……。 そう思って覗き込むと、そこには涼子先輩の姿が映っていた。 でもそれは……。 「体育の授業中か?」 「おうよ!!」 どうやって撮ったのか知らないけど、全身がキッチリ収められている涼子先輩の姿は、学校指定のブルマだった。 「なっ……出口、貴様どこでそんなものを……!!」 慌てて先輩が取りに走るが、いかんせん距離が遠い。 達也の台詞が先輩のダッシュより先行していた。 「ふふふ………俺はわかっていたぜ………!!ブルマを着けた涼子さんは、まるで榊さ───」 「駄目だ言うなぁああぁぁぁーーーーーっ!!!!」 「ぐぼぁはぁ!!??」 我に帰った俺は、達也が台詞を言い切る前にとっさに木刀で押さえ込んだ。 「はぁ、はぁ、達也、それは禁句だ」 「な、何だか知らないがこの写真は私が処分しておく。助かったよ恭祐」 「い、いえ、このくらい……」 やっぱり疲れるな、こう言うイベントは。 毎度のことながら、改めてそう実感させられた一日だった。 BADEND