母性/背反的嗜好
ここ数日、「母性」と呼ばれるものについて考えている。
きっかけは些細な事だ。月の初め、先輩達と共に簡単な合宿(要するに、アニメやゲームをしながら夜通し雑談をするということだ)の時に出てきた話だ。そのうちの一人、私よりも5歳年長の先輩―――彼は仲間内では有名なロリ・妹主義者だ―――がメイド話の延長で、「母親には萌えないねん」と言い出したからである。
彼の言い分はこんなものだ。母親的…「母性」を有した女性・属性少女に自分は萌えない。母性とは保護的・庇護的な特徴であり、自分は逆に対象(属性少女)にたいしてそうありたい(=父性的でありたい)と思っている(そういう欲望を持っている)ということだ。実際、「父親になって、娘に蹴られたい」とは彼の名言である。
メイド話からの延長線というのは、メイドの内面的・構造的な萌え要素は大きく二つ、雇用・上下関係であるということと、母性的(母親的)であるということからなっているのではないかという私の指摘から出てきたからである。
しばらくこのことを置いておいて考えていたのだが、ふと真剣に思考し始める。この視点から、自分の「萌え」に迫れるかもしれない、と。
リスト的に検索してみると、自分がある一定期間「萌えた(ている)」キャラクターのかなりの割合(少なく見積もっても4割ほど)に、この「母性的」な内面構造を有している属性少女がいるのに気がつく。以前「萌え考」を書いたときはそうではないキャラクターに焦点が当たっていた為、特に気にはしていなかったのだが、これは私の典型的な「萌え要素」である可能性が高い。無論、属性少女の内面構造にこういったキャラクターが多いというのは自覚しているが。
「母性」という属性の特徴は、それを持った対象には「主体」が無いという事である。少なくともその対象が「母性」を発揮する状況―――PCとの関係行為―――においてはそれが顕著となる。PCを保護し庇護する事がその属性の発揮となるため、関係性においてしかその発揮は表れない。庇護・保護は対象(=PC)を取り込もうとする運動であり、そうするという行為以外に何者も存在しないのである。当然だが、「母性」を強く描きすぎると、共依存的な関係性になりやすい。
胎内回帰願望は人が等しく持っている欲望の一つだが、日本人には、特にヲタクにはそれがやや顕著に見える傾向があるように思う。その発露が、属性少女に多く見られる「母性」属性を有した女性達のようにも思えるのだ。
それを求める構造は「甘えの構造」あたりが詳しいので、あまり深くは触れない事にする。
他方で、私にはそれを恐れる気分もあるらしい。さきの「母性」属性を持った属性少女の萌え率が多く見積もっても6割くらいである事から、自分の構造がどこかでバランスをとりたがっているのかもしれない。「母性」的であるキャラクターはその発露の場面において、PCは(そしてユーザーである私は)そのキャラクターを見ていないのではないかという不安がある。おそらく、そういった典型にだけ萌えているのならば生まれない疑問だろう。私にはそれのみで構成された属性少女には萌えられず、必ず何らかの、そして「母性」以上に強固な内面属性を持つキャラクター―を嗜好する傾向にある。
同様に、「母性」的ではない(それが重要ではない)キャラクターにも萌えるという事が同時に起る。主体/対象の関係が、被庇護/庇護という関係だけでなく、庇護/被庇護、あるいは対等といった関係性も求めているという点で、自分の分裂した嗜好を考える。いや、それは単に、
自分が、二律背反的な状況が好きなだけか。
萌え考で、私は萌えの根源に、萌えている当人のコンプレックス・トラウマを指摘した。それは私自身の萌えを理解するために不可欠な考えでもあったのだが、今考えてみれば、私には顕著なシチュエーションに対する嗜好がある。私が萌える属性少女には二律背反的な行為・状況を持つキャラクターが多いのだ(また、そういう作品を好むという傾向もある)。
即座に挙げてみるならば、「痕」の柏木千鶴、「月姫」の琥珀など、シナリオプロットのレベルでアンビバレンツな状況に置かれているキャラクターに興味をそそられる。この二者が二律背反的であるのと同時に多重ペルソナ的であること、その中の重要な仮面が「母性」である事は重要な手がかりであると考える。
彼女らに萌えるという事。それは、私自身の二律背反に対する、何らかの抑圧なのか、代償なのか?
もはや、それらを受け入れるだけでは納得しない、しようとしない自分を自覚せざるを得ない。その表出する現象の中に隠された構造を見なければすまないという欲望と葛藤が混在する。
だが、それを見抜いたとき。自分にカタルシスが訪れるとはどうしても思えないのだ。それでも、求めてもやまないというのは…いや、それこそが二律背反だ。
自分がかつて求めていたものは徐々に姿を変え、既に手が届かなくなっていると自覚しながらも、もがかなければならないのかと考える。
一人、部屋で思いながら。
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