ゼノギアス考察序論
              ストーリー骨子テーマについて
 
『幼年期の終わり』
 

「ゼノギアス」という物語の骨子となるテーマは何だろうか?ゼノギアスは
様々なテーマが至る所にちりばめられた作品であり、それぞれを一つずつ
取り上げていく事も面白いのではあるが、まずはその骨子となるテーマを
捉える事がこの物語を論じる上では有効ではないかと考える。
再考しよう。
ゼノギアスの骨子となるテーマは何か。


私はそれを「人という種の一人立ちの物語」であると考える。


ゼノギアスのヒト達は人工種である。作中の言葉を借りるなら彼等は
「始原生物<プロゲノート>ではない」のだ。彼等はデウスという残酷な
神(地母神)に産み出された赤子といえる。その赤子はやがて成長し、
母たるデウスの手から巣立っていく…。

 
ラストバトルにおいてその敵が「ウロボロス」の名を冠しているのもその
証明と思われる。ウロボロスとは大地の循環を示す円環を描く大蛇であり、
地母神を表す象徴の姿。そしてこの物語において「ウロボロス」はミァンの
化身であり、これを倒すという事はエレハイムがミァンの束縛から解き放た
れた(あるいは接触者がデウスのくびきから自らを解放した)と考えられて
いる。しかしそれ以上に、デウスという母親からヒトという種が一人立ち
したという意味があるのではないだろうか?ヒトという種が自己を確立し、
自らの「ウロボロス環」を破壊した姿ではなかろうかと思う。
(注)

エピソード5において接触者達の敵として立ちはだかった敵の名が
「カレルレン」であるのも、けして偶然ではない。カレルレンとは
アーサー=
C=クラークの小説「幼年期の終わり」の中で「来るべき人」
として現れるキャラクターの名である。彼は人という種のモラトリアム
(猶予期間)の終わりを告げる。


すなわち、ゼノギアスとは『幼年期の終わり』を描く物語であったのである。
 
(注)ここで言う「ウロボロス環」とはユング心理学で言われる