ゼノギアス考察 キャラクター別U
              カレルレン「ヒトとして、人として」



「純粋過ぎるのよ。あの人は」
              冨野由悠季監督作「逆襲のシャア」より



さて、カレルレンである。この物語内において私がもっとも思いいれを
大とするこのキャラクターに、今回はスポットを当ててみたいと思う。
一応キャラクター考察を目指しているのだが、ただの萌え文章になって
いたらそんなものだと笑って許していただきたい。


カレルレンの名称由来は考察序論の中で述べたように、アーサー=C
クラークの
SF小説「幼年期の終わり」に登場する地球総督「カレルレン」
からとられているものと思われる。内容のさわりをここで紹介してみよう。


「幼年期の終わり」はある日、異星の知的体に地球が制圧されるところ
から始まる。彼等は地球の空の上に大量の宇宙船を展開し、平和裏に
地球の統制を行う。彼等は自分たちは管理のみを行い、地球上の政治に
ついては一項目のみを要求しただけで他の事は行わなかった。その項目
内容は「地球を統一する事」。彼等は自分たちの代表として自分たち側
から「地球総督」という名目のカレルレンという人物を前面に出し、それ
以外は全く表に出てこない。地球人たちはいつしか彼等を上皇<オーバー
ロード>と呼ぶようになり、
50年の歳月が流れた……。詳しくはご自身の
目でご覧になって欲しい。訳文もすばらしい、面白い小説である。


この二つのカレルレンの共通点は、「支配者」である点、そして「監視者」
である点である。前者については説明不用であろう。表にはほとんど出て
こないが、多くの民衆がその名を知り俗世で圧倒的な権力を有する点はほぼ
同じである。またそれでいて俗世間的な権力に興味を持たない点も同一だ。


後者については少し説明が必要である。「幼年期の終わり」の大テーマは
「種の進化」であり、カレルレンはその「進化」を見届けるために派遣
された「監視者」という役目を担っている。その進化とは肉体的ではなく、
精神の融合と統合による進化であり、この方法論はゼノギアスにおける
「プロジェクト・ノア」と同質のものであると考えられる
(注1


この二人のカレルレンの最大の違いは当事者であるか否か、という点に
尽きると思う。「幼年期の終わり」におけるカレルレンは地球人の精神
進化を見届ける「監視者」であるが、「ゼノギアス」における彼はそう
であると同じに自らもその立場に立つ、いわば預言者である。この立場の
違いこそが「ゼノギアス」におけるカレルレンの基本的立場を明確に表し
ていると思う。このカレルレンの行動はグノーシス主義的観念から始まる
「神への回帰」という考え方が根底にあるのだが、今回は割愛する。私の
技量不足というのもあるのだが、資料が足りないためでもある。ただ、
キリスト教的グノーシスではなく、より秘教的なグノーシスなのではと
いう考えはある。


さて、カレルレンというキャラクターはなかなか作中において理解され
にくいキャラクターであるらしい。人づてで聞いたところ、「よく解ら
ない美形悪役」と言う調子で理解されている事が多いようである(注2)
あるいは「ただの男のやっかみ」と言う理解のされ方も…。確かに後者は
その側面が無い事もないのだが、これだけでは少し寂しい。もう少し言葉を
加えて、彼の行動について見ていこう。


カレルレンの魅力。それは「人を超越してなお持つ人間臭さ」であると
思う。彼は「特別な」人間ではない。本来彼は「約束の日」に他のヒトと
同じようにデウスの部品となる「運命づけられた者」にしか過ぎず、接触
者やアニムスのように「特別な」ヒトではなく、また
PCたちのように「運
命から解放された」人でもない。彼はシタン同様自らの力のみで成り上がり、
己の力でもっとも「神」の高みまで上った稀有な人物である。人を超え、
人であることを捨てた「超越者」と呼んでも差し支えはないだろう。


しかし、そんな彼のそもそもの動機がもっとも「人間」らしい部分、悲憤や
嫉妬・探求心や復讐心といった「感情」であったのは、あるいは大きな皮肉
であったかもしれない。そしてもう一つは自分の中の「絶対」を信じ、護り
たかった事。ソフィアの言う「神」の教えを盲信し、現実に存在する「神」
の復活に全てをかけ、そして更には自らの「真の神」と自分を同一化させる
事を望む…。自らの信仰が歪んでいる事に気づかぬほどに、あるいはそれに
気づくことを恐れるほど自分の「人間」らしい部分を嫌っていたようにも
見える。


そんな彼が自らの行動を完遂し、いざ神の御許に行こうとするその時に
悟った真理が、かつて自らの師たるソフィアの言葉そのままであった事に
気づく。自分の信仰が、自分の信じた「ソフィアの教え」とは違う事。
目の前にいる二人は、その教えを正しく実践している事。二人は自分と
共に神となる事が出来る。しかし二人は望んで自分が捨てた「人」の道を
選んだ。そして自分がもはや還れない、戻れない事も十分過ぎるほど
理解してる。


自分の本心を偽るほどただ一人の女<ひと>と、そしてこの世界の
すべてを愛していた。カレルレンというキャラクターは、この物語に
おいてもっとも「人間らしい」人物であったと私は思う。


彼の魂が神の御許で救われん事を…。



(注1「精神の融合と統合」というテーマはクラークが元祖で
あるらしい。この方法論は非常に魅力的であるためか、他の小説
などにもよく見かけられる。日本でならば士郎正宗作「甲殻機動
隊」の草薙素子と人形使いの関係、あるいは(やはり)庵野秀明
監督「新世紀エヴァンゲリオン」の人類補完計画などがこれを
モチーフとしていると考えられる。
(注2)人づてで聞いただけなので…。