’99 12/9 Up date
 
ゼノギアス考察 キャラクター別V
 
              グラーフ、カーン、そしてワイズマン
 
 
グラーフ、闇の覇者。カーン、導き手。彼らはゼノギアスという物語内に
おいて非常に稀有な要素を持つキャラクターである。今回はこの二つで
一人のキャラクターに焦点を当ててみたいと思う。


>グラーフ


「……生きてやる……たとえ地獄に落ちようとも、この世の滅ぶその劫まで
俺は……生きてやる。それでも尚、世に滅びが訪れないのなら……俺が
この手で滅ぼしてくれよう!」
              本編内、「哀しみのメルカバー 夢の形見は」より抜粋


グラーフについてはいまさら述べる必要もないだろう。接触者ラカンの
第二人格。未完全な接触者、憎悪の権化、世界を灰燼と化した男、力の
求道者、そして闇の覇者…。様々な「負」の名を持つ哀しくも愚かな男
である。


彼はカレルレン同様、ニサンの悲劇の時にエレハイムの「言葉」に縛ら
れた者である。カレルレンがソフィアの言う「神への信仰」を現実のもの
とするべく神を創り出そうとしたように、ラカンもまた彼女の遺言である
「生きて!」という台詞をただ続けるために、永遠の生を手に入れる。
ソフィアを守りきれなかった自分を「力」が無かったからだと思い(それ
にはミァンの誘導もあったわけだが)、ゾハル<波動存在>と接触する事
により永遠の力と生き残る方法を手に入れたラカン。その代償として自ら
の精神を解離させてしまい、第一人格の「ラカン」と第二人格の「グラ
ーフ」とに分離する


グラーフの目的は明快である。「世界の終わりまで生き続ける」こと。
そして「それでも世界が終わらないなら、自分が終わらせる」ことである。
「波動存在」と接触した事によりこの世界のからくりを知ってしまった
ラカン=グラーフはその「母のくびき」を嫌悪し、憎悪し全てを破壊する
事を決意する。そして「ラカン」の肉体が朽ちた後も「グラーフ」は精神を
他者に憑依する事により、生き続ける。全てを無に返す、滅尽滅相を行う
ための自らの「依代」たる新たな接触者を待つために。
 
>カーン
第五世代の接触者、ウォン=フェイフォンの家族構成は現代の都市型
核家族をモチーフとして持っているように見える。「仕事にかまけ、
家庭を顧みない父親」「子供に必要以上の接触を求める母親」そして
「現実を逃避する子」という関係である。


シェバトの武官たるウォン=カーンが何故地上に居を構えていたかは
謎だが、結果として子が友人を作るという状況を持たず、フェイの
孤独を助長したのは間違いないだろう。妻の異変に気付く事も出来ず、
気付いたときには全てが手遅れとなっていた。「父親失格」の烙印を押さ
れたとしても仕方があるまい。結果が「家族の崩壊」という高い代償で
あったが…。


彼はそれを償うため、息子と仇である黒衣の男=グラーフを追う。
そして9年後、ようやく追いついた時には息子は完全に精神を解離し
グラーフの「器」として完成されようとしていた。彼は息子を取り戻そう
と奮戦し…グラーフと同体となるのである。
 
>ワイズマン
ここでは便宜上、グラーフがカーンを依代としている状態を
「ワイズマン」と呼ぶ事にする。というのも、ワイズマンが「ワイズ
マン」のときと「グラーフ」のときで言動・行動が違ったとしても、
求める目的が同じであり、それはグラーフがカーンを依代として
から後であるためである。


ワイズマンは一つの目的のために動き、二つの目論見を考えていた
ように思う。目的とは「母のくびき」を解放する事。目論見とは「滅尽
滅相」と「接触者による解放」である。


もともとグラーフの目的とは上記に述べたように「世界に終わりが
来ないなら、自分の手で滅ぼす」事である。それは「母のくびき」の
世界ゆえ。かつて「自分が望んだ」母に対する回帰願望、それに
よって構成された歪んだ世界に対する怒りが彼の滅びに対する願望と
つながっていた筈である。だから彼は新たな接触者「ウォン=フェイ
フォン」の第二人格である「イド」を手に入れ、自分の新たな魂の器と
して育て上げる。全ての存在を滅ぼし、後に自らも滅ぶために。

しかし、一方でグラーフはフェイをミァンから受け取るとき、
「ミァンの束縛を解いた母親」を見てしまったのである。この時、
グラーフの中で違う思惑が動き出したのではないだろうか?


「ミァンの束縛が薄れつつある」のは事実。ならば、世界を滅ぼすま
でも無く、「母のくびき」を解く事が出来るのではないか? それは
フェイを追ってきた父親・カーンと出会う事によって決定的になった
ように見える。グラーフは言う。「我らが一つとなれば…」と。それは
グラーフとカーンが同体となる事により、この「母のくびき」の世界に
おいて存在し得ない「父親」を自分が演じる事を決心した事と言える。
それはカーンが「父親」としての特性を持っている事、そして自分に
負けないほどの精神力を持った人間だったからなのであろう。


グラーフは何故父親にならなければならないのか? それはこの
「母のくびき」の世界において存在し得ない父親を演じる事により、
不完全な家族像を正す目的がある。子供が家庭から巣立つためには
破壊するにたる「家族」が必要である。しかし「母のくびき」のみの
世界にはその「家族」が存在しない。だから、「父親」を演じるので
ある。息子が乗り越えるにたる「父親」を。
(1)


ワイズマンとなったグラーフ=カーンは以後、両者の姿で様々な
試練と指導をフェイに与えていく。それは時として厳しすぎるもの
にも見えるが、しかしそれが無ければ強大な「イド」という内面の
自我、そして強固な「母のくびき」という世界のシステム、かつての
自分がそうであったように「波動存在」に接触したときに自我を
奪われないための修練であったのだろう。


願わくば、新たな接触者による解放を。それが無理であるのならば、
接触者の魂を喰らい、世界と自分を滅ぼそう…。ワイズマンはそう
して父であり師として、息子であり自分である者を見守っていた
のであろう。


では彼は、何故無理をして新たな接触者による解放を望んだのか? 
それは新たなエレハイムの存在があったからではないかと思われる。
エレハイムが接触者と対の存在であるということをグラーフは波動
存在と接触したときに知ったはずである。だから、彼は新たな接触者を
見つけたときには新たなエレハイムが存在している事を知っていた
はずである。彼の中に、そのエレハイムが生き残ってほしいという
願望が残っていたのではないだろうか? 事実、彼はキスレブ帝都
戦において彼女を救っている。


一方で彼は重要な局面において必ずこう吐く。「私は、彼そのもの
ではない」と。自分が所詮偽者である事は分かっているし、新たな
エレハイムがソフィアでない事も、対なのは自分ではなくフェイで
ある事もまた理解している。それでも彼女のいる世界を守りたい…。


漢とは、悲しい生き物である。
 
 
 
 
 
1:この項については沢月耀さんのHP、「沢月亭」のゼノギアス
考察2に大きく影響されている。