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‘00 10/10 up date ゼノギアス考察 キャラクター別W マリア=バルタザール「鋼の体に宿るモノ」 「(前略)神になり人類を救うことも! 悪魔となり滅ぼすことも! おまえの自由だ、おまえが選べる。 マシンの怪物、その名は・・・…」 永井豪作「マジンガーZ」より さて、今回のテーマは非公式のノーマルカップリングではおそらく人気ナンバーワン、またそれ以外でも「その手」の方々の間ではいまだに根強い人気を持つマリア=バルタザール嬢である。この項ではマリアと乗機のゼプツェンとの関係を中心に、「巨大ロボットモノ」の考察を絡めていきたいと考えている。(注1、2) >巨大ロボットモノ講義 マリアとゼプツェンとの関係。これを一言で言い表すなら「歪んだ親子像」であるといえる。ゼプツェンがいかに母親としてだけでなく父親としての属性をも持つかは後述するとして、まずは歴史的な観点からこの両者の関係と「巨大ロボットモノ」がいかに関わってくるかを検討していこう。 まずこの「巨大ロボットモノ」だが、ここでは仮に「作中において巨大(人型)ロボットがプロットに何らかの形で参加している作品群」と仮定しておく。あまりにあいまいな規定であると私自身も思うが、この程度の規定しか出来ないのが「巨大ロボットモノ」なのだ。ここで「巨大ロボットモノ」という概念を持ち出したのは、「ゼノギアス」がこの「巨大ロボットモノ」を意識して生み出されたものであるからである。(注3) 一般に巨大ロボットモノはその源流を横山光輝ロボと永井豪ロボとに分けられ、その潮流からスーパーとリアルに分けられる。この内、永井系が主流で横山系が傍流であり、スーパーとリアルの垣根は’90年代に入り低くなってきている。「ゼノギアス」本編はこの内リアルの傾向が強い作品だが、特にギアの設定・デザイン・演出においてスーパー系統の色が強いギアが2体いる。そのうちの一体がゼプツェンである。(柱4、5、6、7) さて、この巨大ロボットモノというのは多くの制約を受けながら成立してきたジャンルである。多くは外部的要因(言ってしまえばスポンサーの意向)によるものだが、製作者の意識的・無意識的な作業により継続されているコード(要素)が数多くある。その一つが「製作者である父」というコードである。巨大ロボットを造り、与えるのは与えられる者(多くは主人公)の父親や肉親であるという点だ。 このコードは巨大ロボットモノの最初期の作品である(つまりジャンル発生以前の)「鉄人28号」で既に発生している。無敵のロボット・鉄人を操るのはその鉄人の製作者の息子、正太郎少年だ。この系譜は横山ロボが永井ロボにとって代わられ、潮流がスーパーからリアルに代わり、さらにそれが複合されようとしている’90年代に入っても連続している。 巨大ロボットモノにおける「巨大ロボット」とは以上の点から分かるように、「与えられた力」である。それはさらに言うなら、父なる者から与えられた「制御された力」であり、それは付与された者にとって自由になる力を持つからこそ鎖ともなる。 また一方で「力=権力・体制」は父親の象徴である。多くの巨大ロボットモノにおいてその操縦者は父親が不在である。その代償として巨大ロボットが配置されている事も注目に値する。 >ゼプツェンとその系譜 さて、マリアとゼプツェンは言うまでもなく、その「製作者である父」の系譜をまっすぐに継ぐキャラクターである。ゼプツェンはマリアの父・ニコラによって製作されたギアであり、マリアはそれを使い父を幽閉するソラリスに挑む。それは系譜の「構図」どおりである。つまり、ゼプツェン=父親の代償である。 さらにゼプツェンは設定のとおり母親そのものである。唯一残る肉親である祖父が側にいない現在、彼女にとっての家族はゼプツェンだけだ。その強固で頑なに動かない「母と子」の関係はゼノギアスが持つ「不可分の母子像」のモチーフそのものである。そしてゼノギアスにおいて母子関係とはシステム=体制なのだ。 そして彼女はシェバト攻防戦の中で、父親の脳を移植されたアハツェンと対峙する。良心と悪意とに別れた父親が彼女の目の前に現れ、自分を滅ぼせと促す。私はこれを、「父親が子供を超えることを望む」という行為であると感じた。しかし、母親であるゼプツェンは娘が傷つくのを恐れ、自分の手で決着をつけてしまう。それは「不可分の母子像」を継続させることに他ならないのではないだろうか?(注8) 多くのロボットモノにおいて主人公はロボットから降りる事で物語の幕を引く。それは上記の体制があるからこそ、それから降りる事によって「乳離れ」を果たすためである。では「彼女」はどうなのだろうか?(注9) 物語の後、彼女がどうなったかの記述はない。ゾハルが失われ、動かず、物言わぬ身となった父親=母親を前に、彼女は決別をすることができた事を私は望むだけである。 (注1)「ノーマルカップリングで〜」…… ビリー×マリアを想定しての発言だが、そう思っているのは私だけだったりして……。 (注2)「その手」……私は別にロリコンぢゃない! (注3)「「巨大ロボットモノ」を意識して」……高橋監督の発言などから、高橋良輔監督からの影響を強く受けているようだ。氏は80年代リアルロボットアニメの監督として高い評価を受けている。代表作は「装甲騎兵ボトムズ」「太陽の牙ダグラム」。最近では「勇者王ガオガイガー」のスーパーバイザーで復活している。また近作の「ガサラキ」は「ゼノギアス」に近い舞台設定を行ってるので視聴をお勧めする。 (注4)「横山光輝」……漫画家。代表作は「鉄人28号」「魔法使いサリー」「横山版三国志」など。 (注5)「永井豪」……漫画家。代表作は「デビルマン」「マジンガーZ」「ハレンチ学園」など。 (注6)「スーパーとリアル」……巨大ロボットモノを分ける基準だが、語感で分けるしかないような適当なものである。「ヒーロー」なスーパー、「兵器」のリアルとでも分けるのだろうか? ‘90年代に入り、この二つを兼ね備える作品群が増えてきている。「機動武闘伝Gガンダム」「新世紀エヴァンゲリオン」など。 (注7)「2体いる」……もう一体はGエレメンツ。 (注8)「シェバト攻防戦」……メモリアルアルバムP.208〜212より。 (注9)「乳離れ」……「20年目のザンボット3(太田出版・氷川竜介)」によれば「無敵超人ザンボット3(’77、富野由悠季監督作)」の大テーマは「乳離れ」であると言う。富野監督は後に「機動戦士ガンダム(‘79)」で多くのコード破壊を試みるのだが、この「製作者である父」だけは破壊しなかった。それも最後に機体を捨て去るというメッセージを込めたからではないかと考えられる。 BACK NEXT |