- 257 名前:1/3 ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/02/27 12:45 ID:tWdNLyhZ
- 太陽は偉大だ。誰であろうと分け隔てなくその恵みを与えてくれる。
…たとえそれが、夜勤明けのフリーターであろうとも。そりゃもう容赦なく。
南側の窓から差し込む陽光は確かな圧力を伴って俺に降りかかり… って圧力?
そこで急激に目が覚める。俺は光波の圧力を感じられるほどデリケートにはできていない。
いやな予感がして目を開くと、案の定俺の布団の上に優雅に腰掛ける物体を発見した。
小さい、平たい、軽いの3拍子そろった体躯に、俺を見下ろす楽しげな表情。
妹の観音(みね)だった。
「…何をしている?」
寝起き特有の低い声で問いかけると、観音はますます楽しそうに笑って、
「人体改造」
と、何故か誇らしげに答えた。
…何かとてもいやな単語を聞いた気がする。
「…なに?」
「じ・ん・た・い・か・い・ぞ・う」
またも帰ってくる嬉しそうな声。
「なにぃー!?」
物凄く嫌な予感がして、観音を布団ごとはね飛ばしながら起き上がる。
観音は馬鹿のくせして天才だ。やるときはやり過ぎる位やる。つーか、やり過ぎじゃないのを見たことない。
体に異常が無いかどうかを調べる為、両手で体をなで回しながら、右手を伸ばしてテーブルの上の鏡を取る。
…と、そこで気がついた。俺は両手で体のあちこちを触っている。…で、右手で鏡を持っている。…ついでに、
パニクった時の癖で、左手で頭を掻いている訳で…
恐る恐る、自分の手を見る。目の前にあるのは、見飽きる位に見てきた、自分の手。…ただし、6つ。
「ぎゃぁぁー!?」
自分でも何の悲鳴だか分からない叫びを上げつつ、こうなった元凶(であろう者)を探す。
…いた。俺の布団に包まれて、もぞもぞと蠢いている観音を右手(の内の二本)で掴んで引きずり出す。
観音は、急に布団から引きずり出され、きょとん、とした様子でこちらを見ていたが、状況を理解するや
俺を尊敬の眼差しで見つめながら、
「すごい! もう順応してるなんて、さすがはお兄ちゃん!」
と嬉しそうに叫んだのだった。
- 258 名前:2/3 ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/02/27 12:48 ID:tWdNLyhZ
- 俺の部屋で騒いでいても仕方が無いので、着替えて居間に下り、コタツに入る。
腕が増えた所為で着られる服が無い為、ランニングシャツの上に半纏を羽織るという情けない格好だが、
これも仕方が無い。
「…で? 何でまた、俺は阿修羅マンにされとるんだ?」
ようやく落ち着きを取り戻しつつある頭で、何とか状況を整理しようと試みる。
「あしゅらまん? 違う違う。蜘蛛人間だよ、お兄ちゃん」
…成る程。確かに顔は1つしかない。って、そうでなくて。
「俺が聞きたいのは、『何』では無く『何故』なんだが。」
こんな状況で冷静でいられる自分の脳みそに絶望に似たものを感じながら、再度妹に問い直す。
「えっとね…。えーと…」
何から話せばいいか分からないらしい。
「とりあえず、動機から話してみろ」
「うん…」
で、観音の話によると。
先日、観音の学部の先輩に当たる人物が、世界初の蟲人間(!)を作り出したらしい。
先輩といっても、観音と同じ様に飛び級で上がって来たので、観音よりいくつか年上なだけだそうだが。
その先輩とやらも、自分の兄をバッタ人間に改造したそうで…
「…で。負けず嫌いのお前としては、いても立ってもいられなくなった、と?」
「だって! バッタだよ!? バッタ!」
…そういえば、コイツは幼稚園で無理矢理にイナゴの佃煮を食わされて以来、大のバッタ嫌いだった。
「だいたい、殿様バッタとか名前からして偉そうなのが気に入んない!イナゴなんて、『虫』の『皇』と
書いて『蝗』だよ!? いったい何様のつもりよ!?」
心底許せない、といった風に、コタツの天板をバンバンたたいて悔しがる観音。
「…で。負けず嫌いのお前としては、兄を蜘蛛人間に改造せずには居られなかった、と?」
「うん! 蜘蛛は益虫なんだよ! バッタなんかとは大違い!」
誇らしげに答える観音。そーゆー問題でもない気がするが…。
バッタ人間と聞いて、腰のベルトに風車が回っている彼を思い浮かべる。…もっとも、リアルタイムで
観ていたのは黒いボディに真っ赤な目の彼からだが。
対する俺は、蜘蛛人間。…第一話でやられそうな感じだ。妹よ、せめてカメレオン位にしてほしかったよ…。
- 259 名前:3/3 ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/02/27 12:50 ID:tWdNLyhZ
- 「…でも、蜘蛛って言っても手が6本ある位しか変化が無いように見えるが。」
俺が何気なく呟いた台詞に、観音はまたも悔しそうに顔を歪める。
「本当は、外骨格の形成とか、身体機能の完全融合とかもしたかったんだけど…」
するな、というツッコミを何とか飲み込む。
「そこら辺はまだマウスでもほとんど成功してないから…」
良かった。科学が進歩しきっていなくて、本当に良かった。
もしも見た目まで蜘蛛男だったら、俺は首を吊っていたかもしれん。蜘蛛が首吊って死ねるかは不明だが。
「お兄ちゃんにしたのは、脳改造と一部の身体機能の融合だけ」
…何? また聞き捨てならない単語が出てきましたよ?
「正確には、6本の腕をきちんと使えるようにしたのと、汗腺から特殊な体液を分泌できるようにしただけ」
「特殊な体液?」
不吉な単語に、思わずオウム返しに尋ねる。
「本物の蜘蛛と一緒で、縦糸と横糸、それから神経毒が作れるの」
リアルスパイダーマン キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
自分の吐いた糸で首吊りホウダイDeath ∧||∧
「本当は、移植した機能を使いこなすには凄く時間がかかるはずだったんだけど…。いきなり6本腕を使えるん
だもん。お兄ちゃんならきっとすぐに糸とかも使えるようになるよ!」
妹の励まし(?)の声を聞きながら、俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
そして、薄れゆく意識の中で切に願う。バッタの人が、「ゲノム」の彼のような愉快な人だったらいいなぁ…。
藤岡弘だと、俺が死ぬし。
- 294 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/02 12:26 ID:h5sVW5fH
- 薄暗い廃屋の一室で、6人の異形が対峙している。
一人は、阿修羅の如く6本の腕を持つ青年。各手に1本ずつ、計6本の日本刀を持ち、腕をだらりと
垂らしている。
対する5人は、無手ではあるが、バッタを模した奇妙な蟲鎧に身を包んだ男達。青年を取り囲み、キチキチと
耳障りな高音でなにやら話し合っているようであった。
…やがて、蟲鎧達の会話がぴたりと止む。と同時に、青年に対する包囲網をジリジリと縮めてゆく。
「どうしてもやるのか…?」
青年は、疲れたような声で問うが、蟲鎧達は答えない。ただ、包囲の輪を狭めるのみ。
「仕方が無い、か…」
またも疲れたような声で青年は呟き、無造作に蟲鎧の1人との間合いを詰める。
蟲鎧は、陣形を崩さぬよう後ろに下がろうとするが、青年の動きの方が明らかに速い。
瞬く間に間合いを詰めた青年が、右側の腕で、3本同時に突きを繰り出す。
突きは、眉間、喉元、鳩尾にきれいに決まり、蟲鎧を一瞬にして絶命させる。
続いて、2人目の蟲鎧に詰め寄り、左腕での横薙ぎ3閃。異形の体を頭、胸、腹、下半身の4つに分断する。
そのまま斬撃の勢いで体を反転させ、5本の刀を投げて3、4人目の蟲鎧をも屠る。
最後の一人は、投げつけられた刀を人の身に在らざる跳躍力でかわし、そのまま青年に襲い掛かろうと
するが、見えざる手に掴まれたかの様に、空中で静止した。
…いや、手ではない。よくよく目を凝らしてみれば、蟲鎧の全身に細い糸が絡み付いているのが見える。
身体の自由を奪われ、キチキチと耳障りな声を出す蟲鎧の頭を、手に残った1本の刀で叩き割る。
「頭の中まで虫けらに成り果てた、か…」
青年が哀れむように呟く。
そして、全ての蟲鎧が絶命しているのを確認すると、彼は刀を回収してその場を後にした…
- 295 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/02 12:28 ID:h5sVW5fH
- 「…まぁ、これ位の事はして欲しい訳ですよ。お兄ちゃん」
特等席(あぐらをかいた俺の足の上)に腰掛けていた観音が、俺を振り返って言う。
『これ位』とは、今流れていた自主制作映画、「怪奇! 蝗男」の事だろうが…
「却下」
即答する俺。つーか、殺人じゃん、あれ。
「何で!?」
否定される可能性を微塵も考えていなかったであろう観音が、驚いたように問うて来る。
「チャンスは今だよ? 今ならまだバッタ男の外骨格も完全には癒着してないだろうし、もしかしたら他の
機能もうまく働いてない可能性も。『早過ぎたんだ。腐ってやがる』とか言って悔しがるあの女の顔が
目に浮かぶにゃー」
興奮している為か、コロコロとキャラが変わる観音。
「人殺し禁止」
我が家の『家訓ノート』に新たな掟を加える俺。なんか最近、「人体改造禁止」とか、当たり前の項目ばかり
増えている気がする…。
俺の教育に問題があるのだろうか?
…あるのだろう、多分。
「ほら、あたし達って、たった2人の兄妹(フラテッロ)じゃない? …何かこう、洗脳、改造、殺人はむしろ
必須条件とか思わない?」
切羽詰ったのか、無茶苦茶な理論でもって俺を説得にかかる観音。
「フラテッロは洗脳されてるのも改造されてるのも妹の方だ。
自分がされて嫌なことは、他人にもしない。そーゆー馴れ合いによって、世の中は成り立っているのだ」
「あたしの条件付けは完璧ですよ? お兄ちゃんのためなら、パセリだって我慢するし」
全く平行線のまま進まない。
- 296 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/02 12:29 ID:h5sVW5fH
- …この手は使いたくなかったが。…仕方が無い。
「今日の晩御飯、オムライスにするから。 な?」
「ホントッ!?」
途端に嬉しそうな声を出す観音。
「旗も付いてる?」
「あー、付いてる付いてる」
「ケチャップもかけ放題?」
「あー、自家製のやつな。全部使っていいから」
生返事をしながら、論理や倫理を説くより、食べ物で釣る方が早い自分の教育法に絶望する。
「じゃあ、いい娘にしてる♪」
案の定、簡単に釣られる観音。
こんな事だから、観音がきちんとした倫理観を持たずに成長してしまったのだろうなぁ。
「オムオムオムオムオムライスー♪」
自作の『オムライスの歌』を歌う観音を眺めながら、真剣に彼女の行く末を案じてしまう俺。
…天才って、馬鹿じゃないと成れないんだろうか?
- 319 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/07 21:15 ID:RARweQN0
- 俺が『図体ばかりデカくて脳に栄養がいっていない』典型ならば、観音は正にその逆である。
飛び級をする位に頭がいい反面、背は小さく、脂肪が全くと言っていいほど付いていない。
食い意地が張っていて、好きなおかずを山盛りにしないと文句を言うくせに、いつも食べきれずに
残してしまう。
その上、死んだ母親に似たのか病気がちで、少し無理をするとすぐに熱を出して寝込んでしまう。
小さい頃は、観音が倒れると、俺と祖父ちゃん(母の父)の2人で大慌てで看病したものだったが、
何度も観音が倒れるうちに慣れてしまい、2人の内のどちらか手の空いている方(大抵は俺)が世話を
する様になった。
その祖父ちゃんも2年前に交通事故で亡くなり、観音の世話は完全に俺一人の役目になった。
「うぅーん…。死ぬー」
ベッドに横たわった観音が情けない声で呻く。
普段は、この小さい体の何処に、と思うほど元気が有り余っているくせに、こういう時は本当に
おとなしくなる。
「あぁ…。あの庭の木の最後の一葉が落ちるとき、あたしも死ぬのね…」
馬鹿なのは相変わらずだが。
「…あれは楠(くすのき)だ。常緑樹だよ」
中途半端なツッコミを入れながら、体温計を見る。
「37度2分か。…だいぶ下がったな。」
小さい頃は、一度熱を出すと2、3日は寝込んでいた観音だが、成長するにつれて免疫が付いたのか、最近は
朝方に熱を出しても、夕方頃には平熱に戻る様になった。
世話する方としては非常にありがたい。
「なぬ!? そ、そんな筈は…。 断固としてやり直しを要求する!」
…何故か、本人は不満な様子だが。
「やり直すのは構わんが、擦ったりしても無駄だぞ?」
「がーん」
言った瞬間、全てを諦めた様な表情で崩れ落ちる観音。
こいつが本当に天才なのか、日に日に疑わしくなっていく…
「うぅ…。ならせめて、最期にお粥が食べたい」
病気が治ったのに、死ぬ間際の患者の様な要求をする観音。そんなに健康になるのが嫌なのだろうか?
- 320 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/07 21:17 ID:RARweQN0
- 「お粥って言っても、いつものだぞ?」
「それがいいの」
我が家のお粥は正に『お粥』で、特に栄養価が高いわけでも、美味いわけでもない。
変わった物が好きな奴だと思いながら、冷や御飯、水、塩、白子干し、葱、大根おろしを入れた土鍋を
部屋の石油ストーブにかける。
煮立った所に溶き卵を入れ、蓋をして数分待てば出来上がり。
「はい。お待ちどうさま」
できたお粥を土鍋ごと盆に載せ、レンゲを添えて観音に差し出す。
「いつもみたいに食べさせて」
熱が下がった途端、我が儘を言い出す観音。
「お粥くらい自分で食え」
「嫌。食べさせてくれなきゃハンガーストライキを起こす」
盆を差し出した体勢のまま睨み合う事30秒。結局は俺の方が折れる事になる。
…仕方が無い。相手は病み上がりだ。
いつもみたいに、と軽く言うが、観音に飯を食わせるのは非常に面倒くさい。
まず、観音のベッドの上に横たわり、上半身を少しだけ起こして両肘で体重を支える。
その上に観音を寝かせ、2本の腕で掛け布団を掛けてやり、残りの2本の腕でお粥を観音の口に運ぶ。
以前は、この体勢を腹筋とクッションのみで維持していた為、非常に辛かったのだが…
こんな時にしか役に立たない自分の6本腕が恨めしい。
「えへへー」
こちらの悲哀などお構いなしに、幸せそうにお粥を食べる観音。
知らない人が見れば、長い間虐待を受けてきた子供が、保護されてきたのかと思うだろう。
そんな事を考えるぐらい、俺の上に乗っている体は細くて、軽い。
- 321 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/07 21:18 ID:RARweQN0
- 「ご馳走様」
観音がお粥を食べ終わったので、盆をサイドボードに置いて、上半身を倒す。
いつの頃からか、観音が病気になった時は、俺が彼女のリライクニングベッドになる。
なんだかなー、等と自分でも訳の分からないことを呟きながら天井を見上げていると、
「お兄ちゃん」
と、真剣な声で呼びかけられた。
見れば、観音がいつの間にかうつ伏せになり、やはり真剣な眼差しでこちらを見ている。
「もし、あたし達が兄妹じゃなかったら、どうする?」
真剣な表情と、質問の内容が頭の中で一致しない。
俺達がキョウダイだ、というのは、少なくとも観音が産まれた時からの事実で、至極当然の前提でもある。
二人が兄妹じゃなかったら、というのは、アキレスが亀に追いつけなかったら、位に有り得ない
ファンタジーの世界だ。
なのに、観音は真剣な表情で俺の答えを待っている。
「…そうだな。とりあえず、お前の額に油性マジックで『使用済み』と書いて外に放り出す」
俺の言葉が、重苦しい雰囲気をパーフェクトにぶち壊すのを感じる。
我ながら頭悪いぞ、俺。
「ひどい! 観音は未使用だよ? 頭のてっぺんから爪先までまっさらの綺麗な体ですよ!?」
「(´_ゝ`)フーン」
「くぁー! ムカツク! 心の底から信じてねぇー!!」
顔を真っ赤にして殴りかかってくる観音。 …なかなか的確にレバーが痛い。
「じゃあ、お前はどうすんだ? 俺達が兄妹じゃなかったら」
何気ない問い掛けに、パンチの雨がぴたりと止む。
観音が、今まで見たことのない表情で俺を見つめている。
母親が赤子を見守る様な。でも、それとは決定的に何かが異なる、そんな表情。
「観音はね、もしお兄ちゃんと兄妹じゃなかったら、したい事が、いっぱい、いっぱいあるんだよ?」
言い聞かせるような口調で言われて、急に落ち着かない気分になる。
- 322 名前: ◆HqwJ0Jg70U [sage] 投稿日:04/03/07 21:19 ID:RARweQN0
- 「だからね、頑張るの」
不思議な表情のまま、観音は言葉を続ける。
「遺伝子情報とか、TAGC の配列とか、ベクターとかを一生懸命勉強してね、赤の他人に成りすませる程度まで
遺伝子処理を施して…」
「待てい!」
…急に不吉ワードのオンパレードに突入。言っていることの意味は分からないが、10年以上コイツの兄を
やっていると、やばいことだけは何となく分かってしまう。
「人体改造禁止!」
「大丈夫。今度は自分の体でやるから」
「それでも駄目!」
「えー」
観音はぶーぶーと文句をたれていたが、すぐに何か思いついたようで、
「いや、待てよ? お兄ちゃん的に、禁忌を犯して、障害を乗り越えていく方が萌え?
うーん、それならしょうがねーにゃー…」
などと不気味なことを呟き始める。
6本の腕で頭を抱えながら、俺は本気で願わずには居られない。
誰か、馬鹿につける薬を作ってください。