660 名前:1/4[sage] 投稿日:04/03/31 04:59 ID:0S9ihJG/
目覚ましの音と共にのったりと起床し、顔を洗ってから台所へと移動する。
食器棚から自分の茶碗を取り出し、玄米入り白飯を適当量よそい、食卓へと向かう。
 
「おあよー」
「ん、おあよー」
 
自分の席に腰を下ろしながら欠伸混じりの間延びした挨拶をすると、
先に対面の席で卵焼きをつついていた我が妹が眠たげに間延びした声で応えた。
 
取り立てて癖も特徴もない、目立たないが整ってはいる顔立ち。
(起き抜けに限り目つきがあまりよろしくないのはさておく)
長いと手入れの手間が掛かりすぎるという理由で、常に肩に掛からない程度に切り揃えられている黒髪。
朝からしっかり食っているだけあって、制服越しですら年相応以上に発達しているのが判ってしまう身体。
これで物ぐさかつ淡泊な性格さえ何とかなれば、男の補給にも事欠かないと思うのだが。
部活もせずバイトの日以外家でゴロゴロしている暇があるなら、
男の一人や二人確保するくらいの気概を持てんのかね、この妹は。
 
ともあれ先行する妹に続き朝食を済ませ、自分の使った食器を洗う。
食後の茶で一息ついた後、妹と入れ違いの形で洗面所へと移動して歯を磨き、
妹より遅れて身支度を始めるが、ほぼ同じタイミングで登校の準備を完了する。
(余談だが、このプロセスに至るまでの所要時間差およそ5分。この差分だけ妹の方が早起きしている)
 
ここまでの流れはいつもの朝と変わらない。
ここからの流れがいつもの朝とは大いに違った。

661 名前:2/4[sage] 投稿日:04/03/31 05:01 ID:0S9ihJG/
本来ならば登校準備完了から家を出るまで数分程度の猶予があり、
大抵は朝のニュースや新聞を見ることに宛てられる一時にそれは起こった。
 
「兄さん、これ」
 
おもむろに妹が綺麗に包装された箱状物体を差し出してくる。
箱の中身について思い至るまでに数秒の時間を要した。
 
「……ああ、14日か」
「忘れる前に渡しておくわ」
「うむ、感謝するぞ」
 
例年と比べるに箱のサイズが明らかに大きくなっている、という違いこそあれ、
ここ数年繰り返されてきたやり取りの後、俺は箱状物体ことバレンタインチョコを受け取った。
実際に手に取ると例年と比べて重量もかなり増している事に気付くが、
昨年より高校に上がったのを機に始めたバイトが齎した賜物であろう、と推察してみる。
 
「じゃ、お先ー」
 
手渡すなり妹は踵を返し、いつもと違ってニュースも見ずに玄関へと向かった。
さしもの物ぐさ女も、義理チョコの配布を怠るほど女を捨てたわけではないらしい。
年頃の娘とは到底思えない淡泊さは相変わらずなので、義理以上については恐らく考慮の外であろうが。
翻って俺の予定に変更はない。
即ち、例年とは比較にならないほどのサイズと質量と誇る、この物体の中身を拝む程度の時間的余裕がある。
所詮は身内からの義理チョコとはいえ、いつもと違うとなればそれなりに興味も湧こうというもの。

662 名前:3/4[sage] 投稿日:04/03/31 05:01 ID:0S9ihJG/
リボンを解き、極力包装紙を破らないように開封する。
中から出てきた紙箱の大きさについては、開ける前から判っていたことなのでどうということはない。
が、製品名はおろかメーカー名すら書かれていない箱に小さな悪寒が走る。
そしてゆっくりと蓋を開けた瞬間……俺は凍り付いた。
 
 それは 義理チョコというにはあまりにも手作りすぎた
 大きく ぶ厚く 重く そして ハート形だった
 それは 正に 本命チョコだった
 
 追伸:しかもカード付きですた
 
あまつさえ、昨年末まで付き合ってた彼女から貰ってたそれより大きいときたもんだ。
何事も面倒だからって手近なところで妥協する性格は十分知悉してたが、
よりによって男選びまで最初から妥協してしまうとは何事だ我が妹よ!
 
……ああ、そうか。
誰かの分と間違えたんだね、このお茶目さん!
でも少しほっとしたな。ちっとも浮いた話が無いから兄ちゃん心配してたんだぞー、あはは。
 
妹には悪いが、本当の贈り先を確認しておかないとな、うむ。
震える手で二つ折りのカードをおそるおそる開いてみる。
 
『好きです。兄でなく男性として。ネタでなくマジで。』

―――現実は残酷だった。
 
「……ウゾダドンドコドーン!!!」
 
奇妙なことだが、俺は自分が壊れたことを認識していた。

663 名前:4/4[sage] 投稿日:04/03/31 05:02 ID:0S9ihJG/
今までそんな素振り見せてなかったではないか妹よ。
俺が鈍かったからという可能性もあるので、この点について妹を責めるのはお門違いだとしても、だ。
ともかく意表突かれすぎで、どうリアクションしていいやら途方に暮れるばかりですよ奥さん(誰だよ)。
いや実は妹は幻朧魔皇拳の使い手だったのですなるほどって現実逃避してもこの物体が消えるわけでもなし……
 
それでも時計の長針が一回りする頃には、どうにか時間を確認できる程度には自我の再建に成功していた。
が、この両手に残された現実の厳しさに立ち向かうには、まだいくばくかの時間が必要だ。
どうせ大遅刻確定なのだから、いっそのこと仮病を使って休むことにしよう。
両親が共働きかつ放任主義だと、こんな時非常に有り難い。
 
―――さて、妹が帰ってくるまで時間は十分にある。
落ち着け俺。よく考えろ俺。冷静になるんだ俺。
 
こういう時はあれだ。確か……
 
 ど う す れ ば い い ん だ 。
 
……違う。つか何故こんなネタ知ってるんだ俺。

678 名前:1/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/01 01:03 ID:6ZXkzhZi
いつもより早く家を出て、兄の愉快な反応を想像しながらゆっくりと学校へ向かう。
―――今頃「オンドゥルルラギッタンディスカー!!!」とか口走ってるのかな、兄さん。
最後の上り坂を立ち漕ぎでクリアしながら、我慢できず思わず吹き出してしまった。
表情を変えず、しかし内心慌てて周囲を見回すが、誰も見ていなかったようで今度は安堵の息を吐く。
思い出し笑いなんて私のキャラに合っていない姿、知り合いに見られたりすると後が怖いから。
 
私の兄。初恋の相手にして、今までに唯一恋愛感情というものを抱いた対象。
私がその想いを明確に自覚した時、既に兄には付き合っている相手が存在した。
割って入って兄に嫌われるのが怖かったので、その時は諦めたつもりだった。
そもそも立場上敗北は目に見えていたし、何より面倒だったから。
 
元々この手の感情を表に出さないタチであったことも幸いし、
当の相手はもとより、両親にすらこの想いが気付かれることはなかった。
家から一番近いからという名分で、兄と同じ高校を選んだのは我ながら未練がましいと思う。
でも、せめて兄以外にこれという人が現れるまでは離れたくなかったから。
 
私の諦めの良さに関しては誰もが認めるところだが、この件に関してだけは何故かいつもの私らしくない。
現実はそう思い通りには行ってくれないということか。つくづく面倒なことだ。
 
そしてよりにもよって昨年の暮れ、兄が数年来付き合っていた相手と別れてしまった。
長年付き合っていたのに性格の不一致が理由だと兄は宣わっている。
一文字足りない要因まで含まれていたかどうかまでは知らない。知りたいとも思わない。
どうせ不愉快な気分にしかならないだろうし、何より面倒だから。
 
それを切っ掛けに想いが再燃してしまったのは言うまでもない……つくづく面倒な事に。
許されざる事であることはわかっている。
兄が私に対して同じような想いを抱いているなんて、都合のいい妄想は抱いていない。
(その気があるなら覗きのひとつや下着の紛失くらいあってしかるべき―――と思っているのは私だけ?)

679 名前:2/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/01 01:05 ID:6ZXkzhZi
それでも私は決意した。
ここらできっぱりケリを付けないと、将来もっと面倒なことになりそうだから。
何より自分が納得したいから。
 
ただこういったことは初めてで、気の利いた告白のシチュエーションなどさっぱり思い付かない。
周囲から淡泊とか物ぐさとか評されている私にも、親しい友人の二人や三人くらいは居る。
だがしかし、その中にこんな相談に快く応じてくれるような傾き者は流石に居ない。
ひとりで悩んだ挙げ句、ありきたりだがイベントに託けて告白することにした。
何より一から計画するより楽だから。
 
かくしてバレンタインデーが決戦の日となった。
何分初めてのことであるから、口頭では上手く伝えられないかもしれない。
そこで手堅く手作りチョコ(無難にハート型)にメッセージを添えて、文面で伝えることにした。
ジョークと取られないように、念を押すのも忘れずに。
 
不思議とチョコを作るのは面倒だと思わなかった。
これが愛の為せる業というやつであろうか。
……我ながらかなり恥ずかしい事を口走ってしまった気がする。
 
さて、兄はどんな答えを用意するのだろう。
まだ混乱してるかな。
不意打ちみたいな形になったのは悪いけど、
こっちは本気なんだから真面目に考えて答えてくれないと泣いちゃうわよ、兄さん。
 
回答を聞くのは怖い。
でも、それ以上に楽しみにしている自分が確かに居る。

718 名前:1/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/02 00:06 ID:DSrWl+nG
>660-663
>678-679 の続き
 
ずる休みして確保した時間であったが、実は余裕たっぷりというほどではない。
何故なら今日は土曜だから。
だが焦りは禁物。
焦るとろくな結果にならないことは、己が身を以て理解している。
 
具体的には前の彼女t(ry
 
……話を戻そう。
普通に考えれば迷わず断るというか常識論で退けるべきなのだろうが、
恐らく生まれて初めての告白であろう妹の気持ちを考えると、
無碍に断るというのは人として大いに問題があるだろう。
かといって、親にすら認められないだろう関係を築くのも、人として激しく問題ありだろう。
 
―――どっちにしても問題大ありじゃねーか!
 
そもそも妹をその手の対象として見たことが無いから、こんな事態は全くの想定外だ。
妹が色気づいてきた頃には既に歴とした彼女が居たし、
今はともかく少し前までは、一つ二つでも年下であればみんな子供にしか見えなかった。
身内ながら可愛いのは認めるところであり、脱いだらなかなか凄そうな身体に育っているようでもあるが、
数年後ならともかく今はまだまだ……って実はほんのちょっぴりくらいは意識していたのか俺?
……ヤバい。これ以上踏み込んでしまうと俺の中の何かが目覚めてしまいかねん。

719 名前:2/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/02 00:09 ID:DSrWl+nG
ま、身近に年頃の女が居て全く気にならない方がむしろおかしい。
健全な男ならむしろ当然である。踏み込まなければ問題はない。
そう思い直して本題に戻る。
 
とにかく断るにせよ、言い方ってものがあるだろう。
ばっさり却下するのは論外として、「俺たち兄妹だろ」もあまり良くない気がする。
やはり可能な限り婉曲的な言い回しで断るしかない。
その言い回しについて具体的には何も思いつかないのが最大の問題なのだが。
何しろ過去に一度きりとはいえ告白されたことはあれど、断った経験など全く無いのだ。
 
少し前までなら「ごめん。俺、彼女居るから」の一言で済んだものを……
つか別れたから告白されたんだろうな、やっぱり。
ある意味自業自得なのか。なんてこったい。
 
しかし何と言えばいいんだ?
「お友達から始めましょ」兄妹ですけどー。
「実は好きな娘が……」先日別れたばかりですが何か?
「考えさせてほしい」中途半端なのはいけないと思います!
ありきたりな台詞では駄目ですかそうですか。
 
めげるな俺。今こそ偉大なる先人の言葉を思い出す時だ!
 
『Don't think! Feeeeeeeel!(考えるな! 感じるんだ!)』
 
……いや考えなきゃまずいっしょ。

751 名前:1/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/03 00:14 ID:E5UvkuG0
>660-663 >678-679 >718-719 の続き
 
乏しいラブコメや恋愛ものの知識を総動員してみた。実妹ネタはどれも危険で全く参考にならなかった。
妹との思い出をダイジェスト版で回想してみた。不覚にも萌えそうになったので中断した。
八百万も居るんだから一柱くらい助けてくれないかと、神棚に手を合わせてみた。助けは来なかった。
とりあえずエルベレスに祈ってみた。玻璃瓶は持っていたが、残念なことにエルフが居なかった。
 
つくづく我が脳味噌は恋愛ごとに向いていないと痛感する。
もっとも、こんな特殊例にあっさり対応できる奴がそうそう居るとも思えないが。
今までは兄に迫る妹なんて、ファンタジーやメルヘン世界の生き物だとばかり思っていたのに……
 
……待てよ?
告白はされたが、付き合ってくれとか抱いてくれとか具体的なことは何も言われてないよな?
つまり、人の道を踏み外さない事と妹を傷つけない事を両立させるのは可能なのではないか?
 
―――そうだ、良くぞ気付いた俺!
偉いぞ俺! おめでとう俺!
 
先ほどまで「うろたえるな小僧――――!!!」状態だったのが嘘のように、俺は立ち直った。
折良くリビングの鳩時計の正午を告げる声までが、俺を祝福してくれているように聞こえる。
当方に迎撃の用意あり。
さあ、いつでも帰ってくるがよい我が妹よ!
 
こうして見事に精神的再建を果たした俺は、おもむろに冷蔵庫を開けて材料の吟味に入った。
昼食の準備を始める為に。

752 名前:2/2 ◆660/7Q/21k [sage] 投稿日:04/04/03 00:16 ID:E5UvkuG0
珍しいことに兄の方が先に帰宅していた。
いや、チョコの飛び交う周囲に目もくれず帰ってきた私より早く帰ってきているとは考えにくい。
どうやらずる休みさせてしまったようだ。
そこまで意外だったのだろうか。
気付かれないように振る舞っていたとはいえ、それはそれで少し悲しい。
 
「……ただいま」
 
玄関を開ける前から心拍数は沈静化する気配すら見せない。
感情が表情に出ることは滅多にないが、顔色までは隠し切れない。
そう考えるとますます頬が熱くなる。
幸い相手が醤油の香り漂う台所に居たから、そんな顔を見られずに済んだけど。
 
「おかえり。話は飯食ってからでいいか?」
 
ちょうど仕上げに入っていたらしく、振り向かずに応える兄。
さほど逆境に強くない兄にしては珍しく、その声に動揺の響きは感じられなかった。
 
「ええ。じゃ、着替えてくるわ」
 
確かに話が長引くなら何か腹に入れておいた方が良いだろう。
真面目な話の最中に腹の虫が鳴くなんて、そんなまぬけな展開は願い下げだ。
せっかく急いで帰ってきたけど、もう少しだけ我慢しよう。
ようやく上昇の止まった心拍数を落ち着ける時間が取れたと思えば、そんなに悪くはない。
 
―――そうだ。きっとどういう回答を貰っても泣くだろうから、新しいハンカチを用意しておこう。