ノウェ、マナを気遣う。
「俺はマナに優しくしようと思う・・・・」
ある日のどこかで、ノウェはポツリと呟いた。その発言があまりにも唐突だったので、隣にいたユーリックはギクリとした。
「な、なんかあったのか。なんか怒られるようなことでもしたのか?」
「いや、何もしてないけど・・・・ユーリックこそ何かやらかしたのか?そうなのか?」
「疑問に新たな疑問で挑んでくるなよ。急に「優しくしよう」なんて言い出すから、お姫さまと何かあったのかと思ったのさ。どうしてそんなこと思ったんだ?」
「あのさ・・・・」
ユーリックに促されてノウェは俯くが、またもやポツリポツリと話し出す。
「マナってさ、普段は気丈にしているけど、錆の町で隻眼の男を見た時から様子がおかしいだろ。だからきっと、あの男のことで何かトラウマがあると思うんだ。直轄区のことだけでも大変だし、できるだけマナに負担を掛けたくない」
「トラウマと来たか。あんまり女の昔の事情に首突っ込むのは止めた方がいいぜ。だいたい、お姫さまのことだ、「なんでもありません」で済ませられるだろうけどな」
「だからユーリックは押しが甘いんだ」
「何をっ」
思わぬ反撃にユーリックが怯む。まさかそう切り返されるとは。ノウェはハーやれやれ、と溜め息を吐きながら言葉を続ける。
「押しが弱いってことは引き際もキッチリできていないんだ。だから宝光の直轄区の契約者にも「そなたとの思い出を胸に・・・・」なんて言われて、あの契約者の方が可哀想だ。最初からユーリックが引き際にトドメを刺していたらあの契約者も新しい思い出探しに向かって行けたと思うんだよね、前向きに。悪いのは全部ユーリックだ」
「知らぬ間に俺が悪者に!?いや、いやいやいや、今さら過ぎたことを蒸し返すな!話を逸らすな!!」
「そういう煮え切らない態度はいけないと思う」
「もう思い出さすな!!」
「思い出は時に傷跡になるんだよ。今度からそういう態度は改めた方がいいと思うな、俺」
いつもの抑揚のない調子で締めるノウェ。ユーリックの弁解もなんのその、普段は物分かりのいいことを言っているが、ピンポイント的に容赦のない時もある。今まさにこの時である。
ノウェの話だけを聞くとユーリックが悪い様に聞こえるが、相手にも少なからず問題はあった。しかも男だったが、この世界ではあんまり珍しくないし、ああうんそういうこともあるよネの苦笑いで済む。
ユーリックにしたらもう、苦笑いどころではないが、後ずさるしかない。その心境を知ってか知らずか、ノウェは大雑把だが的確な忠告を提示してくる。断れるものならスパッと切っていたが、旧知の相手を無下にすることも叶わなかった結果である。
「宝光の契約者、かわいそうに。ユーリックに弄ばれて挙げ句には死んでしまうなんて・・・・英霊よ、やすらかに!」
「おーい、オーイ!!思い出をねつ造するな!!」
宝光の直轄区らしき方向に敬礼を飛ばすノウェ。ユーリックはそれを慌てて押さえる。ふざけたことをしていると呪われそうで怖い。
「それはともかく!今はマナのことだろーが!!」
「そうだ、マナのことだった。俺はマナを救いたいんだ」
「お前はいちいち極端だな・・・・ま、お姫さまに優しくしようって、そう思うんだろ?お前も考えあってのことなんだから気ィ遣ってやったらいいんじゃねえか?こういう時こそ心遣いってのは大事だからな」
「ユーリック・・・・時に中途半端な優しさは相手を傷付けるだけだぞ・・・・」
「なぜ俺に言う!!なんでいちいち俺のコメントに突き刺さるコメントを!?」
ものすごい嫌な切り返しをしてくるノウェに、とうとうユーリックがキレた。しかしノウェはどこ吹く風、取り澄ました顔で相手の肩を叩く。
「怒るなよユーリック。俺はただ、ユーリックに同じ過ちを繰り返してほしくないからこその助言を」
「繰り返して堪るかー!!お前は俺をなんだと!?」
「あ、マナだ。よし、マナに優しくしよう!!」
「ああ、待てノウェ!大声で言いながら行くのはよせ!!大っぴらに聞かせて気まずいことを堂々と!!」
竜の子は容赦がない、気を付けろ。遠慮も礼儀もないぞ。思い込みと衝動だけで生きている。ユーリックが見ない間にますます野生に戻ったらしい。
二人のうるさい騒ぎを聞き付け、マナ(24)は背後を振り返った。なんだか噂されている・・・・
「ノウェ?そんなに慌てて」
「おーい、マニャー」
マニャ、て。意味不明の言葉で呼び止められマナは戸惑った。ノウェは一体なにを言っているんだろう。彼女は噛み締める様に呟いた。
「マニャー?マニャ、マナ・・・・私ですか!!?」
気付かない方が良かったかもしれない。生まれてこの方24年目、マニャなんてへんてこな名前で呼ばれたことがない。呼ばれたくもない。ノウェは一体、なにを意図として。
「マニャ、お腹空いてない?そろそろ昼にしないか」
「ノウェ、その呼び方は一体」
「マニャは何がいい?今日はマニャに合わせるよ」
「そのジャンル別も分かりません。普通に呼んで下さい、怒りますよ野上!!」
「野上!!?俺、野上さん!?」
普段のノウエ発音(noweではなくnoue)から野上呼ばわりに貶められるノウェ。よそよそしい漢字が否めない。これはマナも相当頭に来ている。ようやく彼女の怒りに気付いたノウェは、助けを求めた。
「ユーリックどうしよう、マニャに怒られる!!」
「俺に振るな!!怒られるのは当たり前だろ。そのマニャっていうのはなんだ?なんなんだ?」
「私も気になるんですが、どういうことですか」
「話せば長くなる・・・・ちょ、ユーリック、こっちに来てくれ。マニャもちょっと待っててくれ」
「なんだよ」
ノウェとユーリックはマナに背を向け、小声でボソボソ言い合う。
「マニャはよくなかったかな」
「お前、お姫さまに優しくしようって言ってなかったか?今の状況はなんていうか・・・・かなり厳しいと思うんだが。よりにもよって、マニャ?」
「ユーリック、俺をそんな蔑んで小馬鹿にしたような挙げ句ガケから落ちて弱っている子ウサギを「フフン、草食動物が!!」みたいな見下した目で見ないでくれ。いくらなんでも傷付く」
「お前の方がひどいな!!誰もそんなこと言ってねーだろ!!違う、だからそのマニャどうのこうの、その理由を聞いてるんだよ。優しくはしてねえよな、それ」
うーん、とノウェは考え込んだ。理由?端から見て理由が見えないとしても、自分には確固たる理由と自信があった。
「俺はよく知らないんだけどさ、親が赤ちゃんや小さい子供をかわいがる時、こう、愛称などで呼ぶと・・・・呼ばれるという風習を聞いたんだけど」
「お前、いい加減しどろもどろだな」
竜の子、竜に育てられましたからよく分かりません。しどろもどろながら言葉を繋げる。
「だから、マナだったらマニャちゃんかな、とか」
「うーん。一瞬前までは良かったけれど、一線を越えた時点で破綻したな」
「たとえば、ユーリックだったらユーちゃんとか」
「死んでも呼ばれたくねえな」
そしてユーリックにダメ出しされる。ノウェは悔しげにこぶしを握り、自分の失敗を認めた。
「マニャはダメか・・・・どうすれば俺はマニャを救える!?」
救済規模で切り返される。あまりのおおごとにユーくん、じゃなくてユーリックは顔を覆った。
「いい加減やめろよそれ、なんかに取り憑かれてんのか?普通でいいんだよ・・・・普通に接しろよ。お前にそれができるかどうか不安だけどな」
「普通が一番だな。シンプルに、か・・・・・・マニャ作戦はやめよう」
「あんまりそういうことばっかしてると偽善者って言われるぞお前・・・・」
ユーリックの忠告はさておき、ノウェはマナに向き直る。今度はなんだろうと身構えられるが、今度の発言はまともだった。
「マナ、荷物持とうか?いろいろ入っていて重いだろ」
「ええ、ありがとう。助かります」
「俺が持つよ。そのバッグ、胸の前で斜め掛けにしてると目のやり場に困るんだ。胸の谷間が強調されるというよりも、バストの形を際立たせる効果が見受けられるよ?」
「普通にできていると見せかけて、実は全然できていないのがノウェらしいな」
しかも顔キャプチャはいつもの真顔である。次の瞬間、ノウェはマナの杖で腹を刺された。刃物じゃないから突き抜けないけれど、かなり痛い。鈍痛が痛い。
「ノウェ、あなたセクハラの意味を知っていますか?」
「ごふっ。知っているよ。セクシャルな言動にハラハラすることだろう?」
マナは深ーい溜め息をつき、ノウェの間違いを見逃した。時には受け流すことも必要である。
「・・・・しょうがありません。次の直轄区に辿り着くまで戦力は惜しいです。私はこの程度のセクハラで諦めるわけにはいかないんです」
「その打算様。お姫さまも許してくれ、こいつも悪いヤツじゃないんだ。ただ、常識がないだけで・・・・」
「フォローになってないですよ・・・・ノウェが私を気遣ってくれることは分かります。それがたとえ空回りに終わろうと、私は敢えて好意として受け取りましょう。それが私の使命なのです」
「ものすごい決心つーか、そこまで言うか・・・・?」
一番ひどいのはマナだった。潔いというか、諦観というか、残酷というか、偽善的というか。ノウェとは意外と相性が良いかもしれない。マイナスの方向で。
「よしみんな、次の直轄区まで急ごう!マナの荷物は俺が持つから、俺の荷物はユーリックが持ってくれ!!」
はい!!と渡された袋は、無駄にでかい硬貨が詰まっていた。この世界、札がない。硬貨しか使えないのでムダにかさばる。ユーリックは心底いやだと思った。
「お前、へこまされた割に元気いっぱいだな。自分の荷物は自分で持てよ」
「え?その中にまだ入るだろ?遠慮するなよユーリック」
「こりゃ俺の頭が入ってんだよ。遠慮してねえよ」
「ノウェ、荷物持ちますよ?」
「ダメだ!!手を出すなマナ!!」
見かねたマナが荷物を掴む。が、ノウェはバッと取り上げた。優しくしているつもりだろうが、優しさの欠片も見えない。
「ダメだマナ、俺が持つ。いや、ユーリックに持たせるからあなたは身軽に」
「オイ、人の許可なしに!!」
「こうなったらみんなまとめて運んでもらおう、レグニャー!!!」
『まだ続いてたのー!?』
ものすごい勢いで食い付くマナとユーリック。あんまりにもひどい言われ様にレグナも戸惑うし降りてこない。マニャに続き、レグニャとは。
世界は広いが、ドラゴンをにゃんこ呼ばわりするヤツァ一人しかいない。ユーリックはとてもレグナを不憫だと思った。この竜の子は・・・・
「レグニャー?聞こえないか・・・・?レグニャー」
「かわいそうだから連呼するなよ・・・・」
「ユーリック、ユーリックは全然分かっていない!!レグニャのいない俺なんて、生まれながらに力を持ち美貌に恵まれたタダの美少年だろ!!?」
「自分で自分をけなしつつ褒めるな!!このあざといヤツがー!!」
「レグニャー!!」
「呼ぶなー!!」
レグナはノウェの声が聞こえないのではなくて、聞こえないフリをしているんだろう・・・・マナとユーリックは同じ思いであった。
ノウェは竜の子なので、世間知らずよりも常識知らずだと思います。ユーリックのフォローだって台無しにするぜ!(2006/2/15)