カイム、注意される。


「カイム。おぬし、その口は何とかならんのか」
レッドドラゴンは自分の契約者を手元に見下ろし注意した。
言われたカイムと言えば、口を半開きにしたままポーズし、自分の契約者を頭上に見上げた。
『俺の口がどうした』
契約に基づいてとっくに声を失っていた彼は、心の「声」で問い返す。そうだ、とドラゴンは大きな素振りで首を振る。仕草だけで辺りに風が巻き起こる。
「おぬしはすでに肉声を失っておる。我には「声」を用いて話せばよいのだ、いちいち律儀に口を動かす必要はない」
『動かしていたか?』
「ああ」
『気付かなかった』
「人間として生来の癖だ。すぐには直らない」
『なら、しょうがない。俺のことは池の金魚だと思ってくれ』
「 金魚は金魚!!そこは、変えていけ。傍目からはおかしく見える」
カイムは頷く。金魚は金魚、人間は人間で、気合い入れていこうよ。
「おぬしが契約者の代償として声を失ったことを知っている者ならば何ら不思議には思わない。だが、何も知らない人間から見たなら奇行だ」
『奇行か。俺は別に何とも思わないが』
「おぬしはそれでいいだろうが、やはり直さなければな。少しずつでいい。口を動かさず「声」だけで話す練習をしろ。いいな」
『急だ。ムリだ』
「ムリと思い込むからいけない。奇異の目で見られるぞ」
『死にかけの金魚だとでも思ってくれ。俺は今日から酸素の足りない金魚を装うから気にするな!』
「奇異すぎる!!それを気にするなと言うほうが百倍ムリだ。金魚に謝れ!」
『演技の努力はする!』
「人間の分際で魚を装うなと言っとるんだ!!種族としての役割分担!」
『確かに。人の道は外れたくないものだな』
一度の戦闘で百人も五百人も葬る人の言葉ではないよね。千人を超す事も稀ではない。人はそれを殺人鬼と呼ぶ。快楽殺人者でも可。
とにかくカイムはしぶしぶ承諾した。その間にも口は動き続けるが肉声は聞こえない。やはり無意識らしい。
「殺しの腕は磨く割に、新しいことには面倒がるのか。いいから練習するのだ。他の者にも手伝ってもらえ」
『その内に慣れる。大丈夫だ』
「人間のその内など、その前に死んでしまうぞ」
物騒な一言を残し、ドラゴンは会話を閉じた。


「カイム、口が動いているぞ」
「カイム様、またですよ」
「カイム様、口が開いてますよ」

ドラゴンの言った通り、その日から周囲の猛攻が始まった。
元より口数の少ないカイムだが、声を失った時点でほとんど会話を試みることはなくなっていた。それでも弾みで誰かに話しかけることはある。それが瞬間だ。
「カイム、口が動いているぞ」
「カイム様、またですよ」
「カイム様、口が開いてますよ」
途端に周囲は騒がしくなる。皆こぞってカイムの喋りを注意しにかかる。
ヴェルドレに始まり連合軍の兵士達、彼の「奇行」を咎める。それが日の暮れるまで続くのだ。
『ちょっと待ってくれ』
「カイム。言われたのだろう、話す時は「声」使えと。私に声で話す必要はない」
取り付く島もなくヴェルドレに言葉を遮られる。同じく契約者の身である彼との会話に肉声を使う必要はない。
「慣れないのは分かるが努力はするべきだ」
『分かっている。うるさく言うな』
「また喋っているぞ。その口!」
ビシ、と勺杖を顔面に突き出される。度重なる追求にそろそろカイムもうんざりしてきた。踵を返して歩き出す。
ならば、誰とも話さなければいいのだ。そう決め込み、カイムはやっと落ち着いた。でもそんなうまくいかないのは当たり前。

「カイム様!動いてますよ!」
「カイム!奇行はやめぬか!!」
「カイム様!独り言は見苦しいですぞ!!」
ビシ、とカイムは両耳を両手で塞ぐ。やっぱり喋ってしまう。
どうしても何かの拍子に話しかけた瞬間、口が動く。同時に厳しい追求が始まる。
『頼むから少し黙ってくれ』
「カーイム!!もうよせ、口を閉じろ!」
今度はイウヴァルトに止められた。口を半開きにしたまま固まる。
「俺達に話しかける時はドラゴンを通してくれればいいんだ。大丈夫だカイム!すぐ慣れるさ!!慣れない間は辛いかもしれないが・・・・そうだ、君を元気付けるために歌ってあげよう!ラララー」
どこからともなくハープを取り出すイウヴァルト。そして突然歌いだす。こっちの方が明らかに奇異だ。
『黙れ。喋るな。歌うな。暑苦しい。己とのギャップが明らかな楽器を持ち出すな。二度も言うが暑苦しい。この年齢詐称!!本当は32歳の僕ちゃんが!!さあ、今だ、通訳しろ!』
やれ!とレッドドラゴンを促すカイム。口が一ミリたりとも動いていない辺りが周到だ。
「いや、我にも情けはある。ワンクッション置いて通訳してやろう。イウヴァルト、カイムは少し静かにしてほしいと言っている」
『原文をそのまま伝えろ。それがイウヴァルトのためだ。俺は嘘をつきたくない』
あからさまに己のためではあるが。
「そうか。歌はいらないか?なんだ、やればできるじゃないか!」
『フリアエも貴様の詐欺には気付いているぞ。とっとと白状しろ32歳。そのまま伝えてくれ』
「カイムはおぬしの歌に元気付けられたと言っている。いつまでもそのままのおぬしでいてくれ、と・・・・」
『原文!!』
無言ではあるが、無言なりの怒気はビシビシ伝わってくる。
ドラゴンは溜め息を吐いた。
「・・・・どうやらおぬしは抑圧に対して感情を溜め込んでしまうな。最初よりもひどくなっとるぞ」
『口は動いていない』
「なおさら悪いわ。もういい、ゆっくりやろう」
『ああ、死にかけの金魚としてな』
「最初に戻った!!」
勢い余り、投げやりな態度で頷くカイムを羽で地面に叩き付ける。ものすごいツッコミだ。さすが神に作られた至上の生き物、加減がない。契約者でもさすがに堪える。
「私に任せて下さい・・・・」
そこへ小さな足音が現れる。この抑揚のない一本調子喋りは彼女しかいない。
「フリア」 ベタ。
「これで大丈夫・・・・兄さん、安心して」
妹の名を呼びかけたカイムだが、最後まで言い切ることは叶わなかった。彼の顔にはガムテープがベッタリ貼り付けられていた。これならウッカリ口を動かしても容易には見えない。

顔半分を梱包用テープで覆われた連合軍の傭兵。

ちょっと引きたい。こんな男に斬り捨てられたら迂闊に成仏できない。おまけに呼吸もあやしい。
『ふいあえ、はんのはへは』
「フリアエ、何のマネだ、と言っている。カイム、律儀に口ごもりおって・・・・成長したな!」
そっと涙ぐむレッドドラゴン。そう、ここは、感動する場面。
「さすがフリアエ!ナイスアイディア!!」
「私、女神ですから」
またぞろハープをかき鳴らしながら賞賛するイウヴァルトに、彼女は抑揚のない声音で返す。そして脈絡もない答えだ。
『はへれはい』
「喋れない?それでいいのだカイム。声を失った以上、そう在るべきなのだ」
「そうです兄さん」
「そうだぞカイム!さっきより断然いいぞ!」
そんな契約者は断じて嫌だ。
『死にかけの金魚から死んだ金魚になるまでの過程は無視か。そうか。俺の努力はムダだったのか』
「そうだカイム!その調子だ。これ我も肩の荷が降りたというものよ。さすが女神。やることなすこと隙がない」
隙だらけです。
「声はなくても兄さんの言いたいことは分かります。私をこの先一生守ってくれるんですよね。嬉しいです」
『当たり前だ。俺はお前を守ってみせる』
すっかり周囲はムシである。すっかり二人の世界である。
「兄さん、前よりもかっこいいです。寡黙な戦士はそう在るべきだと思います」
『ならいい』
「いいのか!?」とゆー兵士達の意見もまさに総シカトの兄妹であった。
「そしてこの先一生、誰にも私の純潔を渡さないんですよね。ありがとう、嬉しいです」
『まあ、そんな概要だ』
「そうなの!?」というイウヴァルトの反論ももちろんムシであった。






(2005/5/11)

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