カイム、サメを食べたい。
『なるほど』
「何を納得しておる」
エルフの里、静かな森の上空ミッションを怒涛の二分半でクリアした後、カイムはレッドドラゴンの背中で一人頷いていた。
『地中海での料理には一風変わったものがあるらしい』
「地中海・・・・どこの国を言ってるか知らんが、何を見ている」
首を捻じ曲げて自分の背中を見ると、カイムは何やら本を広げている。もう片手には包丁。自分の背中にそんなものがあるなんてゾッとしない。ぶった切られる気がする。
『今し方手に入れたこの包丁の、付録』
「付録か!!それで、一風変わった料理とはなんだ。海のものか」
『うむ。この料理、鮫を使うようだ』
「サメ?サメとゆーと、あの、凶暴なサカナか」
厳密に言えばサカナではないが、一括りにすれば海の生き物には違いない。シャープな流線型の獰猛な動物。
サメと言ってもピンからキリまで、他の魚類やあるいは海に落ちた人間を喰らうこともあるらしい。海の中では頂点に立つ消費者。そんな恐ろしい捕食者を料理しようというのだから、人間はもっと怖い。
「おぬし、そんなものを食いたいと思うのか?恐ろしいヤツめ」
呆れて言うと、カイムは力強く頷いた。
『大いに。できるものなら捕まえて食べてみたいと。よし、地中海まで飛んでくれ』
「誰が行くかっ。サメはともかく、どんな風に調理をするのだ」
『うむ・・・・ブツ切りしてフライに、お好みで味付けを。ホームパーティなどいろんなシチュエーションで人気者だ』
「呆れたものだな人間。己の娯楽のために他者を食い物にするとは。見果てた根性だ」
『娯楽ではない。俺は真剣そのものだ。どんな味がするのか、考えただけでヨダレが出てくる』
「娯楽そのものかー!!」
『よし、そうと決まれば地中海スペインまでとばしてくれ』
「決まっとらんわ!!」
首を振ってカイムを振り落とそうとするレッドドラゴン。消費者をさらに消費しようとする消費者。生態系を乱すよーな輩は今の内に滅ぼしておいた方が世のためである。
『落ちる落ちる。ちょうど手に入れたこの包丁で調理してくれる』
「いいから降りろ!落ちろ!!」
180度上下に反転してカイムを振り落とす。カイムは静かな森に落ちた。静かなどころじゃない、地上は大はしゃぎ。じゃない、大騒ぎだった。そりゃ突然人が落ちてくるもの。
レッドドラゴンが森のはずれに降り立つと、木の上からカイムが落ちてきた。葉っぱだらけ。
『死ぬかと思った』
「よく死ななかったな」
『一蓮托生!!心中しよう』
「するものか!!ところでその包丁、まだ持っていたのか」
カイムは律儀に包丁を握っていた。ミッドガルドで一番刃物の似合うと評判のカイムだが、それ以外はまったく似合っていない。なんてザマ。刃物には違いないが仮にも調理道具。しかしカイムが持つとハサミだろーが爪切りだろーが包丁だろーが、全部凶器に見えてくるから恐ろしい。
包丁の刃は肉厚で、柄の付け根から切っ先まで細らず伸び、長方形の線で有る。文化包丁や万能包丁、タダの調理包丁ではなくて、固い食材を叩き切るために使われる。
「おぬしが持っていても大したことには使えんだろう」
『確かに。他にも刃物はある、料理はできる』
「バカ者!できるものならやってみよ!」
刃物ならなんでもいいのか。剣で料理するのか。食材が全部、人間とかモンスターなんでは。
『俺を侮るな。千切りでも桂むきでも面取りでも、大概のことならできるぞ』
「やらんでよい。武器が泣くぞ」
たぶん食材も泣く。自分達はそんな末路を辿るために食材で在り得るワケではない。ちゃんと包丁でなんとかしてほしい。
『しかしこの包丁、ずいぶんと大雑把な形をしている』
手にある包丁を持ち上げて見るカイム。ずいぶんと重量もある。反面、刃は磨きこまれたように鋭い切れ味が光る。
「肉切り包丁ではないか。細かい作業には向いておらんだろう。骨肉を断ち切るに適しておる」
『なかなか魅力的な刃物だな』
「魅力を感じる点がずれているぞ」
『早速なにかを切ってみよう』
それーと肉切り包丁を振り上げる。試し切り。やっぱり凶器に見える。
「よせよせ、おぬしにはムリだ。普段から人間やモンスターを斬りまくっているヤツが何を言うか。今さら食材を扱おうなどと・・・・」
『食材?獲物を斬るのと何が違う。生肉か死体かの違いだろうが』
「見境ゼロ!!少しは控えろー!!」
レッドドラゴンの翼がカイムをすっぱ抜く。豪風の余波で百キロ先にいた帝国軍のキャンプが壊滅した。お手柄。
『確かに違うものだな。獲物と食材ではまるで違う』
「ワザとらしく言い直すでない」
『食材を相手にするなんて、俺にはできん。やはり標的は動いていた方が・・・・』
「反省ゼロ!!そういう面白味を求めるな!」
レッドドラゴンの尻尾がカイムの頭をすっぱ抜く。豪風の余波ですぐ側にいた連合軍のキャンプが壊滅した。お手柄じゃない。
「だから武器として使うなと。それは生きている者を切るものではない。諦めて手放せ」
『しょうがない。これはコックのボブさんに譲渡しよう』
「ありがとうございます」 ←ボブさん
「いつからいたのだボブさん」
街のレストランでコックとして働いてボブさん(43)はヘッドハントされて連合軍の雇われコックさんになっていた。あの事件さえなければ今でも平和な町で幸せに暮らしていたのに・・・・ボブさんは在りし日を思い出し、忌まわしき事件にこぶしを握ったり包丁を握っておいしい料理を作っていた。ありがとうボブさん。
ボブさんのエピソードはともかく適材適所、カイムは彼に肉切り包丁を手渡した。これで鶏ガラでも豚骨でもブツ切れる。
「とうとうこの時が来たかコック・・・・」
『む、』
どこからともなく怪しげな声が聞こえてきた。カイムもボブさんも、誰も喋っていないのに。レッドドラゴンは唸った。
「奸物め、姿を現せ」
「私はこの肉切り包丁の持ち主!この料理人の腕を振るう時がとうとうやって来たコック」
ボブさんの手に渡った肉切り包丁がガタガタと震える。人の怨念が宿った魔剣、とゆーのもおこがましいが、呪われた肉切り包丁が人の言葉を話す。語尾の「コック」はキャラ付け?
「カイム、またおかしげな物を」
『タダの包丁ではなかった。しかし世の中にこんな一品があってもいいと、俺は思う』
「誰がおぬしの言い分を聞いとるかっ」
力強く肯定するカイムに炎を吹きかける。ちょうどよく焼けた。ミディアム加減。
『それでも包丁であることには違いない。どうだろうボブさん、その包丁と仲良くやってくれ。今夜はこうもりの煮込みがいいな』
ひどいリクエストであった。こうもりってあの、空を飛ぶモンスター。カイムのリクエストに、肉切り包丁は一層強く震えた。
「そんなものより肉を切らせろコックー!人のニクー!!」
「わあ体が勝手に!!」
『なんだ、ボブさんの体が勝手に』
慌てるボブさんとカイム。ボブさんは肉切り包丁の怨念に引きずられ、その刃物をカイムに向かって振り上げる。とんでもない包丁である。
肉切り包丁の鋭い刃はこの怨念、いかれた料理人によって磨きこまれていた。否、長いこと使われ人の肉を切り刻む内に、骨の強度で研ぎ澄まされ、肉の脂を塗りこんで輝きを放つ。人によって凶器と成り果てた。
「なんとかしろカイム!」
自分の意思とは関係なく肉切り包丁を振り回すボブさん。その刃に掠められて、レッドドラゴンはカイムを前に押しやる。責任は取らせる。
『ボブさんを斬るワケにはいかない。連合軍の台所を預かる料理長を失うワケには』
「自分の食生活が心配なら、なおさらなんとかしろ」
『うむ。ボブさん、ご免!!』
「わあ!!」
カイムは自分の剣を取り出し、ボブさんの持つ肉切り包丁だけを弾き飛ばす。おみごと。ボブさんは鼻先を掠められてびびった。ご苦労様です。
『キャッチ!』
弾け飛んだ肉切り包丁を掴むカイム。しかしリリースする間もなく、包丁はカイムをも引きずった。なんという根性。
「この際誰でも!ニクを切らせろコック!!」
腕力では止まらない怨念にカイムが負けた。すぐ目の前でへたばっているボブさんに肉切り包丁が迫る!このままでは連合軍の台所を預かる敏腕コックの身が危ない。
「やるでない!!人を殺めて成長する魔剣だ!」
「ニクー!!」
『やらせるか、空振り!!』 ザク!
「なぜ私に!?」 ←レオナール
まったく空振っていなかった。近くを通りかかったレオナールの脇腹にクリティカルヒット。近年まれに見る巻き込まれ具合だった。
『大丈夫だ。お前の犠牲はムダにせず、あちらのマダムに献上する』
「うふふ。私、大人の肉より子供の柔らかい肉の方が好きだわ」 ←アリオーシュ
『だ、そうだ』
「まったくムダじゃないですか・・・・!!」
近年まれに見る斬られ損。脇腹から出血しながら火サスの絵ヅラで倒れ込むレオナール。大丈夫、契約者はタフだから。カイムの「大丈夫」がここで効いた。
「子供の柔らかい肉を切らせろコック!!」
肉切り包丁にも不評だった。ここまで誰の利益にもならない殺生も珍しい。カイムは木陰でちょうちょを追いかけていたセエレを手招きする。
『セエレ、出番だぞ』
「ぼくセエレ!!身の危険を感じます・・・・」
「バカ者!!ムダに犠牲者を増やすな!」
レッドドラゴンが怒るが、すでに包丁の標的はセエレに向かっていた。そこにレオナールが地面から、アリオーシュが同時に声を上げる。
「待って下さいあの子は!!」
「あの子は!!私の獲物よ・・・・」
アリオーシュが一歩早かった。カイムの首を掴んだ上にマウントポジションを制し、悲しみの棘の一閃が肉切り包丁を弾いた。近年まれに見る連携プレー。仲間割れしている。
身の危険を感じたセエレは寸でのところで難を逃れた。まったく逃れたワケではないが、ともかく目の前の危機は去った。
二度行き先を失った肉切り包丁は宙を舞い、正体を失ったままどこかへ飛んでいった。またぞろ誰かが拾ったら大変なことになる。その場にいた全員の視線がその軌跡を追う。早く葬った方がいい。
「あら、こんなところに包丁が」
『フリアエ、触るな』
フラッと出てきたフリアエが飛んできた肉切り包丁を見付ける。抑揚のない声で空を見上げ、
「こうもりの首を落とすのにピッタリですね」
持っていた菜箸で包丁の切っ先を掴んだ。なんとゆう物怖じせぬ動体視力。肉切り包丁は彼女の手に渡った。何事もない風に包丁を掴むフリアエ。怨念が負けた。
「なにー!!?女神、無事なのか!?」
「私、女神ですから。兄さん、今夜はこうもりの煮込みですよ。ボブさん手伝って下さい」
「女神さま、そんなことなさらずとも私がやりますので」
「大丈夫です。私、女神ですから」
「ニクー」
こうもりの首をどうにかするため、フリアエとボブさんは連れ立っていなくなった。残された一同は言葉もなくそれを見送った。
『・・・・さて、今夜はこうもりの煮込みだ。楽しみだな』
「こうもりは食べたことがありません。楽しみですねェ」
「こうもりよりも子供の肉を食べたいわあ。でも楽しみだわあ」
「ぼくセエレ!今夜はこうもりの煮込みになっちゃったんだ。身の危険を感じます・・・・」
「全員それでいいのか」
事態はむりやり終結した。全員はむりやり今夜のメニューに集中する。もう、することはない。レッドドラゴンは辛うじて事態を直視したが逃げ腰だった。
『意外とうまいかもしれないじゃないか』
「我は食べたくないぞ・・・・」
『フリアエの腕次第だ。全員撤収!!』
カイムの一喝に、わあーと散らばる契約者達。フリーダム。セエレが見たこともない駿足で逃げる。
静かな森のどこかで、ガスンと何か硬い物をブチ切る音が響き、続いて「ギャー!!」と超音波的な悲鳴が聞こえた。こうもりの悲劇。
「まだ見ていたのか」
未だに肉切り包丁の付録を読んでいるカイム。地中海のガイドブック。
『なかなか面白い』
「サメを食べるとかなんとか、そこまでして食べたいものか」
レッドドラゴンは首を伸ばしてカイムの手元を覗き込んだ。よっぽど力を込めて開いているのか、本の中綴じが切れている。
「一体どんなサメなのだ」
『うむ。エイに似た小柄なサメだ。小柄だがアゴの力が強く、噛み付いた獲物は絶対に離さないらしい』
「獰猛な生き物だな。そんなものを食べたいとぬかすか。人間はおとなしく草でも食せ」
『俺は野草に興味はない。でもこのサメは好きになれそうな気がする』
よし!と頷くカイム。何がよし!なものか。付き合ってられんとレッドドラゴンは首を逸らし地面に腰を降ろした。
『このサメ、名前はアンヘルと言うらしい』
ゴ ズン!!レッドドラゴンは座り損ねて地面に転がった。ものすごい地響きが。テントが根こそぎ倒れた。木も倒れた。なんというリアクション。
『どうした?』
「い。いや。うむ、なんでもない。なんでもありはせん」
怪訝な顔でガイドブックから目を上げるカイム。レッドドラゴンはコトリと地面に転げたまま答えたが、声音は動揺していた。
『このサメがどうかしたか。このアンヘルがどうかしたのか』
「サメと一緒にするな!!ば、バカ者ー!」
『別に、お前とサメを同列に扱った覚えはないが』
「むが!!た、確かにそうだが・・・・いや、なに、何!?そのサメの名、なんだと!?」
『アンヘルだが。このサメの名前はアンヘルと言う名前で、漁師の間では大変人気のある食材らしいぞ、このアンヘルは!!』
「何度も言うなバカ者!!」
地面に転んだままツノでカイムを小突く。あの丸ツノでゴヅンと。大変威力のあるツッコミをなさる。かわいらしい。
『なぜ怒る。このサメ、小柄で獰猛だが勝気で明るく、よく見ると優しい目をしてらっしゃる。ツンデレ』
「勝手に設定付けるな!!お前に我の何が分かるー!」 ゴヅン!!
『だからなぜ怒る。何もこのアンヘルとお前を一緒にしているつもりはないと言っているだろうが。サメに罪はない。このサメは大変気に入りました!アンヘル!!』
「何度も叫ぶなバカ者!!」
知らないとは言え、確信犯っぽい。レッドドラゴンはゾッとした。カイムは悔しそうにガイドブックを閉じた。
『このサメ、もう少し赤かったら良かったんだが・・・・茶色だ・・・・ラブレッド!!』
「バカのひとつ覚え!」 ゴヅン!!
その後、エンディング(A)までレッドドラゴンが名乗ることは決してなかったとか、どうとか。
ついにやりました!「アンヘル」ネタ!笑ってこらえて、で見た「スペインの海で獲れるサメ、アンヘル」…カイムでなくても私が食い付きたい!(2006/8/30)
確信犯と思いきや、この時点でカイムはレッドドラゴンの名前を知らないんですよね。でもものすごい気に入ってる。アンヘルだもの!前回の「人斬りの断末魔」と似てますな…「肉切り包丁」と言っていますが本当は「首切り包丁」です。武器物語はコチラからどうぞ。