フリアエ、斧を振り回す。
断罪の斧 Adjudgement
若い二人が祝福を受けながら結婚しようとしていた。結婚式の前夜、夜の闇の中に小さく光る精霊の姿を花嫁が見つける。精霊が囁きかける 「お前の夫をお前だけのモノにしないか?お前だけを愛するべきじゃないか?」 花嫁の心の隙に精霊が甘く問いかける。
花嫁が正気に戻った時には、手には血で染まる斧が握られ、床には夫の首が、首だけが転がっていた。 「コレデオマエダケノモノニ…」
時が過ぎた今でも、夫の首を持った妻の亡霊が、血まみれのドレスを着て村を徘徊することがあるという。
(武器物語より)
「兄さん、私はここです。助けて」
海上要塞。の、内部。もっと詳しく言うと、最上階にして最深部、祭壇の間。潮の臭いで満ちた禍々しい雰囲気の中、フリアエの棒読みが響く。
フリアエは自分の耳に手の平をかざして聞き耳を立てた。反応はない。
「兄さーん聞こえてますかー」
兄さーん、と言っても、フリアエの一人お芝居だった。当然反応はない。
当の兄さん、カイムはその頃、邪悪な力で操られた無数の帝国軍兵をバッサリギャーお助け!!斬り捨てながらチェインを稼ぎながらのながら人斬りに夢中だった。邪悪である。
遠くから聞こえていた絶叫がだんだん近付いてくる。カイムが着実に祭壇の間へ向かっているのは明らかだった。もう一分か二分で到着しそうだった。
赤い扉の向こうから聞こえてくるのは兵士の悲鳴と断末魔だけ。フリアエは棒読みで言った。
「兄さん、早く助けにきてくれないと囚われの身の私はこの邪悪な司教によってどこかへ連れ去られてしまいます。おそらく今度は空中要塞に連れ去られてしまいます」
フリアエは事務的に現状を述べた。
彼女は今、赤い血で色塗られたドレスに身を包む。純白の女神が「天使の教会」によって略奪されたる明白な証拠であった。
「そうだよ。女神はここから逃げられない。籠の鳥なんだからラララ」
幼い声が答える。ラララ。場にそぐわぬ明るい口調だった。
邪悪の根源、司教マナが祭壇の前から360度振り返り(一回転してる)、フリアエにとっては厳しい現状を歌う。マナもまた血染めのローブを纏い、赤い目で女神を見た。
「女神が死んじゃえば封印が解けるんだかラララ。邪魔をする愚か者はみんなここで死んじゃうよ」
「そんなことはありません。きっと助けが来るはずです」
「男共は女神がほしいだけ。あなた自身じゃないんだから。あなたは封印の道具に使われてるだけなのよ。あなたのことなんて誰も心配してない。分からないの?」
子供の甲高い声に被さる奇妙な低音がフリアエを揺さぶる。虚偽とは切り捨てられない事実とが同居する真実。・・・・マナは時を待たず、今この場でもフリアエの命を引き裂こうとしている。
各地の神殿に課せられた世界の封印が壊された今、最後の要は女神一人。フリアエを殺せば世界が終わる。あるいは甦る。
「再生の卵」が文字通り世界を作り直すか。神の狂った再構築を望む者は果たして誰なのか。
「・・・・兄さんはきっと来ます」
「どうなの?どうなの?あなたを助けるためではないよ。女神を助けるために来るんだから。誰もフリアエを見ていないのにあなたは女神として死ぬんだからラララ。可哀想なフリアエ、可哀想な女神」
またぞろ低い声がフリアエを突き刺す。マナの言葉を覆す断固たる意思を持てないフリアエは、悲しげな表情で見返す。
女神は一人では何もできない。ただ在り続け、来る日まで命を永らえるだけの封印の道具だった。
その時、赤い扉が開いた。
徐々に近付きつつあった悲鳴が祭壇の間になだれ込み、扉が閉まると同時に断絶された。なだれ込んで来たのは悲鳴だけではなかった。
「もう、うるさいなあ。あのクソ共はちゃんと始末したの」
飛び込んで来た兵士はすでに息絶えていた。刃物で突かれたり魔法でぶっ飛ばされた跡を見ると、瀕死の体でここまで来たらしい。マナの問いに答える声はない。
ダニにクソにどちらも散々な言い様である。ダニだってもうちょっと生産的な働きをすると思われる。
「あら・・・・?」
マナが死体を踏んでいる横で、フリアエが何かに気が付いた。
帝国軍の兵士は、その何かを抱えて逃げて来たようだ。投げ出された荷物は宝箱だった。
よっぽど連合軍に渡したくなかったのか、海上神殿のお宝だろうか?フリアエが手を掛けるとすぐにフタが開く。
マナはまだ兵士の死体を踏んづけている。中身を取り出してみる。
「あら、あらあら」
「なんのために使ってやってると思うの。連合の愚か者なんてさっさと殺しちゃってよ。どうせドラゴンはここまで来れないんだから、契約者の一人や二人なんて首をスパーンと」 スパーン。
スパーンと首がもげた。床に倒れている兵士の首がゴロッと転がる。
もちろん死体が自主的にもげたのではなく、マナがやったのではなくて、突然スパーンといってしまった。何事?
「なんだよ、もう。もげたからって許さないからね!でも、なんで急に・・・・」
自分のへんな言動はさておき、事態のただならぬ雰囲気。マナは振り返る。
胴体からもげた首はゴロゴロッと弾み、フリアエの足元で止まった。そのフリアエは手にしたビッグサイズな斧を床に叩き付けていた。マナはぶっ飛んだ。
「女神がラー!!?刃物持ち込んだの誰ー!?」
斧の切れるところが床にめり込んでいる。死体を斬首したのはフリアエで間違いなさそう。マナと死体のすぐ側で斧を振り落としていた。
しかし女神と斧の取り合わせは恐ろしかった。とても恐ろしかった。次に狙われるのは自分しかいない。ので、マナは極力彼女を刺激しないように後ずさり、穏やかに諭した。
「め、めがみ。女神がそういう物を振り回したら危ないと思うよ」
死体を殺したところで有益なことは確かにないが、女神はそういう危ない物を持ってたりしない。
「心配しないで下さい。無益な殺生はしません。私、女神ですから」
フリアエは棒読みで答え、ギゴッ、と物騒な音を立てて床から斧を引き抜いた。その細腕でいともたやすく。
細腕の女神の瞳には狂気の色が浮かぶ。マナは、自分を支配する狂気がそれを凌駕する恐怖に駆逐される戦慄を覚えた。
「今すぐその刃物を捨てて両腕を頭の後ろで組んでくれると嬉しいのですが」
丁寧になった。今や世界で無敵の司教マナがたかが刃物、されど斧の脅威に晒される。
「兄さんは、まだでしょうか」
しかしフリアエはマナを見ていない。斧を持ったまま辺りを見回している。床に擦れた刃先がギリギリ鳴っている。
その様子は何かに意識を乗っ取られたようにも見える。いつもボンヤリとしているフリアエが、いつもと同じくボンヤリしているだけなのに、刃物を持つとただの危うい人に見える。
「早く来て下さい兄さん。あっちでしょうか」
「あああダメー!!そっちに行っちゃダメなんだからー!」
フラフラと扉に歩いていくフリアエ、を止めるマナ。扉の前に立ち塞がるがフリアエの歩みは止まらない。むしろマナが追い詰められている。
背中に扉が当たり、マナはハッとした。フリアエが自分を見下ろしている。その目はいつもどおりボンヤリしている。変わらない表情が余計に怖い。おそろしい。
「・・・・どいて下さい。私は兄さんのところに行かなければ。兄さんが私を探しているということは相思相愛ということで、この斧で兄さんの首を切り落として私だけのものにしてウフフフフ、私女神ですから」
「狂うの早ーい!!あっ、それもしかして魔剣!?こんなの持ってきたの誰ー!?」
「兄さんをこんな小娘に渡すくらいなら私だけのものにします」
瀕死の兵士が持ってきた宝箱は、お宝を守るというより危ない物をしまっておいたというか。
断罪の斧はあえなく女神の手に渡った。フリアエは早速イカれてしまった。
「私は正気です。女神ですから。世界の平和を守ります」
いいこと言ったような、言ってないような。ただ、棒読みで言わなければよかったのになー!!とマナは思った。
その頃、断罪の斧に宿った花嫁(結婚前日、夫を斧で殺害。デンジャラス花嫁。)の怨念は、フリアエの執念と戦っていた。この女、私を手にしておきながら正気を失っていないだと!?おそろしい女!!断罪の斧が女神に負けた。
フリアエは魔剣の誘惑に負けることなく己の欲によって断罪の斧をねじ伏せた。人はそれを本能と呼ぶ。おそろしい女神!!
「兄さんの敵は私の敵です。兄さんを切るより早く、私が斬り捨てましょう。そして兄さんの首も切りますけど」
マナににじり寄るフリアエ。ここで彼女を逃がしたら空中要塞なんて作った意味ないね!なんて悲しいことになってしまうので、神様に愛されたいマナは両手を前に突き出した。ならばここで潰す!!
しかしフリアエの歩みは止まらない。マナの執念にフリアエの殺意が勝った。
「無益な殺生はしたくありません。お願いですからどいて下さい」
「や、やー!!ダメ、来ないでー!!」
「無理です。私、女神ですから」
「や、だ、らめええええ!!」
ドカンと斧の刃渡りが扉に突き刺さった。マナの悲鳴を切り裂く一閃。フリアエは、あら?と首を傾げた。
「斧なんて使ったことないもので・・・・ごめんなさい、私、女神失格ですね。次こそは」
その時、扉の向こうからガヤガヤと、ギャーおたすけ!!という騒ぎが聞こえてきた。とうとうカイムが到着した。マナはギクッとする。もう来たの!?
『赤い兵士さえいなければ倒せる。血が出るなら殺せる!!』
ブレイジングウェイブでまとめて十人くらい薙ぎ払った音も聞こえる。人はそれを人でなしと呼ぶ。
「兄さん、来てくれたのですね」
マナを押しのけフリアエが外に出ようとする。ここで連合軍に奪還されたらいろんな計画が破綻してしまう。フリアエが扉に手をかけた瞬間、マナは狂気の沙汰で叫んだ。
「あーわわわ、こんな女神なんてくれてやりたいけど、今は無理!!強制転移!!」
「あっ、兄さん」
『今、フリアエが斧を持って司教に斬りかかろうとしているのが扉の隙間から見えたんだが』
「何を言っておるカイム。いくらおぬしの妹だろうと、女神がそんな酔狂なマネをするものか。とうとうおかしくなったか」
『確かに。あの細腕で持ち上げる物と言ったら、箸か丸太くらいなものだ』
「いや、おぬしの妹らしいと言うか」
無人の祭壇に駆け込み、カイムは首を傾げた。やっぱり見間違いだったのか。レッドドラゴンが声で急かす。
「女神の細腕はともかく、司教を追え、女神を取り戻すのだ」
『分かった』
「いえ、私は見たことがありますよ・・・・女神はあの時、何かを丸焼きにしようと細腕で丸太を持ち上げていました」
『俺達の問題に口を挟むな。こうされたいのか!!』
「すみません!!背骨をかかとでゴリッとしないで下さい、もっと強く!!」
レオナールの背骨をかかとで強くゴリッと抉ることで、この場はきれいにまとまった。
フリアエがメインの小話です。「断罪の斧」はまさにフリアエ専用。
カイムが言っている「俺達の問題」は、自分とレッドドラゴンのことです。会話に割り込むレオナールを断罪。カイムのレオナールに対する暴挙は目に余るほどがちょうどいいと思う。はい、カイドラカイドラ!!(きれいにまとまった)
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