カイム、取り憑かれる。


「ほう。新しい武器を手に入れたか」
レッドドラゴンは契約者の手元を見下ろす。
カイムの手に握られているのは、奇妙に歪曲したラインを持つ長剣。しかし美しい。戦いの道具としてではなく、美術品において分を持つ刃物にも思える。名を、ゆりの葉の剣と言う。
「どこで手に入れたのだ?」
『そこの道端で拾った』
「・・・・何でもかんでも拾ってくる浅ましさは感心せぬが、おぬしらしい拾い物だな」
相変わらず、と付け加える。
戦闘の度に別の武器を拾得してくるカイムを見ていれば、特に珍しいことではない。その都度が十回集まれば十本になり、二十本になる。今や立派な大荷物である。
「それで再び敵を斬るのか。よくも容赦の無いことだ」
『帝国のダニ共を切り刻んで何を悪いことがある。・・・・それともダニ駆除には別の方法が効果的か?そう言われればそうかもしれない。俺は今まで正しい道を見失っていたようだな』
「いや、とっくに踏み外しておるから心配するな」
もっともである。正しい道から、人道から百歩踏み外したまま併走している。決して隣と交わらない。
『害虫を屠るには何が効果的だ?やっぱり薬か?どこの製薬会社がいいと思う?』
「もはや害虫扱いか。現実を見据えろバカモノ」
『見ているつもりだが。やはりあれか、密閉状態で一時間外出中に終わるという優れものがいいのか。明日買ってこよう』
「まったく見とらん!!」
バシン、と尻尾でカイムを地に打ち据えるレッドドラゴン。さすが優良種、良くも悪くも容赦が無い。いや、今は良いか。
と、その時。カイムの腕が小刻みに震え始める。カタカタ、と金属の擦れる音。
『・・・・?』
「カイム、どうした」
『剣が勝手に動いている』
震えているのはカイム自身の腕ではない。剣が微細な振動を繰り返す。咄嗟に己の左手で利き手を抑える。が、剣は止まらずますます勝手な鳴動を始める。
レッドドラゴンは武器の正体を知り、カイムに告げる。
「血の匂いがする・・・・呪われた剣か。よもやおぬしを食い潰す業があろうとはな。もはや使い物にはならぬ、捨ててしまえ」
カイムは柄から手を離す。否、離れない。指が動かない。
腕を振ってみるが、剣はまるで彼に吸い付いたように、もはやピッタリと馴染んでいた。見目は美しいがとんだシロモノである。なまくらよりもタチが悪い。
『離れない・・・・』
「遅かったか。呪いを解くには生半なことでは叶わないぞ。もしや一生離れぬやもしれんな」
『そういうことは、一生を共にする物との運命の出会いだったワケだな。これで帝国のダニ共を一掃してやれということか。願ったり叶ったり』
「ポジティブすぎる!!バカモノ、利き腕を一生支配されるということだぞ。殺戮においてはまだしも、日常生活に支障をきたすのではないか。人間に利き手は必要不可欠なものだろう」
『大丈夫。俺は両利きだ』
「そういうことで解決するのか!!?」
ほら、と左手で箸を使って見せるカイム。持っていたのか、箸を。
『確かに、食事中に刃物と一緒では奇異だな』
「まあ、そういうことにしておけ。ならば呪いを解く努力をするのだな」
『それじゃあ腕を切り落とそう。それで万事解決するはずだ』
「するはずだ、で済むか!」
またもや尻尾で打ち払われる。それが最善の策なのか。
「うふふ。フフフフフ・・・・・」
そこへ細い声が響く。カイムとレッドドラゴンは同時に同所を見やる。ゆりの葉の剣。
「だめ、ムダよ・・・・私は離れないわ・・・・」
『剣が喋った』
「今時珍しいことではない。どうやらこの凶器、人の怨念が封じ込められているな」
『確かに凶器だ』
「この怨念、ただごとではない。かなり強いぞ」
『それは、俺の帝国のダニ共を皆殺しにしたいという思いよりも強いのか』
「あ?ああ、まあ。そんなものじゃないか」
真面目に取り合うのもバカバカしいのか、ドラゴンは至っておざなりな答えで返した。
『ならば負けるワケにはいかない。おい呪いの剣、俺と勝負しろ。どちらの恨みが強いのかハッキリさせてやる』
「張り合わんでいい!!・・・・いいから現実と向き合え。己の腕を道具に支配されたいのか」
「ムダって言ってるじゃァあああないのォおおおおお。うふふふ、ダメよ、だめよ。私はもうあなたから離れない」
「強情な怨念よ。過去になど興味は無いが、生前、余程手酷い目に遭って死んだ者の残留思念が宿っておる。この恨みを晴らすことは今となっては不可能だろうが、呪いを砕くことはできる」
『もう一度ここで滅ぼされたいか』
「うくっ、うふふふ。できないわよ。ムダよ。私と別れたければ、腕を切り落とすしかないわぁ」
『ならば話は早い。切り落とそう』
「両者の意見は合致したようだな。そうするがいい」
そうしましょう、と互いに頷くカイムとレッドドラゴン。後者は半分呆れているが。
しかし慌てたのはゆりの葉の剣。カーブした刀身を震わせ、口早に言葉をつなぐ。
「ダメよ。やめて。そんなことされたら死んでやるぅう。あなたの命ごと死んでやるわ。そうしてやるんだから」
「諦めよ、呪いの剣。この男は己の片腕程度、微塵にも気にしておらぬわ。何せ両利き、箸を握れて剣を振れる片腕が残ればいいと思う程度よ」
『茶碗は持てなくなるが気にしない』
やはり箸は必須なのか。
「そんなヒマ、あげなぁあああい。あなたは私だけ見ていればいいのよぉおおお」
『なにっ』
カイムの意思に逆らい、突然右腕が跳ね上がる。剣自身が行動した。
「カイム!」
『おっと、ちょうどいいところに』 ドシュッ。
ちょうどそこへ突っ込んできた帝国軍の ダニ 兵士が剣によって切り裂かれる。
『こっちもいいタイミングで』 バシュッ。
さらにちょうどそこへ続けてやってきた帝国軍の兵士が二振り目に切り裂かれる。
『チェインが自動的に溜まるな』 ザンッ。
再びさらにちょうどそこへ来た後列の帝国軍の兵士が返す刀に切り裂かれる。
まるで自分の意思とは関係なしに目の前の兵士達を屠り続けるカイム。太刀を浴びた敵はなすすべも無くその凶刃に倒れていく。そこに容赦などない。
自らも返り血に塗れながら、細い声が徐々に狂気を帯びながら叫ぶ。
「うふふ。私から離れられない男は、すべての命を切り裂くのよ・・・・自分が犯し続ける罪に苛まれなさい。悪夢に見なさい。うふふ、ふふふ、いい気味だわ!私を裏切った罪を思い知りなさ・・・・」
『帝国のダニ共め、さっさと死ね!死んで土に横たわる間もなく焼き尽くしてくれる!!感謝しろ!』 ズバッ、ドシュッ!オガーザーン。
「いやっ、いやああああ。私が引きずられるぅうううう?」
「諦めよ、呪いの剣。この男はとっくにお前の呪縛から逃れておる。これは素だ」
『怯むな、蹴散らせ俺!!ははっ、アーッハッハッハッ!!』
確かにいつもと変わらない姿である。ひと安心かもね。エネミーカウンターは一瞬で三桁にに到達する。美しい呪いの剣はあっという間にどす黒く変色していく。
『己の醜い骸を晒す間もなく滅べ!!ダニはダニらしく駆除されろ!』
「これが素だなんてェえええええ。なんて野蛮な男なのぉおおお」
「裏表のない復讐鬼であるから、なんというか」
「裏も表も同じなんてェええ。ありえないわぁああああ」
「早々に諦めて離れるがよい。この男に拾われたのが運の尽きと思え」
ひとごととは思えぬ身上の相手に語りかけるレッドドラゴン。自分も同じクチである。
その途端、荒れ狂っていた剣がピタリと止まる。その隙に帝国軍の兵士達は我先に逃げ出す。洗脳で正気を失っているとは言え賢明な判断である。
半ばカイムの手によって振り回されていたゆりの葉の剣はそれまでの狂気を失ったかのように収まる。が、やはりカイムの手から離れようとはしない。何事が?
『もう終わりか。何人か逃した』
「もうよせ。連中とて生き物、死して地に横たわる権利はあろう。ところで呪いの剣よ、どうした。恨みは解けたのか」
黙り込む剣を見下ろし、カイムとレッドドラゴンは怪訝に思う。前者は残念に思う。いいからもうよせ。すると、再び剣が言葉を続けてきた。
「・・・・あなたに決めたわ。あなたがいいわ」
『何をおかしなことを。俺は最初から貴様を扱うつもりだが。ここ、ここのラインが実にすばらしい。さぞかしの働きになるだろう、切れ味も重さもちょうどいい』
「おぬしは黙っとれ」
淡々と称賛を続けるカイムを尻尾でバチンとやる。今日だけで三回目だ。
「呪いの剣、こやつに何を決めたというのだ」
「私を捨てたあんな男よりも、今まで私を捨ててきた男達よりも、あなたがいいわァああああ。一生、死ぬまでずっと一緒に居てくれるんでしょう?私を捨てたりしないでしょォおおおおお嬉しいわぁあああ」
「カイム、どうやらおぬし、この剣に魅入られたらしいな。いや、逆か。どちらにせよもう終わりらしいな」
『何?』
カタン、と音を立て、カイムの手から剣が落ちた。空になった右手を握って、開いてみる。
『離れたぞ』
「どうやらこの剣には男に捨てられた女の恨みが篭っていたようだな。己の血を混ぜ込んで武器に宿ったか。そしておぬしのせいで妄執が消えたか」
『俺のせいか』
「どうぞ私を連れて行ってェええええ。二度と捨てないでェええええ」
「兄さん、どうしたの」
そこへ相変わらずの一本調子棒読みでフリアエが現れる。騒ぎを聞きつけてやってきたらしい。カイムの足元に落ちた剣を見下ろし、首を傾げる。
「この剣は・・・・?」
「だれぇええええ。この女ァああああ。私達の仲を引き裂くつもりね・・・・許さない!」
「まずい。剣が再び暴れ出すぞ」
『フリアエ、来るな』
「兄さん」 バン!
次の瞬間、カイムが吹っ飛んだ。フリアエの平手打ちによって。
「知らない声がすると思って来たら・・・・敵ね?敵ですよね、兄さん」
敵はそちらです、呪いの剣の方です、女神様。
「カイム、生きているか」
三メートルくらい吹っ飛んできて自分の体にぶつかったカイムを見下ろすレッドドラゴン。己の妹に殴られ、結構なところ重症だ。あの細腕のどこに力が隠されていたのか。
フリアエの視線が件の剣に向けられる。表情はいつもと変わらぬが、瞳には感情が浮かんでいた。憎悪と絶望である。これでシラフだっていうんだから末恐ろしいよ、この女神は。
「あなたですね。敵は」
「ひっ、ひいいいい。来ないで。来ないでぇええええ。こわいぃいいい」
「・・・・あなたをどうする気はありません。人を切り刻むなんて怖いことをしないで。兄さんと一緒に行かせるくらいなら私が預かりましょう。私と来なさい」
強引な、とレッドドラゴンは思いつつ、崩折れたカイムの体を脇に寄せる。
言い切るフリアエの言葉に、ゆりの葉の剣の心が揺れた。
「なんて勇ましい・・・・ええ!あなたと行きます。一生一緒に居ます。女神様!」
「もちろん私、女神ですから」
彼女は地面に屈み込み、割と重量のあるそれを苦も無く取り上げる。
「では兄さん、この剣は私が預かっておきます。他のものが兄さんのものである必要はありませんよね。支障はありませんよね」
カイムの回復を待つでもなく、フリアエはキャンプのテントへと歩き出す。元より女が扱う武器ではない、剣の切っ先はズルズルと地面を擦り、凶悪な軌跡を残していく。
「カイム、二度聞くが、生きておるか」
『・・・・ああ。フリアエ、相変わらずいいパンチだ。十年前から変わらず安心した』
「安心するのか。しかも十年も前からやられていたのか。それより、彼女に武器など預けて良いのか。呪いが解けとは言え刃物だ、危ないな。今さら取り上げるのも恐ろしいが」
『適材適所。フリアエの護身用にちょうどいいサイズだ』
「護身用で済まされるのか」
限りなく殺意がみなぎる刃渡りだと思われる。


その後、女神フリアエが随所で長剣を持ち歩いている姿が見られたという。
イウヴァルトなんかが一番ビクビクしていたという。後の展開があるばかりに、いつその刃物でやられるか気が気ではないとか。





「ゆりの葉の剣」の武器物語をご参考にどうぞ。(2005/5/17)

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