前回の続きです。レッドドラゴンひとなる小話。
フェアリー、惨劇を目撃するかも。
(進行:アリオーシュの奇)



司祭の悪だくみ魔法でレッドラゴンが人間の姿に陥れられ、はや幾星霜。一ヶ月くらいかな。もっと短いかな。
乳歯みたいなツノを取り戻したまでは喜ばしい。だからと言って、ツノで何かができるわけでもない。発見したアリオーシュ曰く、カタツムリ(形と大きさが)みたいなツノなので、万人に優しいユニバーサルデザイン、グッドデザイン賞。
レオナールとフェアリーの機転で炎を吐くことには成功した。アルコール(※酒)とライターで着火ファイアー。
で、ここでまさかトビウオを吐くとは思わなかった。魚類め!!
「ドラゴンは魚を食わん!ウォオー!!」
レッドドラゴンは怒りのままにトビウオを掴み、ビチビチ跳ねる鮮魚を海へ投げ捨てた。
「サカナだけにな」
レッドドラゴンの咆哮と、フェアリーの補足。
ところでレッドラゴンが吐き気を催していた理由は、もしかしてアルコール・ザ・ファイアーのせいでは。
「ドラゴン様よお、もしかして酔ってるんじゃねーか?乗り物酔いじゃなくて二日酔いか?」
「二日酔いとはなんだ!我は正常だ!至って正常だ!」
「お気を確かに!」
すかさず掴まれてギュッとされてしまう。ご乱心めされないで!
レオナールは辺りを探すように見回し、カイムに目を留めた。もう一人のあるべき姿が見えない。
「アリオーシュはどうしたのですか。まさか海で・・・・」
『海にいることには、いる。敵の船に向かった。エルフの子供が殺されている』
衝撃的なコメントを聞かされ、レオナールとフェアリーはギョッとする。カイムの言葉を照明するように、打ち寄せる波が真っ赤に染まり鮮血の臭いが漂う。
「なっ、なっ。なんですってー!?こうしてはいられない!」
「黙っらしゃいオッサン!!テメーまで海に飛び込んで死ぬ気か!内陸育ちの山奥の隠者暮らしが泳げるワケねーだろ!!」
つまり、海に落ちてからここまで泳ぎ辿り着いたのが奇跡。もう一回奇跡が起きるかもしれないが、こんな血生臭い海に飛び込みたくないのがフェアリーの本音。
「もう遅いっつーの!カイム坊ちゃん、こいつを止めろォオ!!」
「今バラバラになるのはまずい。カイム、止めてやれ」
『よしきた』 ドン!!
「ぬふっ!いいタックル入りました!!」
レオナールの脇腹にカイムの体当たり。ボキボキャッと折れる音が鳴り響く。
『神殿の封印は解かれた。近くにいるはずの司祭を仕留めなければ、フリアエに害が及ぶ。戦力を減らすわけにはいかん』
「ありがとうカイム坊ちゃん、いいタックルをありがとう。オレ様ちゃんも五臓六腑を吐きそう」
契約者の相互ダメージで死にそうなフェアリーからの謝辞。できればもう少し穏便な形で引き止めてほしかった。可愛らしさで世界にケンカを売っているフェアリーの口から内臓が出てきたら、全世界がドン引き。
その点、タフネスが売りのレオナールはこの程度では倒されない。地べたを這いずる。
「ぐおおお、こうしてはいられません・・・・!!エルフの幼い子供達が私の助けを待っているのですから!」
『そんな事実はない』
なおも海へ向かおうとするレオナールを踏み付けていると、上空から重い羽ばたきが降りてきた。レッドラゴンは鋭い眼差しで見上げる。
「今さら戻ってきたのか。何の用だ」
ブラックドラゴンのランディングでフェアリーがぶっ飛んだ。血に塗れた牙が口から覗く。
「お前達を無事に地獄へ送り届けるまでが仕事だ」
無事かどうかはこの惨状を見てから言ってほしい。エルフ主婦によって激アツカレー鍋を背中にジュッとされたブラックドラゴンもまた、無事なようだが。
空中での惨劇を乗り越え、連れて来た連合軍メンバーが一人残らず海上要塞に辿り着いたことを確かめるために参上したらしい。ご苦労なこって。
エンパイア・ドラゴンと一矢交え、黒い巨体全身に返り血を浴びている。空から落ちてきた残骸が海面で大きな飛沫を上げる。すべて黒焦げ。レッドドラゴンは眉をひそめ、海上を貫く水柱を見つめる。
「よほど司祭の言いなりになる仕事が好きなようだな」
「すべては大いなる意思に従うための因果。俺もお前も同じだ」
「たわけ。口先で無理を通すのか。罪なき同族を殺すことが本能なのか」
再び水飛沫が上がる。高く舞い上がった塊が失速し、真っ二つに引き裂かれたエンパイア・ドラゴンが水中に没する瞬間が見えた。ブラックは殺した相手の行く先も見ずにやって来た。
縄張りを荒らされたエンパイア・ドラゴンは侵入者を区別なく襲う。帝国軍の兵士も啄ばまれて被害は甚大。海上神殿は無人だからよかったが、こんなところに要塞を作るから大変な目に遭っている。
罪ありきは赤い目の帝国軍、「天使の教会」の感染と拡大。レッドドラゴンの言い分に、ブラックは煤を吐く様な声で笑ってのける。
「罪はないが哀れな連中だ。哀れを通り越して滑稽。呆れるな」
ピウ!と鳴き声を上げ、一頭のエンパイア・ドラゴンが一同の頭上を掠めた。恐ろしい風圧に体を削がれるかと思った。骨張った体格は刃物の鋭さを持ち、それだけで凶器になる。群れの中から抜きん出る大きさ、リーダー格のドラゴン。
素早く旋回し、獰猛な顔が再び突っ込んでくる。カイムは躊躇なく剣を構えた。
「やばいっつーの!剣でドラゴンとやるつもりか!?食われるし!」
「いや、カイムならできるかもしれません」
「あるかも。と思っちゃうから不思議だよな。ねーから!」
「ないですよねえ」
フェアリーとレオナールがあることないこと喋っている間に、大きく開いたドラゴンの顎が迫ってきた。完全に全員モグモグされる。
風を切って接近するエンパイア・ドラゴンを見上げ、レッドドラゴンは妙な動きに気が付いた。エンパイア・ドラゴンの飛び方がおかしい。異変を確かめる間もなく、ブラックが吐いたドラゴンブレスが虚空を焼き切った。
灼熱の呼気が吹き荒ぶ。余熱を受けて余りある破壊力、要塞の床が砕け、海から瀑布が上がる。当然の如く標的は残骸すら見当たらない。水蒸気を全身に浴びながらレッドドラゴンは食って掛かる。
「同族殺しも厭わぬか。帝国軍に手を貸し、我のみならず他のドラゴンまで殺すなど、ありえん」
「ありえる。行動理由の違いについて争う余地はあるが、お前の契約者と同じだ」
「ドラゴンと人間はまったく以て別だ!」
「人間に肩入れし過ぎて感傷的になったか。地を這う蟻の群れの縄張り争いに意味などない。俺がそれと同列の意味で殺しをやっていると思ったか?」
「貴様のやり方には不審が付き纏う・・・・」
この先、カイムとレオナールに聞かせたくない事項が含まれる。歯噛みし、ドラゴン語に言い換える。
「司祭に従う理由は一体なんだ。なぜ「天使の教会」は封印を破壊する?本気で再生の卵を出現させるつもりか。人間の手に負えるものではないはずだ」
「司祭が責任を取る必要はない。元は「天使の教会」が始めたこと。司祭は後から奉り上げられた傀儡。帝国軍をまとめ上げるために用意された、いわば再生の卵の卵と言ったところか」
「言い回しはやめろ」
「他に言い様がないからだ」
「ならば、どこからか発端を得た「天使の教会」の出所はどこだ?」
人間から人間へ、モンスターにさえ感染する赤い目の病。感染者は同時に媒介者となり、爆発的な倍々感染を無尽蔵に続ける。となれば、一番最初に病をばら撒いた宿主が存在しなくてはならない。
遡り元を辿れば、「天使の教会」とは、誰が始めたとも知れぬ小さな信仰集団だった。病の名称ではない。
発症地点が彼らだとして、集団の名が病名にすり替わり、膨れ上がった感染者数がそのまま帝国軍の戦闘集団へ置き換えられた。傀儡呼ばわりの司祭から下された命令通りに動く操り人形の軍団。そして症状がひと括りにしてあまりにも異様。人間性の意識を貶められ、一糸乱れぬ統制を取り、司祭ではない何者かの指示を受けている・・・・。
敵の巨大な数。後ろ盾が見えない。赤い目の向こうが霞んでいる。
レッドドラゴンは人間の集団に発生した異質な結集力を訝る。
「帝国軍は正気を失ったとは言え、人間の集まりには違いない。突飛な連中が世界の終わりと再生を望んだとしても不思議はないが、再生の卵に思考が行き当たるほど頭が冴えているとは思えん」
「人間は再生の卵を信じていない。人間である司祭の目的はそれだ。やつも赤い目の感染者だがな」
「司祭を卵の卵と言ったな。扇動者が司祭ではない以上、誰が最初の宿主なのだ」
「なぜ理解に至らぬ。思考まで人間に落ちたか」
ブラックの上空を飛び回るするエンパイア・ドラゴンの群れが騒がしく吠える。リーダーを失い統率が乱れたせいか、やたらめったらな軌道を描く。
ドラゴン語の下りから蚊帳の外だったカイムは群れを見上げる。
『あのドラゴンは操られている』
「カイム、分かるのか」
レッドドラゴンはハッとしてカイムを見る。自分が感じた妙な動きと合致する。思うがままの飛び方とは異なる、翼が攣ったような乱れ。カイムは頷く。
『殺す相手が定まらない。死んだやつは見た目より少ない』
カイムの言う通りだった。エンパイア・ドラゴンは船を攻撃したり、行く当てもなくフラフラしてみたり、敵わないと承知した上でブラックに突っ込み、直前で戸惑うような動きを見せた。ドラゴンの命とも言える翼の乱れと、我に返ったかのような目覚めが繰り返される。
対するブラックは一片の迷いもない。いとも容易く同族に牙を剥く。
「同族殺しを避ける道理は今ここにない」
ブラックは人間語に戻る。レッドドラゴンは追求を諦めた。
「同じく、俺はお前達を生かしておく理由もない」
『イウヴァルトの敵だからか』
久しぶりに聞いたな、その名前。レッドドラゴンを始め、以下レオナールとフェアリーは思い出した。そう言えばあの人、どうなったんだ。
ブラックは人間語で答える。
「お前の考えは当たりだ。親友を気に掛けるとは、少しは人間らしさが残っていたか」
そのカイムより遥かに忘却済みだったその他は、私達も最初からイウヴァルトのことを心配していましたよみたいな顔に成り済ます。
「だが、的外れとも言える。俺の契約は手段であり、建て前、見せしめだ」
見せしめとはなんだ。レッドドラゴンは憤りを隠せない。帝国軍に従わないドラゴンへの警告か。
ブラックの言葉は契約者の摂理に則った返答から程遠い。このドラゴンが易々と契約を結ぶわけがない。ウラがあることは明白。
「いいことを教えてやろう。ドラゴンを従える者は契約者ではない。人間の王は力ある人間だが、ドラゴンの主は力あるドラゴンではない」
『誰がドラゴンを操っている』
「司祭だろうとも。現に、俺を手下として使っている。あいつらに効きは薄いようだがな」
ブラックが顎で指し示す。エルフの子供達の悲鳴とは別に、硬い物が壊れる音が連なる。戦艦が海の藻屑と成り果てる断末魔。
「司祭に操られながらも本能は失わず、己が狙うべきの的を見失い、空を彷徨うだけの羽虫と化した」
ドラゴンだがドラゴンではない、中途半端な存在だと指摘する。
群れから離れたエンパイア・ドラゴンが高く飛びあがり、直滑降で帝国軍の船に襲い掛かる。木の葉のように舞い遊ぶ軌道、掠めた爪先に何人もの兵士が引っ掛けられている。
また他に、行き先を見誤った一頭が海上要塞に近付いてくる。ブラックの視線に射竦められ、カイム達の目前で方向を変え、フラフラと飛び去っていった。あれらとブラックが同じだとは思わない。
『司祭が人間だろうとなんだろうと、貴様は別だ。おとなしく軍門に下るわけがない。真実を吐け』
「地を這う人間にこそ見える真実がある。俺には別の真実を得ているだけだ。俺はすでに真実の一片を教えてやったぞ?」
言葉尻に真実が潜んでいたとしても、カイムは聞く気がない。エンパイア・ドラゴンに向けた剣をブラックに指しかえる。
レッドドラゴンには深層が見えていた。ブラックと同じ真実を得る。
ドラゴンの本能を掻き立て暴く真実の正体。封印を以て初めて完成を成す世界の在り方、その神の存在。ブラックが言う、神の意のままに。
司祭とは、人間向けのパフォーマンス、隠れ蓑、人間が人間を滅ぼすために仕立て上げられた操り人形。ドラゴンを帝国軍に引き入れ、人間がドラゴンを率い、人類に恐怖と絶望を与えるための引き金とした。赤い目の帝国軍、その他の人類すべてが両極端に別れ、互いに殺し合う構図を配置する。
時間が経つにつれ、「天使の教会」の感染は爆発的に広がり、勢力の劣る連合軍は確実に疲弊していく。必然的に、最後の砦となった女神の城も攻め落とされた。
帝国軍が神の御業をなぞろうとしたのではなく、最初から神の見えざる手がすでに働いていた。
本当は、ブラックの行動のすべてから確証を得ていたが、そんなはずがないと目を逸らしてしまった。認めたくなかった疑念に、とうとう証拠が突き付けられた。
「多くの種族が帝国軍の配下へと落ちた。レッドドラゴン、お前も捕えられたが、司祭の力を受け入れず、ついには屈服しなかった」
「当たり前だ。得体の知れん人間共に服従する意思はない」
司祭の裏にある存在は明かさない。人間が願う希望や救いとは対極にあるもの。
「幸か不幸か、カイムと契約し生き延びたわけだが、まさか帝国軍の敵になるとはな。残念な経緯だ」
言葉とは裏腹に、大して残念そうな口調ではない。過ぎた成り行きに興味を滲ませる。
レッドドラゴンは思い出す。
帝国軍の執念深い襲撃に追われ、引き落とされた先が女神の城だとは気付かなかった。また、体の自由を奪う奇妙な魔法の出所が司祭だとも知らなかった。
剣を振り上げる兵士に囲まれ、ドラゴンブレスで焼き払う体力も残っておらず、このまま死に行くかと覚悟した。その時、城内に飛び込んできたカイムと鉢合わせになり、契約に至る。契約を交わすだけの死力は残っていたらしい。そしてこの結末である。
半ば硬直するレッドドラゴンを背に隠し、カイムが剣を構える。
『レッドドラゴンを使って女神の城を落とすつもりだったのか』
「ご明察。本丸がドラゴンに因って滅ぼされる。お前には見覚えのある光景だろう。ドラゴンが憎いか?」
レッドドラゴンはカイムの背中を凝視する。その言葉はカイムの怒りを発火させかねない。レオナールも動けず、剣の矛先がどこへ向かうのか、フェアリーは慄く。血を見るかもしれない。
女神の城で不承ながら受け入れたはずの死の導きがよみがえり、今度は拒絶を伴う恐れを感じた。
一度はカイムの剣に晒された身、人間の剣如き恐れるに足らないが、この瞬間の肝の冷え様は筆舌にし難い。自分がドラゴンの体であれば、恐怖を感じなかっただろうか。
『俺が殺したいドラゴンは貴様だ』
背後の戦慄など知らず、目の前のドラゴンを一言で切り捨てる。
『ブラックドラゴンが帝国軍と繋がりを持つ噂は聞いていた。どうでもいい。女神の命を狙うなら皆殺しにする』
「殺戮に正当化を持たせる言い訳、女神を盾にするのか。愚直な正直者だ」
心の内を見透かされたとは言い難い。しかしカイムは剣を振り上げようとした。
フリアエが”オシルシ”の刻印を受け女神とならなければ、兄の有り様も違ってたかもしれない。
「あの時、お前は危うい判断を潜り抜けた。そして、死ぬべきであったレッドドラゴンを生かし、殺意に加え、殺戮の手段を手に入れた。進む道は破滅だと分かっているだろう」
レッドドラゴンは今度こそカイムにしがみ付く。奇しくも契約により強大化したブラックドラゴン、牙は百本の剣に相当する危険、正気が残っていればこそ手を引くしかない。
「カイム、落ち着け!ダメだ!!」
『・・・・・・』
剣を引き、無言で引き下がる。
ブラックに対する恐怖心は微塵もなく、反対に弱体化したレッドドラゴンを背に庇う自覚が勝っている。契約者が交わす思念で心の内が透けて見える。
一触即発を免れ、レオナールとフェアリーはハーッと息を吐く。レオナールは耐えたが、フェアリーの方が一気に老け込んだ。寿命が削られた。
「いっつも瞬間沸騰ギリギリだけどよ、今のヤバかった。マジで。オレ様ちゃんの頭、白髪になってない?」
「白髪にはなっていませんが、パッサパサになっていますよ」
「たぶんそれ海水の塩分過多のせいだよ」
浸透圧の問題。
「オッサンもベトベトのキッツイ塩味だよ、塩漬け肉として出荷されろ。しかし、カイム坊ちゃんの過去に、一体何が・・・・」
「荒塩マッサージは美容にいいそうですよ」
「塩の話は終われ!!オレ様ちゃんの意外にも真剣なセリフ聞いてたか!?」
過去に一体何が・・・・の直後に、荒塩マッサージ。テンションの温度差とは別に、ノリの方向性が食い違う。ハナシが噛み合ってないよね、という。
「すっこんでやがれーィ!!」 ボディ!!
「みぞおちに!意外と痛い!」
フェアリーの必殺・画面外押し出しボディアタック。勢いでブラックに食って掛かる。
「やいやい、やいの!!図体の割に口先でベラベラ喋ってんじゃねーよ!テメーが見下してるはずの人間相手に話し合いなんか通じるわけねーだろ!」
ブラックの長い首が翻り、鋭い視線がフェアリーを見据える。フェアリーは即座にレッドドラゴンの背中にピャッと隠れる。
「よさんか。口車に乗る相手ではないぞ」
「だったらドラゴン様もこいつの話し相手になるなよ。ドラゴントークはもう聞き飽きたっつーの!」
「俺は構わん。心の底から笑わせてくれるな、フェアリー」
「ケーッ!お世辞はやめてくれよ。セカチュー野郎が」
※セカチュー。世界の中心が自分だと思っている人のことを指す。ミッドガルドにおいてはドラゴンのことを言う。
動かないカイムの背中を見据え、レッドドラゴンは胸中を察する。
カイムの親はドラゴンに殺された。疑う余地もない凶行はカイムとフリアエの眼前で起こった。ドラゴンの爪と牙で蹂躙された肉体、死体は散々に痛め付けられただろう。
残忍極まる光景はカイムの脳裏に貼り付き、永遠に雪がれることはない。契約を交わした瞬間の一瞬、記憶に刻まれた感情がレッドドラゴンの中に流れ込んできた。
兄妹は滅びた国を去った。安全な地を求めての放浪が始まった時、フリアエに女神の烙印”オシルシ”が現れ、放浪さえもままならない道を歩む。帝国軍と刃を交える連合軍へ保護を求める形で、封印の守護者である神官と連合軍のとりことなった。
たった一人の妹の命、仇のドラゴン、殺戮の場に居合わせながら手も足も出なかった憤り。怒り、憎しみ、憐れみ。覆い被さってきた諸々が帝国軍への恨みと転化したことは、想像に難くない。
人間は感情の整理が追い付かない時、その状態があまりにも長く解消されずに至る年月、心の奥底に眠る魂まで亀裂が達する。正気が限界を超えたところの境地に達した人間は狂う。歪みを発した魂は腐臭を発する。飢えたけだものが腐肉へ殺到するが如く、臭いを嗅ぎ付けたモンスターは壊れた魂を掴みに来る。
群れを成す人間社会から放たれる異臭は目を引く。川底の光る石を気まぐれにすくい上げる感覚、食べ頃を過ぎた果実をたわむれに叩き落す感覚、契約は一瞬の合致によって成立する。双方の合意と境遇はさておき、カイムの発した腐臭がレッドドラゴンの鼻を捕らえたことは明確だった。
女神の城で起こった惨劇、レオナールとフェアリーはその場にいなかった。帝国軍の襲撃を受けるより以前、事件があった。ブラックドラゴンは過去の因縁を蒸し返し、カイムの機嫌を逆撫でしている。原因は、このブラック?
詳細うんぬん、人間を主食とするブラックドラゴンがカイムの身内を害したとしても不思議はない。むしろそうでなければ説明が付かない。
いつまでもこのブラックと掛かり患っていたらカイムの神経が危うい。さっさと立ち去るのが賢明だ。フェアリーはレッドドラゴンの背中から顔を出す。
「封印がぶっ壊れたらドラゴンだって終わりだろーがよ。オレ様ちゃん達は封印を守るために、さっさと行かせてもらうからな。世界に平和が訪れたら気の済むまでドラゴントークでもなんでもやってくれよ」
「もう遅い。海上神殿の封印は破壊された」
「ハァ?破壊されたんじゃなくて、お前らが破壊したんじゃねーかよ。もうお忘れになられた?」
「ならば封印の残骸を守るというわけか。墓場に集る虫の名が欲しいか」
「ンなんだとっ!この華麗さ極まるオレ様ちゃんに向かって!!レッド様、なんとか言ってやれ!さあ!」
「なんとも言えん」
苦虫を噛み潰した顔のレッドドラゴン。勢いで言ってるけど、封印はもうぶっ壊れてますからね。
守る封印はなくなってしまった。世界にヒビの入る音さえ聞こえてくる。残り一つ、女神の命だけだ。
「我らは司祭に呼ばれてやって来たのだから、その張本人に会わねばなるまい。我らにはまだ使い道があると思っているようだな」
『見付け次第殺す』
「話を聞いてからでも遅くはない」
即座に殺意みなぎるカイム。まずはレッドドラゴンにかけられた謎の不思議魔法を解いてドラゴンに戻させる必要があるので、司祭にご対面した瞬間、キル前に止めなければ。
「聞き入るに値する言葉かどうか、悠長に判断する時間もない。冷静になれ」
「そうですよカイム。まずはドラゴン殿の呪いを解かなければ」
『俺は冷静だ』
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねーだろ。冷静な姿を見たことがねーから、比較できる基準もないよな」
「フェアリー、今は余計なことを言わずにゃぐあ!!」 ドシュン!
「オッサーン!!」
ゆりの葉の剣で袈裟懸け一閃。挙げ句のフィニッシュブロー。余計なことを言っていないレオナールの方がやられた。断末魔の叫びが、にゃぐあ!!
「そう言えば、女神はどこへ行った」
この大変な時にブラックの余計な一言。全員はビクッとした。カイムは平然としている。
『アリ、フリアエは海に落ちた』
嘘を重ねた上での本当だが、それでいいのか。妹が海に落ちたのに平然としている兄でいいのか。逆に疑惑を招きかねない発言、非常にまずい
レッドドラゴンは急いでフェアリーに耳打ちする。
「アリオーシュは生きているかもしれん。そして帝国軍の船に乗り込んでいるかもしれん。どうなっているか見てくるのだ、今すぐ!」
「アズ・スーン・アズ!ポッシブル!!」
超速ですっ飛んで行くASAPフェアリー。風の如く往復四十秒ですぐさま帰ってくると、レッドドラゴンに耳打ちする。
「ドラゴン様!ゴニョゴニョ!!エルフのねーちゃんは無事だけど、とてもヤバイカンジ」
レッドドラゴンは青ざめた。ゴニョゴニョ部分の詳細な報告、アリオーシュは乗り込んだ船で無事にやっているようだけど、彼女以外のすべてが無事ではなかった。無事じゃないってことは、惨事ってこと。




(2018.1.15)


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