カイム、悪魔を泣かす。
バールベリトの涙 Balberith
バールベリトとは人と悪魔の契約の際に現れ認証を行う悪魔である。彼は多くの邪悪な契約を認め、次々と人々を地獄に堕としていく。
あるとき、バールベリトは一人の人間の女を好きになる。それは病気の父親を持つ若い女であった。彼女は悪魔に言う。「病気の父を助けてください」
だが、そうすれば女は地獄に堕ち、悪魔のモノにはならない。悪魔は悩み、ついにひとつの答えを出す。「自分が代わりに地獄に堕ちればよい!」
急いで女の家に行くと、病死した父親の傍らに眠るように女が死んでいた。死を理解できない悪魔は、女を延々と揺らし続けたという……
「もし・・・・もし・・・・あなた、起きて下さい。あなたも死んでいるんですか」
ある日の夜、キャンプにて。
カイムは枕元で不思議な声を聞いた。死んでいるのかとは縁起でもないことをー、と、寝ぼけ眼を開く。この夜分に誰が。その様子に気付き、声は続いた。
「良かった。生きてるんですね?」
頭から触角を生やした緑色の男がカイムの目の前に。
次の瞬間、とんでもない絶叫が全世界の全部の契約者達の耳を突き抜けた。鼓膜が破れた。
声にならない悲鳴とは、まさにこのこと。
「なにごとー!!?カイム、夜中に叫ぶでない!!近所迷惑ではなくて、契約者迷惑だろうが!」
一番先に駆けつけたのはキャンプから離れた場所で寝ていたレッドドラゴン。 バサバサー、とテントを吹っ飛ばす勢いで地面に降り立つ。
カイムの声は、まず真っ先に己の契約者の安眠を妨害した。彼の肉声は契約の代償に失われているが、契約者同士の間ではものすごいちゃんと聞こえる。なので、そのものすごい絶叫を聞いたヴェルドレとレオナールは睡眠から三段階くらいすっ飛ばして気絶していた。
『 頭から触角を生やした緑色の変態が!!即刻滅ぼした方が世のため俺のためかと!!』
実際吹っ飛ばされていたテントの中から飛び出してくるカイム。手には早速武器を構えている。寝起き早々殺る気だ。
「頭から触角を生やした緑色の変態?・・・・おぬし、人間の殺しすぎで夢見が悪かったのではないか?」
『違う、確かにいた!!頭から触角を二本生やした顔が緑色の変態が!』
「何度も言うでない、こっちまで頭がおかしくなるわ。何せ今日は青の丘陵を三周もしたからな・・・・幻覚でも見たのだろう。よくいるだろう、そういう人間は」
レッドドラゴンは冷静だった。いや、あんまり冷静ではないとゆーか常識ではない。人はたくさんいるが、そういう変態は間違ってもいない。
『百歩譲ってそんな人間がいたとしよう』
冷静な言い分に諭され、カイムもようやく口調を収める。だが、こっちもあんまり冷静ではなかった。仮定の想定でも有り得ない。百歩譲った程度で済まされてなるものか。
『しかし生かしてはおけん。どこに行った!?』
「どこに行ったと言われても。夢でも幻覚でもないとすれば、幽霊ではないか」
それが一番妥当な意見である。怨霊の方向で。この男になら恨みつらみを抱えた幽霊が取り付いていてもおかしくはない。
「いくらおぬしの剣でも斬れぬものはしょうがない。それはそれで諦めよ」
『幽霊?意外と斬っているが』
「そう言えばそうであったな」
意外と斬れないものは無い世界であった。一体どんな物理法則が。
「まったく、ならばとっとと見つけて切り刻めばよかろうが。おぬしの寝言に付き合ってられるか。我は寝る!」
『そんな冷たいことを』 グイッ
「夜中にいきなり世迷言をぬかすような輩は知らん。ええい、尻尾を掴むな!!」
『必殺ドラゴン引き止め』
「殺す気か!まったくおぬしは・・・・」
「おや、ケンカですか。まあお二人共落ち着いて」
レッドドラゴンが怒鳴ろうと振り向いた先にいたのはカイム、ではなくて、頭から二本の触角を生やした緑色の男だった。やたらジェントルな口調で。
次の瞬間、とんでもない絶叫が全世界の全部の契約者達の耳を突き抜けた。
ドラゴンの咆哮というか、灼熱の炎とゆーか。カイムが焦げた。
「なっ、なっ。何者だきさま───!!?化け物か!?」
『いや、変態だ!!変質者だ!』
「いいや突然変異だ!!変質者などなまぬるい!」
「ひどいことを言わないで下さい。私は化け物でも変質者でもありません。ましてや突然変異など」
突如現れた不思議なジェントルマンはさも心外そうな表情で指を振ってみせる。礼儀はできているようだが、緑色の触角を生やしている顔ではただの物腰のよさげな変質者にしか見えない。
「我に気配を気付かせぬとは、おぬし何者!?」
「おお、そちらのドラゴン殿。ようやく私に向き合ってくれましたね」
「できれば向き合いたくなかったが、おぬしの正体の方がよっぽど気になるのでな・・・・」
首を傾げて緑色の男を見下ろすレッドドラゴン。しかし目は合わせてない。直視に耐えがたい相手。
『こんな夜更けに一体なんの用事だ。返答次第では切り分けるぞ』
「こちらの方は物騒ですね。この私を見てなおも刃を向けるとは、野蛮か無謀か」
『・・・・八等分に切り分ける!!』
「待たぬかカイム!」
てやー、と持ち出した武器を振り上げるカイム。レッドドラゴンはすかさず止めるが、しかし緑色の男は臆した様子もなくその場に留まる。無謀とはまさにこのことを指す。
いくら相手が得体の知れぬ者とは言え、いくらなんでも物も聞かずに斬り捨てて八等分にしては後味が悪い。レッドドラゴンは次の惨事を予想した。
が、予想は末路を外れた。呻きにも似た響きが喉を鳴らす。
「なんだと・・・・!!?」
「斬れませんよ。その刃では」
カイムは文字通り声を失った。重い槍の一撃は、男の指先によって受け止められたのだ。音も無く、ましてや手応えも無く。カイムの攻撃は確かだったはずだが。
「その槍は、元は私のものです。主である私を叩く力は持ち合わせておりません」
男は淡々と事実を告げる。彼の指に挟まれた鋭い切っ先はてこでも動かないように見えた。
実際、カイムはそれ以上刃を引くことも収めることもできずにいた。万力で掴まれたとしてもここまではなるまい。
『貴様、一体・・・・』
ようやくの問いに、男はパッと指を離す。槍は急に力を失い切っ先は地面に失速する。
「申し遅れました!私の名はバールベリト。契約を司る悪魔にございます」
「バールベリトだと?地獄の仲介人か」
『知っているのか』
レッドドラゴンの知った口調に聞き返すカイム。緑色の男は変態でも変質者でもなく、ましてや幽霊でもなかったワケである。
「悪魔と人間が契約する際に立ち合う悪魔だ。あまり良い噂は聞かぬが」
『この際、変態でも幽霊でもなければ何でもいいがな』
「ひどい言われようですな」
『ところで、俺に何の用だ。生きてるとか死んでいるとか、何を聞いている』
「はっ。いきなり核心を・・・・」
バールベリトと名乗った悪魔は、カイムの問いに顔を覆った。しかも直立不動のまま、さめざめと泣き出した。なんだ、この悪魔は。レッドドラゴンは直感的に厄介なことに関わってしまったことを悟った。
「実はわたくし、ある人を探しているのです」
「待ておぬし」
「ある人というのも、人間の女性なのでして」
「待たぬかバールベリト」
「なんですかドラゴン殿。私の話はこれからなのですが」
「一方的に話を進めるでない。そもそも我らに関係のある話なのかどうかを聞きたい。悪魔の用事など昔からろくな相場ではないからな」
「そんな酷いことを仰らずとも。今回のお話は仕事ではなく私用なのです。プライベートなのです」
『プライベートだかディベートだか知らんが、人の安眠を妨げる輩に悪魔も人間もない。敵だ』
「おぬしも待たぬか。敵ではない、変質者だ」
「悪魔ですが」
少しずつずれていく論点。話が最初に戻った。一歩進んで、進んでるように見えてまったく進んでない。見せ掛けの前進であった。
「何もあなた達に迷惑をかけようとするのではありません。人、人間の女性を探しているのです」
「それだけでは分からん」
『分かった。契約で魂を取り損ねた人間を探しているのか。その女を探し出して八つ裂きにして地獄に落とそうという魂胆か。仕事熱心な悪魔だな』
「そんな酷いことしませんよ!あなたは悪魔ですか!?」
『人間だが』
カイムの酷い予想に悲鳴を上げるバールベリト。確かに悪魔すれすれの人材だが、これでもれっきとした人間です。たぶん。おそらく。
バールベリトは肩を落とし言葉を続ける。
「私はその女性を救いたいのです。地獄に落とそうなど、かけらほども考えておりません」
『それで、俺に生きているか死んでいるかと聞いてきたワケはなんだ』
「お恥ずかしい話でして・・・・悪魔の私には人の生死を理解することができないのです。魂を抜くことに関してはプロですが、人間が持つ生き死にの概念をまったく以て知ることができず、私の探す彼女がどのようにして消息を絶ったのかが・・・・」
「なるほど。悪魔は寿命に関わることができぬ」
『だから俺にどうのと聞いてきたのか』
再び顔を覆ってシクシク泣き出すバールベリト。しかし緑色の悪魔に泣かれても、カイムもレッドドラゴンも同情する気持ちは湧かなかった。ハッキリ言って、不気味だ。
「まあよい。あいにくとおぬしの探している人間など、我らには皆目見当もつかないだろう。諦めて他を探せ」
「いいえ。手がかりを見つけたのです。この近くで」
「手がかり?」
「はい。あなたです」
『俺か?』
と、自分を指差すカイム。そう言われても、それこそ見当がつかない。的外れなのでは。
「あなたが手にしたその武器に宿り、私は世界を方々探し回りました。そこで私は見つけたのです」
「何を見つけたというのだ」
カイムの周りにいる女と言えば・・・・レッドドラゴンは考えた。しかし思い当たらなかった。
女と言えば思い当たるがエルフのアリオーシュくらいで、アリオーシュは人間ではなくエルフ。しかも人妻、未亡人。それに加え契約の代償として女の機能を失っている。
他にいるとすれば・・・・
「私の探している彼女が、あなたに似ているのです」
『なにー』
で、カイムに似ている女と言えば。レッドドラゴンはイヤーな事実を思い出した。
「待て!待たぬか。そもそもおぬしの言う人間の女とは、すでに寿命を終えているのではないか」
「それが分からないから今こうしているんじゃないですか!まったくもうドラゴン殿ったら」
「逆ギレるなー!!ったら、じゃない!・・・・悪魔のおぬしが探しても見つからぬということは、すでにその人間はこの世の者ではなく、地獄にもいないということだ。ならどういうことか理解できるのではないのか」
「と、いうことは。私の手の届かぬところへ・・・・ということですか!?ドラゴン殿ったら!」
「ったら、じゃない!!・・・・つまり地獄とは別の場所へ連れて行かれたのだ。悪魔のおぬしがどうこうできるものではないぞ」
「そんな・・・・」
バールベリトはがっくりと地面に膝をつき、地面に泣き伏した。やはり不気味だが、今度こそさすがに可哀想になったかカイムが声を掛ける。
『気を落とすな』
「なんと優しいお言葉を・・・・」
『その女はきっと来世で生まれ変わって、お前のことなど忘れてもっといい男を見つけて幸せに暮らしているだろう。子供が二人、庭に大きなゴールデンレトリバーが一匹、隣近所からは仲の良いご家族だと大評判』
「うおおおおお」 ←大地を抱いて号泣する悪魔。
「カイム、とどめを刺すでない」
『慰めのつもりだったが』
これでは追い打ちを掛けただけである。レッドドラゴンの遠回しな言い方を横切るコメント。これでは立ち直れない。
そろそろ騒がしくなってきた模様を聞き付け、周りからなんだーカイムさまーと声が聞こえてくる。
「まずいぞカイム」
レッドドラゴンはうろたえた。この状況をうまく説明する自信なんてない。端から見ればカイムが悪魔を泣かせているだけのことだが、その状況って一体。悪魔も泣き出す始末。どっちが悪魔か分からない。
『確かにまずいな。俺もこの状況はうまく説明できない。この悪魔にはどこかへ行ってもらおう』
「それがよいだろう。バールベリト、人目に付くのはまずいのではないのか」
「うう、それもそうです。かくまって下さい」
『そういうことなら俺に任せておけ』
カイムはバールベリトの武器を置き、潰れたテントへと潜る。その下から何やらゴソゴソ取り出すとすぐに戻ってきた。手には初期装備カイムの剣が。
『かくまってやろう。行き先は奈落だがな・・・・』
「強硬手段すぎるぞバカ者ー!!」
「ギャー!!やめて下さいやめて下さい!私はただの無害な悪魔ですからー!斬っても楽しくありませんからー!」
「悪魔は斬ったことがない。おとなしく斬らせろ!」
バールベリトは逃げた。見たこともないスピードで、全速力で逃げた。
後ろを振り向いてはいけないと自分に言い聞かせ、ひたすら逃げた。拾われた相手が悪かったのだ。
『待て悪魔!探している女と来世で会わせてやろう!』
「縁起でもないことを!」
「ええーい、待たぬかバカ者!頭を冷やせ!」
走り出したカイムを尻尾ではたき落とすレッドドラゴン。頭が潰れそう。おかげでバールベリトは逃げ延びた。
「あっ、ありがとうございますドラゴン殿!」
「いいからおぬしもさっさと立ち去らぬか。この男に関わるとロクでもない目に遭うぞ」
「しかしせっかく見つけた手掛かりを見捨てるなどできませんよドラゴン殿ったら!」
「燃やすぞ悪魔」
「それはご勘弁の程を」
「・・・・なんの騒ぎですか?」
本格的な騒ぎに火事が加わろうかという時、静かな足音と共に棒読みが聞こえてきた。
『フリアエか』
「兄さんが寝込みを襲われたというので来てみたら・・・・その緑色の人は誰ですか?」
「言い方は間違っとらんが。おぬしは近寄らぬ方がよい」
レッドドラゴンはフリアエの視界を遮る様にバールベリトの前に尻尾をかざす。もっとも避けたい状況になってしまったのでは。
カイムに似ている人間で、女と言えば、最初から一人しかいない・・・・
「いいえ。兄さんに仇成す者がたとえ変質者だろうと化け物だろうと悪魔だろうと容赦はしません」
「はっ!?そ、その声は・・・・!」
バールベリトが反応した!レッドドラゴンの尻尾を押しのけ、急いでフリアエに駆け寄る。
バールベリトがカイムに似ていると言ったことはウソではなかった。それはそのまま彼の妹に通じていること。バールベリトは喜びの声を上げた。
「やはりここにいたのですね!」
「あら・・・・どちらさまでしょうか?」
フリアエといえば、まったく見覚えのない緑色の男に手を握られ、無表情に困惑の色を浮かべた。
しかも触角付きの相手は人間に見えない。どちらさまどころか、何様なのか。
「ああ、分からないのも無理はないでしょう。私はあなたに正体を明かしませんでした。人間と悪魔の間には大きな隔たりがあるのです」
「悪魔って・・・・誰ですか」
「離れるのだ女神。そやつは自分の探し人を間違えておる。バールベリト、諦めろ」
「ドラゴン殿、それだけは聞き入れられません」
レッドドラゴンの忠告にバールベリトは本性を現した。フリアエを片手に捕まえ、今にも牙を剥きそうな形相へと成り変わる。
「兄さん」
『フリアエを離せ』
「やはり悪魔。やることは同じよ。その者を女神と知った上での愚行か」
「百年も探し回ったのです。今さらどうして彼女を離せるか」
人間の寿命は百年の境をふらつく微妙な線。悪魔のバールベリトにはそれが分からない。だからこそ今の今までさまよい続けてきたのだ。似ているだけのフリアエには何の関係もないというのに。
言ったところで聞くはずもない。レッドドラゴンは言葉を止めた。カイムも動けず剣を降ろす。バールベリトは意固地にでもフリアエを連れていくだろう。
「さあ行きましょう。もうあなたが苦しむ必要はないのです。私と一緒に行きましょう」
「待って下さい」
「なんでしょうか」
バールベリトの強引な誘いにフリアエが制止をかけた。
「私は今こうして封印を司る女神ですが、普通の女としての望みも持っています」
「女神だとかはよく分かりませんが、あなたが望むならば何でも聞きましょう」
「ではお願いします。子供が二人に庭に大きなゴールデンレトリバーが一匹」
「それはどこかで聞いたような・・・・」
はた、と気が付くバールベリト。それはどこかで、ついさっき聞いた気がする。フリアエは続けた。
「隣近所からは仲の良いご家族だと大評判になりたいのです。兄さんと」
「ええー!!?」 ←バールベリト
「ええー」 ←レッドドラゴン
『まあ、その内』 ←カイム
バールベリトは泣いた。地面に突っ伏して泣く姿はとても哀れだったが、経緯が経緯なだけに誰も声を掛けることができなかった。緑色の男が号泣する側には近寄りたくない。
『そういうわけだ。フリアエは諦めろ。来世に望みを持て』
「カイム、泣いている者にとどめを刺すでない」
「おおおお、ひどいですよォおおおお」
「悪魔だろうと容赦はしないと言ったはずですよ。私、女神ですから」
『とんだものを掴まされた』
「自分でとどめを刺しておいて何を言うかっ」
その後、失意と失恋のどん底に落ちたバールベリトと共に、カイムが手に入れた「バールベリトの涙」はまったく使い物にならなくなったという。涙も枯れるほどである。
武器のお手入れは適切に。
途中まで書いて「これはDMCだ!」とムリヤリ。悪魔も泣き出す!(2005/11/18)
「バールベリトの涙」は武器物語からどうぞ。フリアエの「私、女神ですから」は、彼女のキメポーズと共に併用されます。女神だからかっこいいポーズ!女神だから近親ラブでもへっちゃら。バールベリトはナメック星人みたいなイメージが…悪魔じゃなくてナメック星人。