カイム、絵を描く。
『久しぶりなものを見付けた』
カイムは何やら荷物を漁ってきたかと思うと、何やら見慣れないものを持ち出してきた。
「うむ、絵の道具だな」
『どこかで紛れ込んでいたらしい。絵の具だ』
包みを開いて中からいろいろ出してくる。地面の上で店を開くカイムを見下ろし、レッドドラゴンが物珍しげに眺める。
「しかしなんと言うか、おぬしが刃物以外を持つと奇妙なことこの上ない。不気味だ・・・・」
『何を言う。これでも俺は美術には長けている。ちょうどいい、これで何か描こう』
「おぬしに絵心があったとは心外だ。ところで何を描く?」
連合軍は封印の森でテントを張る。喬木が密集する暗い辺りは決して風景画には向いていない。ドラゴンも降りられない土地なので、カイムとレッドドラゴンは森の入り口、谷に掛かる橋の側にいた。
それよりそこ、帝国軍の秘密アジトなのですが。危うい場所で落ち着いてる場合じゃない。
「ここは風景画には向いていないようだな。静物画などはどうだ」
『静物画か・・・・動かないものなら描きやすい。死体か?』
「ばっかもの!!地獄絵図でも描く気か!」
確かに動かないが、見た人がおののく。モデルが全員死んでる・・・・。どこにも出せないし永遠に作者不明にしておいた方がよさそうだ。
「静物と言ったら死体以外に思いつく構図はないのか。生きているものにしろ、人物画だ」
『こう、刃物で脅してな』
「バカ者、むりやり動きを止めるな。生きている者をモデルにする以上は動かずとも、そこにある躍動感や生命力を絵に描き留めるものだ。そんなやり方では死体を描いているのと変わらない」
『なるほど。まさかお前に美術を教授されるとは・・・・分かった、ならば描いてみよう。俺の全力を以て!!』
「おぬしにしては稀に見る活力だ・・・・」
殺戮や虐殺以外で。
絵筆を構えるカイム、今や復讐の鬼から美術の鬼に変わった。別の視点から見て怖い。こんな彼は見たことがない。
『テントとその周囲にいる兵士達を描こう』
「うむ、なかなか動きのある構図。背景が木々だけなのがいささか暗くなりがちだがな」
『霧がかかって薄暗いな。もっと晴れているといいんだが』
「なにー?何やってんのお二人さーん」
そこへ素っ頓狂な声が飛んできた。声だけではなくてフェアリーが飛んできた。暗くなりがちな背景に光が。
「うるさい子虫が来たか」
「うるさいのはそっちですよーだ」
首を振って追いやるレッドドラゴンに構わず頭上を飛び回る。視界にチラチラと光の筋が走る。
「あっれー、カイムが絵の具なんか持っちゃって。珍しいですねー。人殺しの次は絵描き?ぎゃはは雨が降るー」
『ちょうどいい。明かりがほしいと思っていたところだ。そこら辺を徘徊していろ』
「徘徊とは聞き捨てならんですなー。ま、絵でも描くんならこの俺様の美しい姿をモデルにしたら?いいじゃん?」
『小さくてよく分からん。役に立つ気がないならさっさとどこかへ行け』
「あれあれ、お払い箱ですかー」
ハエを追い払うように手を振るカイムの手をかいくぐり、フェアリーはなおもうろちょろする。筆が一向に進まない。
「誰をモデルにするってー?」
「そんなら混ぜろよー!」
「光り輝くほど美しいぜー」
そんなことをやっているその内、フェアリーの声を聞き付けた仲間連中がザーザー押し寄せて来た。フェアリー族の大群。静かな森はフェアリーの住処でもある。
大群の来襲で辺りは眩しいほどの有様になった。フェアリー達が集団で木立を通り過ぎてゆく様は光の雨が降るとまで言われるが、これではタダの逆光で何も見えない。ハッキリ言って、目障りの他なんでもない。
霧で薄暗い森はあっという間に別世界になってしまった。結局何も進まないカイムを見下ろしレッドドラゴンが呟く。
「・・・・カイム、これを描くのか」
『・・・・蛍光色が要るな。とにかく描けん、去れ!!』
「ぎゃー」
「わー」
「ホントにお払い箱ですかー」
去れ!と、筆から剣に持ち替えフィニッシュブローで大群をブッ飛ばす。あまつさえ魔法で一掃する。ブッ飛ばされたフェアリー達は森の奥へと逃げていった。
「カイム、木も燃えているが」
『ちょうどいい。明かりになった。これでいくらかマシだ』
「マシなものか!」
ブレイジングウェイブで燃えた木立がものすごいことになっている。テントに燃え移ったりして、兵士達もキャーキャー逃げている。結局は地獄絵図。
落ち着いたカイムはようやく絵に戻る。今の惨状を描くんですか。それで落ち着ける神経が分からない。しかし収まらない阿鼻叫喚を聞き、ふと我に返る。
『そう言えばカンバスを用意するのを忘れていた』
「何に描くつもりだった・・・・」
目の前の有様は無視の方向で。荷物の中を探すが、あいにく紙も何も入っていない。
『しょうがない、これで代用しよう』
別の荷物から出してきた代用品を広げる。紙じゃない。出所の分からないシロモノ。レッドドラゴンは尋ねた。
「それはなんだ?」
『さっき剥ぎ取ってきた、ゴブリンの皮』
「嫌なものを持ち出すな!!何を描いても恐ろしい・・・・」
『無いよりマシだろう。さて、これを張って』
いきなりパレットから絵の具を取って塗り付ける。下書きなどする神経でないことは知っているが、見ている者を不安にさせるような描き方であった。ゴブリンの皮がいきなりカラフルに。
まさかゴブリンも自分の皮がこんな用途で終わるとは思わなかっただろう。かわいそうに。ものすごい結末。
『よし、できたぞ』
絵描きはあっという間に終わった。カイムは自分の作品を眺めて、名付けた。
『タイトルは「連合軍のある日」だ。なかなかうまく描けた』
「心外だが、確かにうまい・・・・しかし配色のほとんどが赤なのが恐ろしい」
カイムは筆を持った手で親指を立ててみせる。
『ラブレッドだから!!』
「大声で言うなバカ者!!」
羽根でバチンと叩き落す。何かにつけてこれだ。レッドドラゴンは改めて絵を見た。
しかし、いくらなんでも赤すぎる。タイトルは果てしなく平凡でありきたりだが、内容が凄い。燃える森と逃げ惑う兵士達。赤色のほとんどが火事の表現に費やされている辺りが凄い。凄絶だ。後でこれを見た人は「なんで描いている人はこんなに冷静なんだろう」と思う。
やっぱりこれは永遠に作者不明の方がいい。想像内の構図だとしても、よくこんな残忍な絵ヅラを思い付けるものだと。
「おや、絵ですか」
そこへ今度はレオナールがやってきた。彼の目は見えないが、物事の本質を見通す心の目を持つ。
『うむ。分かるか』
「これはまた・・・・描き手の禍々しい心情が見事に現れていますね」
見抜いた。なんですかこれ、と構図の解釈に悩んでいる。火事場のものものしさよ。
『俺は見たままを描いたつもりだが』
「だからこそタチが悪い」
レオナールの心理面から見る感想とは別口に、もっともな実状を述べるレッドドラゴン。こんな人間と契約したなんてウソと思いたい。
「血の色だわ。とてもキレイよ」
続いてアリオーシュが現れた。それは見たままの感想である。しかしカイムは満足した。
『そうだろう、そうだろうとも。俺の絵は見る者を選ぶ』
「それでいいのか。見る者すべてに納得できるような絵は描けんのか」
『だから見たままを描いたと』
「ええーい、こんな恐ろしい絵は没収だ!焼却!!」
レッドドラゴンはキレた。カンバスもとい、ゴブリンの皮を焼き捨てる。もっともな評価である。
『この絵は気に入らないか。しょうがない、別の絵を描こう』
「もうやめておけ。我はもう付き合いきれん」
二枚目のカンバスもとい、ゴブリンの皮を取り出すカイム。そんなに用意していた意味が分からない。
付き合いきれないレッドドラゴンはカイムの側から離れると、木の陰で寝そべってしまった。
『ちょうどいい、動かないならお前を描く』
「やめろ!!まったく、どんな絵を描かれるか分かったものではない・・・・」
『サラサラっと。さて、できたぞ』
「早すぎる!」
サラサラっとの一秒で出来上がった絵を見せられ、レッドドラゴンは唸った。
「ぬぬ、うまいではないか」
絵筆でベタ塗りした割に要点はちゃんと押さえてある絵だった。背景の緑とレッドドラゴンの赤色がいやらしくない具合でコントラストを決めている。しかし最初の火事場の絵と同じ配色なので、どことなく不安をかき立てる一枚だ。
「どうなるかと思ったが、なかなか良いではないか」
『・・・・いや、いまいちだ』
レッドドラゴンの評価とは裏腹に描いた張本人は何やら納得のいかない顔をする。
「どこが気に入らないのだ。「連合軍のある日」と比べたら余程いいぞ」
『いいや、これでは未完成だ。ここの赤色が良くない。俺はもっと情熱的な赤を出したかったんだ!!こんなものー!』
こんなものー!と引き裂こうとするカイム。しかしゴブリンの皮はビョーンと伸びただけで終わった。なかなか丈夫。まさか死後、こんな扱いをされるとは思わなかっただろう。
伸びるだけで終わったキャンパスもといゴブリンの皮を見下ろし、カイムはその絵をたたんでそっとしまった。
『破り捨ててしまうには惜しい。大事に取っておこう』
「懐にしまうな気持ち悪い!!何故か悪寒のする扱いを!」
なんだか自分に何かされてる気分でレッドドラゴンはゾッとした。その反応は正解である。
『気を取り直して三枚目を』
「まだあったのか、皮!!」
『こんなこともあろうかとストックを』
「魔物とは言え、生きる者になんとゆー陵辱を・・・・」
これで合計三匹のゴブリンが芸術という名の拷問の餌食になったわけで。さすがにレッドドラゴンは哀れんだ。
『今度こそ納得のいく赤色を描いてみせる。さて、どんな構図で・・・・』
「気持ち悪い目で見るな!!燃やすぞ!」
舐め回すような視線で見られておののく。さすがにレッドドラゴンもドン引きだった。レオナールも引きたい。間違ってもこれから絵を描こうとする人間の目ではない。
今にも火を吐きそうなレッドドラゴンから距離を取り、レオナールはカイムにアドバイスをする。
「ただの赤よりも別の色も混ぜてみたらどうですか。より味わい深い色合いになるかと」
『不純物ゼロ!!そんなむごいマネなどできるか!!』
「これもむごい!!」
筆ではなくて剣でレオナールを斬り倒すカイム。確かにこっちの方がむごい。まったく芸術から掛け離れたリアクションである。絵のアドバイスに対するリアクションではない。
『赤に別の色を混ぜる?そんな卑猥なマネができるかッ!!』 ゴス!
「さらにローキック!!」
卑猥?激しいリアクションに誰もが戸惑う。そんなに思い入れがあるのかと。
「私はただアドバイスをしただけなのに・・・・」
『余計なお世話だ。俺は俺のやり方でもっともいい赤の表現を見つけてみせる。さて、このクリムゾンとマゼンタ、どっちがいい?』
「赤の種類ならいいんですか!」
自分基準の妥協にレオナールは愕然とした。そんなハナシ聞いてない。
カイムはさらに絵の具を取り出す。第一形態ならクリムゾン、第二形態ならマゼンタ。自分基準で使い分けている。
『俺的にはこの濃いクリムゾンがいいなと』
「ちょっと絵的に重くなりませんか?見る側の気分も重くなりますね・・・・」
『もう一回斬られたいか!』 ザク!
「もう斬っておられる!!」
「む・・・・なんだ?」
と、急に不穏な空気が吹いてきた。レッドドラゴンは首を上げる。何やら血生臭い。別に斬られたレオナールのものではない。
「フフフ・・・・絵のことでお困りですか」
「なにやつ!」
なにやつ!と、カイムを見る。不気味な声は今まさにカイムがレオナールを刺している剣から聞こえてきた。普通に惨事のところへ二乗で妙な出来事が。前者と後者、どっちが果たして奇妙なのか。
「魔剣か。カイムめ、また妙なものを拾ってきたな」
「そのとおり。僕はこの剣に宿った絵描き!」
姿は見えずとも声が続ける。若い男の声だが妙にしゃがれて怖いが、レッドドラゴンも「また」と言う辺り、特に驚いてはいない。日常茶飯事。
「その魔剣、一体何用にして現れた」
「聞いての通り僕は生前、絵描きの者でした。世の人が僕の絵で安らげれば良いと思って絵を描き続けたのですが、なかなか世の中で認められず・・・・」
「ここにもある意味、認められない絵描きはいるが・・・・」
「その声を聞き付けて参りました!僕の技術で彼をカバーできれば良いと思い、今ここにこうして!!」
「カイム、その魔剣がおぬしの足りないところを補ってくれるそうだ。・・・・聞いていないようだが」
カイムは剣を持ったままレオナールを追っかけていた。人の話を聞いてない。
「なんでも赤のことでお困りだとか。僕にお任せ頂ければとっておきの赤色をお教えしましょう!フフフつまり赤とは奥深いもの人の生き血で以てー!!」
「早速キレたな。さすが魔剣、悪霊が憑いておる」
今まさにレオナールを切り刻もうとしているカイムにはピッタリな魔剣であった。別に上のセリフがカイムでも違和感はない。
「人の血を吸ったところで絵描きが目覚めたらしいな。人を殺めて死んだか」
『俺の絵のどこが見苦しい!言ってみろ!!』
「そこまで端的に言ってませんよ!!」
「赤!赤い色!!アガー!!」
なんだろうこの三つ巴。味方と敵が分からない。レッドドラゴンはもうどうでもいいやと平和的な視点から見ていた。
自分を追っかけてくる声が二つあることに気が付きレオナールは振り向く。
「あっ、ちょっと!カイム!その剣なんだか喋ってませんか!?危ないですよ!!」
「アガー!!」
『危ういのは貴様の身と知れ!魔法!!』
「うわー!」
「赤いアガー!!」
魔剣の魔法でレオナールにトドメを刺す。度重なるアドバイスも聞き入れず、森の隠者を谷底に突き落とした。美術の鬼は侮れない。
「その血の赤を塗りたくれー!!フハハハハ!」
『・・・・なんだこいつ。俺の絵に口出しするヤツは去れ!』
「うわー」
ほいっと谷底に魔剣を放り捨てるカイム。魔剣のあっけない最後であった。うるさいから捨てようという直感が侮れない。その安直な神経が分からない。
『静かになった』
「うーむ。適切な処置というかなんというか」
カイムは手ぶらから絵筆を持ち直す。こんなに犠牲を生んでおいてまだ描くつもりなのか。
「さっきの絵描き、赤は血の色がいいと言っていたが」
『そんな生臭いもので描いて堪るか。俺の絵は見る者すべてが感嘆するようなアドベンチャー性のあるものだ。禍々しい絵ではない』
「アドベンチャー?何が?」
確かに何が、と。自分で言っててすべてがおかしいとは思わないのか。生臭いし禍々しいし、ゴブリンの皮だし、すべての条件を満たしている気が。
カイムは三匹目のゴブリンを犠牲にして、三枚目の絵をサラサラっと描き上げた。
『よし、会心の作!』
「どれ、見せてみるがいい」
『ダメだ・・・・』
まだ納得がいかないのか隠してしまう。絵とレッドドラゴンを見比べている辺り、またぞろ嫌な気がした。
「二枚目とそう変わらんだろう」
『ダメだ!!こんな傑作、他人に見せて堪るか!卑猥だ!!』
「何が!!?おっ、おぬし何を描いた!見せろ!!」
卑猥か。卑猥なのか。そんな絵のモデルになった覚えはない。レッドドラゴンは心の底からゾッとした。
『くっ・・・・こんなもの、懐に忍ばせてお守りにして時折眺めてニヤニヤしてやる!!』
「気持ち悪すぎる!!我の絵をどうする気だー!!」
『時折眺めてニヤつく』
「二度も言うな!!」
ものすごい嫌悪感。レッドドラゴンは自分の赤色が青ざめる気がした。絵とは言え、自分を陵辱されている気がするのは気のせいじゃない。なんでこんな人間と契約したんだろうと心底から後悔した。
『あー和む。赤色はいいなあ』
「早速眺めてニヤついている!!そんなもの燃やし尽くしてやる!」
『体力が回復する!!』
「やめろー!!」
燃やし尽くされる前にカイムは逃げた。森の中に逃げ込んだので追うに追えない。レッドドラゴンはギリギリと歯を噛んで憤る。
「あいつは本物の変態か・・・・!!」
次の日、帝国軍を切り刻んでは絵を眺め、切り刻んでは眺めているカイムは、絶えずニヤついていたという。
そして帝国軍の兵士達はおののいたという。その奇妙な有様、もはや感嘆の域。
カイムのお絵かき。カイドラですよ、ラブレッドですからー!!(2006/5/2)
つまり書きたいことを詰め込んだら長くなりました。最後に出てきた魔剣は、ただのおつまみです。別に出さなくても良かったかな…レッドドラゴン認定の変態さんになりました、カイムさん。出てきた剣「人斬りの断末魔」はコチラからどうぞ。