残り23錠。 <2/3>
「逆説から解くと、小田原をどうこうしなくても、その男と依頼主をくっつけた方が早い話じゃない?」
今一度学校へ戻り、足達と九里子と剣は校門前で足を踏む。九里子はグラウンドのソフトボール部を警戒しつつ、フェンスに隠れながら足達に答えた。
「それ、私達も考えたんですよ~。方法がないことも・・・・でもそんな話がうまくいくとわ」
「あるんなら出せっ。さっさと吐け!!」
「うわーん!!強い光を浴びせられながら自白を強要された!!」
「あることにはある」
九里子に強い光を浴びせながら自白を強要する足達に剣が言う。振り向くと、彼は手に何か持っていた。
「それはなんなの?」
「出所は詳しくは言えないが、いわゆる媚薬、惚れ薬とゆーものの類だ」
「ふむ。ものすごいものを持ち出してきたわね。なんか「劇薬!!!!!」っつーラベルが貼ってあるんだけど」
「劇薬だからな」
足達は目を眇めて剣の持つ薬瓶を見やる。「劇薬!!!!!」と書かれたラベルにはドクロマークが同居している。劇薬の前に毒薬なんでは。それにしたって感嘆符を使いすぎである。何をそんなにそこまで、と。感激しているのか。
差し出された瓶を受け取り、ラベルの成分表を見てみる。なんだかよく分からんカタカナ表記。理解の及ばぬところなので、とりあえず問い返す。
「これって具体的にどんな効果があるワケ?そのまま惚れる、とか」
大抵こういう類のものは制約が付きまとう。ヘタに手を出しては痛い目を見る。足達は警戒心むき出しで食ってかかった。
「いろいろ面倒な手順だが。まず飲ませる。効果の持続時間はおおよそ三十分。飲んだヤツが最初に見た者に惚れるワケだ。本来は既成事実を作るために使われるのだが」
「なるほど。効果の程は知らないけどさ。九里子さん飲んでみろ」
「い、いやです。おそろしいです。それ、もう封切ってあるので、あと二十三錠しかないですし・・・・」
瓶を見ると、確かに。開封した跡がある。使いかけを持ってきたのか。
「封切ったってことは、誰かが使ったとゆーことね。使用者のご感想を聞いてみたいもんだが」
劇薬!!!!!を使った先人の勇気を称えたい。九里子が真っ青になって後ずさるからには、あんまりいい結果はなかったと思える。たぶんリピーターはいない。
「じゃあまず最初に、その男と依頼主を引き合わせなきゃならんのね。確かに面倒だわ」
「ねー、そうでしょ?だから私達もあんまり賛成してないんですよ~。その男の人に薬を飲ませるところから始まるんで、どうしたものかと・・・・」
九里子が困った顔で項垂れる。耳も項垂れる。しかし足達は力強く頷き九里子の肩を叩いた。
「任せなさい。毒を盛らせたら右に出る者はいないと町一番の評判、この私に任せなさい」
「町一番で評判なんですか!?よく捕まりませんね!!」
「プロなのよ。ウソだけど」
「速攻ウソ発言!!」
のけぞる九里子。足達は真顔で発言を翻した。しかしこんな厄介なシロモノを手にしていても気味が悪い。瓶を剣に返却する。
「ま、これでもいいんじゃない?その男、居場所分かれば口八丁で誘き出すし」
「そうか。お前がそう言うならそうしてみるか」
「それはそうと、それ、三十分で効果切れるらしいけど・・・・副作用とか後遺症はないんでしょーね」
「ない」
「ハッキリ言うわね」
「吊り橋効果と言うものを知っているか」
唐突に突然なことを言う。足達は「はあ、」と気のない顔で頷く。知っている。
「異常な緊張下で知り合った男女がくっつくってヤツでしょ。緊張のドキドキを色恋沙汰のドキドキと勘違いするってヤツ。・・・・それが何か?」
「この惚れ薬、飲んだ者に動悸・めまいを引き起こす。まさにその瞬間、目の前にいた異性に、」
「あーもうなんか分かった。劇薬じゃねーか!!それ薬とか言わねーよ!!」
真顔で説明する剣を遮る。すげー謎の不思議な薬じゃん!と思ったが、タダのヤクであった。感嘆符を五つも付ける意味がわかった。何を作っている、この製薬会社。裏ルートか。
確かにこんなものを使うワケにはいかない。何せ現実的ではない。やはり小田原抹殺か・・・・と思い直す足達。思い直したところで、やっぱり現実ではない。ヘタすりゃ殺人事件だ。よもやそんな現実はいらない。
足達はヤクを横目で見やり、これは使えん、と早々に悟った。自分が何とかするしかない。
「ま、でも相手も人間。話は通じるってことよ。話で丸め込めるわよ」
「さっすが足達さん。卑怯な手を取らせたら右に出る者はいませんな!!」
「ウソつったよね、それ。聞くに私と同じクラスだって言うじゃない。そいつに会わせなさいよ。私が話つけてやるから」
件の依頼主、りっぱな犯罪ほう助罪である。殺人を唆している。しかし九里子はなおも言い渋る。
「えええ~。それはちょっと・・・・規約で、依頼者の身元を第三者に明かすことは禁じられています~このパンフレットに~」
「依頼主を吐け!!カツ丼食え!!」
「うわーん!!強い光を浴びせられながらカツを食わされた!!」
「油分の過剰摂取は健康と既存のスタイルを損なう恐れがある。エコナを使え」
食品会社の回し者みたいなコメントの剣。足達は九里子を引きずり校内に向かう。夕方に差し掛かった頃、正面玄関に人気はない。
「どっ、どこに行くんですか~?」
「まずは小田原のところに行くわよ。そろそろ部活も終わる頃だし」
「小田原さんにはどうか内密で~!!」
「分かってるって。あいつも人間のことよ、話術で丸め込めない人間はいないわ」
「サギっぽい!!」
足達の捻じ曲がった信条の元、九里子は腕を掴まれたまま一階の廊下を突っ切る。その後から剣も歩いてくる。
教室棟とは反対側にある実習室棟。進路指導室と家庭科室を通り過ぎ、突き当たりは左右に別れ、右は階段、左は教室棟を結ぶ渡り廊下、目の前は大きな教室。足達は教室の前で足を止めた。
「ここ、なんですか?」
「和室。ここにいんのよ、小田原」
「和室って、お座敷ですか?」
九里子は首を傾げた。どう頑張ってもお座敷と小田原を結び付けるポイントが分からない。和室でやる活動って?
「あの~、小田原さんは何をやってるんですかね?」
あっさり考えを放棄した。その問いに足達は、なんてことない風に答えた。
「ん?茶道部」
「さどうぶー!!?ぶはー!!」
九里子はのけぞった。真正面から50口径のマグナム弾に頭をすっぱ抜かれたかのような痙攣。剣はそれよりはいくらか冷静な面持ちで問い返した。
「それは・・・・ギミックのことか?」
「それは作動部。茶道よ、お茶」
「お茶のことですかァ・・・・ありえねーっす!!」
「大声出さない。他に何があるのよ。お茶やってんのよ、ここで」
「はあ、小田原さんがお茶。なんか意外ですな」
「いやあ、文化祭の時にお茶立てたりしてね・・・・私も最初聞いた時は窓から落ちそうになったもの」
それは窓際で聞いたのがまずかった。寸でのところで持ち直した。なんという強靭な精神力。大抵の人間はそのまま窓から落ちるとゆうのに。
「あいつ、外ヅラと男受けはいいから。「ちょっとここら辺でお茶なんか習得しようかな。評判上がるでしょ」つって入学早々、茶道部に入ったワケよ。動機が不純だけど」
「動機はともかく、お作法を覚えるのはよいことですな。えらいんじゃないですか~?」
「お前もそろそろ花嫁修業を始めたらどうだ。どうせこの件でクビになるんだ、今からでも遅くはない」
「キー!!クビ前提で進行するな!私は生涯現役で働くのー!」
「ムダな足掻きはやめなさい」
「真顔で!?」
足達に真顔でたしなめられた。九里子ピンチである。崖っぷちでなことの方が多いことも確かであるが、割とレベルの高いピンチである。九里子は返す言葉もなく床の上で後ずさった。
「そうだぞキミ。生涯現役かどうかは別として、礼儀作法を習得しておくことはとても大事だぞ」
「・・・・どちらさまで?」
後ずさった後ろで誰かにぶつかる。九里子は振り向いた肩口で怪訝な顔をする。なんだか忠告めいたものを受けたが、誰だろう。
「今は分からずとも後々、役に立つ時が来るかもしれないじゃないか。何事も下準備が必要なんだよ。分かるかな?」
「は、はあ・・・・」
壁の出っ張りの陰にいた男が言う。なんだかよいことを言うが、柱の陰に隠れながら顔半分だけ、目だけ出して見ている人間でなかったらもっとよい。素直に聞き入れたかもしれないが、相手は怪しすぎた。九里子は咄嗟に判断して、飛んで逃げた。
「変質者!!怪しい人がいるー!!」
「おっとと、なんなのよ」
とわ!と見たこともないジャンプで飛び上がる九里子。横で両手を構えていた剣をわざわざ避けて足達に飛び付く。完全無視である。なんという機敏なフットワーク。
「変質者ですって?」
飛び付かれた足達がよろめきながら柱の方を見る。顔だけ出してこっちを見ている男と目が合う。足達は咄嗟に判断した。
「ノコノコ入り込むとは剛の者よ。よっしゃ剣さん、弓を持て!!」
「あいにくと弓はないが、ボウガンならある」
「準備がいいわね。それでいいわ」
「用意周到なのかどうか!どうか武器は収めて~!!」
剣からボウガン(競技用)を受け取る足達を抑える九里子。足達はマジでやる気だ。今日びの女子高生、痴漢と変質者には容赦しない。剛の者よ。
「武器を捨ててホールドアップ。従うなら命までは取らん」
「ま、待て足達くん!!私だ!」
「何ィ」
焦った男が諸手を挙げて柱の陰から飛び出してくる。足達は正体を見極め、矛先を向けていた矢を下ろす。矢でブチ刺すつもりだった。今日びの一般女子高生、ボウガンの扱いなんぞ知らんので即物的である。
相手は紺色のスーツ姿で三人の前に現れた。挙げた手にはデジカメ、もう片方の手には何故かチョークを持っている。九里子は怪しい者を見る目で男を指し、足達に問いかけた。
「知り合いですか?」
「知ってるも何も。政経の先生よ」
「整形の先生?」
「政治経済。教師よ教師。それよりこんなとこで何やってんですか、杉村先生」
「ふー、やられるかと思った」
杉村センセイと呼びかけられた教師はやっと腕を下ろす。奇異な登場ではあるが、変質者でないことは分かった。が、なんで隠れてたのか。杉村は温和な顔で、しかし困惑した表情で逆に訊き返した。
「何って、別に怪しいことではないよ。キミこそ部外者と何をやってるんだ?」
「答えになってませんね。私が放課後、何をしようと誰といようと知ったこっちゃないですよ・・・・。私の人生に口出ししないで下さい」
「足達さん自由すぎる・・・・」
「いきなりスケールがでかくなったな」
単純な質問に、それを上回る規模で口答えで反撃する。九里子と剣は足達のデタラメな話術に感心すらした。
足達に冷たい口調で返され、杉村は「うっ、」と言葉に詰まった。生徒に丸め込まれている。
「わ、分かった。キミの人生には踏み入らないことにしよう。ともかく私は怪しいことをしていたワケじゃないよ」
「じゃあそのデジカメ見せて下さい」
「それはできない!!」
ハッとしてデジカメを隠す杉村。怪しい。鈍い九里子にも一目瞭然、怪しい。ベレッタを抜こうとする彼女を押し留め、足達はなおも冷静な口調で言い募った。
「できない?と、仰る」
「こ、これは、そう、プライベートなものでね!見ても面白くないよ」
「面白いか面白くないかは個人の解釈ですよ。そう言うことは己の潔白を晴らす機会を失うことになりますよ。残念ですねえ・・・・ならば実力行使。九里子さんやっちまいなー!」
「ラジャー!!」
そらきたー!!と杉村に飛び掛る九里子。イキイキしてる。しかし杉村も早かった。
「そうはさせるか!チョーク投げ!!」
「あわ、」
ここで使うのか。そのチョークはそう使うのか。この場において理に適った用途だが、本来の用途を忘れてる。九里子は慌てて横に逃げて、窓ガラスに激突した。チョークに当たるより痛い。
「この隙!!」
目先の敵を退けた杉村は逃げに走った。しかしもっとも厄介な相手を忘れていた。
「そうはさせるか朽木倒し!!」 ゴシャ!!
「あいたー!!?」
足達に顔面と膝を取られて床に捻り倒された。最近の一般女子高生、ボウガンの扱いは知らなくても肉弾戦に長けている。近年まれに見るつわものである。
床に叩き落した杉村はさておき、廊下の窓ガラスに突っ込んだ九里子の肩を叩く。九里子は鼻を押さえてうずくまっていた。そりゃあ痛いだろう。
「ちょっと九里子さん、あんた大丈夫?」
「痛いですよ~、大丈夫じゃないです。鼻が潰れるかと思いました」
「なんで詰めが甘いのかしらね・・・・ガラスの方が割れてるわよ」
最初の隙は見誤ったが、この瞬間を逃す手はない。杉村はあたふたと逃げ出す。
「あいたた、なんでこんな目に・・・・」
「待ちな人間。それはこっちの言い分だ」
ガシ、と肩を捕まえられる。鋭いツメ先が肩パットに食い込んで肉すら抉る。驚いて振り向いた先で剣と目が合う。
ちなみに九里子が避けたチョークは剣にヒットしていた。巻き込まれてる。白墨まみれである。恐ろしい眼光に見据えられ、杉村は言い訳と逃げ道を失った・・・・
「ま、もうこんな時間だし、そろそろ終わるでしょ。茶道部は五時半までだから」
足達は腕時計を見て言う。教室の中がザワつくのが聞こえるので、片付けでも始まったのだろう。鼻をさすりながら九里子は溜め息をつく。
「そーですか~。なんにも解決しませんでしたけど、今日中に片付ける仕事はないですし」
「そうならさっさと言いなさい。てっきり今日中かと・・・・明日また考えればいいでしょ、今後の身の振り方など」
「うう、身に差し迫ることを。もう一回主任に相談してみます~」
九里子がのんきに項垂れている頃、後ろでは杉村が剣にボコられていた。教室の中では物音がなくなり、代わりに甲高いお喋りが聞こえてくる。どうやら片付けも終わったらしい。
「ありゃ、九里子。器物損壊罪でしょっぴかれるところか」
「ちっ、ちがいます」
教室の扉が開き、一番最初に出てきたのはあろうことか小田原だった。割れたガラスの側でへたり込んでいた九里子は慌てて首を振る。疑われてもしょうがない現行犯である。
小田原は制服にカバンをぶら下げている。入り口で立ち止まっていた彼女の脇を部員達がすり抜け、「なにこの惨状ー」 「チョーやばいんですけどー」 口々に言いながら廊下を歩いていく。なにこの惨状、どころじゃない。窓ガラスが割れてたり政経の教師が知らない人に殴られてたりしてるのは、どう見たって通報もんだろう。最近の女子高生はちょっとやそっとの惨状に驚かない。
「心配するな、身元引受人には足達がなってやる。あたしは差し入れをしてやる、お茶っ葉」
「きゅ、急須も」
「ところで剣は何を?暴行罪を働いている?」
「はっ。そ、そーなんです!この整形の先生があやしいことを!!」
「整形?」
小田原の言葉で現実に戻る。全員が杉村に注視する。彼は今、剣に頚動脈をキメられていろいろまずいことになっていた。主に顔色が。青いを通り越して青黒くなっているとゆーことは、もう血液から酸素が消えかけている。
「たすけて~」
「やりすぎじゃないの~」
「この歪んだ根性を叩き伸ばしてやる」
無表情でサブミッションを極める剣。歪んだ骨も伸びそう。杉村の呻きに九里子がもはや同情の目を向ける。どっかの骨がミシ、ぺキッと鳴るのが聞こえてきた。整形どころかパッと見、ひどい整体を受けている人にも思える。やばいと感じた小田原と足達が制止をかける。
「剣さん、ビークール!!落ち着け!」
「クールダウン!!一体何がどうしたって。剣がキレているということは、九里子どうした。この杉村に何かされたか、手篭めにされたか!?」
「さ、されてませんよ~!!」
ガシィと両肩を掴まれてびびる九里子。小田原のコメントがいちいちブッ飛んでいる。
「ちがいます、何かされてるって言うか、していたのは整形の先生です。この人がコソコソと怪しいことを!あっ、そのデジカメで!!」
「デジカメ・・・・これか?」
剣が杉村を床に放り出した先、その横に件のデジタルカメラ(300万画素)が転がっている。小田原が拾い上げてみるが、やはり精密機械、落下の衝撃でカドがへこんでいる。よっぽどひどく落ちたのか。
撮影のまま待機していたようで、前にせり出したレンズまでもが割れている。持ち主と同じくひどい有様。明らかに要修理、お値段を考えると買い換えた方が安い。試しに電源を入れ直してみるが反応はない。小田原はアメリカナイズな仕草で肩を竦めた。
「こりゃダメだわ。ウンともスンともギャーとも言わないぜ」
「デジカメは悲鳴上げないぜ」
足達のツッコミ。
九里子、目立ってないですね。足達のワンマントークショー。(2006/11/15)
「残り23錠」はヤクのことです。劇薬!!!!!ドムドムのレシートに「○○バーガー!!!!!」とあったので、ものすごくびっくりしたんです。何をそんなに感嘆している!!!!!剣のビミョーなセクハラ、ビミョーな展開ですが、次で決着します。最後はひど、しんどい。ハリウッドスター。