今は冬だバカヤロー。 <1/2>




「あ、九里子さん」
「九里子だ。こんなところで何やってんの」
「こんちは~。出張なんです。って言うか、いつも出張なんですけどね」
なんの脈絡もなく、足達と小田原は九里子と出会う。コックリの九里子は呼び出しあらば、いつでもどこにでも現れる。誰かが「コックリさん」をやったのだろう。それにしては・・・・
「今日はなんの仕事なワケ?暗殺?奇襲?バラして山に埋める?」
「こっ怖いこと言わないで下さいよ!!せっかく眺めのいい場所に来たのに・・・・」
平然と恐ろしい所業を並べ立てる小田原にびびる。しかし反論はできず、言い訳は尻切れトンボで終わった。
九里子の仕事は確かにそういう実力行使系だが、内容の割に腕前は三流、三流が聞いたら諸手のこぶしを握って殴りかかってきそうなヘタレキツネである。三流未満とゆーことである。もう言い表せるレベルを超えている。マイナスの方向に突出している。
「そんなことより、せっかくこんな広い場所にいるんだから楽しみましょうよ~。暗殺とか奇襲は置いといて!」
九里子は憤慨した様子で手を広げてみせる。両腕どころか視界に収まりきらないパノラマの絶景が辺りを凌駕する。言葉通り、一句詠みたくなる景色だ。
足達と小田原は横に並んで眼下を見下ろす。確かに広い場所。遮るものは何もない。三人はやたら標高の高い土地にいた。遥か麓に広がる町並みは霧がかかったように霞み、三人の周りにも絶えず白い空気がわだかまる。ある種、幻想的なシチュエーション。
「そうね、絶景だわ」
「絶景すぎて絶句するわ」
「でしょ~?」
口々に賛同する足達と小田原、九里子はキャッキャとはしゃいで頷く。それからふと気が付く。
「それで、お二人こそ。なんでこんなところにいるんですか?出張ですか?」
こんなところ。九里子は不思議そうに尋ねる。足達は遠くの景色を見つめたまま答える。
「・・・・まあ、出張と言えば出張かもしれないわね」
「仕事じゃないけどね。学生の本業がこれだとしたら、出張だわ」
「あんたの口から学生の本業と聞くと怖気が走る」
「奇遇ね足達。あたしもちょうど寒気が走ってきたところなんだけど」
「ええ。寒気って、大丈夫ですか!?」
「風邪じゃないですか!?」と慌てる九里子に、小田原は同じく遠くを見据えたまま答えた。
「大丈夫じゃないこともないが、当たり前だとは思う」
「なに言ってるんですか小田原さん~、当たり前なことないですよ。顔白いですよ?」
九里子はあわあわと両手をばたつかせて小田原の顔を触り、うへえ、と悲鳴を上げた。尋常ではない冷たさ。
「か、風邪にしては熱がないですね・・・・大丈夫じゃないですよ、でも病気ですよこれ!!」
対する足達の顔には赤みが差している。本来ある健康的な顔色ではなくて、外気の冷たさにさらされて血の巡りが悪くなっているせいだ。小田原にしろ足達にしろ、どちらもいつもの顔色ではない。何よりいつもの鋭さがない。
いつもなら小田原と顔を合わせた瞬間、顔を見るより早くショルダーアタックを食らわされて地面で顔を打つのに。今日はそれがない。ないことはありがたいが、ないならないで急に不安になる。元気がないようだ。二人の異変に九里子は心配になってきた。
「あのう、風邪薬とか、要ります?」
その言葉に足達と小田原は、ようやく九里子を見た。表情が、ない。赤い顔と白い顔に見据えられ、九里子は不穏な雰囲気を覚えた。何かまずいことを言ったのか。
視線を向けられて九里子はもじもじと手を握り合わせる。今日の自分を思い出してみるが、自分にはいつもと変わったところはない。いつものショートパンツにコンバットブーツ、タンクトップにハーネスを引っ掛けて、その上から半袖のジャケットを羽織っている。他に一目がないのでキツネ耳が飛び出している。しかしその三角の耳も、二人の異様な空気にのされてへたる。
自分がおかしいのではない。二人の心境がへんなのだ。大丈夫!と自分を元気付け、九里子は引きつった笑みを返した。
小田原は音もなく息を吐く。呼気は一瞬にして凍る。白く凍えた空気が三人の周りを絶えず包み、わだかまる。
「なんか大丈夫そうですし・・・・病気じゃ、ないですよね?」
「病気なのは・・・・」
寒さで強張る口を開く小田原。その声は九里子に向けられていた。
ここは山岳地帯の標高二百メートル。息が白くて当たり前のこと。もっと詳しく言うと足達と小田原は、体育の課外授業でスキー場に来ていた。季節は十二月まっただなか。両腕両足まるだしで雪の上に立つ九里子が異様なのだ。
「病気なのはお前だー!!」 ドス!!
「ぎゃふ!?」
ドフ!と顔面から雪に突っ込まされる九里子。いい肩入りました、九里子に。身を捻ってショルダーアタックをかます小田原の目の前で雪煙が上がった。
「はっ、雪のおかげで痛くない!!突然なにするんですか~!ビックリしますよ~」
「当たり前の処遇だボケィ!!ビックリしたのはこっちだ!そんなイカれたカッコで現れて言い訳するない。なんだその真夏の有様は、真夏のありサマー!!」
「うっかりタカノリ!?」
九里子はビックリして雪まみれの身を起こす。雪が緩衝材になって痛くなかったが、メンタル面に衝撃を受けた。何がありサマー?
見上げた小田原はイエローと灰色のウェアを着込み、頭にかぶった帽子にはゴーグル、足にはスキーと手にはストックを持つ。見た目にも寒そうな九里子とは正反対に完全なウィンター仕様である。そして怒りの形相。とうとう本性が現れた。鬼神が現れた。九里子は雪の上で後ずさる。
「この場違いキツネ、ストックで刺すぞ!!」
「イヤー!!やめて下さい!せめて柄の方で!!」
小田原にストックの先端を突きつけられてますますびびる。先端恐怖症の九里子には酷過ぎる。雪まみれなのもお構いナシで後ろ向きでラッセルする。背中に雪が溜まる。それを見た小田原が逆上する。
「こんな真冬に半裸で現れやがって。雪まみれで庭を駆け回る犬気取りか?それはあたし達に対する挑戦か?申し込みか?受けて断つ!!」
「は、半裸じゃないですよ、犬じゃないですよ!!いつもの格好じゃないですかっこれは私のユニフォームでッキャー!!先端はやめて下さい!刺さりますから~!!」
「刺さるもんなら刺さってみろ!!」
「足達さんも見てないでなんとか言って下さいよ~!」
マイナスに達する気温の中、足達はガチガチと歯を鳴らしている。無表情だと思ったが、体は小刻みに震え、視線はあらぬところを見たまま動かない。リアクションの余力すら体温と共に奪われてしまったらしい。寒さに震える以外、ピクリとも動かない。
「あ、足達さーん!?」
「あ、・・・・なに?」
「ああ!いつもの足達さんじゃない!?キレがない!」
「足達は寒いのが苦手なんだ。冬はいっつもスカートの下にジャージはいてるし」
小田原が淡々と補足する。いつもなら言えばすぐ返ってくる反応も今はない。なんだか悟りの内に無我を見出してしまった修行僧のようである。なんの霊験もないけれど。
「小田原さんはともかく、大丈夫ですか?ものすごく体調悪そうですけど・・・・」
九里子は雪を払って立ち上がり、動かない足達の顔を覗きこむ。最初の反応で余力が尽きたらしい。
「足達さん・・・・?」
「く、りこさん」
「反応あり!!なんですか!?寒いんですよね!?ムリしない方がいいですよ」
いたわりの言葉が助けの言葉とは限らない。足達は音が出るかと思うほどぎこちない動作でわずかに振り向く。体中の骨が凍ってしまったか、それでもムリヤリ口を開いた。
「九里子さんは・・・・」
「はい、聞こえてますよ!!」
今にも死にそうな人に呼びかけるように、九里子は足達の口元に耳を近付けて大声で答える。
「・・・・なんで、こんな雪山で、そんなカッコで平気なの・・・・」
「え?大丈夫ですよ、平気ですよ。寒くないですよ?」
「・・・・そのカロリー、どこから来てんの・・・・」
「カロリーですか?あ、ちょうど持ってたんです、カロリーメイト食べますか?」
「・・・・・・」
「あ、黙ってしまった」
「力尽きてしまわないでー!!寝てしまわないでー!」
またぞろ動きの止まる足達。つっこむ気力も尽きた。小田原は鳥肌の立つ思いでマフラーにアゴを埋める。気持ちは分かる。極寒の地でまさか、こんな衝撃映像を見せ付けられるとは思わなんだ。ある種、ショッキング映像。
見せ付けてなお威力の有り余る夏仕様、真冬には凶器のほかなんでもない。狂気の沙汰。ここまでくると目の毒だ。足達を打ち倒すには十分な威力を持つ。
「起きてー!起きて足達さん~!!」
凍ってしまった足達をガクガク揺さぶると、しばらくしたのち反応が返ってきた。
「・・・・まは・・・・だ、やろ・・・・」
「え、なんですって?今は、なんですか?」
途切れ途切れに聞こえる声を拾う。何を言っているのか分からない。九里子はキツネ耳をそばだて、足達の口元に背伸びする。次の瞬間、三角耳が猛烈な勢いで引っ張られ、
「今は冬だバカヤロー!!」
「ぎゃふ!?」
耳をつんざく怒号が空気を切り裂き、冷気を吹っ飛ばし、山を揺るがした。どこか遠くで雪崩の起きる音が聞こえる。足達の一喝が九里子を吹っ飛ばす。山の神が現れた。
「怒りの炎が足達をよみがえらせた!!」
横に倒れこんできた九里子を避けながら小田原がこぶしを握る。そこは喜ぶところじゃないだろう。
「今は冬だバカヤロー!!犬は喜び庭駆け回ろうが猫がこたつで丸くなろうが、キツネはおとなしく毛皮に下ろされてりゃいいだろォオオオオ!!!」
ドドドド…
山脈のどこかで雪の崩れ落ちる轟音。雪崩注意報が出る間もない。両腕を振り上げる足達の絶叫に、山が負けた。
「体育の補習でスキー実習に来てるんだけど、まさか九里子さんに会うとは思わなかったわ」
「何事もなかったように!!」
叫んですっきりしたのか、足達は吹っ切れた顔で普通に振り向く。憑き物が落ちたように爽やかな表情だが、冬の冷気よりも凍り付いた笑みにゾッとする。
思いっ切り耳に怒号を吹き込まれた九里子は再び雪の上に転がっていた。足にきた。アゴにジャブをもらったも同然、鼓膜を突き抜けて頭を揺らされた。キツネの聴力には効き過ぎる。
「あのー、補習って・・・・」
「ん?」
クラクラする頭を押さえながら問い返すと、足達は自分のウェアに積もった雪を払い落としながら答える。
「今まさに冬休み中なんだけどね。三泊四日で実習に出ると単位がもらえるのよ」
「はー、そうなんですか~。でも補習ってことは、普通の授業で単位をもらえなかったってことですよね?どうしちゃったんですか?」
「いや、それを訊かれると心苦しいんだけど・・・・」
足達は寒さを思い出したように手袋をすり合わせる。風はないがさっきからぼたん雪が落ちてくる。吐く息からも熱が奪われていく。
「このバカが生理が重くて体育できなーいつって一ヶ月ばかりサボってたら、ついにバレて単位落としたワケよ。そりゃ一ヶ月も続くワケないでしょ」
「おい、もしかしてバカとゆーのはあたしのことか。あたしのことか」
「聞き直さなくてもあんたのことだバカ者」
小田原がストックを握ったこぶしで自分を指す。他に誰がおろうか。しかし次には追求の矛先が足達に向く。
「それに付き合ってサボってたあんたも同罪でしょーが」
「あ、そーですよね。足達さんもいるってことは」
同じく授業に出なかったことになる。九里子の追求もなんのその、足達はまじめな顔で言い募る。
「今は冬だバカヤロー。こんな寒い時に意気揚々と極寒の地に赴くバカがどこにおろうか。いや、おらん。体育館寒すぎ!!」
「と、いうことだ・・・・」
「と、いうことだと言われても。でも結局は雪山に来ちゃったんだから本末転倒ですよ~」
「うわ、バカに正論を説かれた!!」
「バカって私のことですか~!?私のことですか!?」
バカの小田原にバカと言われた九里子が憤慨した様子で食い下がる。こんな雪山でそんな格好でいる人はまともではない。足達が怒る理由にもなる。
「お前は半裸で大丈夫かもしれないが、あたし達は寒さに弱いんだ!!キツネはおとなしくウサギでも狩ってりゃいーんだよ!」
「そ、そんなかわいそうなことできませんよ~!!私はウサギ食べませんから~!」
「それじゃあたしが狩ってやる、襟巻きにしてやる。逃げ惑え!!」
「虐待反対!!毛皮にしないで下さい~」
厳密に言うと、九里子はちゃんとしたキツネではないし、毛皮もない。身包み剥ごうにも元からない。これ以上身包み剥いだらこっちが寒くて見てられない。我が目を覆う。
「ところで九里子さんは今日も仕事?」
スキーを履いたままじりじりと迫ってくる小田原から逃げていると、足達が口を挟む。
「あ、仕事です~」
「今日はどんなお仕事をしたのかしら?斜面を滑走するスキーヤーに轢かれたりボーダーのトリックに巻き込まれたり雪上車に轢かれたり?」
「死んじゃまいすよそれは!!特に最後!!それって仕事じゃないですよ~!」
いつも失敗ばかりで終わっている九里子のことだ、すでにひと仕事やらかしてきたのかと思った。
「あ、そーなの。良かったわね、今日は日曜日だから人が多いし、もう巻き込まれたかと思って。スキー場は危険がいっぱいよ。よく無事にいたわね」
足達の容赦ない憶測に反論するかと思いきや、九里子はそわそわと指をいじりながら答えた。
「いや、あの、それを訊かれると心苦しいんですが・・・・リフト乗り場でリフトに乗りそこねて何回か転びましたけど」
「どーりで。どうりで今日はリフトが止まると思った。九里子は相変わらずバカだなあっはっはっ」
「リフト乗ってる途中で急に止まるもんだからね。反動で放り出されたあんたは九里子さんを上回ってる。なんで両手離してる」
「わたくし、自転車とリフトは手放しで乗る主義なのです」
「あんた自転車手放しでマンガ読むのやめろ」
それで小田原は先週、赤の歩行者信号に突っ込んで五tダンプとベンツとアウディ計三台を急停止させて、「女子高生というブランドに免じて許しておじさま!」で逃げてきたつわものである。ちなみに読んでたマンガはヤングアニマル。女子高生が読むマガジンじゃない。
小田原の主義はともかく、こんなところに留まっていたら寒さで死にかねない。大枚叩いて上下別個五万円で買ったスキーウェアは致命的な寒さを凌ぐが、動いていなければ体温も上がらず保温もままならない。
強くなってきた雪に首をすくめ、足達はうつろな目で麓を見下ろす。
「一回降りて休もう。下であったかいコーヒーでも飲みましょ」
「そーですね。私は熱湯玉露で~」
「あたしはコーラで~」
「あったかいものって言ってるでしょ。テメーは氷水でも飲んでろ」
意見が合致したところで、三人は長らく経っていた平らな足場からそれぞれ足を乗り出した。と、足達が気が付いた。
「九里子さん、それで行くワケ?」
「なんですか?」
これから三人が行く道は雪の斜面、結構な急斜面。傾斜38度、横倉の壁くらいの絶壁。下が霞んで見えるのはベテランのスキーヤーが凄まじいターンで巻き上げた雪煙のせいである。決して初心者の足達と小田原が滑る場所ではない。
それより問題なのが、九里子は靴のままで板も何も棒も履いていない。これで何をどう滑降しようと言うのか。
指摘された意味を悟り、九里子は「あ、」と声を上げた。上がって来る時は問題なかっただろうが、降りてくる時のを考えなかった。これでよくリフトに乗せてもらえた。
「あら~。どうやって降りましょうか?」
「無謀だわ」
とぼけた顔で振り返る九里子に溜め息が出る。何をしたくて上まで登ってきたのか。足達は提案した。
「しょうがない、下りのリフトに乗せてもらえば?事情を話せばそういう粗忽者は乗せてもらえるって聞いたことあるわ」
「へー、そーなんですか」
「粗忽にも程があるけどね」
「それじゃ、あたし達も一緒に行って頼んでやるか。ヘイ、ムッシュウ!下り一本オーダー!!」
背後のリフト乗り場を振り返って下りリフトを注文する小田原。前代未聞のオーダーに、この道二十年リフト監視員のムッシュウこと田村さん(46)はホットコーヒーを吹いた。
「すいませーん、このバカ狐を下りに乗せて地獄の一丁目へ運送して下さーい」
「地底へと!!?イヤですよ~そんな言い訳するくらいなら徒歩で降りますからやめて~!!」
「なんだ、自ら希望を経つとは」
小田原のはずかしい注文に九里子が慌ててストップをかける。この手はもうダメだ。即効で望みが絶たれた。足達は寒いのをガマンして溜め息を吐く。自分の息でさえ冷たいのに。





怒りが足達に火を点けた!そして雪崩へ。(2006/11/28)
お題が「今は冬だバカヤロー」ということで、いきなり雪山になってしまいました。パクってますね、いろいろと。TMRなど。九里子の「せめて柄の方で!」は、友人の間で一瞬(酒の席で)上昇ワード「おれのプラスドライバーをねじこんでやる!」 「イヤ!せめて柄の方で!!」


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