九里子さんの事件簿。 <1/3>




夕暮れ時の薄暗い教室。
角部屋の窓からは強い西日が差し込んでくる。二人の女子高校生がいた。
「明日の期末テスト・・・・勉強した?」
「してないよ~と言いつつ実はそいつはやってるとゆー法則は覆されたわ。この際だから白状するわ。あたしはやっていない!!」
「私もやっていない!!・・・・こうなったらヤマを張るしかないわ」
「そうしましょう。神頼みも中間テストで使い切ってしまったので、どうする?」
「今回はこれよ・・・・」
スッと差し出されたのは一枚の紙と十円玉。差し出された方はゴクリとつばを飲んだ。それより前回は神頼みでどうにかなったやり方が気になる。
「コックリさん・・・・」
「使い古された手だと侮ってはいけないわ。神も仏もなくなった今、頼る術はこれだけ。五十年前、この学校ができた最盛期の頃には生徒の間で一般的に使われていた手法よ」
創立三十周年を迎えたばかりの学校で言うウソではない。しかし、相手もウソと分かっていながら断ることはなかった。
「やってみましょう。では早速」
二人は十円玉に人差し指を置いた。ペンで書かれた鳥居の上に置かれた硬貨は、オレンジ色の陽光を受けてなおドス黒い錆色を放つ。顔を見合わせ、同時に口を開く。
「コックリさん、コックリさん・・・・」
「もしもお暇だったら出てきて───!!!」
「あんた、とばしすぎ」
「ごめんなさい。コックリさんコックリさん、おいで下さい」
ズズ、と十円玉が動いた。二本の指の下で、確かに動いた。紙のわずかな隆起に引っかかりながらも一方を目指して進み続ける。
二人は再び唾を飲んだ。来た。力は入れていない。だが肩と言わず全身は強張っていた。
十円玉は「はい」の方へと向かうと、その上で止まった。
「・・・・質問を」
「明日の最初のテスト、数学の試験範囲を教えて下さい・・・・」
その途端、十円玉はけいれんした様に震えた。二人はギクッとする。嫌な雰囲気を感じたが、質問を覆す間もなく十円玉は「いいえ」に向かって突っ走った。
指に力を込めるが止まらない。不思議な暴走を始めた小さな硬貨に引きずられ、紙の反対側へと腕を動かす。
「これは!?」
それどころか、十円玉は紙からはみ出し直に机を滑る。指を離そうとした瞬間、二人は勢い余って椅子から転げ落ちた。
静かな教室に硬い音が鳴った。椅子が傾ぎ、向かい合って座っていた机が床に叩き付けられる。
転んだ二人は慌てて起き上がり、床の上に手を付く。十円玉はどっかに飛んで行った。
「なッ!!?」
「ぐはっ!!?」
言葉は続かない。思わず手を付いた先にもう一人の背中があったので、後者のは悲鳴だった。相手の体重と床にはさまれる。
ともかく驚いたのは両方。起き上がった目の前に、足があった。生徒の足ではない。
「悲しいことです・・・・」
謎の足が呟く。二人はギョッとして顔を見上げる。いきなり出てきた相手は、やはり学校の生徒ではなかった。
「誰!?」
「何者!?」
「ご安心を!!何者だろうと不審者ではありません!」
この状況で何を言ったって怪しい。謎の何者かは騒ぐ二人に制止をかける。よく見ると、姿もこの場にそぐわない上に怪しい。
相手は若い女で、足元は硬いブーツに迷彩柄のショートパンツ、暗い色のブルゾンを羽織っている。しかも長い金髪の間からは見たこともない大きな尖ったものが飛び出す。これは・・・・
「これは・・・・今はやりの猫耳ってヤツね・・・・」
「マジで!!?これが今うわさの!?学校にも出るのね」
「狐!!キツネですから!!頒布してませんから!!」
「ところでなんでキツネがこんなところに」
「待って。キツネは人を化かすと言う・・・・容易に信じない方が!!」
「そんなあ」
それはともかく、こんなキツネがいるワケがない。二人は論点のまずったところで疑問を抱く。
「だって今、二人が呼んだんじゃないですか。私も狐狗狸のはしくれなんですけど」
突拍子もない言い分に顔を見合わせる。
「こっくり・・・・って、ホントに出てきたの?キツネが!?」
「試験範囲教えろー!!」
「そ、それは」
試験のヤマアテを、なら分かるが、それ以前に試験範囲ときた。もう手遅れなのでは。狐の彼女は戸惑い、その発言のアホさ加減恐れおののいた。
「それができないなら帰れ!!」
「かーえーれー!!」
「かーえーれー!!」
「人間は怖い!!それができないから悲しいって言ってるじゃないですか!!人間は恐ろしい!」
帰れコールをステレオ配置で浴びせられて側の机に突っ伏すキツネ。確かに人間の業は恐ろしい。突然出てきた不審な者に対して容赦がない。遠慮もない。
狐狗狸と言えば元は奉られて在るべきの類なのに、この仕打ちはひどい。寄せられるべき畏敬の念なんてもうどこにもない。気紛れで呼び出された挙げ句に、高校生から帰れコール三昧である。
「私だってですねえ、できることならいろいろやってあげたいですよ!テストの範囲当ててみたり誰々の好きな人は誰ですかとかあの人に呪いをかけて下さいとかなんて、いろいろと!!」
泣き声で怒るキツネに、二人は淡々と頷く。
「じゃあやってみせて下さいよ」
「お願いしますよ」
「できないから悲しいんですよっ!!つまりあなた達は、望む専門外の私を呼んでしまったんですよ!!分かりますか!?」
「どーゆーこと」
「専門外って、コックリさんにも専門分野があるわけ?」
「そーですよ、ありますよ」
ようやく自分のペースを取り戻したキツネが言い返す。彼女もいろいろとワケありのようだ。
「私の専門は未来予測ではないんです」
「じゃあ帰れ!!さっさとエキスパート呼んでこい!!」
「ひどすぎる!!こっちも人手不足で、たまたま手の空いていた私が引っ張られただけなんです。あなた達もこっちの事情を汲んでからやって下さい、そっちは深夜のシフトになってるんで!」
「うわお、交代制」
「割とシビアなのね、コックリの世界も・・・・」
そこまで聞かされたのなら同情的にもなる。自分達の意見を押し付けていた二人も、ちょっと冷静になった。
「じゃあ、また夜にするわ」
「それならそうと早く言ってよね。深夜は厳しいけどやってみるから」
「そうして下さい。お願いします」
「時間はないけどね。テスト明日だし・・・・」
「あ、テストのヤマ当てなら午前一時半から二時までになってますから」
「短すぎる!!どういう職場環境だァ!!」
「やっ、やめて下さい!尖ったものを向けないで!!」
削りたての鉛筆で指されて慌てる。先端恐怖症らしい。耳を伏せて壁に張り付く。コックリのくせに度胸がない。
「しかし、三十分だろうが価値はあるわ。私はそれに賭ける!!」
もう一人が鉛筆を収めさせる。新たなプランに一抹の希望を託す。前向きな意見に、キツネは再び思い出したように付け加えた。
「あ、その時間は大変込み合うので繋がらないことがあります」
「携帯電話かァ!!お客様がおかけになった電話は電源がもしくは電波の届かない場所にいるかァ!!」
「やっ、やめて下さい!細くて尖ったものを向けないで!!」
シャーペンの芯を向けられてびびるキツネ。さっきより弱くなっている。この程度でよくもコックリが務まる。よほど人手不足なのか。
「現代っ子は怖い!!すぐそうやってキレる!!」
「現代っ子なめんなよ!!キレたら怖いわよ!」
「落ち着くのよ二人共、ドゥー・ザ・ストップ!!」
「明らかに間違っている・・・・!!」
キツネにも指摘される。明らかに間違った文法を堂々と持ち出す辺り、数学どころか英語も危ういことは確かだった。
「しょうがありません・・・・お二人の学力をこのままにして去るのは、私のプライドが許しません。なんとかしましょう」
諸所危ういものを二人に感じたキツネは溜め息をつく。諦めの境地。
「明らかに引っかかる部分もあるけれど、そう言ってくれるのならば私達も乗りましょう」
「問題があるのは私達の学力じゃないわ。世間が悪いのよ!!」
「現代っ子来たァ!!心の闇は捨てて!」
ここまでくると重症だ。早めの対策がものを言う。学力だけがすべてではないが、弊害がここに起きている。
キツネはポケットから手帳を取り出し、中ほどをパラパラとめくる。
「テストのヤマはムリですが、それ相応の対処はできます。お二人のお名前は?」
「私は足達。こっちは、」
「小田原ですよ。そのメモって何か書いてるの?何か重要なこと!?」
小田原は興味津々に尋ねる。先端恐怖症のキツネは筆ペンで名前を書き留めている。
「いいえ、物覚えが悪いので名前をメモっておくんです」
「頭悪い!!そりゃテスト対策にはムリだわ・・・・私達が悪かったのよ」
「ごめんね、急にムリな頼みごとしちゃって・・・・」
「急に優しくなった!?私だってプロですから対策しておくんです!」
そっと目頭を押さえる足達と小田原。一生の付き合いになるワケでもないのに、一時的に人の名前も覚えられないとは。こっちの悩みが非常に卑小に思えてくる。
「もう、ともかく仕事はさせて頂きます!で、テストのヤマ当てなんですね?」
「数学のね」
「数学の先生のお名前は?」
「本田先生。それからどうするワケ?」
パン、と手帳を閉じる。その目はすでにプロだった。ただならぬ気配が漂う。二人は唾を飲む。
「その教師を始末しましょう」
「短絡的すぎる!!あんた、ホントにコックリさん!?キツネならもっと頭のいい方法考えなさいよ!」
キツネの方が上手だった。ヤマ当てでコックリさんに頼ろうとしていた自分達がアホらしくなってくる。
「そんな幅の利いた名前で呼ばないで下さい。私には九里子という名前があるんです」
「キツネだろーがなんだろーが、そんなアイデンティティがあるならもっと別なことに頭使え!」
足達の言葉が終わるより早く小田原が繋ぐ。
「分かった!!呪っちゃうんでしょ!?そうすることによって!」
「そんなまどろっこしいマネなど。私はプロですよ、プロらしく直行ですよ!唸れ私の相棒!!」
どこからか咄嗟にベレッタを抜き出すキツネ。不法所持とゆー四文字熟語(熟語か?)が二人の頭をよぎる。しかし止めるヒマもなかった。
「本当に行ってしまった!!」
「校内殺人事件が!!」
テストが中止になることより人命を心配するくらいには、二人は割と冷静だった。





(2006/4/28)