九里子さん、捕まる。 <1/2>
「足達、あれ」
「ん?」
小田原につつかれ、足達はノートから顔を上げた。目の前の大窓に自分達の顔が映る。
「あんた、やめろ。ペンでつつくな」
赤のボールペンで触られた肩口を払いながら、同じく小声で返す。静まり返っていた図書館にボソボソとさざなみが立つ。周りでも同じようにささやき合う小声は重なり合い、腹に堪えるより先に単に耳障りだ。
足達は握っていた鉛筆をノートに落とし、椅子のせもたれに寄り掛かる。目を眇めて焦点をずらすと、窓の外から敷地の庭を通り、庭沿いにある遊歩道が見えた。
特にこれと言ったあれはない。溜め息を吐き、小田原はペンを翻して窓の外を指す。
「あれだ、あれ。眼鏡かけろ」
「忘れた。あれってなんだ、どれだ。あれか?」
身を乗り出して窓の外を見ると、今度こそ焦点が合った。足達の指先は小田原のそれと合致した。二人の指した先は間違いなく同じ点。先にささやいたのは小田原。
「あれ、長谷山じゃないかと」
ペンを突き出し、窓ガラス越しに歩道の通行人を叩く。小さな音がカツカツと鳴り、同じ列の席に座っていた高校生が非難めいたまなざしを向けてくる。足達は無言で手を合わせて見せてから窓ガラスの外を見た。
再び焦点が合わさるまで三秒ほどかかった。その間にも、長谷山(はせやま)と呼ばれた男は淀みなく歩いていく。窓のフレームから消える際、彼の横顔だけが見えた。
「ああ、確かに長谷山だ。なんでこんなところに?」
「だよな。なんでだろ」
長谷山は図書館の正面口に回り込んで消えた。怪訝な口調で呟くと、小田原も賛同する。二人の言い分には確固たる理由があった。席に戻りながら小田原が言う。
「あいつ確か、どっかのすげえ塾に通ってたとか・・・・こんなとこで油売ってていいのかな」
放課後、二人は期末テストに向けて勉強しているフリをして図書館で油を売っていた。手元に広げたノートは意味のないらくがきで埋まっている。小田原に至っては日本史の教科書の織田信長は真っ黒に塗り潰されていた。戦国武将にケンカを売るものものしさである。
現に館内の学習スペースは学生の集団に占領されているし、どこの高校もほぼ一斉に期末テストの時期で、特に用事がない限りは道をフラフラしているヒマはない。
塾通いと聞いている長谷山だとしたらなおさら、図書館の自習よりもやることがあるハズだ。同じく席に戻り、完全に学業を放棄した足達が答える。
「それな、ちょっと前にやめたって聞いた」
「なんで」
「なんでって・・・・僕にはこの塾の方針は合いませんとか言って、三日でやめて、それも三軒も」
「三軒も?それはすごすぎる」
「付いたあだ名が講師殺しの長谷山」
「それもスゴすぎる。あいつ頭良かったもんな・・・・」
穏やかではない二つ名に首をすくめ、二人は疲れたように首を振った。ハナシに疲れたのではなく、単に実りのない自習に疲れた。
制服姿で歩いていた長谷山はわがままで塾を蹴ったのではなく、二人では理解の及ばぬ次元で自らおん出てきたのだ。知り合いでありながら同感も賛同もできぬ行動は暴挙にしか見えない。
足達は机を軽く叩き、鞄から財布だけ取り出して立ち上がる。休憩の合図に小田原も席を立つ。いつまでも実りがないならやってても意味がない。捨て置かれた教科書はどこを抜粋しているのか、全面に赤ペンが引かれていた。
「しかし、まさか長谷山を見るとは思わなかったわ」
自販機で紙コップのジュースを買い、エントランスのテーブルに着く。他に人気はない。その向かいに小田原が座りながら答える。
「完全インドア思考。別に会いたかないけど、こっちから出向かない限りは遭遇もしないし」
「同窓会は来たけどね。それっきりだと思ってた。頭も愛想はいいけど、なに考えてるか分かんないヤツだったし」
「あたし、長谷山の前の席だったでしょ?前に一回、数学教えてつったら、見たこともない公式でどうたらこうたら、三秒で解いたっけ」
「あーしんどい。てか、因数分解一個で十五分もかかるあんたがアホすぎるんじゃないか・・・・」
「ノーモア!!シャラップ!!」
「痛ェ!?」
テーブルの下で足を蹴られた。直後、激しい足ワザの応酬がガンガン鳴り響き、静かなエントランスは戦場と化した。ので、二人は自動ドアの開く音を聞き逃していた。
「や、久しぶり」
相手の爪先を互いのかかとで抉ろうとしていたところに声がかかる。足達は素早く小田原のむこうずねを蹴り飛ばしてから振り返る。小田原はびっくりしてヒザをテーブルにぶつけてから振り返る。三人の足元にオレンジジュースとコーラがブチまけられた。
飛んできたオレンジと褐色の飛沫を避けながら、声の主はゆっくりとした足取りでテーブルに近付いてくる。落ち着いた歩みにローファーの爪先がかすかに鳴る。
「やっぱり、見たことあると思ったら」
足音と同じく穏やかな声が続いた。浮ついたところなど一つもない声音は同い年とは思えぬ様だった。足達はうろんげな顔を上げた。
「長谷山。なんでこんなとこにいる・・・・」
「こんなところに?」
長谷山は第一ボタンまでしっかり留めた学校指定のシャツにブレザーを着ている。聞かなくても学校帰りだ。優しそうな顔で足達を見やり、気付いたように頷いた。
「ここは図書館で、今は期末テストの準備期間の真っ只中。高校生の僕が図書館に来たらおかしいか?」
「おかしいね、どうも」
足達は心底おかしいように答えた。寸分も付け入る隙がない様子で、長谷山はまた頷いて先を促した。
「聞いたよ、ここんところの話は。学生の本業を見事にすっぽかしてまっとうしてるあんたには、とんと縁のない場所でしょう」
「違うね。僕達は生徒であって学生じゃない。学ばされる立場で学生とは恐れ入る」
「言ったことか。義務教育は終わったわよ」
「未だじゃないか?今の日本じゃ、」
「抗議は結構。あんたはこの世で一番ここが似合わないヤツよ。別のところへ行ったら?」
長くなりそうな講義を打ち切り、話しかけたことを後悔しながら椅子を引く。いつまでも付き合っていていい相手ではない。これだからいくら見た目がよくてもとっつきにくい。彼の第一声を聞いた瞬間から人は付き合いを断念せざるを得ない。
何かにつけて人の揚げ足を取ろうとする、人の話に答えない、いいように丸め込まれて話は終わる。それが彼のやり方ではなくて生来の性分であるところが救いようがなかった。だから小田原は自分から席を立った。
やはり最初から見つけるべきではなかったのだ。いつの間にか背後に回りこんでいる。学生の本分、長谷山に言わせれば生徒の習い事で自分は忙しい。他に大変な事情がある高校生でない限りは三日後の試験がボーダーラインになる。取っ付きにくい元同級生に関わっていることではない。
「ところでホントに勉強しにきたの?信じられないんだけど」
今度は小田原が言う。その問いに長谷山は笑っただけで肩をすくめた。嫌味のない仕草に嫌悪を抱く者はあまりいないが、それは口火を切るまでだった。
「もしも君も僕もそう思っているなら、何かを学ぶ必要なんてもうないんだよ」
「あ?なんかよく分からんけど、それは歓迎できる」
「あんたバカだって言われてんのよ」
「そうなの?」
足達は隣りを肘でつつく。暗にバカにされてる。意味を汲み取れなかった小田原は怪訝な顔で振り向いた。底辺に見られてる。
話は終わったと言わんばかりに足達もまた、何か疑わしげな顔でその場で踵を返す。相手は何も言わず見送る。本当に何をしに来たのか。
長谷山は今入ってきたばかりの自動ドアを背にして、両手を後ろ手に組んでいる。肩にはしぼんだセカンドバッグ。その風体を切れる横目のフレームで捕らえると、後ろに誰かいるのが見えた。足達はヒザが抜けた。
「足達さーん!!助けて下さい〜」
間抜けな声に足達は床に崩れ落ちた。長谷山の背後に隠れるようにしていたのは間抜けなキツネだった。
「九里子?なんであんた長谷山と・・・・なんかあった?」
答えたのは小田原、驚いた顔で相手二人を交互に指差す。この世で一番ありえない取り合わせを見てしまった。しかも九里子は助けを求めている。
九里子はいつもの情けない顔をさらに歪めてとんでもないツラになっている。セミロングの隙間から飛び出す三角耳は伏せったままだが毛羽立つ。本物のキツネだったなら全身が逆立っているだろう。心底参っている。誰に?
足達と小田原は疑心を煮詰めたような顔で長谷山を見た。泣きついてきた九里子とは反対に落ち着き払った笑みでいる。小田原はぎょっとした。
「なにこれ、手錠じゃないの。ちょ、お前、ちょっと待てよー」
「似てないモノマネやめい」
何かのモノマネをする小田原の頭に無表情で手刀を落とす足達。似てない。一分も似てない。
見ると、九里子の左手には手錠がかかっていた。鈍く銀色に光って景色が映りこむ。テレビでしか見たことはないが、トーシロの二人にもそれと分かるほどそれはそのままだった。ものものしい。
さらに煮詰まって焦げ付くんじゃないかと思うほどの疑いを持って長谷山を見る。なんで高校生がワッパを。しかし彼は相変わらず笑みを崩さなかった。手錠のもう片方は長谷山の右手にかかる。彼は左利きだった。
どういう経緯がどんな理由になったのかは知らないが、尋常じゃない。高校生がキツネと手錠で繋がれている。足達は三秒待った。それから九里子に聞いた。
「九里子さん、何があった。落ち着いて」
「き、聞いて下さいよ〜!!この人、私を呼び出したと思ったらいきなりガチャンですよ!?ありえないですよ〜!私なにもしてないですよ!?してないですよ!?」
「してないつーか、何もできなかったんでしょ。仕事もできないキツネは抵抗もできないまま捕まったのでした・・・・めでたし」
「めでたくないですよ〜!!」
九里子は手錠に繋がれた右手をガッチャガチャ言わせるが、長谷山の方はビクともしない。その様子を見て、足達は長谷山に向き直る。
「長谷山、要点を」
「暇だからコックリさんでもしてみようって話になって、この子が現れたんだね。かわいいからそのまま連れて来たんだ」
「この時期にヒマだと言い切れるあんたと連中が分からない。何がヒマだから?なんでコックリさん」
最初から九里子の言い訳はアテにしなかった足達は、さらに出てきた不明瞭な言い分に眉根を寄せた。進学校はそんなにもヒマなのか。だからコックリさんをしてみる意気込みが偏差値のどこから出てきたのか。経験者である自分達には言えないことだが、まさかテストのヤマ当てではないだろう。
「てゆーかあんたにコックリさん一緒にやる友達がいたことの方が驚きだ」
「小田原に同じく。あんた友達いなそう」
「面白いことを言うね。僕がどう思っているかはともかく、向こうがそうだと言うならそうなんだろう。名義上は」
「いや、あんたがどう思ってるかの方が重要だろ!!」
「そんなことより〜!!助けて下さい〜!」
重要な部分に突っ込んだ足達の声をかき消し、九里子は切羽詰った悲鳴を上げた。人の間柄の名称よりもこっちの方が名実共に重要だった。目先の厄介ごと。
「これってさー、カギないと外れないんでしょ?」
小田原は二人の間に割り込んで手錠を揺さぶる。九里子が引っ張っているせいでたわみもなく突っ張る。それでも長谷山は寸分も揺らがない。完全に九里子が負けている。
しばらくガチャガチャやってた小田原はやがて、変態を見るような目付きを長谷山に向けた。ようなではなくて、あからさまに変態だ。人道に反している。しかし相手は動じていない。
「これ、もしかしてあんたの私物?」
「いや、違うよ」
「それじゃ、なんでこんなもんが」
「わ、私のです〜」
「九里子の?」
あたふたと自由な方の手を挙げる九里子。小田原はキツネ耳を引っ張った。
「この九里子!!お前は確かに使えないキツネだと思ってたけどこんな変態グッズを持ち歩くよーなヤツだと思わなかった!!二人揃って出頭しろ!」
「うわーん!強い光を浴びせられながら自白を共用された!!発光ダイオードが目にしみます〜」
携帯用のLEDライトを九里子の顔面に突きつけながら怒る小田原。足達はその頭に無言で手刀を落とした。
「一概に変態グッズとは言えんだろーが。しかし、なんで九里子さんがこんな物騒なものを?」
物騒と言えば、九里子は帯銃している。加えて手錠とはさらに物騒だ。九里子はその手錠に繋がれたまま答えた。
「あのですね、最近は人間も物騒になったから、主任が持って行けって・・・支給されたんですよ〜」
「可哀想に、それで物騒な人間に捕まっちゃったワケね。あっはは!!」
「お、面白くないですよー!!この人、知り合いなんですよね!?どーにかして下さい〜!!」
腕組みのままのけぞって爆笑する足達。人間に捕まったキツネ。日本人は狩猟民族である。絵ヅラとしては普通だが、面白い他なんでもない。
九里子には悪いが思いっきり笑いものにさせてもらった後、足達はふと笑いを収めた。
「確かに知り合いではあるけれど、長谷山、あんたが人の話を聞くとは思えないわ。そのキツネをおとなしく放しなさい。森に返しなさい」
「せっかく捕まえたのになあ」
「森に住んでないですけど・・・・」
なんでもない風に答える長谷山。どうやらこの面白い生き物を手放す気はないらしい。二人の間に鋭い緊張が走る。九里子はつばを飲んだ。小田原は新しく買ってきたコーラを飲みながら見ていた。
わずかな沈黙の後、先に口を開いたのは長谷山。
「いやだと言ったら?」
「最後まで面倒見るのよ。じゃあね」
「うわーん!!足達さん足達さんあだちさーん!!たすけてー!!」
速攻で話し合いがまとまった。まとまったところで踵を返す足達の背後にものすごい悲鳴が飛んでくる。
「シット!!静かに、ここ図書館。漢字読める?トショカン。オーケー?」
「分かってますよ、読めます〜!お願いだから見捨てないで下さい〜!!」
小田原にものすごい勢いで頭を掴まれた。完全にバカにされてる。九里子は半分泣きながら小田原の腕を掴み返す。
「なっなんでもしますから、お願いだからこの人をどっかにやって下さい〜。夜から別の仕事あるんですよ〜」
「お前なんにもできねーだろ。そういう交換条件は身の程を弁えてから来い。このやくたたず!」
「うわーん!!差別はんたーい!」
「おっと、そう言えば」
ようやく長谷山がアクションを起こした。人差し指を立てた彼を三人が見る。何か思い当たる節があるらしい。
「この子、漢字が読めなかったんだよね。さっきもズショカンって読んでたよ」
「わー!バラさないで下さいー!!」
「九里子さん、あっちに絵本のコーナーがあるから読んだらいいわよ」
またぞろ慌てる九里子。ズショカン。足達は可哀想なものを見る目で彼女の肩を叩いた。小田原は自販機の方を指差した。
「九里子、あれなんて読むか分かるか?」
「えーと、じどうはん・・・・児童犯罪?」
「フィーリングでなんとかしようとした意気は認めるが、犯罪的なのはお前の読解力だ!!それは認める」
「それは認めないで下さい〜!!」
要らないものまで認定された。
「平仮名から教えようと思って連れてきたんだけど、どうやら教え甲斐がありそうだね。じゃ、僕はこれで失礼するよ」
「あわー!!」
長谷山は歩き出す。もちろん手錠で繋がれた九里子も引きずられていく。ある晴れた昼下がり市場へ引きずり出される家畜を見た気がした。足達と小田原は頷いた。納得した。
しかし見逃すのも気が引ける。相手はあの講師殺しの長谷山。おまけに人格もいただけなく破綻している。彼がけもの耳好きだとは知らなかったが、突然現れたキツネをなんの躊躇もなく引きずり回しているところを見ると、あのまま学校から図書館まで来たらしい。なんの臆面もなく。恥ずかしくなかったのか。
このまま野放しにしていたら九里子が何をされるか分かったもんではない。長谷山が九里子を気に入ったとしても、後者はものすごく逃げたがっている。知らない仲ではないし、ここは森に返してやるのが道理だ。森に住んでないけど。
二人は頷いた。ロビーから館内に入ろうとしている長谷山に一歩踏み出し、今一度呼び止める。
「待つんだ長谷山!」
「まだ何か?僕はこれからいろいろ忙しいんだけど。分かりやすく言うと時は金なりだよ」
「そんなもん誰だってほしいわァ!!」
「あんた、意味違う」
九里子レベルの読解力で以て言い返す小田原。その頭に足達チョップが入った。
「個人のシュミにとやかく言うシュミはないが、そのキツネがほしければあたしを倒してから行くことだな!」
キツネ争奪戦が始まった。「かかってこいよ!」と言う小田原に、長谷山はしばし考えた。
「sinθ+cosθ=1/2のとき、sinθcosθの値を求めよ」
「やられた!!あとは頼んだ足達・・・・」
「あんた弱すぎ!!」
まさか三角関数で攻め込まれるとは思わなかった。小田原は床にヒザを落とす。定義公式のレベルでやられた。考える段階まで到達できてない。相手の惨敗様に長谷山は穏やかな笑みで解答した。
「等式の両辺を二乗するとsin2乗θ+2cosθcosθ+cos2乗θ=1/4で、sin2乗θ+cos2乗θ=1であるから従って1+2sinθcosθ=1/4、ゆえにsinθcosθ=−3/8だよ。たぶんじゃなくても君らの学校レベルだと確実に出るからね。覚えておいて損はないよ、覚えておけるならだけどね」
「なんだとこのやろう!ありがとう!!」
「感謝するのか。あんたバカにされすぎ」
憤りと感謝の心がないまぜになった小田原は、とりあえず礼を述べた。口頭で解答を並べられるのも不親切だが。足達はとりあえず床の小田原を蹴っておいた。
かかってこいと言っておきながらこのザマ。九里子は外国語でも聞いたかのような顔で固まっている。
「もうすぐテストだろ?君らは勉学に励んだ方がいいんじゃないのかな」
人好きのする顔でのたまう長谷山。お前はどうなんだとまともに言い返す気はない。正攻法では通用しないと早々に悟った足達は矛先を別に向けた。
「それはそうと、九里子さんをどうする気よ?まさか飼うんじゃないでしょーね」
「飼う?それは考えてなかったな・・・・それもいいかもね。ありがとう、足達」
「私は動物じゃないですよ〜!!」
びびる九里子の後ろで自動ドアが開いたり閉じたりを繰り返している。そろそろカウンターの司書が疑わしい目で見ている。清々しい顔で言う長谷山に足達は額を押さえた。
「言った私がバカだった。ともかくそれは元の場所に返してきなさい。あんたじゃ途中で飽きてポイよ。無責任なのもいい加減にしなさい」
「大丈夫、ちゃんと面倒見るからさ!」
「イヤー!!捨て犬のように扱われるのはイヤー!!」
見るからさ!と爽やかに言われても頷く気にはなれない。首が振り切れんばかりにムリムリ!と否定する九里子。長谷山は宥めるように続けた。
「大丈夫、ちゃんと散歩もするし」
「自分できますから〜!!」
「そりゃできるわ」 ←足達
「ご飯も食べさせてあげるから」
「自分で食べます〜!!離して下さいっ!」
いくら手を振り払っても手錠は外れないし、長谷山の腕はやっぱりビクともしない。なんだろうこの強肩は。足達は何度目かの溜め息をついた。
「何より本人もそう言ってることだし、あんたもさっさと諦めて・・・・」
「君、九里子って言うのかい。九里子ちゃん?食べ物は何が好き?」
「聞けよ人の話!!」
まるっきりムシされる。嗜好を尋ねられた九里子はしどろもどろになりながらも律儀に答えた。
「え、あ、あのー、お茶が好きですけど・・・・」
「そうなんだ。うちに静岡産新茶の玉露があるんだけど来る?」
「物でつるな!!」
「ええと、あの、その、熱湯玉露なら!!」
「シット!!つられるなキツネ頭!!」
「痛いです足達さん!!」 ゴス!
足達の財布が飛んだ。小銭とレシートのいっぱい詰まった重量感たっぷりのカドが九里子の顔面にヒットした。本当は長谷山を狙ったのだがあっさり避けられた。笑顔のまま長谷山が言って寄越す。
「いきなり乱暴だなあ。昔から変わってないね。大丈夫かい?」
「だ、大丈夫じゃないです」
「血が出てるよ」
九里子に向き直った長谷山はブレザーのポケットからハンカチを取り出す。いっそ憎らしいほどきっちりアイロンがかかって糊の利いた白いハンカチが九里子の顔を拭う。キザったらしいとゆーか、しかし長谷山がやるとこれっぽちも嫌味のないところがますます憎ったらしい。
相手はこちらに背を向けている。今だ。足達は指鉄砲の仕草で九里子にサインを送った。慌てたのは九里子。
タイトル│隔月連載小説所