右斜め下を見る暗いパンダ。 <2/3>




「もー離して下さいよ~!!今に大変なことになりますよッ!?」
「もう大変なことになってると思うけど。あ、なんでもないんです。ちょっとした行き違いがあって」
さすがに絶叫は効いた。九里子の悲鳴にびっくりした買い物客や通行人が何事かと集まってくる。
「彼女が落ち着くまでそっとしておいて下さい・・・・。お願いですから興奮させないで下さい」
しかし長谷山のいい人ヅラにかどわかされうまく逃れている。大声を出せばなんとかなると思った九里子はびっくりした。これが人の集団心理!?人は・・・・残酷だ!!
「わーあわわ、みんな騙されないでー!!」
「それで、何が大変なことになるって?」
集団に見せた沈痛な面持ちを翻し、ケロッとした顔で向き直る長谷川。ここまで極めたら、単に人格が破綻しているとしか言い様がない。長谷川が一番残酷だ。足達と小田原の警戒は本物だった。
九里子は床にしりもちを付いたまま後ずさるが、自動ドアに挟まれた。さっきからゴンゴン挟まれている。ガラスに背中を押し付けながら距離を取る。
「あ、あなたがしていることは、重大な契約違反で・・・・!!」
「契約違反だって?」
「ちょいとウェイト!!そこまでだ長谷川!!」
明朗快活、一触即発。町中に響き渡るアルトが待ったを掛ける。鮮魚コーナーでセール中の店員が負けた。六時からの最安値更新スーパーバーゲンです!!が、かき消された。
補足として、鮮魚一筋勤続十五年、店員田口は拡声器を持ったまま床にうずくまった。負けたァ!!
「早まるな若者よ!そのキツネは煮ても焼いても食えないぜ。イワシでも食ってろ!!」
ソプラノの罵声が続いた。そうだその通りだ!店員田口がイワシ(生魚)を握り締めながら回生する。今日はイワシがお安いです!!
「そっ、その声はー!!」
謎の声を聞き付け、九里子は自動ドアの隙間から脱出し、道路に転がり出た。長谷川も出てくる。声は頭上から降ってきた。
「なんだ、君達か。なんか用事?」
「なんだとはなんだい。貴様の所業を成敗するためわざわざ隣町までご足労いただき光栄に思え!!」
何を?なことを言う小田原。駐車場のトラック、その荷台から長谷川を見下ろしている。文字通り上から物を言う蛮行。ミニスカ制服の下にはハーパンを着用済みだ。
どんな無礼千万だろうと、今の九里子は藁にも縋る思い、たとえ小田原でも縋りたい。たとえ出会い頭の挨拶が広辞苑のカドで殴ってくる小田原でも、ちょっとどうかな・・・・一瞬考え直してしまうが、頼み込みたい。
「小田原さァん!!てっきり見捨てられたかと思っていました!」
「ゲッヘッヘ。見捨てても良かったが、お前の泣きっ面を拝んで後々まで笑いものにしてやろうという魂胆は、捨て切れなかった!!」
「邪悪だ!!で、でも助けに来てくれて嬉しいです」
「そうだろう。感謝しなさい」
「いないのをいいことに乱暴だとかガサツだとか凶悪だなんて言ってしまって、すみませんでした!!」
「それは許さん。これでも食らえヤッハー!!」
「出会い頭の飛び蹴りを!?」
荷台の上から跳んできた小田原に頭をすっぱ抜かれる。九里子はアスファルトの上を転がり、通りがかりの自転車に轢かれた。なんとゆうコンボ。確実に削れる。体が。
「あいたたた、小田原さんひどいですよ~」
「九里子さん、久しぶりだけど大丈夫だった?」
「その声は足達さん!?よかった、来てくれたんですねー!!」
「あたしはよくなかったのか」 ←小田原
荷台の上に残る人影。足達がなんとも言えぬ顔で見下ろしてくる。今度こそ救いがやってきた!と九里子は思ったが、当の本人は、小田原が先走ったせいで自分一人が取り残されて地味って言うかそのまま恥ずかしいじゃねーか!!という心境だった。
「お願いです助けて下さい~!!小田原さんの暴挙から!」
「なんだと九里子このやろう。近年廃刊の道を辿った知恵蔵でえぐるぞ!!」
「オギャー!!せめて国語の教科書くらいで!」
阿鼻叫喚、地獄絵図。知恵蔵地獄。足達は引き続きなんとも言えぬ顔で一面を見下ろした。
百科事典を振り上げ九里子に襲い掛かる小田原、地べたに座り込んでいる九里子、九里子を捕まえている長谷川、道行く通りがかりの人達。完全に奇異の目で見られていた。
その中に自分が組み込まれているのかと思うと、足達は、素直に帰宅してジュースでも飲んで寝よっかな!明日の試験は捨てよう。という思いに駆られた。
「見ろ、九里子。足達はお前なんか捨て置いて、素直に帰ってジュースでも飲んでさっさと寝たいと思っている。心の中ではどんな風に蔑まれてるもんだかな!ゲッヘヘ」
「そんなあ~。ごめんなさい足達さん!足達さんの力強い二の腕から繰り出されるラリアットはどんな相手も万死に値する、だなんてウワサを広めたことは謝りますので!!」
「確かに万死に値するかもね。まずはお前から倒れろ!!」 ドス!!
「げへえ!死にそう!!」
「ああ!?小田原さんが足達さんラリアットの餌食に!」
足達の力強い急襲によって小田原が成敗された。これで目先の敵は一人倒した。ズタズタな身内関係に長谷川が笑う。
「あっはっは!!君ら、珍しいほど気持ちよく仲間割れするね」
「笑うところか。こいつが仲間だったら全人類親友レベルと見なすわ。そんなことより長谷川、さっさと九里子さんを解放しろ」
「そっ、そーですよ!がんばれ足達さん!」
この隙に足達の後ろに隠れる九里子。弱い。ここぞとばかりに他力本願、主任に見られたら給料下がる。
強い口調で言われるも、しかし長谷川はアメリカナイズな仕草で肩をすくめてみせた。
「人聞きの悪いことを言うね。まだ飼い慣らしてもいないって言うのにさ。君らが勝手に邪推して邪魔してるだけだろ?」
「なに言ってるんですかー!湯豆腐くらいで買収されませんよ!?」
危うくされるところだったが。
「そっちこそ人聞きが悪いと・・・・。九里子さんをペット扱いにするのは勝手だが、私があんただったら三日で血管切れるわ。脳の主要な血管が。あんた、よく我慢できたわよね」
「足達さんこそ人聞きわるーい!!」
前門の長谷川、後門の足達。どちらも九里子に関してあんまりいいこと言ってない。何を信じていいのかわからぬ。その時、新たな手立てが浮上した。
「九里子!!任せとけ、あたしによい考えがある」
「小田原さん!?よくぞご無事で!」
足達ラリアットを食らって地に伏したはずの小田原が生還してきた。ユラッと起き上がり、ニヤッと笑う。
「よい考えってなんですか?」
「こうするのさ。やい長谷川!こっち見ろー!!貴様の大事なキツネを傷付けられたくなかったら降参しろやい!!」
「イギャー!!サンマの尖ったくちばしを突きつけないで下さァーい!!」
そのややこしい絵ヅラを解説すると、サンマ(生魚)を握り締めた小田原が九里子を捕まえている。
あ、一行で終わりましたね。そういうことなんです!生魚を素手で握り締める女子高校生。長谷川と足達は真顔で眺めていた。
「サンマ、かっこ悪い」 ←長谷川
「あんた、かっこ悪い」 ←足達
「いじめ、かっこ悪い!!オギャー!!尖ったものをこっちに向けないで下さいってば小田原さん!!私、即死しますよ!?」
「おかしいな、まだ生きてる。あたしの理論だともう死んでるはずなんだけど」
「小田原さんの独創的な理論において!?」
先端恐怖症の九里子にとっては拷問に等しい。はがいじめにされた九里子がもがく。しかし小田原withサンマの攻撃からは逃れられなかった。そして生臭い。サンマの目が怖い。
小田原は九里子を捕まえたままジリジリと前進する。長谷川に向かう。この場合は普通、距離を取るものでは。
「さあどうした長谷川?九里子を解放しないと九里子を刺すぞ、サンマで!」
「その理論は明らかに間違っていますー!!」
「近付けるもんなら近付いてみろ!怖気づいたか!!」
「いや、君から近付いてくるし。何が怖いかって、君のその不可解な行動かな?」
冷静だ・・・・。足達は心の中で呟いた。誰が一番正気でないかって、小田原かな。長谷川でなくとも近寄り難い。自分はこっそりと距離を置いた。物理的にも心理的にも。
静かになったと思ったら、九里子はサンマよりも青くなっている。いつもの陽気と言うかアホな様子はみじんのかけらもない。無言かと思えば、「サンマだけはサンマだけは・・・・」 ブツブツ呟きながら、虚ろなまなざしで右斜め下を凝視している。普段からかけ離れたギャップが際立ち、それが余計に暗い心情を物語る。
進展後退するどころか、悪化している。これはなんとかしなければ。足達は携帯を取り出した。メモリ呼び出しあかさたな検索、か行。
「・・・・。あ、私だけど。足達。今いい?うん、証拠写真送っておくから見といて。判断は任せるわ」
電話はすぐに終わった。それからすぐに携帯を九里子達に向ける。
「何してるんですか足達さん~。のんきに電話してないで下さ~い!!サンマと小田原さんの危機から助けてー!!」
「いや、助けるけど・・・・。なんか私達じゃ無効っぽいから、もっとアクの強い人を呼ぼうかと思って。もう来るらしい。はい、視線こっち!!各自笑え」
「なぜ!?」
足達はモバイルカメラで全員を一面に収める。わけが分からず慌てふためく九里子、アホなピースで写る小田原と長谷川。サンマと九里子with小田原の笑顔が強烈すぎる。凶悪すぎる。
「はい、送信」
そして画像を添付メールする。小田原はハッとした。
「足達、あたしにも送っておいて。あとで九里子のアホ面を笑いものにするために」
「送るか!!大体ね、お前のメアド知らん」
「え・・・・小田原さん、そういう薄い仲なんですか・・・・?」
異端の者を見る目で小田原に問う九里子。聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして後ろめたい。
「え?単に席が隣りなだけ」
「ホントにそれだけですかー!?」
しかし足達の返答はクールだった。ドライとも言う。殺伐しているとも言う。そうとしか言わない。そして小田原の反応も冷静だった。
「そして時折、痛くもない腹を探り合う仲とでも言っておこうか・・・・」
「痛くもないのに探るんですか!?なんか、病気なんですか!?心の?」
「そう、疑心暗鬼になる」
「誤解を招くなァ」
「毎日が探り合いだ!!今日は足達が机に隠していたサンドウィーッチを食ってやった」
「だから勝手に人の机を探るなつってんだろーがァ!!ドラァ!!」
「よっしゃ菓子パン!!痛くないね!」
ドラァと一発、つぶれたあんぱんで小田原の横っ面を引っ叩く足達、こぶしを握る小田原。調理パンの逆襲。
なくなったサンドウィッチの代わりに、つぶれたあんぱん(こしあん)が机に入っていた時の絶望感と言ったら、ないね!トレード枠としては微妙にジャンルが異なるため、足立の逆鱗に触れた。
放置された九里子はポカンとしていたが、再び違和感を覚えた。振り向くと、首輪のリードを長谷川に取り返されていた。三角耳が逆立つ。
「あぎゃー!!また捕まったー!?」
「さ、もう帰るよ九里子ちゃん。豆腐も買ったし、そろそろ晩ご飯だよ」
ニコッ!と笑う長谷川。その微笑みが総毛立つほど恐ろしい。かつての同級生二人がつぶれたあんぱんで殴り合っている修羅場の最中、びっくりするほどクールである。単に興味ゼロである。
あっという間の逆転。今まさに九里子が引っ立てられようとしている時、足達にパンで殴られた小田原はハッとして振り返る。
「足達、あれ!あれだ!!キツネ耳のおっさんからもらった、あれを!よく分からんが、役に立つんじゃないか?」
「嫌な思い出と共によみがえってきた、あれね」
スカートのポケットから 「取扱注意」 封印の茶封筒を取り出す。自分達の都合で開けろと言われたが、何が入っているのか分からない。
キツネ耳の中年からの忠告を思い出した。これで直に剣を呼び出せる?開封時は細心のご注意を?
なにやら心に引っ掛かるところが二、三点ほどある。しかし今、今だ。ナウ。足達は封筒の口を破った。
それを見た九里子はぎょっとした。なんの変哲もない茶封筒だが、その隅っこに印刷されたマークを見逃さなかった。コックリさん本店のロゴマーク。
「あ、あー!?足達さんダメです、それダメですー!!」
「もう開けちゃったわよ」と、足達が言い返そうとした時、ものすごい勢いで腕が引っ張られた。なうての強肩が抜けそう。
「うわっと!?なに!?」
腕ではない、封筒が自分でもがき、面がたわみ、足達の手から抜け出さんばかりに暴れ出す。
封筒の中から台風でも飛び出してくるのかと思った。足達はおろか、離れたところにいる小田原にまで豪風が届く。スカートの裾まで翻るので、ハーパンを履いて正解だった・・・・小田原はこぶしを握った。
「ずいぶんすごいお手紙もらったようだけど・・・・」
「アホか!!こんなん手紙なわけあるか!あの人、一体どんなシロモノくれてんの!?」
のんきなことを言う小田原に怒鳴る足達。剣を直に向かわせる?もしや、と。封筒を長谷川の方に突きつけた。
封を切られた包みは内側から膨れ上がり、次には風の弾ける音と共に完全に破裂した。
「貴様ァ!!人間風情がおこがましい!!」
足達は後ろに突き飛ばされた。最後の突風が足達をぶっ飛ばした。豪風を伴って現れた人影は剣。
散り散りになった封筒は燃え上がり黒い煤が降り注ぐ。お手紙爆弾である。辛うじて足達の手に残ったものは、コックリさんの様式がプリントされた書面。剣を指名する仕様で、別に書き込まれた跡がある。
キツネ中年が寄越したものは、指名者を現場に直で送り届けるダイレクトメールだった。
剣は犬耳が逆立ち半ばケモノ化している。鬼の形相と言っても差し支えのない様子で牙をむく。
普段の静けさを破り現れた彼は、一度地面に降りると、すぐさま長谷川の姿を見付けた。その目は尋常ではない。小田原は不可解な現象に納得する。
「なるほど、剣を呼び出すためのコックリさんだったのか。よし剣!!長谷川をやってしまえ!」
すると剣は踵を返し、小田原へツカツカと歩み寄る。どう見ても友好的な歩み寄りではない。
「お前の所業は確認済みだ。まずはお前から抉る!!」 ザス!!
「こめかみを的確に抉られた!!」
「小田原さんのこめかみが的確にえぐられた!!」
足達は納得した。小田原、そりゃあんたが悪いよ。九里子をサンマのくちばしで脅した経緯は確認済みである。
鋭い爪先でこめかみをグリッとやられた小田原は、冷静に問い返す。
「なぜあたしを抉る」
「お前を抉らないで誰をやれと。ただ、遅かれ早かれ、いつかはやろうと思っていた」
「大胆な犯行予告をしやがって!」
今やった時点で予告になってない。割と前から狙われていたことは分かった。それが今、ナウ。
剣は足達を振り返る。足達が地獄絵図の写メールを送った先は剣なので(剣のメアドは知っている足達)、今さらすべてお見通しだろう。
「経緯は分かった。あと他にも画像があるなら寄越せ。全部」
「欲望に忠実な発言をしやがって。この場を納めたらすべてあげるから、なんとかして下さいよ先生」
「分かった」
割と物分りのいい答えが返ってきた。驚くほど打てば響く感じで。
割と気難しい剣を買収するのは簡単だ。あとで九里子のアホ写真でも撮っておけばなんとでもなる。
今の手持ち画像は 「小田原に傘でつつかれている九里子」 しかない。なんでこんなの撮ったんだろう。
しかも雨の日ではなくて普通に快晴日だったのに。足達は危うく消去しそうになった。
コンビニの六百円傘を持った小田原はいい感じに無敵である。骨組みもとんがり具合も申し分ない。九里子でなくとも脅威を覚える。快晴日に傘を持ち歩く小田原が不自然に脅威。






輝く剣さん。あと一個です。(2008/10/23)