やまとなでしこサンバ。 <1/2>




期末テストも終わり、夏休み一歩手前。状況を端折って言うと、放課後の帰り道。
「暑いなー。むしろ熱いとも言えるな・・・・この温度は。熱の方の熱い、な。この場合は」
「言わん。イワンの馬鹿。普通に暑いって言え小田バカ」
アスファルトの上で呟く小田原、オレンジジュース(五百ミリ、果汁百パーセント)をストローで飲みながら力なく答える足達。口調は力不足だが内容はいつもに増してダイレクトに辛辣。
夏休みに浮かれる間もなく。二人は期末テスト後の祭り!赤点謝恩際。真っ最中で、夏季休暇中の補習を控えている。
「剣の読みは外れていなかった・・・・まさに赤点謝恩際とも言えるな、な!」
「言わん。イワンの、」
「バカ!!そう言えば、イワンの愚かな兄二人は藁の家と木造住宅を作ってオオカミに食べられたんだよね、ね!愚かだよね」
「混ざってる、いろんな史実と混同している」
正当な史実でもない。混ぜるな危険、意味が分からない。
二人は暑い帰り道で熱いトークを繰り広げていた。しかし生気が感じられない。生気を奪う補習は一週間も続くのだから、思わず小田原も項垂れてしまう。足達も元気がない。
「あーあ、夏休みなのに学校行きたくない」
元気のない足達は飲み干した紙パックの空気をいつまでも吸っている。覇気がない。
「だよねえー。暑いのにな」
「暑いよね、かなり。頼むから席は離れて座ってくれ」
「あれ?それはあたしが暑苦しいと言うか、情熱的すぎるからと言う意味に捉えていい?ジプシー並に?」
「超ポジティブ。それはお前が、うるさいから」
「たは!」
「たは!じゃねええええ」
連帯責任で足達まで怒られるから。これが戦国時代の織田政権だったら二人まとめて首が飛んでいることになる。足達は常にそういう危機感を持っているが、避けられた試しがなかった。
小田原が廊下側の最前列を選択するなら自分は窓際の最後列に座る。たとえ容赦ない直射日光を浴びようとも。
「冷やしたファンタグレープを1.5リッターボトルで持参するしかないよね」
「クーラーボックスを持ち込む」
「いいねいいね!!じゃあ、アイスは無理だとしても、あたしはペットボトル凍らして持って来るから保管させてくれ!」
「あんた、未開封のフォンタグレープを冷凍室に一晩入れてみろ。面白いことになるから」
足達の危険な提案。小田原は考えた。
「水分と炭酸ガスが凍結によって膨張して、体積が増える?ラッキーじゃん!!」
「やってもいいが頼むから私がやれと言ったと言うなよ!!」
熟考した挙げ句が別の方向に飛んだ。たぶん取り返しの付かないことになる。口止めはするが、実行は止めない。悪者になるなら小田原単独にしてほしい。
「足達さァーん!!小田原さーん!!」
声が聞こえたと思ったら、前方五十メートルのところで九里子が転んでいた。九里子はメソメソ泣きながら起き上がり、再び走ってきた。
「うあっ、あわああああん」
「一目で分かる泣きっ面だな。九里子、泣くか泣かないかどっちかにしろ」
「のっけから強烈な二択です~うわああん」
二人の一歩手前で減速して、棒立ちで泣き続ける九里子。あまりにも強烈な泣きっぷりは同情すら誘わない。
「九里子さん、この前は大変だったわね。でも十割同情できないかもしれん・・・・」
「同情なくても結構です、十割ソバでも結構です~もうヨロヨロです~」
「それで本社はどうだった?」
一週間前、契約期間を超過して依頼者に拘束された九里子。依頼者へのペナルティは剣の対応で免れたが、剣によって本社へと連行された九里子はただごとではない。減俸程度で済んだのだろうか。
しかしそうでないことは傍目からでも分かった。憔悴ぶりが尋常でない。そこには二人も同情した。九里子はマジ顔で答えた。
「剣は鬼です。本社は地獄でした」
「地獄、大河原地獄か?」
「恐山に続く日本三大霊場レベルです~」
「そこは観光地でしょうが・・・・」
マジ顔で頷く小田原、よく分からない顔で頷く足達。硫化水素ガスが危ない観光地を例に挙げる場面ではない。強いて喩えれば、有毒ガス地帯真っ只中に放り込まれた九里子。危うい。
「で?それで?どんな罰を科せられたんだ?減俸かクビか左遷か」
「うああああん!!」
さらに追い込みをかける小田原。九里子はイチも二もなく泣く。ここまでひどい追い込み尋問も稀に見る。
「気にするな九里子さん。こいつも私も夏休み中は補習という罰を科せられた者同士、気に病むことないわよ」
「ヘーイ!!一緒にするなーい!おいおい、こんなアホギツネと同列に扱うなよ」
「お前もちょっとは気遣いというものを知れ!」 ブシャ!!
「痛くないね!!」
飲みかけの紙パックで殴られる小田原。オレンジジュースがブシャッと飛び出た。小田原、果汁まみれ。
「処分は受けました・・・・」
しおらしい態度で切り出す九里子。足達と小田原(果汁百パーセント)は聞いた。
「何せ私、一週間前から停職処分を食らっていますのです・・・・期間は一ヶ月!!」
「かわいそうに、あっはは、バカみてえー」
「あんたの気遣いは二秒と持たないのか」
「いいんです、バカにして下さって結構ですー!この程度で済んだのが不幸中の災害なんですー!!」
「災害じゃなくて幸い、な」
小田原の添削。
「一ヶ月も仕事ないのは大変ね。でも確かに処分が軽いような気もするけど」
足達の疑問。コックリさん社会の軽い重いはよく分からないが、九里子がしょげているので重い部類なのだろう。
剣の言うところ、依頼主を危険に晒した事実は重罪。そこをクビにならず停職処分。よもやと思うが、剣の仕業ではなかろうか。
「もしかして、剣さんが口添えしてくれた、とか?」
「うう、そんなことはありません、あの冷血がまさか!!」
バッサリ切り捨てられている。九里子から一片の信用も得ていない剣。同情すら湧き上がる。
「それに査問委員会に甘さなんてありませぬ。いくら剣でもムリです」
「じゃあなんでよ。なんで九里子はクビにならなかった?」
「ズバッと言わないで下さい~!わ、私だって分からないですけど・・・・ひ、日頃の行い、など?」
「なるほど、日頃の行い、か・・・・ねーだろそんなもん!!」 ズバ!!
「ヒイー!!三十センチ定規で切りつけられた~!!」
「人のことを暴虐などと言っておきながらタダで済むと思うなー!定規のカドで突き破るぞ、お前の柔らかいところを!!」
「せめて側面で!」
三十センチ定規を常備している高校生も珍しい。九里子はアスファルトの上で丸くなる。三角耳がブルブル震えている。小田原に対しては気持ち丸腰の九里子。
先端恐怖症は九十度カドでも脅威と取るのかは知らないが、対九里子鎮圧には使える。
そして停職中にフラフラ出歩いてはいけないと思う。九里子のことだからバカ正直に自宅謹慎しているかと思いきや。
「九里子、今度は誰に呼び出されてここにいるわけ?停職はどうした」
「私の部屋・・・・ガス爆発で爆発したんです」
思いも寄らぬ惨劇を告白された。ガス爆発で爆発。他に行く場所がないのだろうか。
「査問委員会での三日耐久尋問レースからようやく解放されて帰ってきたと思ったら、目の前でドカーン!!ですよ~!元栓は閉めてましたけど、おそらく部品の消耗だからって~おいおい」
「おいおい、泣くない。巻き込まれなかっただけ不幸中の災害だと思えよ」
「恐ろしい慰めを言うな・・・・」
巻き込まれた方がよかったような言い方を。小田原の無神経な発言に九里子はおいおい泣く。これは誰でも泣きたくなる現状だ。目の前でドカーンて。何かの悪夢としか思えない。
「いや、九里子さん、誰かに泊めてもらうとかさ」
さすがに同僚や友達はいるだろう。足達のアドバイスに、九里子は力ない微笑みを浮かべた。
「これ以上迷惑はかけられません~。今日はプライベートでして・・・・」
「プライベートで来ていいんだ?」
「気分転換などと言うのもおこがましいですが、部屋が直るまで一週間、私なんて野良コックリさんとして暮らしますから・・・・」
「長谷川んちに行け。あたし達の過ごした恐怖の一夜を思い知るがいい・・・・主食も副食も夜食も飲み物もすべて麻婆豆腐オンリーという合宿をォオオオ!!」
「えっ!?それって具体的にどういうパラダイスですか!?」
「オオオオ!!」 ギリギリギリ。
「あっ痛い痛いです~!!雄叫びと共に首の皮一枚を千切ろうとしないで下さいィ~!!」
「お前は人の柔らかい箇所を的確に狙うな!!」
足達の鉄槌が小田原の頭に落ちた。小田原が地面に落ちる音がドスンと響く。重い一撃であったという。地面からコメント。
「あんたは人の硬い箇所を的確に狙ってくるよね」
「その方が直接効くだろ、脳に」
ズズ、ズザザ・・・・。
「ん?」
妙な物音。小田原が一番先に気が付く。アスファルトに耳を付けていたので、人の足音が直に聞こえてくる。足音?それにしては、引きずっている。車や自転車ではない。
顔を上げて道路を見る。すぐそこの曲がり角から人影が出てきた。やはり片足を引きずって歩いている様子は、シルエットからも妙な気配をビシバシ発する。・・・・不審人物?女子高校生の直感が判断を下す。
小田原の視線に気付いた足達と九里子も後ろを振り返る。不審な人影は徐々にだが、最初より近付いてきた。三人に向かってくるようである。
「なんだろう、あの人・・・・」
「なんだか怖いです~」
「なんだかんだと言う前に通報するのが世の情け?」
上から、足達九里子小田原。自分達に近寄ってくるのは、すれ違うとか道を聞くとか、そんな類ではない気がする。
そして単なる足の悪い人ではなさそうだ。ケガをした足をかばうなど、そういう仕草や注意がまったく見えない。動かない左足を無理に引きずって、爪先はもろにアスファルトの表面を擦り、体の芯が定まっていない姿勢。その体をまた力任せに持ってくる歩行は明らかに尋常ではない。
見るからにおかしい。体を支えようと塀に手を付くわけでもなく、両腕は体の脇にダラーンと垂れ、顎だけが天井を向いている。ゴール手前で死にそうなマラソンランナーを思い起こさせる。三人は同時に一歩退いた。
「ゾンビ・・・・みたいね」
「やだー!!怖いこと言わないで下さいよ足達さん!あ、あの人に失礼じゃないですか・・・・」
小声の足達に大声の九里子。ハッとして声を潜める。本当にケガ人だったら助ける必要がある。
「119番通報って電話番号なんでしたっけ?」
「いちいちきゅうです九里子ちゃん」
「小田原さんなんでそんなに冷静なんですか!?」
「常識ですがァアアア!!」
起き上がって携帯を取り出す小田原。その勢いで電話したら救急隊員が「事件ですか!!」って言って110番通報してしまう。
「もー私はいいですから早く電話して下さいよ~いちいちきゅう!!」
「はいはい、119っと」
「待って」
もみ合う九里子と小田原を差し止める足達。硬い声だった。
謎の人物との距離はいつの間にか狭まっていた。もう目の前まで来ている。全容が明らかになった。
引きずる左足に絡み付く黒い影。影の出所はアスファルト、影の先端は五指を模したシルエット。三人は呆然と立ち竦む。
両腕を引っ張りそこから垂れ下がる黒い影、やはり地面に吸い付いている。妙に腕が長いと感じたのは、人物の肩が抜けているからで、粘着質とも硬質とも言えない影の表面はぬめる。
空を仰いだ顎にも影が滴る。張り付いた影ゴムを引き千切ろうと努力した結果、顎が外れた。真っ黒な口腔がすぐ間近に見えた。恐ろしい形相。人の顔ではない。
この黒い影には見覚えがある。契約違反の依頼主に下される制裁。長谷川の足に絡み付いたものと同じ。剣は狸の仕業だと言っていた。
だが今、剣はいない。もちろん九里子は頼りにならない。足達は一瞬の内に落胆して判断した。
「あのさ、これ、逃げるしかないよね」
「足達さんに同じく!!」
「上記略!!」
触っちゃいけないものだと三人の本能が満場一致で決断を下す。不幸な人ご武運を!
影まみれでノロノロ動きだった人物。目の前の三人が身を翻した途端、急激な反応を見せた。吠えた。
「ダァアアアア!!」
「これでも食ってろ?」
「小田原さァあああん!!?」
開きっぱなしの顎に広辞苑を突っ込む。ゴスンと突っ込んだのは小田原。叫んだのは九里子。ものすごい対応だったが、千ページの厚みが軽々入る顎を持つ相手とはお付き合いしたくない。
小田原に広辞苑をごちそうされた人物はモゴモゴ呻いた。目の焦点が定まらないのと、四肢の律動が不完全なのと併せて、その場でヨロヨロよろめている。
「小田原さァん!!な、なんてことを、死者にムチ打つ行為を!」
「死んでないよ。不審者にムチ打つ行為だよ」
「でも危ないですよ、離れて離れてー!ノドに詰まって苦しそうですよ~。み、水を飲みますか・・・・?」
「ヘイヘイ、せっかくごちそうしてやったのに、ごちそうさまがきっこえないー!」
「どっちも黙らっしゃい」 ゴス ゴン。
二人の頭頂部に足達の鉄槌が落ちた。ダブルグーパンチ。どうして冷静になれない。
「こんなの私達じゃどーにもならんでしょ。剣さんを呼ぼう」
「剣は長期出張だと行ってオランダに行きました~」
「望みが絶たれた!!」
「オランダの清涼飲料水ってあんまり清涼じゃないらしいよ」
おそらくオランダと思わしき方向を指差す九里子、書いて字の如く絶望を叫ぶ足達、オランダのジュース事情が気になる小田原。海外派遣も担うコックリさん業界。
「ダ、ズァアアア!!」
その間に不審人物は三人に飛び掛ってきた。地面から引きずる影を引き千切り、見事な跳躍!!三人はこぶしを握った。
「不審者の跋扈!!」
「世界記録です~!」
「伸びて伸びて、こっちに来るし!!」
上から、足達九里子小田原。今目の前にある危機にびっくりした。まさかこんな機敏な動きを見せ付けられるとは思わなかった。正気を失った不審者ほど怖いものはない。
広辞苑を噛み砕いた口腔がバクッと開く。人の歯には違いないが、かじられたらタダじゃ済まない。
その時、三人が後ずさった時、足元に突き刺さる飛礫があった。不審者と三人の間に線を引くような、突然の一閃。一番前列にいた足達はぎょっとした。
アスファルトに残されたラインは弾痕、弾丸が突き刺さっている。九里子ではない。九里子は手ぶらであわわって言っている最中だったので、別人?咄嗟に頭上を仰ぐ。
再び閃く光が弾丸を吐いた。激しい連弾が降ってくる。今度はもろに頭に食らった人物が大きく揺らぎ、地面に頭をぶつけた。ビシャッと水分の弾ける音が響く。
「ちょ、ちょっと!!」
足達はわけも分からず慌てた。弾丸の嵐が自分に狙いを定めていないことは分かったが、狙われた人物はどうなる。
頭が地面に激突した音でさえ物々しい。だが弾け飛んだ水滴は血ではなく、黒い影だった。
「足達さん危ないです~!」
「重油みたいな~」
思わず前に踏み出した足達を引き止める九里子、黒い影の様子にコメントする小田原。確かに粘っこくどす黒い油に似ている。
黒い影はアスファルトに跳ね返ると、霧散するグループもあり、すぐまた謎の人物に纏わり付く欠片もあった。往生際の悪い影に再び弾丸の制裁が突き刺さる。一方的な激しい銃撃戦は止まらない。
とうとう射手が姿を現す。銃撃以外の音を立てず、風に舞う木の葉のような動きで人影が地面に降り立ち、軋む黒い人物の背中に銃口を向ける。
同じくその射線上に立つ足達と小田原はギクッとした。ああ、巻き込まれる?巻き込まれ損?
驚くことに、黒い人物はまだ生きている。地面から頭を持ち上げ、奇妙な関節音を立てながら直立する。重力と黒い影の引力に逆らっての意固地な動きであった。
背中の屋台骨もまだ健在なのか、棒立ちのまま足達と向かい合う。足達と小田原と九里子も棒立ちだった。うあ~と呻いて歩いてこようとする。
バカン!!と一発、大口径の銃口から撃ち出されたマグナム弾丸が黒い不審者を打ち倒す。被弾するや否や殴られて吹っ飛ぶ威力。これは誰でも堪らない。銃声にびびった三人もぶっ飛んだ。
人物は背中から折れ曲がり、きりもみ状態で地面にしなだれかかる。触られそうになった九里子がひゃーと叫ぶ。
「ひゃー!!うひゃー!!」
「九里子がひきつけを起こしている!ファンタグレープ飲むか?」
「た、炭酸はちょっと~」
「だ、そうだ。足達」
「水道水でも飲ましとけ!!」
足達の怒り。その間にも12.7ミリの応酬は終わらない。バカスカ撃たれている人がいるのに、ひきつけなんて軽い症状だ。
存分に背中を狙われた相手は小刻みに震え、足元を浮かされ、次には大きな振動で踊らされる。黒い影がやはり油に似た塊となって飛び散る。今度はすべて塵となって消えてしまった。体を縛る影が減るたびに不審者の動きが鈍くなり始める。
弾丸の脅威は被害者の背中ですべて受け止められ貫通しない。人物は横によろめき、三人の目の前から逸れる。空薬莢がバシャンと音を立て地面に振り落とされる。
射手は撃ち尽くしたマグナムリボルバーをホルスターに戻した。裾の短い肩掛けローブが翻ると、中から出てきたのは軍用のアサルトライフル、肩の構えから物も言わずトリガーを引きずる。鋭いライフリングから叩き出されるフルオート射撃が怒声を上げた。
一息吐く間もなく、だーっと弾丸が唸る。四十発、不審者は全身くまなく撃ち抜かれてしまった。休まぬ銃撃で暴れるストックは持ち手にがっちりホールドされてびくともしない。埃と煙とアスファルトの飛沫で、もう人なのか影なのか輪郭が分からない。三人はボケーと見ていた。ロックンロール。






時期外れな小話ですね!九里子さんの謹慎小話。もう一個。(2008/11/14)


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