やまとなでしこサンバ。 <2/2>
マガジンを消費し尽した音が鳴り、銃撃の怒声が黙る。秒速の世界でカタが付いた。マシンガントークだった。
「・・・・し、死んで、死ぬわこりゃ・・・・」
静寂よりも静かな小声で呟く足達。誰にとはナシに言ったものの、誰も答えなかった。マシンガントークの小田原も無言でいた。
三人は動かず、目だけで被害者の不審者を見る。地面に突っ伏したままピクリとビクッとも動かない。今通報したら、間違いなく事件ですと言い切れる。
しかし頭のところ、髪の毛ではない黒い物がうごめいた。影がまだ一欠片残っている。そこだけが海底のワカメのようにザワザワ揺れる。突起を形成し始めた。カタツムリの触角にも見えるが、それは二本一対のツノだった。異形の立体、残りの影が鋭くこよりとなってねじ上がる。
最後の足掻き、再び立ち上がる。と思った時、謎の射手が動いた。
もがく影にめがけゼロ距離に詰め寄ると、ローブの奥底から湧き上がったショットガンで最後の制裁を見舞った。銃声に重なり、激しい断末魔が空気の膜を破る。
「ズァアア!!」
胴体に余すところなくショットシェルが被弾する。最後の影がきれいに吹っ飛んだ。宙に舞う水墨の如き黒煙。
ほとんど無抵抗であった不審者は完全に沈黙した。足達三人が見ても明白だった。
剣がタヌキの仕業と言わしめた黒い影は消えた。纏わり付かれていた不審者もまた、長谷川の行き過ぎた姿だったのだろうか。それにしても、処遇のやり方が荒すぎる。処遇ではない、これは処分か処刑だ。契約違反の罪は異常に重すぎる。
突然出てきた不審者もとい契約違反者、そして謎のガンマン。両者を前に、三人はなんと言っていいか分からない。うめく声が聞こえた。
「どぅ、あ」
足達と小田原はギクッとした。動かぬ屍と化したはずの人物がぎこちなく体を起こす。ありえぬ。ここまでやられておきながら、ありえない生き物だ。
しかしガンマンは銃口を上げない。ローブのフードをかぶったままなので表情が見えない。いいの?いいのか?二人もぎこちなく視線をうろつかせた。黙っていていいのか?
そして屍もどきは意外なことに、身軽にスタッと立ち上がった。足取り軽やか。表情も晴れやか。
「ふー、助かりましたあ!どうもありがとうございます!」
不審者の屍もどきはすでに正気に立ち返っていた。というか、生き返った。まさに生き返った如き爽やかな様子。
あれーっ!?と呆気に取られる足達と小田原の横を通り過ぎ、ガンマンに歩み寄り、軽やかにシェイクハンズを求める。ガンマンも気さくに応じている。
「これもアフターケアですからお気になさらず!以降は無期限に契約の対象外となりますのでご了承下さい」
「了承しますー。でももうサッパリしました!妻子持ちのくせに言葉巧みに近付いてきたあのバカ男を地獄のドン底にドン詰まりにして下さったご恩は忘れません!では私、新しい恋を探しに行ってきます」
「よい出会いを。Hava a nice day!!」
「サンクス!!You too!!」
なぜ英会話で終わる。不審者もとい、普通のOL風の女性はサッパリした顔で、ヒールの音も高らかにスタスタ行ってしまった・・・・。不審者じゃない、オフィスレディだった。
「あの人、なんだったのか・・・・」
「普通のオフィスレディじゃね?事情はさっき聞いたけども」
彼女の門出を見送り、足達と小田原は首を傾げる。こういう展開もあるのか。
謎の不審者の謎は解決したものの、謎のガンマンの謎は未解決。剣と同じことを言っていた。彼の同業者かもしれない。ということは、コックリさん?
「あのー、もしや謎のあなたは剣さんの同業者ではないか、と思うんですが・・・・」
遅ればせながら尋ねる。足達の問いにガンマンは振り返り、同じく気さくな口調で答えた。
「どうも!遅ればせながら、いきなり失礼しました」
「あ、ああ、どうもどうも」
「何もかもいきなりな人ですな」
足達と小田原の手を握り激しく上下に振りまくる。激しいシェイクハンズ。思わず引いてしまう。声からして男だった。
「契約違反の先方をようやく見付けたところ、あなた方が巻き込まれてしまうかと思い、このような形となり大変遺憾です。驚かせてしまいすみません。慌てちゃいました」
「ええ、まあ、助かりました」
「ミートゥ。右に同じく」
「なんて寛大な方々だ!ありがとうございます!!九里子に聞いていた通りです」
反応がいちいちうるさい。が、今、聞き捨てならない名前が挙がった。二人は九里子を見た。その九里子は、ハッと思い出したように手を打つ。回路が繋がった。
「あっ、もしかして!?えーと、兄さん!!」
その反応が鈍い。ああ、お兄さん・・・・て、足達と小田原はぶっ飛んだ。
「え、なに?兄さんて・・・・」
「九里子の、兄貴!?」
「はい、えーと、そうです~?」
首を傾げる九里子。その語尾上がりはおかしい。なぜ疑問系で答える。足達と小田原はろくな予感が起きなかった。そこは断言するところだろう。小声で九里子に詰め寄る。
「そこはハッキリした方がいいと思うけど、なぜ疑問系になるの?」
「どうせ九里子の家系、ロクナモンジャネー」
「あああごめんなさい!でも、兄さんと言いますか、そうでないと言いますか、どうか・・・・」
「はっきりせい!!」 ゴズン。
「あいちゃー!?」
ポケットサイズの現代語辞典で脳天をやられる。あいたー。痛いやり取りをよそに、彼は目深のフードを脱いだ。
「遅ればせながら自己紹介を。九里子の兄の桐人と申します」
きりと。そう名乗った彼は九里子とそっくりとは言い難いが、やはり金髪にキツネ耳が飛び出す。つり目だが、頬骨の高い細面は人好きのする顔をしている。小田原は九里子を小突いた。
「ちょっとー、いい男じゃない九里子。お前にこんな兄貴がいたとは」
「ええ~、そんな、やめた方がいいですよ~」
「さらに申し遅れましたが、九里子の姉の夫です」
「兄さんじゃなくて義理の兄ってことね・・・・」
やっと九里子の言い分が通じた。足達は納得した。そこをもう少し穿ってほしかった。正統と義理では随分違う。
「なんだ義理か。そういう時はお義兄さんと呼ぶんだ」
「さすが辞書部の小田原さん。オギアニサン?」
「荻阿仁さんて誰だ!!地名か!」 ドスン!
「怒りのショルダーアタックが!!」
山の名前みたくなった。小田原の激しい訂正を受け、九里子はようやく合点がいった。壊れかけのテレビを引っ叩いて直る要領で。来ましたよ電流がー!
「そー、そうなんです。私の兄さんではなくて、私の姉の旦那さんです、桐人さんです」
「残念だけど、それはさっき聞いたわ」
「ミートゥ。足達に同じく」
重複している。本人がとっくに自己紹介した後では遅い。どうしてもあと一歩遅い九里子。
いきなりが重なって、九里子の家族構成が出てきた。九里子の姉と言えば、前に一度見たことがある。図書館で剣の呼び出しを頼んだ時、インフォメーションセンターの女性が九里子に似ていた気もする。
「もしかして九里子さんのお姉さんって、インフォメーションの人?」
「そう、前に会ったことある」
「あ、たぶん違います~。姉さんは本社勤務なので、あんまり外には出ないんですよ~」
「じゃあ別人だったのね。キツネ違い」
人違いと言うのかキツネ違いと言うのか。図書館と言えば、同時に長谷川の事件も思い出す。
「ちょっとお兄さん聞いて下さいよこの前、こいつはとんでもない失敗を犯して減俸と業務停止処分を食らったんですよゲヘヘ」
「小田原さん何もそんな一息で矢継ぎ早に!!」
なんの前フリもなしに言い出す小田原。びっくりする間も止める間もない。九里子は慌てるが、やっぱり今一歩遅かった。全部バラされる前に、止める!!
「小田原さん、申し訳ない!!」
「ならば逆にこうしてやる!!Do it!!」
「ぎ、ギブ!ギブミー!!」
「間違ってる、そこはかとなく」
小田原に掴みかかった手を逆に掴み返されてもがもがもがく九里子、なんとなく訂正を入れる足達。
「えーなになに?何があったのか聞きたいな!!」
「お兄さんはこの有様に対して少しは疑問を持って」
ノリノリで突っ込んでくる桐人。義理の妹が公私共に大変なことに陥っていることに関して割とノリが軽い。大変な事態の詳細は、九里子が小田原に二の腕を抓られている。痛い。
「まあまあ、九里子の処遇はともかく、楽しくやっているようで安心しました。さすが日本文化が誇る大和撫子、その名高きブランドは聞き及んでおります。イエスヤマトナデシコ!」
「お兄さんこそ大事なことを三段階ほどすっ飛ばしてませんか?」
まあまあ!さておき!と軽い感じで場を収める桐人。まったく収まっていないのに全然気にしていない辺りが軽すぎる。
しかもこの局所的な二人の女子高生だけを見て勘違いできるところがおめでたい。イエスヤマトナデシコ!とか言われても。普通に困る。
「九里子さんは失敗続きで先が危ういと聞いたけれど、本当にこれで大丈夫なんですか。本人よりこっちの方が毎回うかうかできないんですけど」
「まあまあ。仕事の失敗なんてどうにかなるもんですよ。人材育成も会社の大事なプロセスですから。責任問題ですから」
「だからその危うい人材を抱えた会社は大丈夫なのかと・・・・」
「いやまあ、アッハハ!!」
当初の登場で実弾をばらまいた人のノリとは思えない。見たところ九里子と同じ業務担当らしいが、彼の方が何倍もプロなのだろう。しかし言動がベテランらしからぬ。この人、最後は笑ってうやむやにした。
九里子の百倍以上はありそうな火力を今さっき目の当たりにした。実力はすごい。力のあるコックリさん。よく見ると外国の兵士にも似たスタイルで、流れの傭兵のようでもあった。
桐人は一旦笑いを納めると、足達と小田原に向かって深々と頭を下げた。
「いつも九里子と仲良くして下さってありがとうございます。妻も心配しているんですが、この様子を見ると、なんだかアッハハ!!」
「ここは笑うところじゃねーだろ!!」 と言いたかった。しかも笑いが一瞬たりとも収まっていない。
「この状況を見て仲良くしてると思えるんだ・・・・」
「なー九里子、あたし達なかよしだもんな。うんって言え、そう言え!!」
「足達さんには助けてもらったりしてますけど、小田原さんにはよく叩かれています~」
「なんだとこのろくさい!」
「だから六歳じゃないですよ~!!」
「もうホント、見るからに仲良しって雰囲気で!よかったね九里子!!」
ドキリ。節穴だらけの観察眼で状況を捻じ曲げる桐人。会話はできるが起承転結に結び付かない人だ。こう来られると、九里子の方が百倍まともに話せる。
と、携帯の呼び出しが鳴った。足達や小田原、九里子の物ではない。桐人がポケットから取り出した携帯が着信を知らせていた。
「はい。ええ、終わりました。はい、・・・・長町の黒下さん、一ヶ月の超延滞。すぐ向かいます」
「仕事かね」
「だね」
「ですね~」
桐人は硬い口調で通話を終えると、ヒソヒソ話している三人に向き直った。
「慌ただしくてすみません!仕事が入ったので失礼します。今後ともどうか九里子をよろしくお願いします。本当にもう、こちらも気が利かなくてお土産も何もなくて!恐れ入ります!!」
「いや、そんな畏まられても」
「こっちも別に呼んで顔合わせてるわけじゃないんで」
「私が勝手に押しかけてるだけですよね、はい・・・・分かってます~」
「自覚はあったのか」 と言いたい足達と小田原。こっちから呼び出したのなんて、初回の一回しかない。後は九里子から自発的に出没している。
「じゃあ九里子、謹慎でも頑張るんだよ!あ、遅ればせながら名刺です。何かお困りの際にはぜひご連絡を。それでは!!」
足達と小田原それぞれに名刺を差し出すと、桐人はダーッと走り去ってしまった。普通に走って行くんだ・・・・。疾風の如き出没に、二人は無言で見送った。
「嵐のような人だったわね・・・・」
足達の呟きに他二人は頷いた。九里子も賛同している。実弾と軽いノリをバラ撒きまくって帰っていった。小田原が言う。
「とろい九里子を見た後だと、早送りのような人だった」
「とろくてすみません!!でも桐人兄さんはとても忙しくて、私とは全然違って仕事がたくさんあるんです~」
「見りゃ分かる」
「すみませぬ!!」
成す術もなく謝りまくる九里子。それは言われなくても見れば分かると足達も思った。
「でも、あのオフィスレディはなんだったの?あんなにバカスカやられて、普通に元気になって帰っちゃったけど」
原点の疑問を振り返る。九里子のベレッタひとつだけでも怖いのに、あの重装備はやるせない。生きた心地がしなかった。空薬莢はいつの間にか回収されているが、夢ではない。
「私達に配給されている弾丸は普通じゃないんです~。お二人も見ましたよね、黒いネバネバのやつを~」
地面から生えてオフィスレディを覆っていた黒い影を言う九里子。
「あれ用ってこと?」
「です~。契約違反者に取り憑いたバツなんですけど、あれを取り除くための物なんです。ここで私が小田原さんを撃っても、痛くも痒くもありません」
「ヘイ、ユーキャンストップ。なぜ足達ではなくあたしを限定に言う。恨みか、さっき二の腕を執拗に抓ったことに対しての恨みか!!」
「あぎゃー!!違いますー!!ごめんなさい、すみませぬ!執拗に二の腕の裏側を抓らないで下さい~!いいい痛いです~」
「痛いようにやってる!」
「やめろ」
さっきの話ではなく今現在の話になっている。足達は小田原の後頭部に二の腕による殴打を見舞った。
「それで、九里子さん」
「あひー。そ、それでですね、それだけです」
簡潔に締める九里子。簡潔とは呼ばない、やっつけ仕事である。足達は脱力した。
「それだけ?ずいぶん乱暴なシステムね・・・・」
「暴力反対、ランボー反対」
起き上がってきた小田原に再びランボーの如き鉄槌を下す足達。人をランボー呼ばわりするから。
「契約違反したらタヌキにシメられて、キツネが尻拭いすると。なんか穴掘って埋めるような仕事ねえ。不毛っつーか」
「だって昔からそーなんですよ~。私に苦情を申されてもなんともなりません~。桐人兄さんは契約違反者の救助を担当してるんです」
「端的に言うと、金貸した債務者のツケを払っていると言うか、払わされているとゆーか、取立て屋みたいなこと?スゴ腕の取り立て屋?」
「端的っていうか率直ですけど!えーとまあそんな感じです、乱暴に言うと~」
負のサイクルを生み出しているようにも見える。どうせなら依頼者をそのまま破産させた方がラクな仕事だ。わざわざ桐人のような仕事屋が出張る手間も省ける。
だとすると、放っておかれたら長谷川もあのオフィスレディと同じ目に遭っていたかもしれない。あいつは少しくらい痛い目に遭った方がいいかもしれないが。
「じゃあさー、もしも桐人兄貴が来なかったらどうなってたわけ?」
小田原の疑問。長谷川は寸止め、オフィスレディは末期らしきところを救われた。
行き過ぎた先、黒い影に覆い尽くされた最後、末路はどうなってしまうのか。いい目に遭うとは思えないが、今後の参考に。九里子はハキハキと答えた。
「はい!それは私でも分かります、死にます」
「重い!!なんて恐ろしいやつらだ、帰れコックリさん!!」
「謹慎が気まずくて帰るに帰れないんですよお~!!」
即刻帰還を促す小田原、突然の非情な宣告にびびる九里子。コックリさん、マストリターン。
そんな恐ろしい連中には関わっていられない。その末端を担う九里子さえも避けたい。現に長谷川の前例がある。足達は沈痛な面持ちで額を押さえた。
「足達さんからも小田原さんになんとか言って下さい、お願いします~!!私今夜は帰りたくない!」
「なんとか。そういうのは剣さんに言って下さい。ともかく帰るに帰れないのなら、送っていくわよ」
「ぎひー!!まさかの裏切りー!!」
バン、と小田原の放置自転車(今まで地面に転がっていた)を叩く。このままだと荷台に積み込まれて搬送されてしまう。逃げに出た九里子を捕まえる。神速の足達と異名を取る。
「さーて九里子さんのおうちはどこかな?付き添ってあげようか?」
「私ろくさいじゃありません!!六歳じゃありません!!」
「でなければ九里子、それが嫌なら犬のおまわりさんを呼ぶぞ。そして剣を呼ぶぞ!!この家出不良キツネ!!」
「犬はやめて下さい!!犬は噛みます吠えます~!!そして剣は、耳を引っ張るんです・・・・怖いんです・・・・」
迎合した小田原の攻めを受け、九里子は力なく地面にへたり込んだ。よってたかって家出キツネを苛む女子高校生達。世も末である。
ちょっとやりすぎたかな、と足達は思った。ここで仏心を出していいものか。判断は付かないが、放っておくのも可哀想すぎる。地面に沈み込む九里子の肩を叩く。
「じゃあ九里子さん、今日はうちに泊まる?麻婆豆腐はないと思うけど・・・・」
「えっ、いいんですか!?ありがとうございます~!」
途端に明るくなる九里子。身替わりが早い、明暗の転換が早すぎる。そこへ小田原が迎合した。
「じゃあ今夜は足達のうちで合宿しよう。あたしはお菓子など持って行くから!」
「お前は来るな。呼んでない。来たらタンスにブチ込む」
「あれ!?何段目の引き出しに!?」
「そこは問題じゃねえええ」 と言いたい足達だったが、来たら確実にブチ込もうと思った。引き出しの一番奥に。
「あ、じゃあ、私は一番上の引き出しに収まりますので!ご心配なく!」
「いや、九里子さん」
「いや、一番上はあたし専用だ!お前はむしろタンスの裏だ」
「そうじゃねえ、小田原」
「タンスの裏は埃っぽいです・・・・でも足達さんがそう言うならしょうがないです~タンスの裏で結構です」
「話もまとまったところで、行こうぜ!!六時集合な。一晩踊り明かそうぜ!!」
「私はジェンガしか踊れません~」
今夜、自分の部屋では一体何が跋扈するのか。ほほえましい状況を脳裏に描き、足達はほほえみ、いや微笑ましくねえ。二秒で思いを改めた。三人でジェンガしたら確実に床がブチ抜ける。
コックリさんにも家族がいたというお話でした。桐人の笑い上戸。足達の家は確実に床が抜けました。(2008/11/14)