隣人はオランダに旅立った。 <2/3>
「気持ちのいい天気だ。大安吉日に晴れてもらって、上様には感謝感謝ですな」
「何せ御大が大喜びで降らせたけん。かんかん照りじゃ嫁入りはできん」
「九里子も落ち着けば、御大の爺さんもようやく肩の荷が下りるんじゃ。わしらキツネも安泰じゃ」
雨粒一つない晴れた空、わいわいガヤガヤ言いながらの団体。九里子を確保して足達と小田原のいる学校を出た後、嫁入り行列は滞りなく進んでいた。
行列は人の世界から完全に隔離される。狐のハレの日に相応しい天気だが、人の世界では夜と見紛うほどの暗がり、豪雨と化す。雨の境を用いて花嫁行列を閉ざす。見る者が外から見れば、狐達の吐く息や眼光が狐火として浮かび上がる。
当の九里子だが、胴上げじみた搬送から解放されたものの、あーとかうーとか言いながらトボトボ歩いている。生きるしかばねである。古びた洋館で出会ったら初期ベレッタで撃っても差し支えはない。
足達と小田原に助けを求めたのはいいが、この親戚を敵にしては危うい。二人を巻き込まず、さっさと一人で逃げた方がよかったかもしれない。
どうやって逃げようか・・・・骨が折れる。もしかしたら二、三本折れるかもしれない。もしかしたらすでに折れてるかもしれない。
「万里子の時はすんなり事が運んでよかったもんだが・・・・九里子!お前もそろそろ覚悟決めて、潔く身を固めんか」
話題の中心から矛先を向けられ、九里子はギクッとした。逃げる算段もまとまってないのに酷なムチャ振りである。
「もー!!叔父さん達がムチャクチャなんでしょーがあー!!強引すぎ!」
「何を言っておるか。万里子は今のお前くらいに結婚しただろうが。むしろ、未だにフラフラしとるお前の方がマジヤバくね?」
「むりやり言わないで、マジヤバとか!」
キツネ界隈でロマンスグレーと名高い壮年期がガチでヤバす。
「それにお姉ちゃんは関係ないでしょー、もおおお!!私は私、お姉ちゃんはお姉ちゃん!区別して!」
「そうとも、九里子は九里子、ワシはワシ。ワシの判断によってご成婚おめでとう」
「ハナシ繋がってなーい!!」
無理矢理な論法でまとめられた。爆発寸前で袴の叔父に掴みかかるが、扇子でバシバシいなされる。
「みんながお前を祝っとるんだ、少しは嬉しそうに。ほらスマイル!」
「笑えなーい!!」
扇子を奪い取りバギャーン!!とへし折る。九里子の逆襲劇、周囲がシーンと静まり返った。一身に注目を集める。
いつもならこんなプレッシャーに耐えられない九里子だが、ここぞとばかりに怒りを爆発させる。普段おとなしい人が反抗の意思を見せると酷い。
「本当にもう、これは、笑えないお話ですよ!喜怒哀楽の怒・哀部分しか担ってないですよ!なー、もう!!」
普段から反抗し慣れていない人が怒ると、途中で言語中枢がおかしくなる。なー、もう。
しかし怒りは伝わった。叔父は深く頷いて見せた。
「その割に元気じゃないか」
「これが怒りの力ですよドラァ!!」 ドフ!!
「ぬう!!元気のいいパンチ!!」
しかしあんまり堪えていない。素手パンチではこの叔父一人さえ仕留められぬ。
式場に到着する前に逃げなければ、最後まで強引に進んでしまう。
よわよわパンチでは話にならず、九里子は籠の中に押し込められた。籠って、果物籠とかじゃないよ、人力で運ぶおみこしのことだよ。
「閉じ込めないでくーだーさい~!!」
「会場に着くまでの辛抱だぞ。ちなみに新婚旅行はオランダがおすすめだ」
オランダ・・・・風車、チューリップ、オシャレな自転車社会・・・・おみやげはコーヒーキャンディで。
おみやげはどうでもいい。籠で運ばれてどんどん進んでいく。もうすぐ目的地に着いてしまうことは明白。
狐の嫁入りとは、花嫁行列の際に一度異界を通る。異界とは人間の住む世界。花嫁の実家 → 異界 → 花婿の自宅及び披露宴会場。異界を経ることによって花嫁の身分を塗り替えるのだとか。
あとはご自由に!二次会 → カラオケ。
ていうか相手の顔も見ていない。名前も知らないし、ご趣味はなんですかァ!の下りから入らなければならない。いかに強引に進められているか一層身に染みる。
自分の趣味ってなんだっけ・・・・毎日を生きるだけで精一杯、手隙の時間なんてない。日々を生き抜くことが本業!!
「私は趣味も持てないつまらない人生!?ヒイー!!」
自分で気付いて悲鳴を上げる。余裕のない生き方を身に染みて感じてしまい、自分でもびっくりした。
九里子の悲鳴に慣れている親戚一堂は一向に止まらず、ずんずん進む。つつがなくどんぶらこ進んだ。しかし九里子にとってはめでたしめでたしではない。
「ああ~どうしよどうしよう!!何も思い浮かばない!」
普段から焦ってばかりの人が非常下において考えをまとめられるわけがない。ちっとも冷静になれない自分にさらにびっくりした。
苦しい時の神頼みと言うが、この親戚相手では神の方が仕留められる。あえなくダウン。神、一発K.O.である。
「足達さんに助けを求めればよかった・・・・」
小田原の名前が出てこない。それは冷静な判断だと自分でも思った。小田原、か・・・・。
苦しい時の神頼み、神も仏も頼れないならコックリさんでテストのヤマ当ててもらおうぜ!ゲヘヘ!!ラクしてズルして一発逆転かしら!などと言っている邪悪な顔しか浮かんでこない。
小田原はコックリさんに頼んだ。(不純な動機で)(限りなく不正な行為) ならば、自分は誰に頼れば・・・・。九里子は思わず叫んだ。
「足達さん!小田原さーん!助けてー!!」
その声が籠の外へ飛び出し、こだまと掻き消える前に、御簾がガバッとたくし上げられた。外丸見え、九里子丸見えである。
何事かと、びっくりして外を見る。道の脇に立っている人物とばっちり目が合う。誰だ。御簾を空けたらしきその人は、大変険しい表情で口を開いた。
「ヘイ彼女!!お茶しない?」
何その誘い。単刀直入な常套句だが、古い。台詞が。九里子は返答に詰まる。リアクションを司る思考中枢に重大な欠陥が生じた。ハイかイイエで答えるのか。
相手は「止まれ」の標識に背中を預け、お盆に急須と湯飲みを載せたお茶セットを構えている。持参か、お茶持参か。しかし表情と口調が厳しい。誘っておきながら限りなく拒絶の態勢だ。
第三者のサプライズ登場に、行列の進行が止まった。
足を止める静かな衣擦れと、かすかな金属音が鳴り出す。籠の中に侵入する不穏な気配。動きを止め、息を吸った。周囲に鉄の臭いが充満しまくる。
鉄臭い空気はまさに戦場である。平和な道中に突如介入するただならぬ雰囲気を感じ、籠の幕から顔を覗かせる。第三者から視線を逸らし、こっそりチラ見した。間違いなく
重装備すぎて九里子はぶっ飛んだ。礼服の黒い狐達が一人残らず銃を構えた格好。母方の叔母が裾を肌蹴たポージングでアサルトをキメている。
引き鉄に触ってはいないが、今にもぶっ放しそうな雰囲気。いきなり戦争に突入している。
銃口の先は一点集中、もちろん第三者の全身である。蜂の巣どころか欠片も残らない殲滅照準に晒され、相手は微動だにしない。自分を囲む銃口の群れを視線でなぞる。
このままではハイかイイエの前にタダでは済まないことになる。止めなくてはと九里子は思い切って外に飛び出した。
「名乗れい!!何故あってか我々の祭事を邪魔するのか!!」
口上を切り出したのは叔父、場を鎮圧する大声にギクッとする。返答はない。敵と思しき相手方に向かってさらに続ける。
「貴殿には黙秘権と弁護士を呼ぶ権利があるが、返答に因っては我々の法に則り、切り捨てることも辞さん」
九里子にとっては絶好のチャンスが巡ってきた。非常時に乗じて花嫁行列を中断できる最後のチャンスかもしれない。この隙に逃げる、など。
冷静に顧みると、第三者の素性が一切分からない。人間はともかく、同族の狐が邪魔をするとは思えない。好機を見出した中に重大な疑問が湧き上がる。
彼を見れば、狐の耳がある。紺色のブレザーとお茶セットでキメている以外は、ここにいる一族と変わらない。そして同族が冠婚葬祭を邪魔する理由がない。戸惑いを覚えるのは九里子だけではないだろう、緊張の中に疑問符が飛び交う。
「はいはいハイ!!お似合いだねお二人さん!結婚しちゃいなよ、ヒュッヒュー!」
また別の誰かが飛び込んできた。九里子は再びぶっ飛んだ。湯気を吹くヤカンを抱えた小田原が陽気に手を叩きながら乱入。意味のない野次を飛ばしながら小走りで乱入。
「おおお、小田原さん!?」
花嫁行列にヤカンを携帯した女子高生が。非日常に非日常が切り込んできた。九里子に名指しで呼ばれた相手は、フッ!と鼻息を散らす。
「小田原?誰だい、それ。人呼んでサプライズ電光石火・参上!!」
それ今考えただろうというネーミングを称しながら笑い飛ばす。明らかに小田原、明らかに声が笑っている。
「なんでここにいるんですか!?」
「ここに存在することにお前の許可が要るってのかい?ハッハー!大層なご身分で九里子さま」
「え~!?ごめんなさい!!」
シチュエーションコントで現れた三人目のノリで怒鳴る小田原。九里子は反射的に身を竦めた。辞書のカドが飛んでくるかもしれない。
そんで、相変わらず無言の謎狐。硬直なのか破綻したのかよく分からない状況で、叔父がハッとして声を上げる。
「もしかしてお前、三丁目のツネ三郎か?」
三丁目のツネ三郎。
小田原は九里子を見た。九里子も見返した。誰だい、それ。
状況をまとめると、三丁目のツネ三郎という狐が花嫁をナンパしている、というシチュエーションになる。あれ?これなんて言うんだっけ。小田原は得たりと頷いた。
「ああ。修羅場?」
「NO!!違うと思いますけど!」
一言でまとめた小田原に対し、ノーと言える九里子。一言で済まされる問題ではない。
「じゃあどうだって言うんだい!花嫁道中の狐の花嫁を奪いに来た狐がいるってんだから、どう鑑みてもコイツァとんだ修羅場だね!末永くお幸せに、YES!!」
「なおもまとめようとしないで下さい~!というか、なんでここに小田原さんが・・・・?」
「え?ここ?通学路」
「うそお!?」
立ち入り禁止区域にあっさり出てくるサプライズ小田原。謎の狐、ツネ三郎の存在が置いてけぼり。
「通学路にお前らが割り込んできたんだろ!そうと言え、YES!!」
「え、いえー!?いいえー!」
熱々のヤカンを片手に迫る小田原、及び腰で曖昧な答えを返す九里子。返答を間違えたらジュッとやられてしまう。
「本当にツネ三郎なのか・・・・」
二人のけったいなやり取りをよそに、叔父は呆然と呟く。ツネ三郎の存在、そんなに重要なのか。
周囲から向けられる疑いの眼差し、中心の謎狐は動じない。ちょっとでも動いたら蜂の巣にされる。きな臭い空気が各々の胸中に漂う。
「ワシの目も鈍ったようだ・・・・本物のツネ三郎か、答えよ!!」
口調を翻し、厳しい詰問に変わる。謎狐はうろたえ気味に頷いた。YES!!
「そうだ、ツネ三郎ですだ!!」
ですだ。ツネ三郎、なぜ急に語尾が訛った。
お代官様に申し上げますだ!と同じ感じで。しかしきっぱりと肯定した。素性が謎狐からツネ三郎へとシフトチェンジする。
ツネ三郎が名乗った瞬間、狐一族は、おお、とざわめく。鉄臭い空気が薄れ、銃口の照準が次々と失速し、一つ残らず地面を向く。
小田原と九里子は疑問符を浮かべながら辺りを見回す。ツネ三郎、そんなに重要人物なのか。
叔父は突如、くっ!と目頭を押さえ、空を仰いだ。大袈裟な身振りにギョッとする。
「あのツネ三郎か!!家に恵まれながら病弱で三度も死に掛けた三男坊が、こんなに立派になりやがってちくしょう!!」
続いてその奥さん、叔母がハンカチで目元を押さえる。
「よかった!!十年前に体質改善してからは健康の見本として飾っておきたいくらいだったのに、働きもせず遊んでばかりで・・・・」
「泣かないで奥さん!でも本当によかった・・・・口癖が明日から本気出す、ついたあだ名がリーサル・ウェポン・・・・」 ←隣りの奥さん
「姉さん、湿っぽいエピソードはやめましょ!でも、家族を散々泣かせてきたあの子がこんな大胆なマネをできるなんて、私も泣いちゃう!!」 ←隣りの奥さんの妹
「よーし胴上げだ!!そーれわっしょい!!」 ←隣りの奥さんの妹の従兄弟
『おめでとう!!』 ←全員
小田原と九里子が見ている目の前で胴上げが始まった。胴上げの主役、ツネ三郎は華々しく宙を舞う。二人の視線は激しく上下へと変遷する。うわあ、高い・・・・。
それにしても長男と次男の名前が気になる。ツネ一郎とツネ次郎なのか。どうなのか。それだけ教えてほしい。
しかし、とんでもねえ放蕩息子である、ツネ三郎。近所の人々から暴露されたエピソードを聞くに、どうしようもない。これにはさすがの小田原も苦笑い。窓から叩き出せよ。
そして花嫁奪取という大胆な所業をやらかしておきながら、胴上げ接待。地面から最大で十メートルは飛んでいる。
このままでは十メートル越えも間近という時、叔父が制止をかけた。
「ストップ!!やめ!!」
ようやく空中浮遊から解放されたツネ三郎は地面に降ろされる。重いっきり咳き込んでいる。酔ったらしい。何ジャンル酔いだろう、胴上げ酔い類。
散らばったお茶セットを拾い集め、小田原は緑茶を淹れた。こう見えても、自分、茶道部ですから!(畑違い) ゲホゲホ言うツネ三郎に差し出す。よく頑張った、お前、頑張ったよ・・・・!!
「お疲れ。さあ飲め、駆けつけ三杯」
「は、吐く・・・・昼の学生調理・・・・」
五臓六腑の胃袋辺りが飛び出しそうな弱々しい声。あと小田原は駆けつけ三杯の意味を間違えている。
ちなみに「学生調理」とはパンの商品名であり、「おいしいドッグ」とツートップを張る双肩である。どうでもいいパン情報と言うなかれ。学生調理なめんな。
パンの話が熱いですね。たまごトースト好きでした。今はもうないのだ…。(2012/3/12)

