隣人はオランダに旅立った。 <3/3>
胴上げで盛り上がっていた集団がようやく沈静化する。なぜか拍手で締め括られる。様式美ですね。すでに三合ほどのアルコールを乾杯した盛況ぶり。
叔父は扇子を広げて暑いなあ!と扇ぎつつ、その先でツネ三郎を指す。
「よしツネ三郎、お前の心意気は見せてもらった。今日の雄姿、ワシの目ん玉にしかと焼き付けた!!」
心のネガに焼き付けた叔父。しかし狐耳の中年に凄まれると断然迫力が違う。あるとないとでは大違いだよ、良くも悪くも。小田原は空気も読まずブッハァ!!と噴き出す。
「こうなった以上後戻りはできんぞ。お前の勇気に免じて九里子はくれてやる。持ってけワッショーイ!!」
「くれてやるって!叔父さん!!」
「大負けに負けて、五千円でいいぞ」
「売らないで下さいよ!人権保護!!」
「狐に人権も人生もあるかワッショーイ!!」
「だからわっしょいってなんですか!?」
勢いで言ってるところがある。正しくは、わーしょい、との説もある。勢いで売られる九里子。
「小田原さんもなんとか言ってやって下さいよ~!」
「任せとけってんだ。五千円も持ってないから五十円でいい?」
「売ったぜドロボー!!」
「交渉成立!」
破格も破格、タダ同然で売られた九里子。ノリで商談成立。売買対象の本人は卒倒しそうになった。グラム一円以下で競り落とされる経験もなかなかない。
五十円かあ・・・・。小田原はポケットを探り、五円玉と十円玉でちょうど五十円、叔父に渡す。小銭で取り引き。
「はい五十円(消費税込み)」
「確かに五十円(消費税込み)」
「なおかつ消費税込み!?」
九里子は小田原の肩を掴んで揺さぶった。もうちょっと高く買ってよ!
「五十円なんて、あんまりです~!」
「バカ言うない。五十円あったら・・・・すごいことだぜ?」
「すごいんですか!?私一人分の身代金として正しいですか!?」
「学校の近くの駄菓子屋さん、バラ売りしてるからな、五十円もあったらお菓子たくさん買える。予想以上にな。今度連れてってやるからさ・・・・」
「良心的なお店ですね!」
素直に感心する九里子。小田原のお菓子情報によって論点をすり替えられたことに気付かない。ツネ三郎は無言で同情した。まあ、こんにゃく棒ゼリーうまいけどさ・・・・。
緊迫した雰囲気が霧散したことで、意味を失くした花嫁行列はダルダルになった。キツネの親戚達は一気に騒がしさを増す。
「お相手には悪いことをしたなあ。ちょっくら謝罪してくる」
「お父さん!しっかり謝ってきて下さいよ!ちょっと行って菓子折り買ってきますから」
「ちょっと高いやつな!」
そんな軽いノリで謝罪するのか。九里子は改めて事の重大性を思い出し、青くなったり土気色になったり、お金が絡む事態に倒れそうになった。
てゆか、菓子折りで相手方が納得するのか。ツネ三郎と小田原も心配する。ちょっと高いやつでいいのか。
「姉さん、私も行きますよ。せっかくよそゆきにセットアップしたんだからデパート行きましょうよ。デパ地下行きましょ」
「それいいわね!お食事して帰りましょ。お父さん、今晩は冷蔵庫にあるもの食べて下さいね」
「峰子ー!!」
「まあな、主役の花嫁がおらんでは話にならん。中止もやむをえん。キャンセル料は?慰謝料か?」
「えーと、大体このくらいですかね」
「ひょえー。だったら家建てるわ!!」
ワッハハ。(爆笑) 電卓の数字をチラッと見た小田原がブッ飛ぶ。じゃあ、車も買うわ!免許ないけど。そんでガイシャ買うわ。
冗談では済まない金額だが、親戚みな一笑に付す豪胆さ。もうほっといてもよさそうだ。
完全に蚊帳の外ポジションに格下げされた九里子達。一瞬前まで主役級だったとゆうのに。この仕打ち、ちょっと納得できない。ツネ三郎にみんな持っていかれた。
九里子は不審げに謎キツネを見やる。相手は青い顔で虚空を睨んでいる。もしかして吐きそう?
叔父がクルッとターンして三人に向き直る。その軽やかなステップ、凄惨な状況にそぐわぬ。
「九里子はさておき、ツネ三郎と小田原さん」
「さておきってなんですか」
「ツネ三郎じゃなくて・・・・ああ、それでいいですけど」
「小田原じゃなくてレボリューション電撃作戦ですけど」
素で忘れている小田原、自分で言ったことをすでに忘れている。いつからレボリューションしてた。その他二人はギョッとして振り返るが、叔父は気にする風でもなく先を続けた。
「今日の始末はワシらが付けておく。のちに追って、九里子へは連絡する」
「は、はい」
「身内内の不祥事とは言え、先方に無礼を働いた事実は明確である。何かしらの処分は覚悟しておけ」
「ひええ、怖いです、ごめんなさい・・・・」
「まっ、別にどうでもいい。ビクビクするな、長い人生にとっては微々たるケチな一日だ。取り立て何もないだろうけどネ」
「軽ッ!!」
「ではワシはこれにて失礼するぞ。家に帰って冷蔵庫の残り物をあさる仕事が待っているんでな」
「安ッ!!」
「小田原さん、この道を逆に進めば元の場所に戻れる。アバヨ!!」
「速ッ!!」
とりあえずの言葉を残し、叔父はすたこら去ってしまった。リアクションの順番は上から、九里子、ツネ三郎、小田原。フットワークも軽いな、叔父さん・・・・。
他のキツネ達もそれぞれ好きな方へとそれぞれ解散していく。残された三人は無言で見送る。キツネ耳だけじゃなく、後ろ姿を見ると尻尾もあったのか。何かのイベントですか?
「はー、助かりましたあ」
九里子は呆然としていたが、ようやく安堵の溜め息を吐いた。小田原も頷く。
「ホント、その通りさ。危うく蜂の巣にされるとこだった」
「急に出てくるからビックリしましたよ~!で、こちらの方は一体誰ですか・・・・?」
不審に思いながら、ツネ三郎と呼ばれた謎の人物を振り返る。ツネ三郎は頷いた。
「ジャーン!!あのね、気付いてるだろうと思ったけど、私よ」
ジャーン!とか陽気なこと言いながら金髪カツラを外す。九里子は仰け反る。地毛じゃなかった。
現れたのはいつのもの足達だった。陽気なこと言ってるが、完全に疲れている。これ?空元気だよ。九里子はまたもや仰け反る。
「おおお足達さんン!?なぜに!?」
「なぜにも三四もないわよ。小田原の作戦が幸か愚行か、辛くも功を奏したわけで・・・・」
「何を隠そうあたしの仕業ですよ。こうもうまく騙されてくれるとは、キツネも大したことないようだな!ハハッ!こうしてくれる!!」 ギュー。
「あつあつのヤカンを顔に押し付けないで下さい~!」
「もう冷めてる」
騒ぐ二人の横で、足達は小芝居の装飾を取り外す。カツラと嘘のキツネ耳。そう言えば尻尾を忘れてた。よくぞバレなかった。尻尾の存在意義を本職に問い質したい。
落ち着くため、三人はお茶を淹れてホッとする。地べたでティータイム。
「助けてもらったのはとてもありがたいんですが、とんでもないことしましたね・・・・」
「急場しのぎにしては良好じゃん?結果オーライじゃん?カツラ等は演劇部の部室を掘り起こして無断拝借した」
「大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ!!あたしが大丈夫だと言えば、温暖化も大丈夫だ」
「何言ってんだ。この制服、男子のでしょ?どこから借りてきた?まさか勝手に持ってきたのかよ」
「借りてきた?そうね。着用中の制服を奪う行為がレンタルだと言うならば、熊谷くんから借りてきた」
「熊谷くんゴメーン!!」
学校があると思しき方向に向かって叫ぶ足達。いきなり追い剥ぎに襲われてごめーん!! (熊谷くん、同じクラスの男子。無口だが不言実行で知られる堅実な性格。襲われた際の言葉は、「ジャージあるから」)
足達と九里子は、襲撃された熊谷くんの心情を思い、心の中で謝罪した。まことにすまない。追い剥ぎの悪名を冠した小田原は我関せずの姿勢。足達に叩かれた。
演劇部の被害とクラスメイトの犠牲によって小道具は揃えられたらしい。ヤカンとお茶道具は学校の備品である。すべて無断拝借によって成り立っている。
お茶を濁すようだが、足達は無難にまとめる。
「小田原が小道具を持ってきた時は何事かと思ったけど、まあね、九里子さん。望まぬ結婚を回避できてよかったね」
「そ、そうですね」
九里子の無難な受け答え。小田原は足達に叩かれて空を仰いでいる。豪速ラリアットが功を奏した。
「でも、まさか助けに来てくれるなんて思いませんでした~。ありがとうございます!小田原さんも」
最後の名前、取って付けたような言い方。感謝され、足達は照れくさそうに笑う。
「水臭いこと言わないでよ。なんていうか、ホラ・・・・動物愛護?週間?」
「動物!?一週間限定!?」
「てゆか、今週は該当週間じゃなかったんだけど」
「怖いこと言わないで下さいよ!今週がそうであっても、そうでなくても、もしかして見捨てられてました!?私、捨てられてました!?」
「いやいや、助ける気はあったから!確かそういう週間もあったな~、って思い出したくらいで・・・・」
動物愛護週間の存在、マジ感謝である。九里子はマジ冷や汗もんである。
薄情な話、足達は一応カレンダーを確認してから行動に移した。小田原は面白いから計画しただけの話、特に打算はない。こうなると小田原の方がいい人に見えるから恐ろしい。騙されないで、小田原は基本ダークサイドだよ。
危うい綱渡り。冷や汗ダラダラの九里子に対し、足達は慌てて付け加える。
「心配しないで!大丈夫!愛鳥週間でも、可」
「鳥じゃないですよ!?私、キツネですけど!?」
「そう、相手を労わる気持ちがあればこその行動、気持ちが大事さ。感謝の気持ちとして、なんかよこせ。金品をよこせ」
「揉ますな!!」 ドス!!
復活してきた小田原の頭に手刀、から派生してノドに水平手刀。これを変則バーティカル・チョップと名付けよう。
「金品を要求すんな」
「やりやがったわね。しかしこんなチョップ効くわけゲッホォ!!」
メッチャ効いてる。小田原への甚大なダメージ。しかしこんなチョップで引き下がる小田原ではない。
「九里子との間に、のちにわだかまりを残さないようにギブアンドテイクは必要だと思う」
「お前は貪欲だな。あんたの貪欲さがあれば起業できるわ」
「あわわ。あの、お礼はしますから・・・・あっ!そうだ、これをあげます!」
九里子は懐のブツを探り当て、何かを取り出した。二人はその手元を覗き込み、首を傾げた。
「何これ?」
「テレカ?」
「図書券です~」
図書券・・・・まあ、いいか!二人はそれで手を打った。千円分、いいじゃない。
白無垢の懐になぜ図書券が入っているのか。ひたすら気になるが、花嫁(候補だった者)が持っていても邪魔になる物ではない。その格好で入店された書店が若干戸惑う程度である。は、花嫁がー!!(騒動、通報、確保)
小田原は晴れた空を見上げ、フッと笑った。なんで爽やかな笑顔で締め括る。特に意味もなく笑っただろ。
「まあ、とにかく一件落着なことだし。帰ろうか」
「疲れましたあ~。あ、小田原さん、その図書券で辞書なんて買わないで下さいよ~。すぐ殴るんだから!この前の化学の教科書すっごく痛かったんですからね!心に突き刺さりました」
「ニュー辞書を購入したら考えないこともない。だが辞書の値段なめんなよ!!」
「ヒイ!!辞書部員怖い!!」
「辞書はいいから早く帰るわよ。この道を逆に戻ればいいんだっけ?」
「足達さん、そっちじゃないです」
躊躇なく歩き出した足達を引き止める。そっち行ったらコックリさん社会に行ってしまう。九里子は学校まで二人を送ることにした。
「ヨーシ帰るか!学校に自転車あるし、取りに行かないとね」
「熊谷くんに制服を返却しないとね」
「私も早く着替えたいです~」
「あたしと足達は学校に戻るけど、九里子は森にお帰り」
「私の家は森じゃないですけど!?建物ですけど!?」
「そう言えば九里子さんてどこに住んでるの?」
「実家はありますけど。社員寮があるので、お家賃払って住んでますよ」
コックリさんの社員寮か・・・・。意外とまともな答えが来て、逆にびっくりした。さぞかしキツネ耳に溢れていることだろう、老いも若いも。ちょっと想像が追い付かない入居者達。
三人はワイワイギャンギャンしながら元来た道を戻っていく。誰も言い出さないが、心の内にしまっている疑問があった。ツネ三郎って誰だ。
おそらく足達に似ているキツネなのだろう・・・・。誰も言わなかったが、想像はできる。
「アハッハ!!あんたのそっくりさん、コックリさん社会にご在宅?」
「ドラァ!!」 ドスン!!
想像して爆笑した小田原のノドに、足達の変則バーティカル・チョップが着弾した。
九里子の親戚達のお話でした。白無垢ってメチャ歩きづらいそうですよ…これで歩いて帰る。(2012/3/13)