折れて千切れてボロボロになった。




平日の帰り道、徒歩の足達は立ち止まった。人の家の玄関先で寝ている猫を見付ける。
飼い猫かなと思うが、このご時分、外にいる猫は野良猫かもしれない。
「あっ!猫だと!?触ろう!!」
後ろからやって来た小田原が、ずいぶん低い位置からスライディング気味に接近したため、驚いた猫は垂直に飛びあがった。寝起きとは思えないほどスタイリッシュ・ジャンプ。
「にゃにゃーんこ!ニャーンコチャン!!」
「やめろ!!」 ドスッ。
足達の素早いバーディカル・リミット手刀。しつこく猫を追い回す小田原の頭頂部にすかさずヒット。猫は塀の上に避難し、二人を見下ろして威嚇の唸りを上げている。
「驚かすな!小動物を驚かすな!!しーずかに!」
と言いながら自分も声が大きい足達。猫の威嚇は主に足達に向けられる。
「素早い猫ニャロメ!あたしの可愛がろうとする気持ちが伝わってない、だと?」
「あんたは驚かす気満タンだった。触るなら静かに・・・・」
「えっ?今あたし騒がしかった?」
「正気からの発言であるなら、私はあんたをカウンセラーに見せなければならないと判断する。ちょうど、校内カウンセラーにいい人が来たって聞いたわよ」
「うそ?どこ情報よ?」
「今日のホームルームで」
「いやあ、聞いてないなあ。クロスワードに夢中になってて・・・・」
朝のホームルーム時に、クロスワードに夢中になっている女子校生。なかなかお目にかからない光景だ。懸賞目当ての行為。
「そもそも、小動物をいきなり驚かしたら心臓が止まるかもしれないでしょ。もっと、こう、静かに接するんだよ」
「なるほど。九里子に接するように?」
「間違ってないけど」
九里子はキツネだけれど。警戒心の塊の小心者なので、驚かした途端、びっくりしすぎて車道にはみ出して車輌と接触する恐れがある。コックリさんだから大丈夫・・・・という保証もない。
小田原のスライディング接触にびっくりした猫は上へ逃げ、塀の上で固まっている。車道に飛び出さないだけ、賢い頭脳を働かせたようだ。
これだけ警戒心の強いところを見せるなら、野良猫と見ていい。整った白い毛並みは飼い猫にも見えるが。どちらにしろ、この女子高校生二人には関係ない。目は二人を睨んだまま、膨らんだ毛皮は微動だしない。
シャーと鋭い声を浴びせられ、小田原はフンと鼻を鳴らす。
「愛想がないな。これ食うか?ほら、地鶏だよ」
鞄からいきなり生の鶏肉を取り出す。足達はぶっ飛んだ。どこの世界にそんなものを常備している女子校生がいる。
「せ、せめて火を通せ!」
びっくりしすぎて、妙な助言を口走ってしまう。違う、そうじゃない。鞄にナマモノを入れておくなと言うべきだった。
「バカだな、足達。家畜は火を通したものなんか食わないんだよ。常に生、新鮮重視、炙ったネズミを食う猫がいるわけないだろ?」
「セリフの最後の方、マジでドン引くわ」
そして猫は知らない人から食べ物をもらわない。シャーどころかジャーと唸っている。明らかに警戒モード。警戒を通り越して恐怖を感じている。生肉こわい。
「おかしいな。比内地鶏なのに」
「ブランドの問題か?猫に食わすのはもったないんじゃないの?」
「猫を差別すんな!」
「ぐわっ!生肉を近付けないで!」
二人がワイワイ盛り上がっていると、好機と捉えた猫が逃げ出す。塀の上からピョーンと飛ぶ。わあ、すごいジャンプ・・・・!!などと呆気に取られた二人。
しかし飛んだ先が車道。さらに走ってくるダンプカー。
猫AとダンプBが接触する点Cを求めよ。明らかに同時と合致。数学の問題よりも素早く算出された数値。二人は慌てた。
「わっ、まずい!猫が轢かれる!まずい!」
「落ち着け足達!」
「いや、もう三秒くらいしかないって!!」
「どちらかが犠牲となって猫を助けるか、猫を見捨てよう」
「究極の二択か!?」
などと、二人がギャンギャン喚いている最中、猫はびびって車道の真ん中から動けない。ダンプの接近に対して完全に固まっている。さ、さようなら猫ーー!!
三秒後、ドカン!と物凄い音が鳴り響いた。足達は我が目を覆い、小田原は地鶏で目を覆った。
いや、それにしても、猫と車体がぶつかったにしては、音が激しいんじゃなかろうか。
小さな猫vs重量級ダンプカー、ではなく、重機と重機がぶつかり合ったような轟音。
その何秒か後、二人はおそるおそる目を開ける。どうか惨事でありませんように・・・・!!
「大丈夫か、愛想のない猫!」
「な、なんの音・・・・!?」
駆け寄る小田原、後を追う足達。ダンプは道の真ん中で停車している。何が起きたのか、まったく分からない。
ギクシャクと動く足達とは別に、小田原はカクシャクとした動きで対応する。すでに携帯を耳に当てている。さすが小田原、マイペースに冷静な対応を取っている。
「もしもし、消防!?救急車もよろしく!ダンプが高校の前で事故って大事態!すぐに、はい!ええ、私は足達です」
「さ、詐称すんな!」
妙にうまい声真似で足達の身分を詐称する小田原。なんでそこで冷静にマネした。ちょっと感心したが、すぐに我に返ってバーティカル・チョップ。
ダンプはタイヤから煙を噴出し、急停車の痕跡が見られる。ありえないことだが、鋼鉄の分厚いフロントはメコメコにへこんでいる。本当に、何があったのか。まるで岩石に突撃して進行を妨げられたような破損だ。
携帯を持ったままの小田原、彼女の頭頂部に手刀を喰らわせた足達、ベコボコになった可哀想なダンプカー。そして別の人物。
巨大車輌の前にうずくまる者は、白猫を両腕に抱え込む。謎の、猫大好き人間?危険を顧みずに突然現れた人物。頑丈すぎるその相手に対し、足達は思わず名前を呼んだ。
「剣さん!?」
危険を冒してまで車道に飛び出した謎の猫大好き人間、ならぬ、犬の剣。
ダンプのフロント部分にも負けない頑丈な、そんなプロフィールは知らなかったが、今まさに体現している。腕の中では白猫がポカーンとした顔で目を丸くしている。
剣は青い顔で辺りを見渡し、ポカーンとした顔で自分を見ている二人に気が付いた。
「足達と、小田原か・・・・」
頭の上から突き出た黒い犬耳は後ろに反り返っている。かなり緊張した様子。
近所の飼い犬を思いっきり驚かしてみて下さい。こうなります。くれぐれも犬が繋がれていることを確認してから行って下さい。噛まれたり飼い主に死ぬほど怒られることを覚悟してから行って下さい。※ただし野良犬相手だと死ぬ。
「剣さんがそこまで猫好きだなんて知らなかったわ・・・・」
「命懸けてまで野良猫を助けるほどの衝動か。病的な領域だ」
「発作系?」
「言葉よりも行動。剣はおすまし顔でなんだかんだ口でうまいこと言っても、咄嗟に手が出るのよね」
「それってDV系じゃない?」
「ドラマチックバイオレンス系」
二人はドッと笑った。捨て身でダンプの前に飛び出し、ドラマチックに野良猫を助けるという、優しき犬の物語。ただし運転手の心情は察しないものとする。
へこんだダンプの運転席から男がヨロヨロ出てくる。人身事故の当事者になってしまった心情は察して余りある。笑っている場合ではない。足達と小田原は現実を思い出す。
しかもさっき通報してしまった。取り消せるものではない、と思う。警察にクーリングオフは通用しない。
「小田原!いや、剣さん!なんとかして!このままじゃあの運転手が逮捕されちゃうわ」
「もう一回通報する?誤報だったって」
「無理でしょ・・・・」
「無理ではない。俺の責任だ。少し待っていろ」
剣は片手に白猫を抱えたまま、もう一方の手で懐を探る。取り出したものは見覚えのあるA4用紙、コックリさんの時に使う様式。
白い紙を手の中で握り潰した直後、煤となって燃え上がる。見ていた二人はワッと仰け反るが、火事は起こらず、吹き散らされた炎と煙の中から人影が現れる。剣は命令口調で言い放つ。
「いつも通り応対部に連絡しろ。俺の名前を出しておけ」
「了解しました。お疲れ様です」
犬耳の男は物分りのいい口調で答える。牧羊犬のような分厚い耳が揺れる。どこかしら従順な雰囲気が漂う。
牧羊犬の男は足達と小田原に一礼を残し、あっという間に消える。いつか見たことのある顔だが、素性を聞き質す暇もなかった。その代わりに小田原は剣に問い掛ける。
「剣の部下の犬?」
「後輩だ。ここら一帯を担当している。お前達の高校の近くに警察署があるだろう、そこに行かせた。俺達に関わる件は専任の応対部が処理する」
「なるほど。剣に関する件は、フフッ!剣に、フヘッ!」
「自分で言って途中で笑うな」
剣につっこまれるほど笑いの水平線が尽く低い小田原。しかし急に真面目な顔に変わる。
「あの警察署ね。橋の向こうにある。あたしは入ったことないんだけど」
なんかありそうな口調。発言を聞き逃さない足達から詰問が飛ぶ。
「入ったことがあるなら、それはそれでビックリするわ。何やらかしたんだっていう」
「毎日そこの前通って学校に来るから。外からは毎日見てるけど、中には入ったことないなあ、と思って。毎日ドキドキときめいてるよ?」
「何をやった!?今の内に言え!」
「ぐっ!ときめけビーバップハイスクール!!」
「漫画読みながら自転車こいでパトカーに突っ込んだか!?」
「漫画とは失礼な!しょ、」
「小説!?」
「しょ、署長が毎日心を込めて世話をしている花壇に・・・・」
足達は小田原の襟首を掴みながら、署に向けて叫んだ。署長、ごめーん!!おまわりさん、こいつです。
「あたしの自転車だって傷を負ったんだけど」
「あんたの自転車はどうでもいい。その罪は墓まで持っていけ」
「イエーイ。あたしの罪さ!耳にしてしまった時点で共犯さ!共犯の人間、略して犯人」
「イエーイ!!」
二人は襟首を掴み合ったまま、円陣の形態でグルグル回る。その渦に剣と白猫も巻き込まれ、ついには放心状態の運転手まで巻き込み、四人と一匹でフォークダンス・イン・ザ・車道。
古くからの住宅が立ち並ぶ、比較的往来の少ない道であることが幸いした。道のど真ん中で踊っていても比較的ジャマにならないことが幸いした。むしろ災い。そのせいで誰も止めに来ない、この状況を。三分くらいグルグル回っていたかもしれない。
いち早く我に返った足達は、輪の中から抜け出し、小田原を振り払い、巻き込まれ状態である運転手の肩をガッシリ掴んだ。ビックリ顔の運転手。
「そういうわけですから!安心してお帰り下さい。車の修理とか、弁償は、大丈夫ですから」
「ほ、本当に!?いや、そんなわけには・・・・」
「大丈夫です。何が大丈夫なのか私にもよく分かりませんが、帰って寝たら明日には元通りです」
「そう、平気!大抵のことは寝て起きたらなかったことになってる!」
「夢だったと思ってすべて忘れるんだ。クレームはこちらまで」
「ギニャー」
小田原の強引追撃、剣の援護射撃プラス名刺、白猫の合いの手。ゴリ押しの努力があってか、運転手はフラフラとダンプに戻る。お気を付けて!
細い道を抜けた先で、道路の拡張工事中。フロントがへこんだダンプはヨロヨロと走り出す。途中で爆発しませんように。足達は見送りながら、コソッと剣に耳打ちする。犬の耳へ。
「あのダンプ、爆発しないわよね?」
「なんともないだろう、あの程度で」
「さすが剣。未来が見える男」
素直にサッパリと小田原は持ち上げる。過言ではない。剣の未来予測は外れない。だが剣はこともなげに言い放つ。
「勘違いするな、今のは俺の希望観測的な意見だ。爆発しなければいいな、と思っただけで、保証はしない」
二人はザーッと血の気が引く。お願いです!もうちょい離れてから爆発して!小田原は剣の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「いやいや!そこは保証しなくても、ちゃんと見ろよ、未来を!爆発に巻き込まれて爆発オチだなんて、ドラマチックすぎるだろ!?」
「そんなドラマチックオチ嫌だ!!」
「略してDOな・・・・」
「どうなの!?」
命の危機を感じる女子校生二人からクレームを受けては堪らない。左右から怒鳴られ肩を揺さぶられ白猫に腕をかじられ、剣は犬耳を伏せた。ダンプは軽油。
「ちょっと待て・・・・さっきの大型車輌は爆発しない」
本当の言葉を聞き、二人はようやく胸を撫で下ろす。白猫は剣の腕に牙とツメを食い込ませた。
「あーよかった。女子校生小田原、危機を回避しました!この通り元気でやっております!」
「ただし、一週間後に自損事故で自爆する」
「ダメじゃん!」
「お前の隣りの家に突っ込む」
「ことさらダメじゃん!!」
小田原は頭を抱える。剣でもなくても見える、一週間後の惨事が。完全に小田原の自宅も巻き込まれコースだ。足達は提案する。
「まだ間に合う。さっきの運転手を追いかけて注意を促してみる?なんて言ったらいいか分からんが・・・・」
「そ、それだ!交通安全の髄を骨の髄まで叩き込んでおこう。もしくは運転ができない体にしてやろうか。体の主要な部位が折れて千切れてボロボロになるほどに」
「一週間待たなくても確実に事件起きるわ!傷害事件が!ではなくて、もっと平和的な解決方法があるでしょ」
「もしくは、隣家に匿名で投書しておこう。一週間後、身の回りに気を付けろ、ってさ」
「ってさ、じゃないんだってさ」
「ペンは暴力より強いって言わない?」
「明らかに不審な手紙が来たってことで、隣家が通報する未来が見えるわ」
「手紙は、新聞の文字を切り貼りすれば、あたしの筆跡はバレずに済む」
「もう完璧な事件だよ!」
こうなったら、ダンプの運転手を止めるか小田原を止めるか、どっちが手っ取り早いのか。未来は誰にも変えられないのか。未来を知る剣は方法を知っているのか。
足達は剣を見た。剣は捕えられた白猫の怒りを買ってメチャクチャ噛まれている。なされるがまま噛まれている。
「・・・・ところで剣さん」
「なんだ」
無表情のまま白猫に噛まれている男。
言葉にできない不安と不気味さを感じる。足達はゾッとした。
「取り込み中に悪いけど、何か、その猫が大変な猫なの?」
「すまないが、この猫を閉じ込める段ボールか何か持っていないか?」
「下校中に段ボールを持ち歩いている高校生はいないわよ。鶏肉なら小田原が持ってたけど・・・・」
「もう食った。ごめん」
「マジかよ!生でか!」
「食べられるよ、スモーク地鶏だからね。今のアクシデントで急激な空腹を感じて。おっと、その猫はまさか血統書付き?捕まえたら懸賞金もらえるのか?」
「そういったところだ。実は・・・・」
「生け捕り?デッド・オア・アライブ?」
「最後まで聞け!」 ドスン!!
食い気味に剣の発言にかぶさる小田原、の頭にバーディカル・リミット手刀。
「剣さん、続きをどうぞ」
「小田原が側頭部を押さえたまま動かないが、いいのか」
「いいのよ。一応、手加減したから。私だって手が痛いんだから。実は、の続きは?」
「俺の手がそろそろ限界なので手短に言うが、実はこの猫は、とある高貴な血統の御方だ」
「コックリさん、の?」
「そうだ。人間の世界へお忍びで参られたと聞き、俺がお迎えに来たわけだ」
おや、ちょい待てよ、と足達は思った。
コックリさんと言えば、狐の九里子を始め、犬、狸。これら三種に限定されるものと思っていた。自分なりの思い込み?復活した小田原も首を傾げる。
「九里子と、剣と、狸は見たことないけど、コックリさんに猫なんかいるのか?」
「人間の世界に呼び出しを受ける担当は狐と犬と狸だけだが、俺達の社会は生きる者の種族を選ばない。数の差はあるがな。猫も相当多い」
「ネズミも?」
「いる」
「カンガルーも?」
「いる。・・・・確か。たぶん」
自信なさげに言う剣。反し、小田原は目を輝かせる。それなんて動物王国?
「ぜひ行ってみたい!!カンガルーを見たい!だって、オーストラリア行かなくてもカンガルーを見られるじゃん!足達も見たいだろう?」
「動物園に行けばいいと思うのは私だけか」
期待の心を打ち砕いて申し訳ないが、動物園にカンガルーはいる。わざわざコックリさん社会に行かなくとも、ちょっと交通費をかけるだけでアラ不思議!生のカンガルーが見られます。
「しかも普通のカンガルーじゃなくて、人間にカンガルーの耳が付いてるだけでしょ。あんたはそんな中途半端なカンガルーで満足できるのか?」
「ああ、確かに・・・・。残念だけど、いつかオーストラリア行くわ、直接」
「素直にそうしろ。もしくは動物園」
「うまいって聞いたんだけど、カンガルー料理」
「そういう期待か!やめろ!!」 ドシュ!!
「バーティカルリミットチョップ取り!!」 バシ!!
「いつの間に対抗策を・・・・!!」
「フッヘヘ。いつまでも喰らってるだけだと思いなさんなよ。こんなこともあろうかと、覚悟はしていた!」
覚悟を決めた小田原に必殺技を封じられる。コンマ一秒早く側頭部を守った小田原が勝った。しかし足達は冷静に左手を繰り出した。
「脇あり!」
「フッヘエ!!脇くすぐりは反則!!」
隙あり、的な攻撃。脇腹をチョイとやられた小田原は笑い転げる。文字通り地面の上を転がったので、近くにいた剣の足に思い切りぶつかった。
「お前達いい加減に俺の話を聞いてくれないか」
「ごめんごめん。てゆか、それは私達に関係ある話なの?そっちの事情を簡単に話していいものなの?」
「そうよそうよ、苛性ソーダ。話が長引いたせいで、あたしの側頭部と脇腹が犠牲になったんだけど。あとアスファルトが硬いです」
「それは俺のせいではない」
「なんだと!ドラマチックバイオレンスな上に責任転嫁かか?」
「かが多いぞ」
確かに、今の時点で剣が立ち去ったらと思えば、気にならないこともない。いや、気になる。剣が捕まえた白猫の正体が気になる。
とある高貴な血統の、と聞いたが、血統書付きに違いない。野良猫風情と思ったが間違いだった。剣の発言に「段ボールに閉じ込める」などとあったが、そんな野良猫扱いでいいのか。二人は同じ疑問を抱くが、話が長引きそうなので黙っていた。
一秒前まで騒がしかった二人が黙ってしまったので、剣も黙ってしまった。会話の糸口がブッツリ切れてしまった感じ。白猫だけが歯軋りのような鳴き声を上げている。
「あの、剣さん・・・・どうぞ喋って」
「あ、すまん。実はな、この白猫はとある高貴な血統書付きの御方でな」
はっきりと血統書付きと言ってしまった。ペットショップで掲示されるヤツ、それ。アメショとかマンチカンとかのヤツ。
「補足だ。俺達が暮らす社会では、狐、犬、狸の種族が主要の地位を成す。絶対数、決定力の意味だ。猫種族は犬の傘下にある。庇護の名目において」
「ヒモ?」
「庇護だ」
小田原の反射的な問いに対し、剣は単語を繰り返す。そこで足達は思い出した。
「あんた、辞書部とかいう謎の組織に属してたわよね」
「あ、そうでした。組織じゃなくて部活。えーと、ひごひご。庇護ね!」
「辞書じゃなくて電子辞書でもなくて、携帯で調べるのか。携帯の辞書か!」
「しかもネットでね!ネット超便利」
「庇護の意味を理解したところで話を進めるが」
足達と小田原がワイワイやっている傍で剣は仕切り直す。
「猫は俺達が管理し保護するべき群れだ。主要の三種とは異なり、一人のボスが治める一つの群れではなく、力のある親がそれぞれを統括している」
「そんじゃ、猫以外は?」
「親元を離れ独立した個体が既存の群れに加わる。もしくは新たな群れを形成する。どちらにせよ親と生活を共にする時間は短い。人間と大きな違いはないと思うがな」
「ああ、主に動物園で見られる光景」
そう言った小田原を足達が肘で小突く。
「コックリさんの社会もそんな感じなのね。九里子さんにはお姉さんがいるし、結婚もしてるし。狸はまだ会ったことないけど・・・・」
「直接の接触はないだろうが、狸の能力は見たはずだ。呼び出しの規約を破った人間を追い堕とす。俺達と人間との規約を無視した以上、人でないものに変えてしまう。狸の呪いを払えるのは狐だけだ」
「剣さんは?」
「一時凌ぎはできる。後始末を着けた九里子の義兄がやったように」
「ああ、あの・・・・桐人さん?」
躊躇いがちに言葉尻を預けると、剣は重く頷いた。桐人は九里子の姉の夫である。
剣の無言に同意するわけではないが、桐人の人格に対し、得体の知れない雰囲気を覚えた。木の陰から出て来る狐に喩えたら、体の半分も視界に晒さない隠し事を持っているような所作。態度は開けっ拡げだが尻尾は見せない。
人間の足達と小田原に接する態度は友好そのものだったが、裏の尻尾ではまったく正反対かもしれない。無表情の剣の方がよほど喜怒哀楽を判別できる。
そもそも、キツネを色眼鏡で見てしまう怨恨は知らずの内に根深く、幼児の頃から刷り込まれがちな傾向にある。童話が主な原因だ。ウサギがカメを見下す様に、オオカミがブタを肉と見なす様に、キツネはあらゆる動物に対し悪賢さを発揮する。剣が言ったように、本質は人間と違いはないのだが。
思い込みが思考の左右を決定するなら、本能から下された警鐘とはずいぶん違ってくる。ずけずけとものを言う剣が誠実な本性を現しているわけでもなくなる。九里子が裏で舌を出しているとも限らない。疑心暗鬼の狭い宇宙内に閉じ込められ、足達は頭の芯がクラッとした。
何がなんだか分からない足達をよそに、剣は話を進める。
「その親の一人の元から、一人の子が逃走を図り、ここら付近に辿り着いたとの情報を得た。というわけで、俺が迎えに来たわけだ」
「ええ~?本当にその猫か?高貴な血筋にゃ見えんがニャー」
「俺の目に狂いはない。この御方は間違いなく捜索中の姫君だ。人違いではない」
「姫君?ってことは女子だろ。最近の猫は野良猫でも去勢されてるって事情もあるからな。ちゃんと確かめた方がいい。な、足達」
「まあ、そうかも・・・・」
「タマキンが付いてるかどうか確かめた方がいいって足達も言ってるし」
「そこまで言ってねえー!!」 ザシュ!
バーティカル・リミット手刀炸裂。しかし寸でのところで小田原はガードした、鞄で。手馴れたものですよ。
「この小田原、一度喰らった技は二度と効かぬ!さらに左脇腹ガード!」
「おりゃ」
「グッヘエ!右は反則!」
「ともかく剣さん、オスメスの判断はしておいたら?そこはちゃんとしておいた方が」
「小田原が右の脇腹を抱えたまま痙攣しているが放置していいのか」
「いいのよ。さあ、陰部を確認するのよ」
保健体育的な意味で口頭に上げる足達。セーフでしょう、これはセーフ。足達の助言を受け、剣は白猫のお尻を持ち上げて見る。
「一応確認しておくか」





(2018.2.25)

タイトル