神様とバトル!! <1/3>
「誰が殺されたって?」
春の初め、快晴の日の下。ナキヒトは不穏極まりないセリフを吐いていた。
「ヒガシですよ。覚えてませんか?」
「ヒガシ。ヒガシっていやァ・・・・」
「この前、私の部下になった男ですよ。あなたも居合わせたはずです」
考える素振りを見せるも、思い出す気は更々ないナキヒトに、ミズガシは呆れた口調で返す。
「あー、あの。あの元プロレスラーの・・・・って、あいつがやられたのか?」
意外な展開にナキヒトが顔を上げる。彼が寝転んでいたのは日の当たる自販機の上、傍らには口を切った緑茶の缶が置かれている。この陽気の中、間違っても生死の話題を持ち上げる場所ではない。この二人にとっても頻繁に取りざたされるものではない。
ふーん、と呟き、ナキヒトはぬるくなったお茶を一気に飲む。それから地面のミズガシを見下ろした。
「死んだのか?」
「・・・・残念なことに死にました」
「死んじまったのか。そうか」
勇者と魔王の間で交わされる生死の定義は少し変わっている。
当事の二人と、それぞれの元に付き従う配下。彼らは魂を核として生き長らえる存在であり、生まれ変わりの輪廻を辿ることによって、その個人の持つ性格から記憶までを継続させていく。肉体が失われることを死と認めず、格となる魂自体が滅ぶことを完全な死と呼ぶ。
ナキヒトが問うた中身は、肉体が失われたのか、それとも魂が滅んだことなのかを尋ねたことになる。対するミズガシの答えは後者、完全に魂が失われた意味を指した。
「重大だな、しかし」
空き缶を投げ捨てるナキヒトに声が続く。
「私の手の者を滅ぼすとは・・・・人間の仕業でないことは確かですね」
「俺の時と同じだな」
「犯人に心当たりはありませんか?」
「心当たりだって?俺に分かるか、そんなこと・・・・」
「シロツメはどうですか」
空惚けると、痛烈なカウンターが帰ってきた。ジロリと視線を向けられる。魔王の手痛い反撃に、勇者はおとなしく肩をすくめた。
「疑ってるとこ悪いが、あいつなら論外だ」
「論外、ですって?」
ナキヒトは自販機から地面に降り立ち、ついでにジーンズのポケットから煙草を叩き出す。
「シロツメなら今バラしてるところだ。入れ物(肉体)と魂をバラしてるもんだから、何者にも物理的な接触はできない。無論、俺の配下だろうがお前の配下だろうが、前の事件みたいに暴走することも」
「・・・・できないってことですか」
「あれの暴走原因が、入れ物と魂のズレだと俺は思った」
「そちらこそ疑ってる様な口振りですね」
火を点けないまま一本くゆらせている相手に、ミズガシは毒気を抜かれた具合で尋ねた。
「それがな。どうも違うらしい」
「分からないんですか。そちらも随分と重大なことを抱えてますね」
「問題だ」
「確かに。あのシロツメがもう一度我を忘れたら・・・・」
「それはあんまり問題じゃねえよ」
「は?」
ナキヒトは視線を歪め、フィルターを噛み締めたまま自分の胸を小突く。
「その原因が、この俺に理解できないってことが大問題なんだ。分かるか?」
「分かりますが、はかりかねますね」
「ふん、テメエらしい答えだ」
「で、つまりどういうことなんですか。原因が分からないと、何が問題なんですか?」
すぐには答えず、ナキヒトは自分の中で何やら物事を片付けていた。何からどう離すか考えあぐねているらしい。
二人はいつの間にか歩き出していた。ベルトに吊されたナキヒトの刀がカチャカチャと鳴く。
「つまり、だ・・・・」
しばらくの沈黙の後、ようやく答えが弾き出される。
「俺がイチから十まで造り上げた品、それがトチ狂う原因が分からないって事は有り得ないことだ。料理を造った人間が、そのレシピと材料が分からないってことはないだろ?」
「まあ、有り得たことではありませんね」
「事の因果に乗っ取って考えたとして、正しい流れにまったく沿えていない。これはなんだ?俺がおかしいか、世間がおかしくなったのか、どっちかだな」
「極端ですねェ。しかし、シロツメを造ったあなたがシロツメのことを分からないというのは、ちょっと問題ですね」
「大問題だよ。だからとりあえず、あれはバラしてあるんだろーが」
「だからヒガシを殺したのはシロツメではないと・・・・まあ、辻褄は合いますね。最近見ないのはそのせいでしたか」
一ヶ月ほど前からお見限りになっている彼女(と呼ぶには憚られるが)を思い出し、アテの外れたミズガシはまたぞろ溜め息をついた。何せ、今日発見されたヒガシの死体は、上半身と下半身が真っ二つに切り裂かれていたのだ。不躾ながらも、あの大鎌を持ったシロツメを咄嗟に思い出しても不備はない。
そう言えばヒガシの状態を話していなかった、と気が付く。ナキヒトのことだ、とっくに悟っているだろう。
「ヒガシは真っ二つに切り離されていました。しかも、きっちり魂まで切り裂かれて」
「でなけりゃお前が俺に訊きに来るかよ。死体は?」
「魂が残されているか調べたところ、もうダメでした。私が居ながら彼には悪いことをしました」
魔王はしみじみと今朝方の騒ぎを思い出す。川岸で発見されたヒガシは始め、下半身のみの姿だった。部分に分かれる死体ほど後味の悪いものはない。
「ま、・・・・シロツメがやったんじゃないとしたら、誰が犯人だ?」
ライターを取り出し、ようやく点火しながら言うナキヒト。ぼんやりと晴れた空を見上げているが、思考はすでに進んでいた。
今度はミズガシが考え込む番だった。勇者と魔王の間に結ばれた頑丈な協定が在る限り、ナキヒト側がこちらの手先を狙う訳がない。そしてシロツメも今は行動不能。人間では元より歯が立たない。
それでは、他に誰が?
「この事件、相当なものに・・・・」
「めんどくせーから警察に頼むか」
「この根性なしッ!!それでも勇者ですか!?この甲斐性なし!!」 バシン!!
「痛ェ!!?甲斐性は関係ねーだろ!テメー思いっ切りビンタで・・・・これで俺が滅んだらどう責任取ってくれるんだ!?」
「滅びなさい!滅んでしまえ!!それこそ願ったり!」
やる気のないナキヒトに全力で平手打ちするミズガシ。それでも相手が滅びず留まったのはさすがと賞賛すべきか。いきなり罵られ、勇者も一瞬怯むがすぐに立ち直る。
「やるかテメエ?」
「望むところです・・・・」
居合さながらカタナの鞘に指を添えるナキヒト、手に獄炎を呼び出するミズガシ。
風に煽られたその場は揺るぎもせず、即座に張り詰めた空気を辺りに撒き散らす。春のぬるい南風を一掃する冷気。
元より人通りの多い道、不幸にも居合わせた通行人達がギャー巻き込まれるー!と、慌てて別の方へと逃げ出す。二人の争いに巻き込まれたら最後、間違いなく歴史に残る。現代社会で「勇者と魔王の戦いによる犠牲者統計」などで、公の記録に。
ナキヒトが踏み込む一歩手前、足下の小石が擦れ砕ける。その音に反応したミズガシは、無言で炎の熱を上げた。周囲の大気が炙られ、そこに蜃気楼が揺らめく。
焦げる空気に反応したナキヒトの刀がチリチリと鈴の音に似た響きで震える。居合い。
薄い膜が目一杯伸びきった空気、ほんの些細な刺激で拮抗は破られる。琴線は限りなく頼りなく細く張り詰める。二人自身は微動だせず地に根を張り、その時を待ち望む。
先に動いたのはナキヒト。
「いくぜ───」
ズッ、と足をアスファルトに滑らせる。
「待って下さ───い!!!」
「は?」
ドン、ガン!!ちょっと待って下さいって言ってるでしょ!もう!!
「大丈夫ですか、ナキヒト」
ミズガシに上から顔を覗き込まれ、ナキヒトはハッと我に返った。自分は道の上に仰向けで転がっている。何故?
「な、なんだ。今の。事故か?天変地異か?」
「アサヌマくんが来てますよ」
頭を振って起き上がると、木屑の残骸を抱えた部下アサヌマが待ち構えていた。
・・・・どうやら持っているのはそこら辺にあったベンチ。辛うじて原型が見て取れる。重量のあるそれで思いっ切り上司の頭をブン殴ったらしい。
「ナキヒトさん、大変です!!」
「俺も今まさに大変なことになってたよ。ところで、そこまでして俺を止める理由はあったのか?歯が折れたぞ・・・・」
「ナキヒトさんの歯なんかサメみたいなもんじゃないですか。すぐ生えますって!」
「ばかやろう!俺は歯は大事にする方なんだよ!これで何代目の永久歯だと思ってんだ、えーと、五十代目くらい?」
「全然大事にしてないじゃないですか」
さすがにミズガシもつっこみたい。今の体に生まれ変わってから二十年も経っていないというのに、このザマ。もっと用心しろよ。
永久歯五十代目の上司を前に、アサヌマは残骸を放り捨て、アスファルトに膝を折る。ナキヒトは頭から木屑とプアスチックを払いながら煙草を取り出す。
「で、何が起きた?また誰かブッタ斬られたか?」
「は?別に誰も斬られてませんが」
ミズガシ側の話を聞き付けていないのか、アサヌマは不思議そうに眉をひそめる。ナキヒトは投げやりに言葉を続ける。
「ほう。それじゃ、イイダとウエスギの他に猫が増えたのか?そりゃめでたいこった」
「ええ、確かに猫は増えましたが。なんで知ってるんですか?黒猫が二匹に三毛が二匹、赤猫が三匹ですが」
「産まれすぎだ!!大体、猫っつーのは三匹か四匹だろ!?どんな劣悪な環境で飼ってんだよお前は!もっと優遇してやれよ!!多産多死じゃあるまいし!」
「今時、野良猫でも十分に生きていける世間ですからね。適者生存の型でしょうか」
「いやあ。それがどうも、お産の前に滋養を付けさせようと思って、栄養のあるものを食べさせまくったのが原因かと。大丈夫、全部面倒見ますから」
「ったく、当たり前だ!・・・・で、報告がそれだけじゃねえだろうな」
「って、こっちこそ当たり前っすよ!オレだってわざわざ猫が十二匹生まれたくらいで走ってきませんよ」
「おい、待て。今、十二匹って言わなかったか」
「言いましたけど?」
ナキヒトはいちいち指を折って数えてみた。確か、黒が三匹、三毛が二匹、赤が三匹、で合計八匹の計算。残りの四匹はどこから出てきた。
「どう考えても足りねえだろ。そしておかしいだろ、その出産模様は」
「いや、おかしいですけど足りてますよ。言いそびれただけで、トラ猫があと四匹産まれました」
ナキヒトは手近なベンチに突っ伏し、握ったこぶしをガタガタ言わせている。一体どんなお産だ!!
「くっ・・・・現場に行っていろいろ問いつめたいが、とにかく報告!」
「はい!」
握ったこぶしを開き、ビシ、とアサヌマを指さす。
だが、次に聞いた言葉はナキヒトのみならず、ミズガシまでをも驚愕させるハメに至らしめた。
「神が降りました」
(2005/11/4)