神様とバトル!! <2/3>
アサヌマの報告を聞かされたナキヒトとミズガシはその場に立ち尽くす。
目を見開き、口は半開き、煙草を持つ手は中途半端な位置にさまよい、いつもの優しそーな顔は表情を通り越して無の境地に到達していた。まさに、この世の終わり、といった体たらく。
勇者と魔王は行動で硬直する。
「ちょっと、お二方!しっかりして下さいよ!!ほら!」
報告を持ってきた張本人、アサヌマは急かして焦る。そして固まっている上司の目の前で猫だましをかました。
「おお。こんなことしてる場合じゃねえぞ」
「ええ、そうですね。一大事ですね」
ナキヒトとミズガシは頷きあった。
「さっさとかえって畑のナスに水やんねえと。さーて帰るか」
「私も通信講座のテキストを片付けないと。さーて帰りますか」
「猫だまし!!」 バチン!!
「痛ェ!?それ猫だましじゃねえよ!」
顔を両側からビンタで挟まれるナキヒト。騙されるだけなら穏やかだが、ワザとしての域を超えている。いい加減アサヌマも業を煮やしたようだ。常人ならば即死に値する変則猫だましを喰らうが、勇者で在る身では痛くも痒くもない。びっくりすることはするが。部下の怒りはひしひしと伝わってきた。
「ナスに水はやっときましたし今週分のテキストも投函しておきました!これで心残りはないでしょう!!現実を見て下さいッ!」
「わ、悪かったって。そんなに怒るなよ」
部下の異様な怒りと手際の良さに恐れ入る。ナキヒトの世話はともかく、魔王の手筈まで整えておくとは、いかに。そもそも本当に育てていたのか、茄子を。
ミズガシもようやく観念し、深く溜め息を吐く。ボールペン字がどうのと言っている場合ではないのだ、まさに。重々しく口を開く。
「アサヌマくん、今の話は本当なんですか?」
「このような重大事を戯れる気は毛頭ありません、ミズガシ様。本当です、現実が起こりました」
「・・・・本当、なのですね」
「本当です」
「マジですか」
「マジです。この身に誓ってマジです」
「その身に免じてウソであってほしいのですが、ムリですか」
「オレは人柱ですか!?ムリです、絶対!!」
「ですよねェ・・・・」
無理を承知で疑ってみたが、どうやらマジで絶望的なまでに絶対的な現実のようだ。神の出現。
ナキヒトも重々しく頷いた。
「よし、希望観測的にウソだとしよう」
「猫だまし!!往生際が悪いですよナキヒトさん!諦めてくださいよ潔く!!」
再び攻撃的な猫騙しを喰らわされる。もうアサヌマも上司の面目に構っていられるほど悠長ではない。余裕を奪うほどの存在がそうさせるのだ。
現実に起きてしまったと、もはや諦めて受け入れるしかない。事実を覆す為に欲しい希望は、ひとカケラだって残されていない。たとえ、その事実が幸だろうと不幸だろうと。
神。果たして幸か不幸か朗報か。二人の反応を見たなら一目瞭然。
勇者と魔王のリアクションから見るととして、どう頑張っても幸運か朗報ではない。それは確か。
現に二人は恐れていた。神を?否、恐怖に値するは存在そのものではない。
では何を恐れるか。
「あら、ナキヒトくんにミズガシくん。久しぶりねえ」
ギシ、と二人の体が強張る。のみならず関節までもが軋んだ。
「アサヌマくんが呼んできてくれるまで待ってようと思ったんだけど、散歩しててね。おばさんここで会えると思わなかったわー」
近所のおばさん独特の妙~に間延びした声。二人は軋む体を酷使し、そろそろと背後を振り返る。それすら重労働。
「去年の暮れに北極であの子に会ってね、ここら辺でナキヒトくんを見たって聞いたのよ。まだ居てくれて善かったわあ。だってほら、あの子ったら昔から話半分なところあるじゃない?ナキヒトくんが別の土地に移ってたら、探すのも一苦労でしょ。ちょっと心配だったけれど来て良かったわ。ナキヒトくんがいるならミズガシくんも絶対一緒だと思ってたし、おばさん無駄足にならずに済んだわあ」
居たのは、四十も広範の中年女性。春物のスーツと靴を揃え、小さなハンドバッグをおばさん持ちにして抱え、歩道の縁で立ち止まっている。ただ、それだけのこと。
人の善さそうな顔にニコニコした笑みを浮かべ、気さくに喋り続ける。ただそれだけのこと。
なのに、二人はまったく緊張を解けずにいた。アサヌマに至っては音が出そうなほど震えている。
まるで授業参観に訪れたような雰囲気で、息子の同級生を呼び止めるように、そんな気軽さが見て取れる。それなのに、二人は一言も、頷くことさえできない。
体が死んでしまったかのように全身の筋肉が麻痺し、冷え切って、頭だけがオーバーヒートしたように意思から切り離される。ナキヒトの指で煙草の灰色だけが伸びていく。
だがしかし、先に動きを翻した側は女性だった。
二人の青ざめた様子に気がつき、相手はハッと口元を押さえる。
「あら、もしかして忙しかったかしら!?どうしましょ、ごめんなさいね。連絡もなかったでしょ?迷惑だったかしら?おみやげも持って来てないし、日を改めて・・・・」
彼女はおろおろとその場で踵を返そうとする。そうしたところでやっとミズガシが我に返った。雷にでも打たれたように慄き、慌ててアスファルトの地面に肩膝をつく。
「とっ、とんでもありません閣下!!ご無礼の程お許しを!!」
「無礼だなんて。ミズガシくん、頭なんて下げないで。おばさん困るわ」
「ほらナキヒトッ!あなたも!!」 バガン!!
「申し訳ありまぶっ!!?」
ミズガシに続いて最敬礼を取ろうとしていたナキヒトは、中腰の姿勢からいきなり頭を押さえつけられ、そのまま顔面からアスファルトに突っ込んだ。いや、めり込んだ。魔王の腕力も並ではない。
それぞれの上司に倣いアサヌマも跪くと、相手はいよいよ饒舌になる。
「あらあら、そんな堅苦しくならないで!それにしても最近の若者はなんて思ってたけれど、三人とも礼儀正しくて良い子ね。あの子、うちのセドリックなんて久々に会ったと思えばすぐに行っちゃうんだもの、見習わせないと。そうそう、帰る前にナキヒトくんの居場所聞いといて良かったわ」
「あの不良サンタめ。口が軽いったらありゃしねえごぶっ!!?」 ドガン!!
「遠方からのご足労大っ変申し訳ありません!!」
ようやくクレーターから身を起こしかけていたナキヒトを再び地の底に送り返すミズガシ。いや、叩き返した。ものすごいラリーである。
「いい加減痛ェよテメエ!!死にかけるわ!!」
「いい加減にするのはアンタですよッ!!閣下の御前なんですよ!?私の方が寿命縮みますよ!!」
「俺だって縮んだ!!地面の裏側まで行くかと思ったぞ!!?」
「ホントに寿命縮んでるのはオレなんですけど・・・・」
神の前でギャーギャー喚く二人の上役の後ろ、真っ青な顔のアサヌマが呟いた。中間管理職とゆー立場であった。
神。三人の前に現れた女性は紛れもなく、見紛うことなく、人間でもなく地獄の住人でもなく、天上の領域に立場する存在。四十代に見えようが所帯じみていようが、絶対の立場を確立する生き物。
ミズガシは姿勢を戻し、しかし彼女を直視することなく言葉を上げる。
「極北の閣下、今日はどんな御用でいらっしゃったのでしょうか・・・・」
彼が極北の閣下と呼ぶ相手は、北の地の果てに住まい、その地を統括する女神のこと。
勇者、魔王、そのレベルで拝謁することは滅多に叶わず、
神とは純粋に世代で増えるため、よそ者が入り込んだ時点で外様のもどきが無尽に発生し、稀に勇者魔王レベルの者が生まれる。彼らの力は上位を誇るが、彼ら自体がそれになるワケではない。ナキヒトとミズガシとは別の形態を取る。
力を持ちすぎた外様を管理する役目は神が担う。彼らは魔の神とは決定的に異なり、平衡のバランスを司る。一般的に平和と呼ばれる世界を保つ為である。
「あらやだ、畏まらないでミズガシくん。こっちもようやくシーズンオフになったものだから、久しぶりに降りてみようと思ってネ!」
「ネ、って歳でもねえだろ・・・・」
「黙れ下郎!!あなた、消されたいんですか、口を慎んで、ネ!!」
ネ、って。ミズガシのこぶし裏拳を喰らってのけぞるナキヒト。先より威力は劣るが地味に痛い。へこみそうになった顔面を手の平で押さえながら、ナキヒトはわなないて言う。
「お前、いつから武闘派になった・・・・!?」
「ちょっと撫でただけでしょ。殴った側が痛いこともあります」
「いいこと言った風なこと言うなー!!俺の方が痛いに決まってる!!どう考えても!」
「考えるんじゃありません、感じなさい!」
「アンディ!!?」
「あらあら、相変わらず仲がいいこと。どの時代でも友達は大切よネ!」
「そう見えますか!!?」 ←ナキヒト
マジですかーみたいな顔で彼女を振り向くナキヒト。しかも友達じゃない。これでも宿敵なのですが。(設定)
おばさん、もとい極北の閣下は一人で納得したように頷いた。
「いつまでもお邪魔しちゃ悪いわ。おばさん今日はこれでおいとまするわね」
「も、もう行かれるんですか?」
「他にも行くところはたくさんあるもので、慌ただしくてごめんなさいねー。また日を改めてゆっくり来ることにするわ」
『もう来ないで下さい』、とは二人共言えなかった。この時、初めて二人の心が一つになった。アサヌマはさっきからガタガタ震えていて使い物にならない。
「それじゃ、また今度・・・・」
踵を返す彼女を見やり、ナキヒトはようやく息を吐いた。それから地面の吸い差しを拾い上げると、再び火を点ける。先ほど落とした煙草はとっくに消え、半分以上も残っていた。
「またのお越しをお待ちしております・・・・」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ホントすいません」
勇者と魔王二人揃って心にも無いことを。アサヌマに至っては何に謝罪を。度重なるプレッシャーと心労でいかれたらしい。心労は主に上司と魔王に因るものだが。気持ちは、分かる。
と、次の瞬間───
ギギッ。バギン!!
たたずむナキヒトとミズガシとアサヌマ、その目の前を突風が掠った。
風は刃にも似て皮一枚を削る。誰も彼も動けず。
(2005/11/5)

