ビーチでバトル!!




「いい天気だな」
真夏のさんさんたる日光を受けながら、ナキヒトは海を見ながら呟いた。
「晴れてよかったですねナキヒトさま!夏はやっぱり海ですよ!」
「そうだなあ」
背中にシロツメの甲高い声を聞きながら、ナキヒトはますます海に視線を逸らした。
「わたくし、今日のために新作ですよ水着。見て下さいこのきわどいライン!」
「そうだなあ」
海水浴客でごったがえす浜辺の中、シロツメはきわどい新作水着にビーチパラソルを片手にポーズをきめている。浮いている・・・・
目立っていることは確か。レースクイーン顔負けの出で立ちに、スラッとしたボディラインは否応にも周りの目を引く。
「この青い空、白い波しぶき、最高のロケーションですよ!ひと夏のアバンチュール!この際だから私とナキヒトさまでアバンチュールを!!」
「それはご免被るなあ」
背中に痛いほどの視線を受けながら、ナキヒトは目頭を押さえた。
二人の背後には、シロツメを目当てにしたギャラリーがいつのまにか集まっている。ほとんどが男。このまま撮影会に突入しそうな雰囲気さえ漂う。さすがにナキヒトも威勢をなくすほどの熱気であった。
「いいじゃなですかナキヒトさま~。減るもんじゃありませんし~」
「そういう問題じゃねえだろ。海に来たいっつーから来たんだろ。泳げよ、俺に構わず。北大西洋まで泳いでいけよ」
「そんなァ!!むちゃくちゃ遠くないですか!?」
「きっと涼しくていいぞ」
上司のひどい言い分にまともに傷付くシロツメ。普通は冗談で済むが、この場合、ナキヒトの場合はタダで済まない。
実際、彼の打った場外ホームランのボールをアラスカまで取りに行かされた前例もあるので、シロツメはヒヤヒヤした。真夏のバカンスからいきなり北欧のフィヨルドは厳しすぎる。極端な避暑地。
「そんなこと言わずにバケーションしましょうよ、真夏のロケーション!」
「ロケーションでもロコローションでもどっちでもいいが・・・・」
ナキヒトはようやく浜辺を振り向いた。シロツメと新作水着と、その背後を占めるギャラリー。それを一緒くたに見据え、彼は呟いた。
「そいつの胸、パットだからな」


男達は泣いた。浜辺の砂に突っ伏して泣いた。底上げか・・・・幻を見ていたのだ、自分達は。俺たちの夏は終わった・・・・


「ば、ばらさないで下さいよナキヒトさまー!!せっかく作ってみたのに!」
バストごまかし疑惑を暴かれ、シロツメも泣いた。真夏のビーチは一瞬にして阿鼻叫喚に包まれる。一体どんなシチュエーションだ。
「ひと夏の幻想に惑わされる愚か共め。つーかお前もウソつくな。組み立て直した矢先にこれかよ」
「だってしょうがないじゃないですか。いつまでも洗濯板なんてひどすぎますよ!ね、ミズガシさまだってそう思いますよね?」
「そうですねえ」
ミズガシが現れた。頭には麦わら帽子、首まで覆った真っ黒なシャツ、グラサン、手に持った白い日傘。なぜか足元だけはビーサンだった。ナキヒトは呟いた。
「お前誰だ。暑苦しいカッコしやがって」
「私ですよ、ミズガシですけど。日焼けが怖いので」
しかしミズガシは汗ひとつかいていない。これが魔王の実力です。(何が?)彼の意見にシロツメが深く同意する。
「紫外線はお肌の敵ですもの。海での日焼けはあとでシミになりますからね、気を付けないと」
「シミ対策か」
「私はと言いますと、いきなり明るいところに出てくると目がくらむので・・・・」
「お前はモグラか」
「この時期は紫外線対策が欠かせないんですよ。まぶしくてまぶしくて、もう・・・・なんで海なんかに来たんですか!!」
「怒るの遅ェよ!」
ワンテンポ遅れて怒りをぶちまける魔王。夏の日光に参っているのは確かであった。ナキヒトは額に手をかざして空を見上げる。
「まあ確かにな。ここ最近、紫外線も強くなってきたと思うよなあ」
「オゾン層に穴を空けたのは・・・・」
「さあ!!快晴なことだし、さっさとバトろうぜっ!」
へたな空元気でオゾンホールの件をうやむやに帰すナキヒト。過去に一体何をした、勇者。
「ええええ。こんな明るい場所で戦うんですか・・・・」
「おお?俺にとってはナイスシチュエーション。魔王は日光に弱い!」
「喜ばないで下さいよ。私にとっては悪条件なんですからね」
「そりゃしょうがねえだろ」
「もっと、こう・・・・薄暗くてジメジメしてて、適度に湿気のある場所でやりましょうよ」
「お前はナメクジか」
モグラからナメクジへと。嫌な方向にシフトチェンジしていってる。
「ミズガシさま、調子が悪いようですね。私の日焼け止め使いますか?ウォータープルーフなので水に入っても大丈夫ですよ」
「いやあ、そこまでは。私は日傘で十分です」
シロツメに進められるも、そこまで困っているワケではない。日光にやられる魔王というのも弱々しい。
「水に入っても大丈夫か・・・・」
二人の会話を聞きつけたナキヒトが、なにやら考え込む。
「そうだ、水の中なら光も弱まるぞ。この際だから海中でやるか。深海魚とか見ようぜ。自然で水族館」
ミズガシは即座に嫌な顔をした。サングラス越しでもありありと分かる。
「いい考えですけど・・・・深海魚がいる水圧まで降りたら死ぬんじゃないですか?いくらなんでも。ぺちゃんこになりますよ、あなたでも」
「あ、なるほど。海の中なら被害も少ないと思ったんだけどな」
「死海にする気ですか」
それどころか海面が一センチばかり下がるのでは。自然災害ではなく人災である。恐ろしいコメントを述べつつ、ミズガシは目を細めながら海を眺める。
「それにしてもこの温度はいいですねえ。日光は別として、湿度もなかなか」
「実家と重ねるな。全然違うだろ」
「ミズガシさま、ホームシックですか?」
この爽やかな海原を前にして地獄を思い出すのはミズガシくらいだった。いちいちコメントが物騒だ。
「しかしどうして、地獄に海はないんだろ」
「え?ありますよ」
「うっそ」
「水温が六百度くらいありますけど。結構な粘着度でして」
「そりゃ海って言わねえだろ・・・・」
「マグマの海ですよね」
さすがにシロツメも青くなる。煮えたぎった海など、想像しただけで死にたくなる。どんなシチュエーションなのか。
「マグマの海ですよ。だからここの海は少し冷たすぎると・・・・もう少し海面温度が高いとステキです」
「海抜がすげえことになるぞ、それは」
「それはウットリしますよね!」
「しねえよ!!」
「じゃあ、ミズガシさまは冷たい水はお嫌いなんですか?以外ですね~」
「冷たいことが嫌いと言うか、苦手と言うか。水はあまり好きではないんですよ」
シロツメの問いに頷くミズガシ。具体的にどうなるかは想像できないが、魔王にしてみれば忌むべき条件らしい。オールマイティかと思いきや、そうでもなかった。
「生理的な感覚だから分からないかもしれませんが、よくあるでしょう。毛虫が嫌だとか、蛇は見るだけで怖いとか、そういうものですね。シロツメも嫌なものはあるでしょう」
「ええ~。私は毛虫も蛇も苦手なんで!でも、地獄には一度行ってみたいと思ってるんです」
「おや、そうですか!歓迎しますよ。思っているよりもいいところですから」
「じゃあ来週行きます!」
「お前は社交辞令を知れ」
ハイ!と手を挙げるシロツメを引き止めるナキヒト。そもそも上司の敵方にお宅拝見する部下があるか。社交辞令とゆーか、常識とゆーか。
「いいですよ、どうぞどうぞ。来週どうぞ」
しかしミズガシもそうは思っていなかったようで、早速日取りを決める。それでいいのか、魔王。
「ほらナキヒトさま、どうぞって言われてますよ。行きましょうよ」
「行くなら一人で行けアホンダラ」
ナキヒトは冷たく言い放つ。にべもない言葉にシロツメはビーチパラソルを放り出し、いつもの大鎌を両手で握ると、その両手を顔に押し当て泣き出す。かわいくないかわいくない。
「ひどい!かわいい部下を単独で敵地へ放り込む気ですか!」
「殺る気満々じゃねえか。かわいい部下には旅をさせろと、そういう意味だ。一週間ばかしヒマをやる」
「はっ、そうですよね!じゃ、私一人で行ってきます!」
だまされてるだまされてる。前向きと言うか、考えが足りないと言うか。上司の命令に意見を翻し、シロツメはパッと顔色を変えた。
「ミズガシさま、休暇の許可が下りたので来週の日曜に!マグマの海を見せてください」
「よかったですね。遠慮なくどうぞ。地獄の八割は蛇と毛虫ですけど」


シロツメは泣いた。浜辺の砂に突っ伏して泣いた。溶岩の海か・・・・夢を見ていたのだ、地獄に。シロツメのバカンスは始まりもないまま終わった。


「お前も大概ひどいヤツだな」
「え?本当のことなんですけど・・・・」
シロツメの号泣とナキヒトの冷めた言葉に慌てるミズガシ。地獄の住人の八割は蛇と毛虫でできています。
「蛇は長いし、毛虫はフサフサしているし、いいじゃないですか!」
「その感覚が分からんので」
謂われのない糾弾を受け、ミズガシはうろたえた。自分の発言の威力に気付いていない。根本的な感覚が違う以上、誰が誰をも責めることはできなかった。
「これが文化の違いですか・・・・ショックですよ」
「俺もショックだよ。俺も初めて聞いたが、地獄っつーのはホントにそういうとこなのか?」
「あとの二割はものすごく多彩なんですけど、詳細がものすごくて」
「聞きたかねえ!」
ナキヒトは急いで耳を覆う。つらつらと話し始めたミズガシの声を全力で無に帰す。だがその反抗がミズガシに火をつけた。
「ちょっと、ナキヒト。尋ねておいて聞かないなんて失礼じゃないですか。確かに話は長くなりますけどちゃんと聞いて下さいよ!あとの二割はものすごいんですから!内訳一割は私の親族ですよ」
「ショックすぎる!!お前の親戚ってロクなヤツいねえだろ!?見なくても分かる!お前みたいなヤツがウジャウジャと!」
「し、失礼すぎる!!なんてことを言うんですか!親族の八割も蛇と毛虫ですけど」
ナキヒトは砂浜に突っ伏した。どういう家族構成だ!問いたかったが、その前に泣きたかった。
自分の親戚の大方が蛇と毛虫だった時にはもう死にたい。それで平気なのは魔王しかいない。地獄の常識は一体どうなっているのか、それは勇者にも計りかねる。
「ここで見る蛇や毛虫とはだいぶ色も形も違いますけど、基本的にみな気のいい地獄の住人ですよ」
「聞かないつってんだろ!爬虫類や虫のくせに気がいいってどういうことだよ!」
「え。それって爬虫類とか虫とゆー部類に入るんですか?」
「まじめな顔で聞いてくるな───!!!」
自分の方が変わり者だと言われている気がしてきた。地獄ではどんな括りで以て分類されているのか。ここでの常識は一切通用しない・・・・地獄の常識は常識とゆーことで。
「残りの一割がものすごい気になるが、お前の話は長いから絶対聞かねえ!!」
「残りの一割はカタツムリですけど」
想像だけでショッキング映像が。ナキヒトはカタツムリだらけの地獄を想像して、足の踏み場もないと思った。そしてカタツムリの数をさらに上回る爬虫類や毛虫を加え、もはやイマジネーションの限界を悟った。
地獄は、普通に地獄だった。
「さらにショックだよバカヤロウ!!普通に言うな!両生類って、どういうことだよ!」
「え。それって両生類の部類なんですか?」
「いい加減に・・・・」
ナキヒトは抜刀した。カタナを構えるや否や、間髪居れずミズガシに向けて振り切る!
「しろ───ッ!!!」
ゴオッ!!
「うわあ!?」
瞬間風速四十メートルを叩き出すナキヒトの一撃!記録的な豪風は浜辺の砂を巻き上げ、ギャラリーの何人かも巻き上げ、ミズガシを海上へと吹っ飛ばした。
「海に沈め!!」
突発的な台風は水面を逆立たせ、沖へと波を押し戻す。軌道上に船でもあったら転覆しかねない勢い。
「うわあああ、水、水!!」
高々と上空に放り上げられたミズガシは焦った。自分の苦手な水がすぐ下に迫っているのだ、汗をかかないワケがない。慌てみるも、今さらどうにもならないことは必至。つむじ風に巻き込まれながらじたばたもがく。
ナキヒトの狙いはカタナの一撃必殺ではなく、時間差の嫌がらせ攻撃!勇者の割に性格の悪い・・・・
「お可哀想なミズガシさま!あれでは蛇と毛虫の群れに放り込まれるようなものですわ!!」
そして嫌な実況を重ねるシロツメ。もしも自分だったら、と同情を隠せない。
「滅びろ魔王!」
ナキヒトは返すカタナで潮風を斬り、ビーチを一刀両断に伏す。切っ先から延びる剣戟は衝撃波を伴い海面を走り───!!

ゴパッ

「あ」 ←ナキヒト
「ああ」 ←シロツメ
「あああ?」 ←ミズガシ
潮が引くように、海は真っ二つに割れた。海面を走る衝撃波は海面を割り、大質量の水を押しのけ、掻き分け、水底の砂地を顕わにする。
これが噂に聞くモーゼの十戒のシーン・・・・
「あわわわ」
ミズガシは未だに日傘を持っていた。開いた日傘は内側に風をいっぱい受けて、フワフワと砂地に降りていく。
これが噂に聞くメリー・ポピンズの登場シーン・・・・
「わわ、わ」
ザザーと引いていく波の間にうまーく着陸するミズガシ。左右二手に分かたれた海水は思いっ切り遠くへ行ってしまい、しばらく帰ってこないように見えた。なんとゆう勇者の力。人災である。
浜辺で呆然とカタナを降ろすナキヒト。さすがに予想していない展開に、さすがに言葉はなかった。
「・・・・これが噂に聞く魔王の強運か・・・・」
「運も実力の内って言いますけどね!死ぬかと思いました」
「二人共のんきなこと言ってないで下さいよ!!」
まともに水中に落ちたギャラリーを引っ張り上げてくるアサヌマ、ライフセーイバーの手並みである。
それはそうと、沖まで分断された海水が空に巻き上げられ、巻き添えを食らった魚がビチャビチャと落ちてきた。打ち上げられた浜辺でピチピチと新鮮にのた打ち回っている。思わぬ副産物とゆーか。
「アメリカではよくあることらしいぞ。竜巻で」
「そっちのことじゃないですよ!!」
なおもテキトーなコメントを返すナキヒトに怒るアサヌマ。確かにどっちもよくあることではない。
「ナキヒトさまァ、こっちはカジキマグロですよ~」
凶悪に発達した上あごを浜辺に突き刺し、浜辺に直角に立っている魚を引っこ抜くシロツメ。遠洋漁業か。ミズガシはドロドロに溶けた何かを日傘の先でつついている。
「こっちはエチゼンクラゲ・・・・最近多いですからね。駆除作業ですか、あなた」
「役には立ったと思うんだが」
「津波はどうするんですか。怒られるのはあなた一人だけにして下さいよ」
「海を越えて訴えられる!?」

おそらく海を越えた大陸では今頃、時間差で津波が。これが噂に聞く大津波・・・・




「そういえば、地獄の蛇や毛虫は色も形も違うって聞いたが、具体的にはどんな感じなんだ?」
ナキヒトはずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「微妙に違うだけですよ。大体は暗色系で、毛虫は毛の長さが極端に長かったり短かったり、なかったり。蛇は鍵の字みたいな形もいますね」
「それじゃここのと大して変わんねえんだろ。嫌な想像しちまった」
ミズガシの答えに、ナキヒトはホッとした様子で胸をなでおろす。もしも、蛍光色や毒々しいものがいたらどうしようかと心配していたのだ。それはいくらなんでも気味が悪すぎる。
「そんなヤツなら、アマゾンの奥地にでもいるしな」
「そう言えばそうなんですけどねえ。でも、決定的な違いが」
「なんだそりゃ」
ミズガシはこともなげに言った。
「体長がおよそ三メートルを越してるんです」


ナキヒトは泣いた。浜辺の砂に突っ伏して泣いた。体長三メートル超の蛇と毛虫か・・・・地獄に対する想像が甘かったのだ。
ナキヒトは一生、生まれ変わっても絶対に地獄に行きたいとは思わないと、そう心に刻んだ。





(2005/11/22)

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